■【妖撃社・日本支部 ―椿―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
これは普段の妖撃社の物語ではない。
いつもの仕事の話ではない。
いつもの依頼のことでもない。
だがコレも妖撃社の物語の一つ…………。
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【妖撃社・日本支部 ―椿― 過去からの復讐者・4】
日本という国の言葉が気に入っていた。
だから日本に支部ができると聞いて喜んだ。配属されたらいいなあ、と期待していた。
なのに、配属はされなかった。
支部長は日本の若い娘だという。話せばわかってくれると思った。上に掛け合ってもダメだと言われたから。
でも、答えは同じだった。
気持ちはわからないでもない。彼女だって会社の人間なのだ。どうにもできないだろう。
だが理由が納得できない。危険な能力だから、手に余るのだと彼女は説明してきた。だったらシンは?
シンがいるから、もう自分はここに来れないのだそうだ。そんなのって、ない。
その説明も、わかる。自分はそもそも、そういう事情に理解があるほうだ。わかるけど……。
「納得できない」
アンリは言い放つ。
「シンと交換してヨ。お願いだから」
同じ妖撃社の一員じゃないか。そんなのって、ない。
「オレの力だって、万能じゃない。ある一定のルールを守らないといけないんだから」
そんなに便利じゃない。扱うのが難しいのだ。
「確かに、《動くな》って命令したら心臓とか脳の活動も全部止まっちゃうヨ? でも、そんなひどいこと、したくないし、しないよ」
だから充分に気をつけて使っている。
わかってもらえなくて、頭に血がのぼった。その後のことは「力ずく」だった。
双羽をさらい、訴えた。取り返しに来た連中は社員だけあって、命令には忠実だったのだ。
わからせてやろうと思った。こいつらが何人いようとも、自分のほうが使えるってこと。でも血がのぼった自分は、精神的に幼くて、抑えがきかない。
全員を叩きのめした後に双羽に再度尋ねた。でも……答えは同じだった。
だから殴った。どうしようもなかった。悔しかった。
何度も向かってきていたシンが、その時妙な動きをしたのはわかった。立ち上がったあの女は、ゾッとするほど恐ろしかったのだ。
クゥが制止の声を放っていた。だがシンは駆け出した。剣に引きずられるように。
「『足を止める』!」
放った言葉はシンには効いた。だが、剣には通用しなかった。
剣はシンの抵抗する身体を無理やり動かしてこちらに向かってきた。恐ろしさに棒立ちになる自分。
シンの足は止まろうと抵抗する。足の骨が軋んだ音をたてる。苦悶の表情を浮かべるシンは、だがこちらを睨みつけた。
――その後のことは、思い出したくもない。
***
シンを荷物のように抱えて着地する。足のバネを極力活かすようにしたが、それでも衝撃が響いた。二階というのが幸いだった。
(ぐっ……)
ビリっと痛みが足にくる。だがそれに構っている暇はない。
柳宗真はふところから符を取り出すや、そこから自分の使う人形『舞姫』を召喚した。
舞姫に瞬時に糸を伸ばしてつけると、繰る。足止め用の弾を取り出させた。
ギッ、と腕を引っ張る。舞姫はその動きに連動してふくらはぎの部分に出した催涙弾とスタングレネードを発射させた。向かう先は二階の事務室だ。
宗真が割った窓から弾が中に入っていく。だが見届けない。すぐさま宗真は舞姫を操ってシンを持たせた。
(確か5分眠れと言ってましたね。もうあと4分で起きる……)
走り出しながら宗真は携帯電話を取り出す。背後からは重い足音を響かせて舞姫がついてきていた。
「これでなんとか時間稼ぎができるはず……。クゥさんは……」
クゥの携帯番号へ発信するがやはり出ない……!
携帯をおさめる。クゥの向かった先はわかっている。とりあえずそこへ向かえば……。
表通りに出た刹那、宗真はハッとして姿を引っ込めた。
(しまった……深夜近いとはいえまだ人はいる)
符を取り出して舞姫をおさめる。必然的にシンを持つ者がいなくなるわけだが……。
「…………」
宗真は仕方なしにシンを背負う。……よかった。シンってあんまり体に凹凸がなくて。
シンを背負ったまま表通りに出て行く。帰り道を急ぐサラリーマンとすれ違うが、一瞥されただけだった。
(……さっきのあの能力はおそらく人形には効かない……。声によって脳に働きかけているのか?)
だがこちらの意思は残っていた。感情は操れないとみるべきだ。
(声が鍵だとすれば、それを聞かなければ……効かないかもしれない。違ったら……どうしましょうかね)
もぞり、と背中でシンが動いた。起きたようだ。早いな、もう5分経ったのか。
「っ! あ、アンリ!? あれ? あれれ?」
背中でがばっと顔をあげた彼女はきょろきょろと見回している。
「起きましたか、シン」
「ん?」
こちらを見てシンは数回瞬きをした。それから「ひっ」と悲鳴をあげてばたばたと足を動かす。
「わあ! なんでソーマがあたしを背負ってんの!? 降ろして降ろして!」
「ちょ……! 暴れないでくださいよ!」
思わずよろめくと、シンは暴れるのをやめた。
「お」
「お?」
「重いでしょ……だって。ほら、危ないし、ほら、えっと」
「…………」
うまく日本語が喋れていない。混乱しているのがすぐにわかった。
宗真は彼女を降ろして向き合う。シンは顔を真っ赤にしてこちらをちらちらうかがってきた。
「な、なんであたし背負われてたの……?」
「……覚えてないですか?」
「えっと、アンリを見たような……。そうだ、アンリは?」
「さあ? 事務室に残してきましたからね」
「でもよかった……。あの後どうなったか誰も教えてくれなかったから……傷とか治っててよかった」
シンの人の良さに宗真は呆れてしまう。安堵して照れ笑いを浮かべるシンが気に食わなくて、つい不機嫌そうな顔をしてしまった。
彼女は驚いたようにぱちぱちと瞬きをする。
「そ、ソーマ……顔が怖いよ?」
(そりゃそうですよ。なにをのん気なこと言ってるんですか。支部長をまたさらったんですよ、あいつは)
でも、言えない。言ったらシンは戦いに行ってしまう。
腕組みする宗真はシンに向けて嘆息した。
「シン、クゥさんのところに行ってくれますか?」
「クゥ? なんで?」
「何かトラブルがあったみたいなんですよ。あ、それと、大きな音がしても、何があっても絶対に戻ってこないように。少し騒がしくなりますけど、気にしないでください」
「ソーマ!」
シンは真剣な表情でこちらを見上げている。あぁ、なんでそんなにまっすぐなんだろう。やめてほしい。
「何かあるなら、あたし、手伝うよ。言って、なんでも」
(だからイヤなんですよ)
戦わせたくないんだよ、キミを。でもそんなことを言ったら逆に自分を犠牲にするだろ?
「事務室の様子を見てくるだけですから。……シンはアンリ、と戦ったんですよね?」
「そ、そうだけど……あたし、完敗しちゃったんだよね、以前」
うそばっかり。
シン自身は負けたと思っているのだろう。だけど実際は、全治二ヶ月と引き換えにアンリを倒した。
「あれ? でもなんでソーマ、そのこと知ってるの?」
「シンのことなら、なんでも知りたいんです」
さらりと言ってのけると、彼女は理解するまで数秒かかったようで……それから「う?」と唸り、頬を薔薇色に染めて俯いた。
ほかのことに気を逸らさなければ……。これで僕を手伝うということは忘れたでしょうし。
「アンリは、声で直接脳に働きかけるんですよね?」
「うん……。なんか色々あって説明が難しいんだけどね」
「……戦う手立てはないんですか?」
「うーん……アンリの弱点についてあたしは知らないから……」
やはりか。耳栓でもいいから買っておくべきかもしれない。
ちょうどそこに声がかかった。
「シン? なんで起きてるんですか?」
*
慌てて立ち上がった霧島花鈴は、おずおずとクゥを見た。
「クゥくん……その……私」
なんてことをしてしまったんだろう。
クゥの左顔面には血がこびりついている。
「ごめんなさい!」
頭を勢いよくさげた。これしか言えない。自分の意思ではないとしても、やったのは自分だ。
腰を曲げたままの花鈴の耳に、くすりと笑い声が聞こえた。
「大丈夫ですよ。こんなのケガに入りません」
平然と言う彼を見て、花鈴は安堵する。年下なのにすごく優しい。
「クゥくん……アンリのあの力、私じゃどうしようもないよ……。部長の居場所を言わせるために口を自由にしたら、またあれ使われちゃうし……」
反則だ、あんな力。ずるいとさえ思う。
接近戦を得意とする自分とは最悪の相性だろう。
クゥは嘆息した。
「便利にみえますけど、そうでもないんですよあの力。まぁ他人を操る能力なのは確かですけど」
「無敵じゃん、あんなの!」
「無敵なんてものは存在しません。アンリは自分の能力の恐ろしさを誰よりも知ってます。不便さもね」
「…………」
花鈴はぐっと押し黙る。ついさっき自分だって思い知ったではないか。自分の力がいかに凶暴で恐ろしいものか。
「でも言いなりにはできるんでしょ?」
「意思までは思い通りにできません。肉体だけです」
それでも充分脅威だ。
花鈴はクゥをうかがう。
「どうしよう? そもそもあの人、なんで妖撃社を狙ってくるの?」
「日本支部に配属して欲しいんですよ。今は単に復讐でしょうけど」
「え……。そ、それじゃ、なんとか説得できないのかな……交渉して……。油断させて、部長の居場所を教えてもらって……だまし討ちみたいなことすれば……」
「だまし討ちかぁ。意外ですね、キリシマさんがそういうこと言うの」
「えっ? だ、だって」
「曲がったことは嫌いっていうタイプだと思ってました」
あ、と花鈴は赤面する。
「だってあの能力じゃ私は太刀打ちできないから……」
「べつに悪いなんて言ってないですけど。まぁでも、無理でしょうね今の案は。アンリに嘘をつけないように命令されるとすぐにわかることですから」
「あ、そっか……」
名案だと思ったんだけどなぁ……。
「あ! じゃあさ、日本支部に配属するように交渉するから部長を解放しろってのは?」
「交渉ってキリシマさんが?」
「……無理、か」
がっくりと肩を落とす。いくらなんでもわかりやすい嘘だ。ただのバイトの自分に交渉する力はない。
「でも部長にお願いするくらいはできるんじゃ……」
「無理ですね。配属できないからアンリはかんしゃくを起こしてるだけです。フタバさんくらいの地位で、上に交渉なんてできるわけないでしょう?」
「部長ってそんなに地位低いの……?」
「こんな小さい支部の支部長なんですから、当たり前じゃないですか」
「…………」
そうなんだ。内心ちょっとショックを受ける。妖撃社って……そんなに大きい会社なのかな。
「と、とにかく一度事務所に戻ろう。あいつ、あっちに行ってるかもしれない」
ね? とクゥに話しかけると彼は頷いた。
「シンが来てないのを知って事務所に向かったのは間違いないでしょうね。
あ」
「え? どうしたの?」
「…………」
クゥはふところから携帯電話を取り出す。半分に割れているそれを見てから、彼は嘆息した。
「……壊れてますね」
「すっごーい。なんかマンガみたいだね」
「……あなたがやったんですよ、これ」
「え?」
「僕を殴った時の転倒でこうなったみたいです」
「……ご、ごめん」
アンリと戦って勝てる気はまったくしない。それでどうやって戦えというんだろう?
(事務所に戻ったって……今は私たちしかいないし)
タクシーを降りて花鈴たちは急いだ。だが降りた通りをまっすぐ進んだ先で人影が見える。
(ん? あれって……)
「シン? なんで起きてるんですか?」
自分よりも先にクゥがそう言って二人に駆け寄った。花鈴もそれに続く。
「無事でしたか」
安堵したような声を洩らす宗真の横には、シンが居る。
「あたしさっき起きたんだけど、どうしたの?」
「どうしたもなにも、アンリがまたフタバさんをさらったんですよ」
あっさりと言い放ったクゥの前でシンが硬直し、みるみる目つきが鋭くなった。
すぐさまきびすを返すシンを宗真が背後から羽交い絞めにする。シンはぎょっとして宗真を肩越しに見遣った。
「放してよ!」
「ダメです」
そもそも宗真とシンでは腕力に差があるのだ。シンは唸ってなんとか逃れようとする。
「なんとかフタバさんを先に見つけましょう。それしかないです」
「それはわかってるよ、クゥくん。でも場所がわかんないじゃない」
「いえ、二回も会って思ったんですけど……妖撃社からけっこう近いと思うんですよね、呼び出し場所。アンリは用心深い性格をしていますし、フタバさんは目の届く範囲に置いてるとみていいでしょう」
「!」
驚く花鈴だった。そんなこと、微塵も思わなかったのに。
「アンリは他人との接触を避けてますし……となると、場所は限られてきます」
ぴっ、とクゥは人差し指を立てた。
「一つずつあたっていくしかないですけど……その間、アンリの相手をする人が必要ですね」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生,魔術師・退魔師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
ラストで合流しました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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