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■【妖撃社・日本支部 ―椿―】■

ともやいずみ
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】
 これは普段の妖撃社の物語ではない。
 いつもの仕事の話ではない。
 いつもの依頼のことでもない。
 だがコレも妖撃社の物語の一つ…………。
 
【妖撃社・日本支部 ―椿― 過去からの復讐者・5】



 久しぶりに踏み込んだ事務室では、人形に襲われた。とはいえ、操り主がいないので後方にさがって避けるだけで事足りた。
 すぐに追おうとしたが、割れた窓から妙なものが入ってくる。アンリは咄嗟に出口に向けて駆けた。
 室内で破裂するソレ。煙がたちこめたので、アンリはそのまま廊下に出て、階段をあがった。
 煙がある程度おさまるまでここから動かないほうがいいか……。
(どうせクゥも戻ってくる。シンもあと少しで起きる)
 こちらに双羽が居る以上、彼らは自分に勝てない。行方など、どれだけ拷問されても吐くものか。
(オレが死んだらわからなくなるしネ)
 薄く笑うアンリはこれからのことを考える。とりあえずあの二人を叩きのめす。シンをせめて。
 全員ぶちのめせば、とりあえず今の気分は晴れる。誰がみても無意味だと思うことだろう。だが自分には意味がある。それだけだ。

***

「シン、社内には入らないでください。催涙ガスが充満してるはずですから」
「うん! がんばろうね、ソーマ!」
「…………」
(ぜ、絶対今の日本語、わかってないでしょう、シン)
 頭痛い……。
 げんなりする柳宗真は額を手でおさえた。
(まぁいいです。どうなるかわかりませんが、なんとかしてみますよ)
 クゥと霧島花鈴は双羽の捜索に。その間のアンリの注意をひくのは宗真とシンだ。個人的には反対だ、シンが囮になるのは。
 ちらりと隣で事務所をうかがうシンを見る。
(止めてもやりますからね、シンは)
 ならば自分が傍について、極力傷を負わせないようにすればいい。
 クゥに訊いてみたが耳栓はほとんど役に立たないらしい。完全に音を遮断するわけではないからだ。
(ただ、聞いた本人の『理解』に頼るから使うのが難しいんですよね)
 『とぶ』という単語でジャンプを想像するか飛翔を考えるかは個人差がある。
 ふいにさっきのクゥの言葉を思い返してムッとした。
(ったく、なに焚きつけてるんですかクゥさんは。ひとがせっかくはぐらかしておいたのに……)
 おかげでシンはめちゃくちゃやる気になっている。クゥの考えはわからないでもない。アンリはシンを狙っている。シンがいたほうが確実に時間が稼げるのだ。
(えげつない性格してますよね、子供のくせに)
 わざと言ったのは間違いないだろう。イヤな子供だ。
「じゃあそろそろ行きますよ、シン」
「うん」
「僕は人形でアンリを攻撃します。フォローしますから思いっきり……いえ、ケガしない範囲で頑張ってください」
「べ、べつに戦うわけじゃなくて……時間稼ぎだからそんなむちゃくちゃしないよあたしも」
 困ったように言うシンは肩をすくめる。
「前に大怪我させちゃったし……。謝らなくちゃ」
「…………」
「そ、ソーマ……なんかまた顔が怖い……」
「なんでもありません。行きましょうか」



「えっと、次は……」
 花鈴はクゥと二手に分かれて双羽を探している。クゥの推測が当たっているとすれば、双羽は空いている部屋にいるらしい。テナントを募集しているところだ。
 妖撃社の近くということだが、ここはビルが多い。完全なオフィス街ではないが、そういう雰囲気はある。
 自分の持っている携帯でクゥに連絡する。
「あ、クゥくん。ここもハズレみたい。次に行くね。……うん、じゃ、そっちに行く」
 通話を切って足早に次に向かい始めた。
 ちなみにクゥが持っているのはシンの携帯電話だ。
「えっと、シン……さん? ケータイ持ってますか? あの、クゥくんのケータイ壊れちゃって。連絡できないと不便だし、貸してあげて欲しいな〜って」
 そう言い出した花鈴を見て、シンはあっさりと携帯電話を出したのを、思い出す。
「いいよ。だってこれ、会社のだし。番号はクゥのと一つ違い。最後が7だよ」
 笑顔でそう言うシンからクゥはケータイを受け取っていた。そしてこちらをちらりと見る。うぅ、だって私が壊したって言いたくないじゃない、ふつうは。
 見つけたビルの正面と裏口をあたる。出入り口に鍵がかかっていないなんて無用心だが、アンリが簡単に出入りできるのならそれも考えられるのだ。
 裏口のドアノブを引っ張るが開かない。ここも違うだろう。
(考えてみれば暗証番号を中の人からも聞けるわけだよね。うぅ、やっぱり反則だよあの力は。あ、でもクゥくんが……あの人は人見知りが激しいって言ってたっけ)
 あれで……?
 思わず不快そうな顔をしてしまうが、次だ次。早く部長を見つけないと!



 アンリの視界、もしくは声の届く範囲にいないこと。それがクゥから聞いたものだったが、かなり難しい。
 人形を操るにはアンリを見ながらになる。それにシンはもろに接近戦タイプだ。
「どこらへんに居ます?」
「んー、屋上だと思うけど、当てにしないでね」
 ……ということは、屋上で周囲を見張っているのだろう。下から見えないのでこちらに不利だ。
 ビルとビルの隙間の細い路地からうかがっていると、シンは宗真に言う。
「あたしが出て行くから、ソーマはアンリをなんとかしてくれる?」
「……またそういうことを言う」
「だってさっきクゥに『僕がアンリの相手をします』って言ってたじゃない」
「ムチャしないって約束できます?」
「しないよ。だって戦うわけじゃないもん」
「支部長をさらったのに?」
「前の時殴ったのは、あたしがしつこくて怒っただけだから」
 あぁもう、いい加減にして欲しい。項垂れる宗真の内心になど気づくはずもなく、シンは元気よく言い放った。
「あたし、ソーマを信用してるから!」

 堂々と正面から歩いてくるシンを、声が出迎えた。
「久しぶりだネ、シン。元気そうでなにより」
 大きく響くその声にシンは屋上を見上げるが、アンリの姿は確認できない。
「フタバをさらったって本当?」
「本当だヨ。でも今回はシンたちに用があるんだよ。よくもオレに大怪我をさせたな」
 そのセリフにシンがびくっとして、俯く。
「ごめん……。謝って済むとは思ってないけど、ごめんなさい」
「『その場で這いつくばれ』」
 命令を忠実に聞くシンの身体は、地面に叩きつけられるようにうつ伏せた。
「さぁどうしてやろうか。オレと同じ目に遭ってもらうっての、どう?」



(うぇ〜ん! こうしてみると、この辺りってけっこう空いてるとこあるんだ……)
 裏の薄暗いところまで行くとかなり多い。まぁ妖撃社なんて怪しげなところがあるくらいだし、当然かもしれない。
 時間との勝負というクゥの言葉は嘘ではない。
(あの二人、大丈夫かなぁ。部長も大丈夫かなぁ)
「あ、お嬢ちゃん、今から一緒に飲みにいかね?」
 酔っ払った中年に声をかけられた瞬間、般若の顔で振り向いて「行きませんっ!」と叫んだ。

 あちこち移動してもうヘトヘトだ。
(な〜にだ『任せて! 体力には自信がある』、だ。うぅ)
 自分のセリフが呪わしい。
「つ、次はここか」
 気合い気合い! 私よりも部長の身が心配だもん。
 裏から回ってうかがう。鍵はかかっているようだ。ここも違うのか。
(うそ……。一番遠いんだよここ。そんな……)
 泣きそうになってしまう花鈴は「ん?」と気づく。鍵穴のそばが微妙に歪んでいる。まさか……。
 ぐいっと強く引っ張るとドアの鍵が解除される音が聞こえた。ここかもしれない!
 慌てて中に入って外から見た時に募集の紙があった階に向かう。
 どきどきしながらそこのドアを開けると、中には両腕を後ろ手にされて縛られている双羽の姿があった。室内の柱に括られているので逃げ出せなかったのだ。
「わ〜ん! ぶちょ〜!」
 入ってきた花鈴に驚いている双羽に駆け寄り、抱きつく。
「よかった! 無事!? ケガ無い!? ひどいことされなかった!?」
「さ、されてないけど……」
 あぁよかった!
 笑顔でいると双羽が神妙な顔で言う。
「とにかく早く縄を解いて」



 まさか聞いただけで全員に効果があるとは……。
 屋上の入り口の前で這いつくばる宗真はドアを無理やり腕を伸ばして開けた。隙間からアンリの背中がうかがえる。
 ここからならいける。彼はこちらに気づいていない。
 符をなんとか取り出して舞姫を出現させる。それに糸をつけてタイミングをはかった。
 アンリはシンとのやり取りに夢中だ。 
「そうだなぁ。じゃあまずは……」
 今だ!
 宗真は舞姫を動かす。屋上へのドアを力強く開き、舞姫は一直線にアンリに向かった。
「っ!」
 背後に気づいたアンリは何か言おうとしたが、やめる。シンと宗真への同時の命令をどうするか迷ったのだ。
 舞姫はアンリを羽交い絞めにして、口を塞いだ。これではっきりと喋ることはできないはずだ。
 アンリは静かな瞳を動かして、操り主である宗真を探す。
 宗真は動けない。まだアンリの言葉が効いているのだ。その時、自分の顔の近くに誰かが立った。
「アンリ、やめるのよ」
 その人物は、ドアを開けて屋上へ踏み込んだ。



 現れた双羽に続いて花鈴が屋上へ入ってくる。
 花鈴は殴りたいのを堪えて睨んでいた。その表情を見てアンリは何か言いたそうな顔をしている。
「私はあんたとは違う……! 自分の思い通りにならないからって、周りの人に当たり散らかしたりなんてしない……!」
「…………」
 口を塞がれているアンリは花鈴の言葉に無言で返すが、嘆息したいような顔をした。
「柳さん、大丈夫だから喋らせてあげて」
「ですが支部長」
「アンリ、柳さんとシンを自由にしなさい」
 口が自由になったアンリは苦笑した。
「そっか……。負けたか、また。
 ごめんネ、支部長サン。もういいよ、諦める」
「あ、あんたね! なにが諦める、よ!」
 散々なことをしておいて! 怒り心頭の花鈴を双羽が手で制する。
「大人しく中央支部に戻るのよ。いいわね」
「わかった。もう二度と危害は加えない」
 あっさりとそう言い放った彼は薄く笑う。
「『這いつくばるのをやめる』」

「悪かったネ、シン。色々と」
「いいよべつ」
 に、とシンが言う前に宗真がすかさず言い放つ。
「本当ですよ。またこんなことをしたら首、刎ね飛ばしますから」
「ええーっ!?」と仰天するシン。
「怖いお兄さんだねぇ」
 苦笑したアンリを宗真が解放する。双羽がそう目で指示してきたからだ。
 コートのポケットに手を突っ込んでアンリは双羽を見据えた。
「それじゃ、行くよ。バイバイ」
 一度もこちらを見もせずにアンリは屋上のドアから出て行ってしまった。
 残されたメンバーはほっと一息つく。
「しかし……いいんですか、なんの罰も与えないで。またやるかもしれませんよ」
「アンリは元々大人しい性格なの。我慢ばっかりしてきてるのよ、いつも」
「でもぶちょー! あいつほんとにひどいことしたのに!」
「……アンリがやりたいことを言い出したのは、今回が初めてらしいの。だから許してあげて。
 いつも聞き分けがいいから本部のほうではかなりモメたらしいしね」
 困ったように答えられたので、花鈴も言葉に詰まった。やがて双羽の手をぎゅっと両手で握る。
「わかった。部長が許すって言うなら、私も許す」
「ありがとう、霧島さん」
「あれえ?」
 シンが首を傾げているので宗真が不思議そうにした。
「どうしました、シン?」
「なんか、誰か足りない気がして」
「あ」
 花鈴がハッとして青くなり、乾いた笑いを洩らす。
「クゥくんに連絡するの忘れてた……」

**

 戻ってきたアンヌは、全員で事務室の片付けをしている最中を見て驚いていたものだ。
 バイトの二人は帰宅させようとしたが、結局は未成年者の花鈴だけタクシーで戻り、宗真は手伝うためにここに残った。
 事情を聞いたアンヌはさらりと言う。
「あらまぁ。まるでイタチの最後っ屁みたいですわね。
 キリシマさんは後日、また様子見に来られるということでしたわよね。ヤナギさんはどちらに?」
「シンが寝ちゃったからいま部屋に運んでもらってるとこ」
 なんとか事務所内は片付いた。あとは破壊された備品を買いに行くだけだろう。
 アンヌはくすりと笑う。
「災難でしたわね、フタバ様」
「ほんとよ。でもアンリも可哀想よね。……ずっとこの会社に飼われるんだから」
「そうしないと世間に迷惑がかかりますから」
 双羽は微笑むアンヌを見た。
「バイトのあの二人、とても頑張ってくれたの」
「あら。社員の適正がおありですね」
「社員なんかになったら大変よ。そんなの私がさせないわ。
 あぁ眠い。アンヌ、後は任せるわ」
「かしこまりました、フタバ様」
 支部長の席に座って瞼を閉じる双羽に軽く頭をさげ、アンヌは支部長室を後にした。夜はすっかり明け、もう太陽は真上の位置にまで来ている――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生,魔術師・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 「過去からの復讐者」、これにて終了です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。