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■【妖撃社・日本支部 ―松―】■

ともやいずみ
【7510】【霧島・夢月】【大学生/魔術師・退魔師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
 その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」

【妖撃社・日本支部 ―松―】



 霧島夢月の選んだ仕事はこれだ。群馬からの依頼ということだが……。
(群馬ですか)
 そんなところからも依頼が来るのかここは。
「初めてなのに大丈夫? かなり危ないかもしれないわよ?」
 心配する双羽を見て夢月は微笑む。
「大丈夫です。まずは経験のある感じの仕事から始めて、慣れるべきでしょうから」
「す、すごい自信ね」
 半分くらい呆れたように言う双羽は「まぁいいか」と呟いた。
「じゃあ行ってもらおうかしら。無理だと思ったらうちに連絡入れてね。
 あ、そうか。初めてだから誰か社員をつけたほうがいいわよね」
「一人でも大丈夫ですけど」
「様子見というか……どれくらい仕事ができるか見させてもらうっていうのもあるし、フォローさせる意味もあるの。
 誰がいい?」
 誰、と言われても。
 この間紹介されたメンバーを思い返す。どの人も癖がありそうだったが……。
「そ、そうですね……じゃあ露日出さんで」
「露日出さん? う……ん。だったら大丈夫かも。危なかったらすぐ察知するしね。
 わかったわ。彼にはこちらから言っておきます。日時は……この日でどうかしら?」
「あ、はい。大丈夫です、その日だと」
 何も予定が入っていない日のはずだ。
 急に双羽が顔をしかめた。
「解決するまでは泊まりになるけど……大丈夫? ちゃんと別々の部屋にはするけど」
「……え?」
 言われたことを理解するのに数秒かかった。あ、そ、そうか。確かに時間がかかる仕事もあるはずだ。
(実家のお仕事だとわりと早く終わるし……ほとんど個別のお仕事でしたから……)
「大丈夫です。任せてください」
「……わかったわ」
 認可のハンコを彼女は書類に押した。



 かなり田舎のほうだということは聞いていた。
 夢月は呆然と周囲を見回す。
(なんにも……ない)
 何もないわけではない。自然がある。
 一緒にバスから降りたマモルのほうを夢月は見た。慌しく事務所を出たので挨拶もろくにできなかったのだ。
「露日出さん、今回はよろしくお願いします。至らない点などあったら教えてください」
「そんなかしこまらないでいいから。えっと、霧島さんは俺と同い年なんでしょ? だからそんなに、恐縮しなくていいよ」
 室内ではいつもフードなのに、今日はキャップ帽姿だ。こんな顔をしていたのかと夢月はまじまじと見てしまった。
 銀色の瞳といい髪といい、かなり目立つ。それを隠すためにフードを深くかぶっていたのかもしれない。外での行動はフードをかぶったままではさすがに不審者に見られるのでやめたのだろう。
「目的地まではちょっと歩くみたいだね」
 地図を見ながら歩き出すマモルに夢月はついて歩く。
 必要最低限の仕事道具を手提げのバッグに詰めてきた。……考えてみれば変なのかもしれない。もっと着替えやおしゃれに裂くべき場所に、仕事道具が入っているなんて。
「空き家のねずみが人を襲うようになったということですけど」
「みたいだね。空き家じゃなくて、倉庫みたいだけど」
「ふぅん。あ、露日出さんはどんな力をお持ちなんですか?」
 マモルはそこでこちらを一瞥してきた。夢月はちょっと肩をすくめる。なにかまずいことを訊いただろうか。
「……俺は、ちょっと人より嗅覚とか聴覚が鋭いだけ、かな」
「え?」
「だからシンみたいな特殊な力はないし、どっちかっていうと普通の……普通の、人間、だよ。霧島さんは退魔師の家系なんでしょ。すごいね」
 まったくその声には褒めるような意味合いは含まれていない。むしろ、どこか面倒そうな口調だった。
「すごくは、ないと思いますけど」
「俺からすればすごいよ。そんな職業をしようなんて思うこと自体」
「あ……代々それを生業としてますから」
「……霧島さんて、他にしたいことないの?」
 しごく当たり前にマモルは訊いてくる。他にって……。
 視線を逸らす夢月に気づかず、マモルは前に向き直って首を傾げた。
「学校の先生とかキャビンアテンダントとか似合いそうだけど」
「そんな……。キャビンアテンダントとかだったら遠逆さんも似合いそうですよ、美人だし」
「う、うーん……でもあの無表情と態度でやられたら怖いな、俺は」
 想像してげんなりしているマモルの背中を夢月は見つめた。そういえば自分はなんでこの仕事を選んだのだろう? やりがいはあるし、嫌いではないけれど。
 別の仕事をしている自分を想像できない……。おかしいのかな、これは。



 目的地まではあと少しというところで、マモルは足を止めた。
 鼻に手をやって摘む。
「う……こ、これ、すごい臭い……」
「? 何がですか?」
 夢月には妙な臭いなど感じ取れないのだ。香るのは土、木々のもの。空気だって澄んでいる。
 マモルはみるみる青ざめた。
「ん……ちょ、ひどいなこれは。都会のドブみたいなのとは違うけど……大量にいるのかな」
「大量?」
 マモルはちら、とこっちを見た。おどおどして、それから尋ねてくる。
「霧島さんて、退魔師、ってやつなんだよね?」
「そ、そうですけど?」
「かなり強いの?」
「え……? えぇ、あの、まぁそれなりには」
 謙遜する夢月に「そう」と洩らしてマモルは「あ」と何かに気づいたように声をあげた。
「そういえば俺は補助だった。メインで動く必要はないのか。そっかそっか」
 納得して喜んだがすぐに落ち込む。
「女の子に頼るって……」
「???」
 なんだかよくわからないが、この先には目的の倉庫がある。そこにねずみが居るのだ。

 細長い道を進むと古い家が見えた。一軒は空き家。その横には倉庫として使われているらしい建物も。
 どちらも二階建てで、かなり年季が入っている。空き家になってから時間がかなり経過しているのは、周囲の雑草の多さでわかる。
 夢月はマモルを見遣る。彼は自分よりも先輩になるのだ、会社では。一応おうかがいをたてておいたほうがいいだろう。
「どうですか、露日出さん」
「…………なんで、あんなところにずっと居るんだろう」
 呆然とするマモルは「あ」とこちらに気づいて苦笑した。
「大量のネズミが潜んでるね。これは、危ないよ。建物ごと壊したほうが早いと思うんだけど……霧島さんはどういう風にするつもりなの?」
「えっと、あの倉庫周辺に結界を張って、中から逃げられないようにします。それから中に入って、見つけ次第斬っていくつもりですけど」
「……霧島さんの反射速度はネズミを上回ってるの?」
「え」
「いや、一体二体ならいいけど、大量のネズミ相手から一斉に襲われて、それを撃退できるのかなって思って」
「露日出さんもいますし……」
「ええっ!? 俺はあんまり手伝えないと思うよ。だって分が悪いよこれは」
 分が悪い? さすがに夢月は怪しげな目でマモルを見てしまう。
 そんな夢月に彼は申し訳なさそうにする。
「動物は怖いよ。とっても」



 笛吹き男の話がある。どこの国のものだったか夢月は思い出せない。
 ねずみに襲われる町を救ったのは、一人の笛吹き男だった。だが彼に報酬を渡すのを渋った町の者に彼は復讐する。
(……子供たちを連れて行く)
 夢月は倉庫を囲むように結界を作っていく。得意な結界術を使うのは嬉しい。だがどんな術にも時間や用意はかかるものだ。
 手順、というものが魔術にだってある。呪文や、道具もその手順に組み込まれているのだ。
 マモルは顔色が悪い。視線はずっと倉庫に定められている。中で大量のねずみが蠢いているそうだ。
「どのあたりにいます?」
 結界を張った夢月がマモルに尋ねた。そっと視線をこちらに向けて「う〜ん」と彼は唸る。
「そりゃネズミだからねぇ……天井裏かな。でもあちこち走り回ってるし。数が多いのは仕方ないんだろうけど」
「どれくらいいますか?」
「……んー。すごくたくさん、としか言えないな。中に入るのは危ないよ」
「外から狙っても逃げられてしまうでしょうし……難しいですね」
 狭い通路におびき寄せて、出てきたところを仕留めるしかないかもしれない。
「双羽さんに許可をもらって、建物を破壊したほうが早いかもしれないよ?」
「倒壊許可は出ていなかったはずですよ、ここ。とにかく様子を見てきます」
 倉庫に向けて歩いていく夢月は、重い扉を開いた。中はホコリが舞い、暗闇で奥が見通せない。
 刹那、闇の足元がざわりと動いた。暗闇の奥から何かがこちらを見ていた。その漆黒の中から波がこちらに一斉に押し寄せる。
 夢月は自身に宿る霊刀を取り出して構える。構えた時にはその黒い波が眼前にまで迫っていた。刀を振り上げるがすぐに気づく。このままでは入り口の壁に当たってしまう!
 一歩分素早くさがって一閃。
 刃の通った道筋が斬り裂かれる。だがあっという間にそこが埋まってしまう。何十匹かは殺したはずだ。なのに。
(それを上回る数……!)
 ねずみの繁殖力を侮っていた。こんなに大量の敵……しかもこれほど小さく狙いづらいものは初めてに近い!
 夢月はステップを踏みながら後退する。ねずみの俊敏さは人間の目で追えるものではない。人間の動作では追いつかないのだ。いくら夢月の剣技が速くとも。
 結界の外まで出たところで夢月は尻もちをついた。急激に後方に退がったためにバランスを崩したのだ。ねずみたちは、まるで波がひくように倉庫の中に戻っていく。
「こ、これは凄まじいです」
 報告書にあった、ここに近づいて重傷になった人がいるというのは本当らしい。
 マモルが上からこちらを見下ろし、手を差し伸べてくる。それを握って立ち上がりながら夢月は言う。
「建物を傷つけないように戦うのって、けっこう神経遣いますね。いつもは大体の位置を特定したら遮蔽物ごと薙ぎ払ってしまうんですけど……いつもこんな感じなんですか?」
「これが俺たちのお仕事なんだよ。霧島さんみたいな専門家の人はすごく驚くけどね。
 俺も知恵を出すから、一緒にどうにかしよう」
「え、でも」
「一人より二人のほうが、意外になんとかなるもんだよ。俺はあんまり使えないほうだけどね」
「あの、これが終わったら報告書を提出するんですよね。レポート風でいいんでしょうか?」
「うん。まぁそんな感じでいいと思うよ」
 夢月は衣服についたホコリを払った。
「仕事が無事に完了した、って書きたいです、ぜひ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7510/霧島・夢月(きりしま・むつき)/女/20/大学生,魔術師・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 マモルと共に群馬まで行っていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。