コミュニティトップへ



■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【3636】【青砥・凛】【学生、兼、万屋手伝い】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



「……ここ、か」
 青砥凛はその四階建ての建物を見上げた。簡素なそれは明らかに商売繁盛という雰囲気はない。
 とりあえず正面玄関から入ってみるが、一階には何もない。一番奥にエレベーターはあったが、凛は階段をのぼることにした。とりあえず二階に向かうから、エレベーターに乗る必要はない。
 二階は一階よりも明るい。人が生活しているのが一目でわかった。
 一番手前にあるドアの外から中を覗いてみる。すぐ目の前に衝立があるらしく、室内をはっきりと見ることができなかった。
 ドアに手をかけてそっと開けて中に入ってみる。
「あら。いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」
 唐突に声がして凛はそちらを見た。気配を微塵も感じさせず、濃紺のスカート……メイド服姿の金髪の少女が立っている。
 にっこりと可愛らしく微笑んでくる少女をぼーっと見つめて、凛は軽く首を傾げた。
「ちが、う。バイト……募集の」
「バイト希望の方ですか? それでしたら支部長を呼びますので、こちらへどうぞ」
 彼女は道案内をするように歩き出す。凛もそれに続いた。
 衝立で区切られたスペースに、ソファとテーブルがある。おそらく来客用のものだろう。
 ソファに腰かけるように指示をすると、メイド少女は「少々お待ちくださいね」と言って姿を消した。
 残された凛はとりあえず視界に入ったものを眺める。しばらく待っていると先ほどのメイド少女が盆に湯飲みを乗せて現れた。
「すみません。支部長はいま別の仕事で手が離せなくて。すぐに来ますのでお茶でも飲んでお待ちください」
「あ……どうも」
 ぺこ、と軽く頭をさげる。目の前に置かれた湯飲みは可愛らしい桜の模様がついている。
 凛は今、男子学生の制服を着ている。凛の外見からして、パッと見れば少年に見えてもおかしくない。勘違いされることも多い。
 だけど……この湯のみを選んで持ってくるということは……もしかして気づいてる?
 そっとメイド姿の少女を見る。彼女はにこっと可憐に笑ってきた。
 湯のみには緑茶が入っているようだ。凛は遠慮せずに手を伸ばして軽く冷ましてから口に運んだ。
「あ。……美味しい」
 つい洩れた言葉だった。メイド少女は満足そうに微笑むと軽く会釈してまた姿を消した。
 お茶をゆっくりと飲んで落ち着いた頃、衝立の向こうから一人の少女が姿を現した。
 制服姿の彼女は凛とそう年齢が離れていないようで、にっこりとこちらに微笑む。
「私が妖撃社、日本支部の支部長を勤めています葦原双羽です。今日はバイトの面接に来られたそうで」
「……よろしく」
 ぽつりと呟く凛の真向かいのソファに双羽は腰かけた。
「履歴書はお持ちですか?」
「……持って、きてない……」
「そうですか。えっと、お名前と、年齢と簡単に今の職業……学生さんですよね? それを教えてください」
「青砥、凛。……18。学生……」
「青砥さんですか。
 それでは面接を始めます。まずは、うちのバイト募集はどこでご覧になられました?」
「ここへは……道端に落ちてた『チラシ』を見て、来た」
「そうですか。うちに来られたということは、何か能力とかお持ち……なんでしょうか?」
「僕、符だったら幅広く使えるし……便利……だと思う……たぶん」
「符?」
 彼女は怪訝そうにする。
「それは陰陽道とかに使われるもの、ですか? それとも中国? それとも西洋のものですか? 系統も色々あると思いますけど」
「系統……」
 言われてもはっきり応えられない。凛は専門家ではないため、その知識はないのだ。自分が使えるものしかわからないのは当然のことである。
 双羽は「あ」と小さく呟いて、苦笑した。
「詳しく説明する必要はありません。すみません。
 しかしどうしてうちのバイトを選ばれたんでしょう? 志望動機を訊いてもいいですか?」
 穏やかに問いかけてくる双羽は年齢よりもかなりしっかりしている印象を受ける。
 凛はいつものようにぼぅっとした様子で双羽を見つめていたが、口を開いた。
「んー……面白そうだったし……」
「おもしろそう?」
「暇だったし……」
 凛の言葉に双羽の頬がぴく、と反応した。だが凛は気づかない。
「暇……」
「うん……」
 頷く凛を眺め、双羽は「そうですか」と頷いた。
「青砥さんは学生ですよね? そんなに暇でしたら、部活でもされたらどうです?」
 にっこりと双羽が言う。
「それにうちの仕事は面白くないと思います。困っている人を助けるわけですから、笑い事ではないですよね?」
 穏やかに言ってくるが……さすがに凛はわかった。双羽は怒っている。無理やり怒りを抑え込もうとしているが、できないのだ。
「フタバ様、お茶です」
 ことん、とタイミング良くテーブルの上に湯飲みが置かれた。
 お茶を出したのは入り口で出会ったメイドの少女だった。彼女はこちらににっこりと微笑んだ後、双羽を見遣った。
「紅茶のほうが良かったでしょうか?」
「……あ、いいえ、これでいいわ」
 双羽は少しどもりながらそう応え、それからメイドの少女に苦笑いを向ける。メイド少女は頷いてそこから去った。
 支部長である彼女は軽く息を吐き出した。そしてこちらをまっすぐ見てくる。
「失礼。先ほどは言い過ぎました。
 ですがこちらは賃金を払って仕事をしていただく身。そんないい加減な志望理由では、残念ですが採用はできません」
「……そ、っか」
「あなたに悪意がないのはわかっています。ですが、真面目に仕事をしているこちらに対して……そして面接を受けに来ているものとして少々自覚がなさすぎます。
 働くということは、そんな簡単なことではないです。私はあなたより年下ですが、それはわかっているつもりです」
「…………」
 楽しければ、いいや。そんな感覚でやって来た凛は小さく俯く。
 なぜ彼女が怒ったのか、わかった。悪気があったわけではないが、彼女はこちらに真面目に接していたのだ。面接だから。雇う身だから。
 それなのに……友達に対するように発言した。明らかに……相手をナメていると見られても仕方がない。
「先ほども言いましたけど、そのような理由であなたにお金を払って仕事をしていただくことはできません。
 我が社のモットーは困っている一般人の救済。面白半分でされては、他の社員たちの迷惑になります。
 上に立つ者として、丁重にお断りさせていただきます」
 仕事は遊びではない。暇つぶしをするものでもない。面白さを求めるものでもない。
 そんな心構えでは他の者に迷惑がかかる。士気がさがる。
 当然といえば当然の答えだった。
 凛はただ、ただ……本当に興味だけでここに来たのだ。こんな風に怒られるなんて、想像もしていなかった。
 いつものノリで来て、そして運がよければ採用されてまた面白いものを体験できればと思っていた。
 でも。
 それが通じないのが社会というものであり、異能を知らない多くの一般大衆の考えなのだ。
 ここが、凛の求める面白さを提供する場所ならいい。だがそうではない。もうわかった。充分だ。自分にここは合わない。
「面接……ありが、とう」
 ぺこっと頭をさげて凛は立ち上がった。双羽もそれに倣う。
「いえ。私もまだまだ未熟ですから、あなたに説教するほど人生経験も積んでませんし。
 ご理解いただけて感謝します。
 それと……お節介かもしれませんけど、その喋り方では他人とのコミュニケーションはとりにくいと思います。次にどこかでバイトや就職の面接をされるのでしたら、面接の間だけでも直したほうがいいと思いますよ」
「…………」
 凛は黙って双羽を見た。
 黙っていることが多い凛。双羽のような初対面の相手に意図を汲めというのは無理な話だ。そもそも、人間は言葉が使えても意思疎通が難しい生物なのに。
 黙っていたらわからないですよ、と彼女は親切に言っているのだ。ぼんやりしているからどうしてもこの喋り方になるのだが……それが通じないともはっきり言ってくれている。自分よりも社会を経験している証拠だった。
(……甘えてる、のかな、僕)
 他人と比べたってどうしようもない。個性というのはそういうものだ。でも。
 それってとっても……狭い世界だ。結局相手に合わせていない。相手に、自分に合わせてもらっているだけ。楽をしている。助けてもらってる。それに気づかずに甘えてる。
 年下の少女にそれをあっさり見抜かれているのだ。心の奥底で羞恥がにじんだ。
「……そうだね」
 そう返すことしかできなかった。



 事務所を出て行こうとした時、最初に出会ったメイド少女と目が合った。
「あら。お帰りですか?」
「……うん」
 彼女はドアを軽く開けてくれる。「どうぞ」と促した。
 凛はちょっと黙っていたが、口を開いた。
「ここ……すごいね」
「ふふ。そうですね。ここは本当に合う合わないがありますからね」
「……どうして、仕事……してるの?」
「そうですねぇ……わたくしの場合は、ここが居心地がいいから、というのもあります。
 お給料もきちんといただけますし、寝床も用意してもらえておりますし」
「…………」
 意外だ。なんか、ものすごく当たり前の答えだった。
 普通じゃない人のはずなのに普通の答えだ。
「あぁ、フタバ様が厳しい言い方をしたようですけどお許しくださいましね。あれでも社員のことや会社のことを精一杯考えていらっしゃる優しい方なんですよ?」
「…………当然だと、思う」
 この会社が普通ではないと思って来た自分に落ち度があったのだ。一般企業の面接に行って、同じ調子で面接を受けたら同じように不採用になる。
 志望するからには、働くからにはそれなりの姿勢が必要だ。
「ありが……とう」
 凛は頭をさげて事務室から出て行った。メイド少女はくすりと笑った。
「ご理解していただけて嬉しいです。もしまた面接に来られる際は、もう少し考えて発言したほうがよろしいでしょう。
 まだお若いんですもの。許してもらえますわ」
 ドアが閉まり、凛は歩き出す。階段を下りて一階のホールを通って外に出た。
 外に出て一度振り返る。
 再びここに来るかどうかは、今の凛にはわからなかった――。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3636/青砥・凛(あおと・りん)/女/18/学生、兼、万屋手伝い】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、青砥様。ライターのともやいずみです。
 志望動機によって不採用の結果に……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。