■悪魔に魅入られた少女―第三話―■
川岸満里亜 |
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】 |
「ちょっと、助けに来なさいよ、時雨っ!」
呉・水香はゴーレムの名前を呼んだ。
ゆりかごのような寝台から、片足だけ下ろしている。
1つの手が、ゆっくりと、ゆっくりと水香に近付く。
新たに現れた夢魔もまた、水香を取り囲んでいく。
「お姉ちゃん」
呉・苑香は手を伸ばした。
しかし、姉と自分との間には距離がありすぎる。苑香の手は空を掴むことしかできない。
「私、強く意志を持つから。大丈夫だから……姉の所に、行こう」
苑香が皆に言った。
苑香達もまた、夢魔に囲まれている。守らねばならない人々の精神も在った。
この世界での攻撃は、強い意志を持って臨めば耐えることができる。
強い、確固たる意志さえあれば――。
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『悪魔に魅入られた少女―第三話―』
夢と現実の狭間。
この白い空間は、悪魔が支配している空間だ。
悪魔の意思のまま、人々や動物達の精神は動いている。
しかしその世界に、肉体を持ったまま訪れた者達がいた。
彼等の存在が、悪魔の空間を揺るがす。
人々の精神は、夢見の魔女の元に集った。
悪魔に従い続ける夢魔は、暗黒魔術師により斬り捨てられる。
「強い、意志があれば大丈夫だから」
そう言葉を発する少女の声は、僅かに震えていた。
「分かりました。でも、無茶はしないで下さいね」
答えたのは、人々の精神を呼んだ魔女、樋口・真帆であった。
真帆は微笑みながら、心に誓う。目の前の少女も、彼女の姉も。そして、自分達を守ってくれている全ての人の心も、全て守り、共に帰るのだと。
疲れた体を奮い立たせ、真帆は皆に呼びかけた。
「苑香さん、悠輔さん、そしてここに集った皆さん。この世界を変えてしまいましょう。ここに、私や皆さんの夢の世界を作り出しましょう」
襲い来る弱い夢魔には、優しい波動を送り、その心を静め。
獣の形をした悪魔の僕の夢魔には強い波動を送り、消し飛ばし。
真帆は皆の心を描き始める。
「心に秘めし想いの欠片。それは闇夜に煌く星のように。荒野を彩る花のように。そして夢を紡ぐ優しい歌のように……」
彼女の声は風に溶け込む歌のようだった。
人々の心の中に、深くしみこんでいく。
「虚ろなる世界を染める七色の虹となれ」
そう真帆が言葉を紡いだ途端、世界に色がついた。
廃墟だった町並みに、急速に鮮やかな色が。
美しい花々、そして、大きな滝。
心地よい水しぶきの音。
廃墟の街は緑溢れる水と花の空間へと変わっていた。
「場の属性が有利になれば、悪魔にも対抗できるかも」
言って微笑んだ後、強い眩暈を感じ、真帆は倒れかかる。
「真帆さん!」
悠輔の腕が、真帆の身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
苑香が不安げな目で見ている。
「大丈夫です。ちょっと疲れただけですから! 苑香さん、お姉さんを連れてきてくださいね。一緒に帰りましょう」
そう言った真帆を、悠輔は緑の絨毯の上に座らせると、苑香と共に水香の方を見た。
場の雰囲気が変わったせいか、夢魔が勝手な行動に走っている。
「では、真帆さん。行ってきます」
苑香は拳を固めて、真帆に言った。
真帆は微笑みながら、強く頷いた。
「苑香さん、これを」
阿佐人・悠輔が、苑香に自分の上着を被せた。
硬い性質に変化させてある。万が一夢魔の物理的攻撃を食らっても、怪我をしないようにと。
「ありがとうございます」
悠輔は苑香と真帆に頷くと、バンダナを手に、苑香と共に走り出す。
銀のバンダナで、迫り来る前方の霧魔達を打ち倒し、道を切り開く。
苑香は悠輔の上着を握り締めて、姉だけを見ながらついてくる。
一匹、獣の形をした夢魔が大きく跳んだ。苑香の方へ。
「あっ」
声を上げたのは、苑香ではない。水香の方だった。
こちらに、手を伸ばしている。
「お姉ちゃんっ」
苑香は歯を食いしばり、夢魔の攻撃に備えた。
間一髪、悠輔が夢魔をバンダナで振り払う。
「一気に駆け抜けるぞ」
「はいっ」
悠輔と苑香は水香の差し出す手に向かって走った。
精神体の少女が、不安気に自分を見上げた。
「あなた、敵、じゃない、よね?」
その言葉に答える余裕はなかった。
黒城・凍夜は、自らの中に入りつつある存在を……受け入れることにした。
あえて力を抜いて、自分の中へと白い腕を誘い込む。
白い腕が凍夜の身体の中に入り込んだ途端、凍夜は空間を切った。
これ以上の力をこの世界に流れこませないために。
周囲の景色が変わっている。
真帆と、人々の想いにより、世界に色がついた。
明るい大地。
鮮やかな花々。
水の流れる音――。
それらが、悪魔の干渉力を弱めている。
凍夜の腕から、剣が落ちる。
身体の自由が奪われた。
ゆりかごのような寝台の上で、不安げに自分を見つめている少女に、手を伸ばした。その、首に触れる。
途端、凍夜の精神は内部から悪魔に攻撃をしかけた。
「俺の血液は特殊でな。俺の中に入るということは、牢獄に自ら入ったも同然。この牢獄では、生かすも殺すも看守次第だ」
苦痛とも笑みともいえぬ表情を浮かべながら、凍夜はうめき声を上げていく。
悪魔を倒すという意志、帰還への強い意志を持ち、凍夜は悪魔を受け入れた。
その精神だけは、悪魔も崩すことはできなかった。
全方位、全魔力を用いて、悪魔を自分の中に封じ込める。
そして凍夜は体内血管に働きかけ、内部から悪魔のエネルギーを追い込んでいく。
その力を自らの中に、引き込む。
「くく……っ」
薄い、笑みを漏らす。
血液の中に、力が充満していく。
悪魔の力は、凍夜の力へと変化していった。
「水香さん」
「お姉ちゃん!」
二つの声が、少女――水香に近付いた。
腕が水香の身体へと伸ばされる。肌色の4本の腕が。
2人の4本の腕が、水香を包み込む。精神体の水香には、触れることはできなかった。
しかし、確かにその場所にいるという、存在感が確実に感じられた。
「お姉ちゃん……もー、初めての家出だね」
苑香は涙を浮かべながら、そう言った。
「大丈夫か?」
悠輔の心配そうな声には、水香は笑顔でこう答えた。
「ったく、助けに来るのが遅いよ!」
淡い光が降り注いでいた。
夢魔達の姿が、少しずつ光に溶け込み、消えていく。
「目覚めの時が来ました」
そう、真帆が穏やかに言った。
「帰ろう」
苑香の言葉に、水香は大きく頷いた。
水香は寝台から下りると大きく伸びをした。
「素敵なところねー。私の夢かしら?」
「ううん、お姉ちゃん以外の夢よ」
そう言って、苑香は笑顔を浮かべた。
真帆の所まで、悠輔と苑香が付き添って歩く。
後ろから、凍夜もやってくる。もう、悪魔の気配はない。
凍夜は水香を連れ去ろうとした悪魔そのものを取り込んだわけではない。そのエネルギーの一部を吸収し、自分の物とした。
当分、悪魔はこのような干渉を行なえないだろう。
真帆は皆を迎え、柔らかく微笑んだ。
「それでは、帰りましょう」
そっと手を広げて、微笑みながら、精神体の人々を送り出す。
「先帰っててね。勝手に出歩かないでよ!」
「わかったわかった。苑香は寂しがりやだからねぇ」
「んもうっ」
姉妹がそう会話をしたあと、真帆の導きにより、水香の身体が世界から消えた。
そして、肉体を持ったまま訪れた4人も、顔をあわせて微笑み、帰路につく。
* * * *
「お帰り」
そう言ったのは水香だった。
「うん、お帰り、お姉ちゃん」
苑香も同じ言葉を返す。
「えへへへへ」
水香は照れ笑いを浮かべていた。
そして。
「あー!!」
室内の鏡を目にして、叫び声を上げた。
「身体痛いと思ったら、顔にもくっきり跡がついてるし!」
机につっぷして寝ていた水香の顔には、本の跡が刻まれてしまっている。
「どうして、ベッドに寝かせてくれなかったのよっ。もー、いい男がいるっていうのにーーーー」
なんだか暴れ出しそうな勢いである。
ちなみに、いい男とは凍夜のことである。
水香は20代半ばくらいの美青年が好みなのだ。
「ごめんごめん、でも、私の力じゃ無理だって」
そんな姉妹の様子に、凍夜が吐息をつく。
「まあ何にせよ、無事に帰れたな。お疲れさん」
凍夜の言葉に、皆が安堵の表情を浮かべ、頷いた。
「で、一体どうしてこんなことになったんだ」
凍夜は水香に訊ねた。
水香は好みの男性の言葉だからか、少し大人しくなり決まり悪そうに話し出した。
「悪魔の力をさ、ちょっと借りようと思ったら、なんか吸い込まれるように眠くなってきて」
「そして、あの世界に連れていかれたの?」
「よくわかんない」
苑香の言葉に、水香はふて腐れたような顔で答えた。
「悪魔という存在にも、心があります。水香さんは単なるエネルギーのように思っていたのかもしれませんが」
「つまり、悪魔に好かれたってことだな」
真帆の言葉に、凍夜が続く。
「だったら、こっちの世界にきて、私の僕になってくれればいいのにー」
「お姉ちゃん」
水香に、苑香は睨んでみせる。
「お礼、まだ聞いてないんだけど?」
その苑香の言葉に、相変わらずのふて腐れたような顔で、水香は「ありがと」と小さく呟いた。
一同は呉家の居間に移動し、草間興信所に報告の電話をかけた。
真帆は座椅子に腰かけて、ふうと息をつく。さすがに疲れた。
凍夜もまた、吐息をつき、目を瞑った。力を取り込んだ際、やはり多少の無理をしたため、身体の調子が良くなかった。
「まあまあ、ゆっくりしていってよ、あはははは」
笑い声をあげる水香を、苑香が軽く肘で小突いた。
「水香さん」
出されたお茶を一口飲んで、悠輔が声を上げた。
「この本だが」
悠輔は悪魔契約書をテーブルの上に置いた。
途端、水香の顔から笑みが消える。
「もう危険性は十分分かっただろ? 処分すべきだと思うが……どうする?」
悠輔の問いに水香は少し考えた後、こう答えた。
「嫌。取り戻したいものとか、あるから……」
「悪魔の力を借りたら、また同じようなことが起きますよ?」
真帆の言葉に水香は押し黙る。
「ああ、その契約書だが」
凍夜が目を上げて、黒表紙の本を見た。
「今回の報酬として戴きたい」
「えっ!?」
水香が驚きの声を上げた。皆の視線が一斉に凍夜へと注がれる。
「お前が持っているといつ悪魔の干渉があるか分からない。しかし、俺なら……」
軽く笑みを浮かべる。
「逆に好都合だ」
「私はそれでいいと思う」
そう言ったのは、苑香だった。
「凍夜さんが悪魔を封印してくれたんだし、本当に必要な時は貸してくれるかもしれないでしょ?」
「……なるほどねー。んで、悪魔の相手は任しちゃえばいいってわけね!」
なんだか、良い様に使われそうな気もして、凍夜は眉を寄せた。
「じゃ、今回のお礼としてその本、預けるわ。預けるといっても、所有権はあなたにあると考えて構わない。必要な時には借りに行くかもしれないけど、よろしくね」
そうそう悪魔の力を必要とすることなど起きはしないだろう。凍夜は一応了承することにした。
「真帆さんと、悠輔さんにもお礼しなきゃね」
「俺は礼は必要ない。お互い様だろ」
苑香の言葉に、悠輔はそう答えた。悠輔は仕事として手伝ったのではない。友人として、苑香と水香を助けたまでだ。
「では、私は……」
真帆はお茶を飲みながら、微笑んで言葉を続ける――。
* * * *
数日後、明るい陽射しの下、呉家の庭が賑わっていた。
大きなテーブルに、真っ白なテーブルクロスが敷かれている。
椅子はあらゆる部屋からかき集めたものだ。
集った人々に、苑香は紅茶を出して回る。
「研究室のオーブンで焼いたんだけど、大丈夫、食べれるから」
そう言いながら、水香はクッキーをテーブルに置いた。
「私は、マドレーヌを焼いて来ました」
真帆がマドレーヌを皆に配る。
凍夜は水香に本を差し出した。
黒表紙の本……しかし、悪魔契約書ではない。
「悪魔に関する書物だ。読んでおくといい」
「ありがと〜」
楽しい本ではないのだが、水香は満面の笑みで本を受け取った。そして、凍夜の隣に腰掛ける。
「今度は、貴方のようなゴーレム作ろうかな〜。少し危険な感じがする男性も素敵」
「こらこらっ」
ぺちぺちと苑香が水香の頭を叩いた。
「あ、これは悠輔さんからね」
そう言って、苑香は皿にのせた団子を皆に配った。その後、悠輔と顔を合わせて微笑み合う。
「ありがとね、悠輔さん。いつも本当に」
「いや別に、大したことはしていないから。むしろ、もっと早く気づいてやればよかった」
悠輔の言葉に、苑香は首を横に振った。
「少しくらい痛い目に合わないと、お姉ちゃん気づかないからさ。あんな調子だけど、今回のことで相当反省したみたい。怖いのか寂しいのか分からないけど、何かと理由をつけて私を部屋に呼ぶし」
そう言って苑香は笑った。
「そうだな」
悠輔もまた、笑みを浮かべる。
ピンポーン
「こんにちは」
チャイムの音と共に、女性の声が響いた。
「はーい」
苑香が対応に出て、新たに訪れた二人の来客を招きいれた。
「呼んでくださって、ありがとうございます」
そう丁寧に、草間・零が頭を下げた。
「いやあ、俺は場違いじゃないか?」
「そんなことないですよ」
草間・武彦の言葉に、真帆はそう答えて、自分の隣に2人を招いた。
「これ、お土産です」
零が水香に渡したのは、煎餅であった。
「甘いものばかりだったから、助かるわ〜」
そう言って、配るより先に水香は食べ始めた。
真帆は紅茶を一口飲んで、微笑みながら回りを見回した。
真帆は報酬は求めなかった。ただ、皆でお茶会をしようと提案したのだった。この庭で。
「このお庭、とても綺麗ですね。大きな池に、綺麗なお花。皆で見た、夢の世界のようです」
そして、真帆はこう言葉を奏でた。
“水の香る花苑”
この家は、間違いなく水香、苑香の居場所。2人の帰るべき場所――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【7403 / 黒城・凍夜 / 男性 / 23歳 / 退魔師/殺し屋/魔術師】
【NPC / 呉・苑香 / 女性 / 16歳 / 高校生】
【NPC / 呉・水香 / 女性 / 17歳 / 発明家】
草間・武彦
草間・零
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『悪魔に魅入られた少女―第三話―』にご参加いただき、ありがとうございます。
無事全員で最後を迎えられましたー!
今後も悪魔の干渉はあってもおかしくはないですが……本が水香から離れたことにより、危険性がほぼなくなりました。
全3回、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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