コミュニティトップへ



■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【7409】【相沢・要】【小説家】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 相沢要は手土産を持って妖撃社を訪れた。今日はこの間依頼した仕事のことについて来たのだ。
 入り口のドアを軽く押して中に入る。
「すみません」
 声をかけると「はいはーい」と元気のいい声が奥から聞こえてきた。続けてばたばたと走ってくる。
 衝立の向こうから現れたのはポニーテールの少女だった。まだ若く、高校生くらいに見える。
「いらっしゃいませー。妖撃社へようこそー」
 愛想のいい笑顔で言う少女に要はにっこりと微笑んでみせた。
「こんにちは。あの、この間仕事を依頼した相沢ですけど、葦原さんはいらっしゃいますか?」
「はい! ちょっと待ってね」
 少し癖のある喋り方をする少女は要を来客用のソファに座らせると、にこにこと笑いながら姿を引っ込めた。
 無言で彼女が去った方向を少し覗くように身を乗り出す要。
(見た目は地味系なんですけど、けっこう可愛い子ですね。……ちょっとバカっぽい感じもしますが)
 彼女は奥にあるドアをノックすると、いきなり開けた。
「フタバー、お客さんだよー」
「あんたってヤツは……! それはドアを開ける前に言うセリフなのっ!」
 大声で怒鳴り返すのは支部長さん、だろう。思わず要は「ぶっ」と、内心で吹き出す。
 喋り方にクセがあるので地方の出身者か、もしくは他国人かもしれないな、あの少女は。
「お説教はあとで! ちゃんと報告書を書くのよ! いいわね!?」
「う……わ、わかってるよ」
「また誰かに手伝ってもらおうなんて思ってんじゃないでしょうね……?」
 ドアのところでやり取りされているらしい会話を、ついつい要は聞いてしまう。だってなんだか、面白い。
「お、思ってないよ。ちゃんとやるよ、自分で」
「目が泳いでるんだけど」
「およぐ? あたし、泳げないけど?」
「…………もういい。さっさと仕事に戻って」
 不機嫌な双羽の声。
 足音が一組、近づいてくる。衝立の向こうから営業スマイルで現れたのは支部長・双羽だった。
「あ、いらっしゃいませ。この間のご依頼の件ですね。書類をお持ちしますので少々お待ちください」
 颯爽と去って、すぐさま戻ってくる。彼女はテーブルの上にファイルを置いてこちらに微笑みかけた。
「見積書のほうと、それから今回の仕事の報告書をお渡ししますので」
「あぁ、そういえば現場のほうですが、確認させてもらいました。綺麗に解決していただいたようで、友人も喜んでいましたよ」
 一瞬、双羽の表情が……引きつった。それは見逃すほど些細なものだったが、要は「おや?」と気づいてしまう。
 双羽はすぐさま愛想よく笑みを浮かべる。
「嬉しいです。我が社はお客様のご希望を叶えるために尽力しておりますので」
 ……ものすごくウソくさい。先ほどの一瞬のあの表情さえなければ納得してしまうところだが……。
(……やっぱりあれなんですかね。あのホテルの破壊具合……意図したものではなかったということかな)
 実際、どうやってあれほどまでに破壊したのかと呆れてさえいたのだ。
(まったく……人間というのはコワイですね)
 底知れないというか……不気味だ。
(まぁ、関わるには色々と用心が必要みたいですが……面白くなりそうですね)
 支部長さんもかわいいし。
 にこっと微笑むと彼女は不審そうにしながら笑みを返してくる。
「あぁそうだ。あの、お仕事のお礼にと思ってこれを」
 持ってきた市販の菓子折りを差し出す。すると双羽が営業用の笑顔で首を振った。
「きちんとお金をいただいている仕事なんですから、そのようなものは必要ありません」
「では、代理の私からの感謝ということで、もらってください」
「そうはいきません。必要外のものは極力いただかないことにしているんです」
「良心的なところですね。でも持って帰るのもあれなので、どうぞ」
 ずいっと差し出すと、押しに負けたらしく彼女は渋々「ありがとうございます」と洩らす。
「それと、これもどうぞ」
 別の袋をテーブルに置き、怪訝そうにする双羽に要は笑顔を向けた。
「いちごのタルトです。葦原さん、いちごはお嫌いですか?」
「え? いえ、好きですけど……。こんなにいただけません!」
「こっちは私の手作りなんです。趣味で料理をしているもので……。美味しくなかったらゴミ箱にぽいっとしちゃってください」
「そっ、そんな粗末なことできません!」
 仰天して返してくる双羽は「あ」と苦々しい表情をする。そして要から袋を受け取った。
「い、いただきます、こちらも」
「はい。どうぞ召し上がってください」
 開けてびっくりするだろうなぁ、とちょっと予想している。要としては自信作のほうなのだ。
 女の子が好みそうな、洋菓子店をイメージしたタルトはたぶん……気に入ってもらえるんじゃないだろうか?
 双羽は「えっと」と困った後に「すみません」と席を立った。奥へ向けて誰かを呼んでいる。
「シン、ちょっと来て!」
「ん〜?」
 奥からひょこっと、先ほどのポニーテール娘が顔を出した。
「なぁに?」
「これ、相沢さんからいただいたの。こっちは冷蔵庫に入れておいて」
「食べていいの?」
 目をきらきらさせるポニーテール娘の足を彼女が踏んだのを、要は見逃さない。目ざとくてすみません。
「いっ……!」
「あとで!」
 無理やり菓子を押し付けると、双羽はすぐに戻ってきた。
「すみませんでした。えっと、書類なんですけど……」
「今の、誰です?」
「へ?」
「ほら、今の、ポニーテールの。ここの方ですか?」
 ぱちぱち、と彼女は瞬きをしてからすぅ、と逸らした。おぉ、わかりやすい。
 こちらに戻した時にはすでに客用の表情だ。
「はい。うちの社員の柳シンです」
「? 変わった苗字ですね」
「あ。シンは中国からこちらに来ているので」
「なるほど」
 だからあの喋り方なわけだ。
 怪しまれないように訊くのは今がチャンスかもしれない。ここの社員たちのことをよく知るために自分はここに来ているのだから。
「あんなに若い方が社員なんですか。他にもいらっしゃるんですよね?」
「ええ」
「この間の時に居た、メイドの人もですか?」
「あ……はい、その人もうちの社員です」
 そうだろうと思った。
「そうですか。お茶汲みのための人ですか?」
「ち、違います……。彼女も立派な退治屋ですので」
 困ったように言う双羽に内心同情してしまう。先ほどのシンという少女といい、癖のあるメンバーたちのような気がするのだ。
 要はわざと驚いたような表情を浮かべた。
「そうなんですか! ここには他に何人いらっしゃるんです?」
「社員は私を含めて6人。うち5名は退治屋として働いています。それぞれ得意とするジャンルが違いますから……そのせいもあって、個性的になるんです」
「へぇ。どういうものが得意なんです?」
「日本のものに関して得意な者もいれば、古くから伝わるものに詳しい者もいます。
 妖撃社では、大きくわければ2種類しかいないんですが」
「2種類とは?」
「霊体などの普通は接触できないものに触れ、不可視のものを見る者と……そうではない者ですね。霊感のない者は接触可能なものしか攻撃できませんけど。
 まぁ、色々あるので簡単には説明できないのが申し訳ないんですけど」
 なるほど。霊感のあるなしで役目が変わるということか。
(霊感のある者ばかりを揃えてもしょうがないですしね。見えないほうが引き込まれないこともありますし……。バランスをきちんと考えているようですね)
 小賢しい、と思ってしまうのはしょうがないだろう。
 あまり深く訊くと怪しまれる。このへんで引いたほうがいいだろう。
 双羽がきょとんとしていた。まずい。何か気づいたか?
「どうかしました?」
「いえ……」
「そういえば依頼に来た時に不審がられていたようですが、何か失礼なことをしましたかね?」
「あ、そ、そうではなくてですね……驚かないんですね」
「何がです?」
「前も言いましたが……うちのような仕事をしていると、普通は驚いたり……冗談だと思われる方が多いので」
 双羽の口調から、わかった。確かに彼女のしている仕事は表立ってできるものではない。
 幽霊などの類いは特番として夏に放送されたりするが、この世界では「ありえないもの」として強く認識されている。それは「見えない」者が圧倒的に多いからだ。
 からかいを含んでここに来る者とて、皆無ではないのだろう。
(……疑いながら入れば良かったんですかね……。挙動不審のほうが確かに人間のフリとしては良かったのかも)
 でもそんな演技をするのも……ヤだな。
(めんどくさいですもんねぇ……。なんか、ヘボいヤツみたいに見えますし)
 双羽はそんな要の心中など知らないので、暗い表情を俯かせる。
「あまりその……うちのような仕事に理解がある方とは思わなかったので」
「ひどいですね。きちんとリサーチしてきたと言ったじゃないですか」
「でも……信じられないですよね、こういう仕事は」
 ……ふぅむ。
(支部長さんは普通の女の子なんですか。なるほどね。からかわれたりする気持ちはわかるけど、理解され過ぎる相手だと怪しむ……。ふーん)
 当然といえば当然の反応だ。
 ここは彼女の信用を得ておいて損はないだろう。
「私は商売柄、そういうものに理解はありますから」
「商売?」
「しがない物書きをしてるんです」
「……ものかき? え、小説家さんですか?」
「そんなものです。なので、普通の人よりは理解があると思ってください。
 それとですね、もしかしたら取材をさせてもらうかもしれません」
 笑顔で言うと彼女は物凄く焦った顔をする。まぁそうだろう。外には出せない情報も多いはずだ。
「不思議なお話とか、仕事のお話……話せる範囲でいいので参考にさせてください。そういうお話を聞くだけでもインスピレーションを得るにはいいですから」
「差し支えないくらいでしたら構いませんけど……」
「ほんとですか? いやぁ嬉しいですし、助かります。支部長さんも可愛らしい方ですし、ちょくちょく来るかもしれませんのでよろしくお願いしますね」
「か!?」
 双羽が「ボッ」と音が出そうなほどに顔を真っ赤に染めた。あ、やっぱり。
(ほらね。かわいいじゃないですか)
 入り浸らない程度……そして怪しまれない程度にここに来れる口実ができた。とりあえず今日はこれで良しとしよう。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【7409/相沢・要(あいざわ・かなめ)/男/120/小説家】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、相沢様。ライターのともやいずみです。
 報告書を受け取りにということですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。