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■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【3604】【諏訪・海月】【万屋と陰陽術士】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



 普段は着ないスーツ。頭に巻いているタオルは外し、髪はきちんと切り揃えている。アクセサリーは首からさげているシルバーのネックレスのみ。
 諏訪海月は建物を見上げる。
 表通りに並ぶビルとビルの隙間の道を進んだ先に、ここはある。四階建てのそこには、会社名がででんと表示されてはいない。
 正面玄関から中に入る。だが一階には人の気配がない。上の階だろうか?
 海月は階段を使って二階にあがり、様子をうかがう。一階のようにホールがあるわけではないらしい。
 ガラスを使用したドアを見つける。一番手前にあるので、もしやあそこか?
 海月はそちらに近づいてドアに手をかけた。
 そっと押すと、「いらっしゃいませ」と声がかかった。
 声のしたほうを見ると、ホウキを手にしているハニーブロンドのメイド少女が立っていた。かなり可愛らしい。まるで人形だ。
「ご依頼ですか?」
「あ、いや、バイトの面接に来たんだが……」
「あら。ではこちらへ」
 掌で指し示し、彼女はすたすたと歩き出す。海月はそれに続いた。
 案内されたのは部屋の一角に用意されている、来客用らしいソファとテーブルの置いてある場所だった。
「そちらにお座りになってお待ちください。支部長をお呼びしますので」
 にっこり微笑んで彼女は奥のほうへと歩いていく。
 この一角は完全に衝立で区切られており、周囲は見えなくなっている。海月はとりあえず見える範囲だけ観察した。
 いたって普通の事務室だ。建物に比べて室内は綺麗だし、それほど怪しくない。
 こちらに足音が近づいてきて、衝立の向こうから一人の少女が姿を現す。制服姿の女の子だ。不思議そうにしている海月に彼女は微笑んだ。
「こんにちは。私が妖撃社、日本支部の支部長をしております、葦原双羽です」
「あ、諏訪海月だ。バイトの面接に来た」
 軽く頭をさげる。双羽は少し無言でその様子を見ていたが、すぐに海月の向かい側に腰かけた。
「師匠からここ妖撃社の話を聞いた。それで……」
「履歴書はお持ちですか?」
 海月の言葉を遮るようにして、双羽は笑顔のままで訊いてくる。
 あ、と呟いて海月は視線を少し逸らした。
「履歴書は持ってきてない」
「そうですか。では簡単ですが、今までの学歴や職歴を訊いてもいいですか?」
「えっと……」
「……言いにくいようでしたらまたでいいですよ。
 今は何をされているんですか? 学生の方でしょうか?」
 逃げ道を用意した双羽を海月は見遣る。見た目の年齢に惑わされては痛い目に遭いそうだ。
「いや、学生じゃない」
「そうですか。
 では、なぜうちでバイトをしたいと思ったのか、志望動機などを教えていただいても?」
「俺は、相棒と二人で万屋、興信所などの依頼をやってきた。が……こういう組織に入ったことがない。こんな歳になってアレだが、社会勉強になると思った」
 ちら、と見るが彼女は口を挟むつもりはないらしい。海月は一気に喋ってしまおうと続けた。
「困った人を助けることも、社会勉強の目的の一つだと思っている。多くのことをここで学べればと、思う」
「……わかりました」
 彼女は穏やかな笑みのままそう応えた。
「諏訪さんは今お幾つですか?」
「いま二十歳だが」
「まだお若いじゃないですか。二十歳といえば、大学の二回生くらいですよ?」
 あぁそうか。そういえば、そうだ。
(前世の記憶があるからどうもな……)
「動機はわかりました。うちは厳しいですけど構いませんか?」
「ああ」
「では他に……。うちに来られたということは、何か特別な能力をお持ち、とか?」
「俺の能力は……メインは、『陰陽師』だ」
「……それは職業では」
「あ、そうだな。陰陽道の術だ。札、呪文、魔方陣を用いて、魔を退けること。プラス、武道……少林寺を組み合わせて戦っている。あとは、水使いの能力もある。これは補助的な能力に近い。攻撃の防御などに使う。ある程度水がある場所だと、やりやすい」
「うちにも陰陽道にとても詳しい方がいますよ。私は詳しくないですけど、その方と話が合うかもしれませんね」
 専門家がいるのか、と海月は思う。まぁこういう職場だし、いないほうがおかしい。
「万屋……それに草間さんのところでお仕事をされていたということですが、うちはきっちりと管理させていただいてます。
 今まで不可思議な事件にも携わったことがあるとは思いますが、うちはちょっと違いますよ」
「違うとは、どういう具合にだ」
「うちでは依頼人の事情を優先します。
 うちの依頼の多くは一般の方からになりますので、その方たちの生活を脅かさないように行動します。間違っても目の前で堂々と特殊な能力を使わないように」
「そうなのか……」
「許可もないところに勝手に入らないこと。それに建物もできるだけ傷つけないこと。これは必須条件になります」
「…………」
 思っていたよりも厳しい会社のようだ。草間興信所でのことはけっこうなんでもアリだったし、自分のところもそうだ。
 それに……支部長である少女は微笑んではいるが、こちらを観察している。おかしなところがないようにと自分なりにまじめな格好で来たのだが……。
「面接はこれで終了です。合否はおって連絡しますので、連絡先を教えていただいてよろしいですか?」
「ああ」
 海月は自分の携帯電話の番号を教えた。彼女はそれをふところから取り出したメモ帳に書き込んでいる。
 しまった……履歴書を持ってくればこんな手間はとらせなかったのに。履歴書には住所や電話番号を記すところがあるのだ。
(……印象が悪くなったか……?)
 内心少し、どきどきしてしまう。
 ぱたんとメモ帳を閉じて、双羽は立ち上がった。
「ではこちらに連絡をさせていただきます。お疲れ様でした」
「あ、あぁ」
 海月も立ち上がる。彼女は軽く頭をさげてすたすたと姿を消してしまった。
 残された海月はどうしようか悩むが、面接が終わったのだから帰るしかない。歩き出した海月は、出入り口へと向かう。衝立で区切られた細い道を歩いて行くと、ドアを開けてこちらに微笑んだメイド娘と目が合った。
「お疲れ様でした。お帰りはこちらです」
「助かる」
 小さくそう言って出て行くと、彼女は音もなくドアをさっと閉めた。まるで追い出されたような感じがして、海月は思わず振り向いた。
 着慣れないスーツとシャツ。シャツの襟元を軽く緩めて息がしやすいようにした。
(なんか……怖い感じがする支部長だったな。高校生くらいだったが)
 緊張していて、あまり考えなしに喋ってしまったような気さえする。ともかく、帰ろう。



 帰ってゆっくり休んでいると、携帯電話がぶぶぶと音を発した。そういえばマナーモードのままだ。
 時刻は19時過ぎ。誰だろうかと画面を見るが、見知らぬ番号だ。
「……はい」
 通話ボタンを押すと、相手が訊いてくる。
<こちら、妖撃社の葦原と申しますが、諏訪海月さんの携帯電話でお間違いはないでしょうか?>
 あ。
 海月は「ああ」と返事をした。
<本日の面接の結果のお電話をさせていただきました。夜分にすみません。
 結果ですが、バイトに採用させていただくことになりました>
「わかった。助かる」
<では手続きをしますので、後日都合のよろしい日にこちらにおいでください。その際に履歴書を持参するように>
「わかった」
<それでは失礼します>
 通話を切り、海月ははぁ、と大きく息を吐き出した。採用されたのはいいが……俺に勤まるだろうか?
 なんだかあそこは一筋縄ではいかない気がする。海月の能力を話しても支部長は表情を動かしもしなかったし……。
(……それより、やっぱり履歴書がいるのか……)
 そういう、『普通』のことが…………とても苦手だ。



 都合のいい日、ということで遠慮なく空いている日にやって来た。苦手な履歴書も携えて。
 この間と同じところでいいのかなと思ってドアを押し開ける。
「……すまないが、誰か」
「あら。この間の。フタバ様ですわね。こちらへどうぞ」
 再びあのメイドが現れ、来客用の一角に通された。ソファに座っていると、すぐに双羽がやって来た。
「こんにちは、諏訪さん」
「ああ」
 彼女は手に持っているファイルをテーブルの上に置き、海月に言う。
「じゃあ履歴書を出して。それから、今から契約書を出すから目を通しておいてね」
「わかった」
 履歴書を出して渡すが、その際に双羽が軽く睨んでくる。
「言葉遣いは直すように。私はここではあなたの上司よ」
 え、と海月は硬直した。そこでハッとする。面接の時のあの観察するような目……自分の言葉遣いもきっちりみられていたのだ。
 面接をして雇ってもらう相手にタメ口で話すというのは……ありえない。不採用にならなかったのは運が良かったからだろう。
「わ、悪かった……いや、悪かったです。どうも俺は、前世の記憶があるから……」
「そんなのは関係ないわ。仕事だから、きちんと分けなさいと言っているだけでしょう?」
 容赦のない彼女の言葉に海月は絶句した。前世の記憶とか、能力者とか、そういうことは関係ないのだ。ここでは彼女の「部下」。それだけだ。
「……はい」
 頷く海月の前に書類が出される。
「きちんと目を通して、おかしなところがないか確認してね。あとで文句を言われても対応できないから」
 おずおずと書類を手にとり、目を通す。珍しいことに、それほど難しい書き方はされていない。
 その時、先ほどのメイド少女がお茶を運んできた。湯飲みが海月と双羽の前に置かれる。
 書類に目を通して海月は「ないです」と返事をした。
「では契約書にサインをしてもらうわ。
 うちの仕事では仕事の後に必ず報告書を提出してもらうことになってるの。使用した武器や、破損した箇所もきちんと書くこと。いいわね?」
「わかりました」
「事前に使用する武器がある場合は、できるだけ事前に申請すること。銃火器などの使用がある場合は、極力避けること。使用しても、できるだけ弾丸を回収すること」
「…………」
 説明に海月は頭が痛くなってくる。万屋の時のような、だらだらしたものがここにはない。適当ではいけないのだ。
 前途多難に、海月はそっと溜息をついたのだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3604/諏訪・海月(すわ・かげつ)/男/20/万屋と陰陽術士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、諏訪様。ライターのともやいずみです。
 とりあえずバイトには採用されたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。