■【妖撃社・日本支部 ―椿―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
これは普段の妖撃社の物語ではない。
いつもの仕事の話ではない。
いつもの依頼のことでもない。
だがコレも妖撃社の物語の一つ…………。
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【妖撃社・日本支部 ―椿― 過去からの復讐者・3】
数ヶ月前……アンリはソレを起こした。
支部長に就任したばかりの娘をさらった。
妖撃社の日本支部のメンバーは血相を変えてやって来た。
こんな小娘の何が大事なのか。
クゥは言った。
「彼女は大事な上司です」
アンヌは言った。
「彼女は大事な主です」
マモルは言った。
「彼女は大事な支部長だ」
そしてシンは言った。
「彼女は大事な仲間だ」と。
クソくらえな回答ばかりだ。
相性の悪さというものは人間同士でも生物同士でもある。
全員、自分と相性が悪かった。それだけのことだ。
シンのことは気に入っていたのに。それなのに。
静かにアンリは双羽のほうを見遣った。
「戦闘では相性は悪くても、人間的には相性は良かったのに」
呟くアンリを双羽は睨む。
「バカなことはやめて、私を家に帰すのよ、アンリ」
「復讐はバカなことなのかもね。でも……ケガが治るまでだいぶかかったんだ。ちょっとくらい遊んでくれたっていいじゃん」
「あんたがあんなことするからでしょ!」
部下を踏みつけて笑っていたアンリ。踏みつけられて痛みに顔をしかめていたシン。
一番被害が大きかったのはシンだった。彼女は他の誰よりも何度もアンリに挑んでいたから。自分を、助けるために。
踏まれた頭蓋がみしみしと変な音をたてていたことだって、思い出せる。
アンリの「遊ぶ」は遊戯ではない。残虐なショーだ。
自分のもとに近づき、髪を掴んで顔をあげさせられ、頬を殴られた。その刹那、動けなかったはずのシンの目が大きく見開かれたのだ。
立ち上がった彼女の様子はおかしかった。明らかに変だった。
アンリは忘れていない。だから今回、自分には手出ししない。……それも、本当かどうか怪しいものだった。
「アレは失敗だった。今度はうまくやるよ」
「できっこないわ。また痛い目に遭う」
「今度は、うまく、やるよ?」
まずは。
「クゥに教えた場所に行って来るから、ここで待ってて。ネ?」
双羽にそう告げるとアンリは立ち上がった。外はもう夜……うん、いい時間だ。
***
柳宗真は男を見据えてはっきりと言う。口元に薄く笑みさえ浮かべて。
「どうも……。あなたがアンリですね? 一つ訊きますが……クゥさんと霧島さんはどうしたんですか?」
彼らがどうなったかなんて訊いたって、教えてくれないだろうことはわかっていた。
アンリはくすくすと笑う。
「クゥかぁ。あいつはおしおきをしてやったよ。一緒に居た女の子にも、ちょっとばかり痛い目に遭ってもらったかな?」
本当かどうかわからない。こちらを混乱させようとしているのかもしれない。
宗真は「そうですか」と素っ気なく応えた。それよりも宗真には優先することがある。こいつはシンを狙ってきている。
「生憎ですが、あなたをシンに会わせるつもりはありません」
「…………へぇ」
笑みと共に洩らした、溜息のような言葉。
それは愉悦を含んだ狂気の声だった。
「面白い……! このオレに! 戦う意志があるのか! そうか! クゥから訊いてないのかナ?」
両手を大きく広げて言うアンリに宗真はたじろぎもせずに応える。
「全力であなたを倒します」
二度とこんなことがないように。
この男を倒さない限り、解決はしない。絶対にシンを戦わせるわけにはいかない。場合によっては殺すのも覚悟だ。
アンリは歪んだ笑みを浮かべたまま、くるりくるりとその場でターンをしてコートをひるがえす。
「そうか! じゃあ遠慮はいらないネ?
『10分の間に、オレのために用意した罠をすべて解除する』!」
キィン――、と耳鳴りがした。
宗真の動きが止まる。
(な、に――っ!?)
ゆっくりと宗真は手を動かし始めた。これは、まさか……!
(操作系の能力者……!)
アンリを視界の隅に確認する。だが自分の体は動きを止めない。部屋に張った糸を外し始めたのだ。
逆らいたいのに、抗いたいのにそれができない。宗真はきびすを返して機敏に動く。
(こんな……! こんな能力者相手にどうやって……!)
せっかく用意した全てを元の状態に戻すのに使用した時間は5分。作るのにあれだけ時間がかかったのに、元に戻すのはあっという間だった。
がくんと宗真は床に膝をついた。
(タイムリミットはあと5分。あいつは……?)
窓の外を見るが姿はない。どこかに行った……? いや、ここに向かって来ているのだ。
(あそこからエレベーターを使って降りてここに来るまで10分かかるか、かからないか……)
頭の中ではアンリの命令を拒絶しようとしていた。だがそれを身体が許さない。厄介な相手だ。どうやってシンは勝ったんだ?
(シン?)
ハッとして宗真は立ち上がり、長イスに駆け寄る。幸いなことか、彼女はまだ眠ったままだ。
このままではアンリがやって来る。こうなったら逃げるしかない。シンに間違いなく危害が及ぶ。
糸でシンを操って脱出するしかない。ふところから人形をおさめた符を取り出した。これを囮にしてその間に……。
宗真は早速糸をシンにつける。体を無理やり起こすとがくんと頭が後ろにさがった。意識のない人間相手にやったことはないので宗真はギクッとして身を強張らせる。
(頭にも糸をつけないと危ない……!)
いや、首?
戸惑っているとシンがうっすらと瞼を開いた。
――まずい。そういえばシンは眠ったままでここにざっと5時間はいる。そろそろ目を覚ましてもおかしくない。
「……シン」
宗真の呟きは掠れている。
「あぁ」
悩ましげな声を洩らしたシンはすぐさま起き上がって宗真を見つめた。虜になってしまう……こんなに……。
(綺麗な……子、だった……?)
目をみはるような美貌と雰囲気だった。
シンは視線を宗真から外して、入り口に向けた。すぐさま鋭いそれになる。
「――敵だ」
彼女は長イスから降りて立った。右手にぼう、と輝く剣が現れる。これが……蓬莱剣?
ぶんっ! と彼女が剣を振り払った。すると衝撃で衝立と机がすべて吹っ飛んだ。けたたましい音をたてて破壊された物たち。その向こうに眼帯の少年が居る。
シンは驚いたように目を見開く。
「アンリ?」
なんで? というような彼女の呟きにアンリは笑う。そして口を開いた。
「『5分間眠れ』」
稲妻に貫かれたようにシンが痙攣し、その場にずるりと体を落とす。
慌てて抱きとめた宗真の腕の中では、ぐったりとしたシンが眠っているのがうかがえた。
荒れた事務室内にアンリが足を踏み込んでくる。宗真は符を左手で握り締めた。こうなったら逃げるしかない。
「ほんとはねぇ、ぐちゃぐちゃに犯してやろうって思ってた」
笑いながらゆっくりと歩いてくるアンリ。
「でも、そうするとシンは楽になっちゃうからネ。やめとくよ。もっともっと苦しんでもらわないと」
宗真の行動は速かった。すぐさま符から雑兵人形を幾つも出現させ、身をひるがえした。シンの体を右腕で支える。意識のない人間の体がこんなに重いとは。
左手の指と手首に巻きつけた糸を通じて雑兵たちに命令した。この間の所要時間は3秒もかかっていない。
アンリのほうに向かう人形たちから糸を外し、宗真は窓ガラスを蹴破って外に出た。散らばる破片の中を、シンを庇うように抱きしめて着地の衝撃に備える――。
*
信じられない光景に霧島花鈴は泣きそうな表情だった。
目の前の地面には、ぴくりとも動かないクゥの姿。彼の操る人形の残骸。
そう……これをしたのは、自分だ。
(うそ……うそ……!)
拳を見下ろす。感触がまだ残っていた。
クゥの小さな頭を粉砕するように殴った、生々しい鈍い痛み。
『敵』を倒すために容赦なく使ってきた拳。それなのに……一切の手加減なく、攻撃した。私、が……。
花鈴は顔をあげる。見つめた先には眼帯をつけた男が立っていた。彼は微笑んだ。
「人殺し」
責めるような言葉に花鈴はびくっと後退りする。
今までだって容赦なく敵を攻撃してきた。でもそれは、割り切っていたからだ。敵だと。仕方ないのだと。
なにが、しかたないんだ? 大事なものを守って何が悪い? 優先順位をつけたらどうやってもそうなるのは当然だ。
「さっきの威勢はどうしたの? あんただけは一発殴らないと気が済まない、じゃなかったかナ?」
「う……」
「暴力で解決なんて野蛮な考えだね。自分が殴られたこと、ないの?」
「あ、あるわよ……」
(なんでこんな……さっきまで、こいつを待ってただけなのに。なんでこんなことに……)
べつの場所からこいつが現れるか見張っていたのに。クゥと喋っていたのに。
言われた場所に行くかどうか訊き、双羽を助けてご飯食べに行きたいなと笑い、それから……アンリに対して憤慨していた。一発殴らないと気が済まない、って。
だが、なにか聞こえたと思ったら花鈴はクゥを殴っていたのだ。それに彼は応じた。
人形を操って花鈴を迎撃しようと、いや、止めようとしたのだ。それなのに花鈴は加減一つせずに人形を粉砕して――クゥを。
この男を殴って。その前にクゥの安否を確認しないと。その前にこの男をどうにかしないと。どっちが先……?
混乱する頭で花鈴は男を凝視している。この男がおそらくアンリだ。
「あんたが……アンリ?」
「そうだよ。こんにちは、妖撃社のバイトちゃん」
にっこりと微笑む少年は儚い。狂気を孕んだ様子は見受けられなかった。
「部長を返して!」
「ぶちょう? あぁ、支部長サンのこと? 全部終わったら返すよ。オレはひどい人間じゃないから」
「嘘つき!」
こんなことをさせたくせに!
そう言う花鈴にアンリは苦笑した。
「クゥをこんなにしたのはキミじゃないか。オレは『5分以内にクゥを自分の知る最短の方法で黙らせろ』って言っただけだヨ。範囲の広い言葉だからちょっとどきどきしたけどネ。
キミの最短最良の方法が、これだ。確かにあっという間だったかな。黙らせるって、殺しちゃえば早いし」
「私は……違う! 違うもの! 殺せばいいなんて思ってない!」
「まぁそんなこと言ってももう終わってるしネ。
しかしこう見えてもオレ、わりと優しいほうなんだけどなぁ。なんだったらキミにとんでもないことさせてもいいんだけど……かわいそうじゃない?」
「な、なにさせる気なのよ……?」
「妖撃社に戻って全員殺しちゃうとか。素っ裸で駅前を練り歩くとか。もっとひどいことだって、できるんだよ?」
「………………」
笑顔でなにを言っているんだこの男は。つまり、なんだって言いなりになると宣言しているだけじゃないか!
「でもそういう悪ふざけは見てて気分のいいものじゃないからネぇ。オレが死ねって言うとほんとに簡単に死んじゃうんだよ。この力って危なくて、あんまり好きじゃないんだ」
「だったらなんでこんなことするのよ! こんな意味のないこと……!」
「意味はあるよ。オレにはね。
さて、と。じゃあ今はシンが一人で残ってるってことかな。珍しい。怒ってやって来ると思ってたんだけど……まだ寝てるのかな」
「…………」
「答えなくてもいいヨ。後で行くつもりだったし。とりあえずキミには邪魔しないでもらおうかな」
にっこり微笑むアンリにハッとして、花鈴は攻撃体勢に入る。とにかくこいつを倒さなければならない。こいつが何か言う前に!
花鈴の心中を読み取ったようにアンリはやれやれと肩をすくめる。
「『視界が真っ黒』」
花鈴のダッシュと同時だった。視界が暗闇に染まり、花鈴は仰天して慌てて停止する。
(何も見えない……!)
「こういう単純で抵抗感の薄いものなら時間制限もいらないしね。しばらくそれでうろうろしてなよ」
「ま、待ちなさいよ!」
手を伸ばすがあてもなく宙を掴むだけだ。気配を頼りにするのは危険だ。周囲の物の配置をはっきりと記憶してはいない。下手をすれば大変なことになる。
この! と腕を、それらしき気配のあるところに向けて振るがムダだった。そのままバランスを崩して転倒する。
(……私、こんなに弱かった……?)
悔しさと情けなさで花鈴は地面に拳を打ち付けた。
「『3時間はここで眠る』」
アンリの声と同時に花鈴の意識はあっという間に眠りに呑み込まれた――。
目覚めた花鈴は慌てて起き上がる。自分に何も起こっていないか確かめようとした時、そばで声がした。
「重くて運べないから起きるの待ってましたよ、キリシマさん」
「……クゥ、くん?」
「はい?」
彼は無事とは言いがたい姿だったが、にっこりと微笑んだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師・退魔師】
【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
シンを連れて脱出です。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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