コミュニティトップへ




■INNOCENCE / 記憶喪失 (限定受注)■

藤森イズノ
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】
(あ……)
マズイ。そう気付いた時には、もう身体は宙に浮いていて。
時間が、ゆっくり流れているかのような錯覚を覚えて。
痛みに眉に寄せて身体を起こした時。
目の前で、自分を心配そうな顔で見ている人がいて。
自分の名前を何度も呼ぶ、その人の声は不思議と懐かしくて。
けれど思い出すことは出来なくて。たから、尋ねた。
「えぇと、あなたは誰ですか…?」
INNOCENCE // 記憶喪失

------------------------------------------------------

 OPENING

 (あ……)
 マズイ。そう気付いた時には、もう身体は宙に浮いていて。
 時間が、ゆっくり流れているかのような錯覚。
 痛みに眉に寄せて身体を起こした時。
 目の前で、自分を心配そうな顔で見ている人がいた。
 自分の名前を何度も呼ぶ、その人の声は、不思議と懐かしい。
 けれど、思い出すことは出来なくて。だから、尋ねた。

------------------------------------------------------

 物凄い音が響いた。隕石でも落ちたのかと思うほどの音だった。
 その音は、セントラルホールから。 何事かと駆けつけた男が二人。
 二階、階段前で鉢合わせた二人は、揃って階下を見やった。
 階段から転げ落ちたのだろう。小柄な女の子が二人、重なり合うようにして倒れている。
「り、梨乃ちゃんっ!?」
「うぉっ!!夏穂ぉっ!?」
 重なり合うように倒れている女の子、それは夏穂と梨乃だった。
 その事実を知った男二人……蓮と海斗は、慌てて階段を駆け下りる。
 蓮は梨乃を、海斗は夏穂を。ほぼ同時に抱き起こす。
 声を揃えて、大丈夫か? と尋ねる二人。
 見たところ、二人とも傷んでいる様子はない。
 何だって二人揃って階段から転げ落ちたりしたんだ?
 心配そうに見やる蓮と海斗。彼等の顔を見て、夏穂と梨乃はニコリと微笑んだ。
 その笑顔に、ほっと安堵の息を漏らす蓮と海斗。
 あぁ、良かった。ビックリしたよ、さすがに。
 打ち所がよかったのかな? 本当に大丈夫?
 微笑み返しながら、手を引いて立ち上がらせる。
 何ともないなら何よりだ。それにしても、凄い音だったな……。
 そう思い、蓮と海斗が苦笑したときだった。
「あのね」
 ポツリと夏穂が呟く。
 ん? と首を傾げた海斗。
 すると夏穂は、キョトンとして尋ねた。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「……は?」
 夏穂よりも更にキョトンとした海斗。
 その瞬間、嫌〜な予感を感じ取った蓮は、梨乃の顔を覗き込んで声を掛けた。
「えぇと。梨乃ちゃん?」
「はい」
「うん。えぇと……俺、誰かわかる?」
「…………?」
 その問い掛けに、梨乃は首を傾げた。これまた、とぼけた顔で。
 数秒間の静寂、沈黙。その中で、顔を見合わせて苦笑する蓮と海斗。
 二人の額には、うっすらと汗が滲んでいた。

 五分前のことだ。階段前で、偶然ばったりと鉢合わせた夏穂と梨乃。
 二人の目的は同じだった。セントラルホールの、リクエストボードを確認しに行く途中。
 それなら一緒に行こうか。二人は微笑み合い、揃って階段を一段降りた。
 そこでハプニングが起こる。息を合わせたかのように、二人は足を踏み外してしまったのだ。
 もつれあうようにして、ゴロゴロと階段を転げ落ちた二人。
 幸い、傷みは、さほど感じなかった。けれど……。

 *

 二階テラスにて、ソファに並んで座る四人。
 夏穂と梨乃を挟んで左右に座る蓮と海斗は、ポリポリと頭を掻いた。
 さて、どうしたもんかな、これ。 階段から落ちて記憶欠如……かぁ。ベタだねぇ。
「おい、夏穂〜?」
「なぁに?」
「…………んー」
 名前を呼んではみたものの、どうすれば良いのかわからない。
 どーすりゃいーの……? 助けてくれ、といわんばかりの眼差しで見やる海斗。
 いやいや、そんな目で見られても困るよ? 俺が聞きたいくらいだしね。
 記憶喪失かぁ。多分、一時的なものだとは思うんだよね。
 何かキッカケがあれば、ふっと元に戻ったりするかも。
 うーん。俺が梨乃ちゃんにしてあげたこと、もしくは思い出。
 そうだなぁ、やっぱりデートとか。キスとか。デートとか、キスとかかなぁ。
 よし。じゃあ、早速。
 グィッと梨乃の手を引き立ち上がらせ、彼女を連れて、どこかへと歩き出す蓮。
「あっ。おい、蓮っ!?」
「夏穂ちゃんは、任せるよ。 キミの彼女なんだし。びしっとキメなよ?」
「はっ!? お、おいっ!!」
 叫ぶものの、蓮はスタスタと。梨乃を連れて歩いて行ってしまう。
 任せるって言われても、お前……どーすりゃいーのさ、これ。
 チラリと見やれば、夏穂はニコニコと微笑み、護獣:蒼馬のお腹をくすぐっている。
 記憶喪失に加えて、精神年齢もガクンと落ちているようだ。
 普段は、ポーッとしているように見えて、しっかりしているのに。
 それは駄目、これも駄目、そうやって、いつも海斗を叱ったりしているのに。
 今、目の前にいる夏穂は、あどけないばかりの少女だ。
 は〜。参ったな、これ。どーすりゃいーんだろ。
 どーにもなんなくない? 俺のこと忘れてるわけでしょ。
「ねぇねぇ。お兄ちゃんも、そーちゃんと遊ばない?」
「んぁ? そーちゃん?」
「そう。この子の名前なの」
「あー。うん」
「そーちゃんはね、ここをくすぐると喜ぶんだよ」
「……おー」
 どうやら、一緒に転げ落ちた蒼馬もピヨってるらしい。
 くすぐられている蒼馬もまた、キャッキャと楽しそうに笑っている。
 何だろな、これ。 何つーか。ビミョーな心境。
 焦ってるとか、そーいうのはなくてさ。
 不思議なことに、すげー落ち着いてたりもするんだけど。
 切ないぞ、これ。まるっきり、俺のこと忘れてる。
 っていうか、興味ねーって感じ。 どーでもいーとか、そんな感じ。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうしたの? どこか痛いの?」
 クイクイと海斗の服を引っ張り、心配そうな顔で見上げる夏穂。
 その表情に、切なさ倍増。海斗は、はふ……と溜息を落とした。
 服を掴んでいた手を離し、慌てて、どこからか救急箱を取り出した夏穂。
 七つ道具である救急箱を開け、何やらガチャガチャと。
 じゃじゃーん、と取り出した包帯をクルクルと海斗の頭に巻き出す夏穂。
 うぉい。何で? 何で、真っ先に頭? 頭が悪いとか、そーいうことですか?
 苦笑している海斗を見つつ、夏穂は微笑んで教えてあげた。
「あのね、なーちゃんはね、看護婦さんになるんだ」
「……あー、うん。そーなの?」
「あ、でもね、弓の選手でもいいなぁって思うんだ」
「あー。いーんじゃない?」
「弓の選手はね、すないぱーっていうんだよ」
「んぁ? 違うだろ。スナイパーってのはさ、銃をこーして……」
「え〜? 違くないよぉ?」
「…………」
 包帯を巻きつつ、クスクス笑う夏穂。その笑顔は、いつもと同じ。
 柔らかくて優しい、花のような笑顔。一生懸命話す、その姿。
 次第に、何ともいえぬ感情に苛まれてしまった。
 何で忘れんの? 何で俺のこと忘れんの?
 なぁ、それさ。いつまで続くの? いつまで忘れてるつもりなの?
 ちょっと悪戯しただけだよ、とかさ。言ってくんねーかな。
 お前らしくないけどさ。お前が悪戯するとか、ありえないけどさ。
 そうだったらいーなって。思ってんだよ、俺。
 がしっと腕を掴み、顔を上げて見つめる。
 ポロリと落ちて転がる包帯。
「……?」
 首を傾げた理由は、二つある。

 
「いい天気だね」
「そうですね」
「あ。リスだ。可愛いねぇ」
「そうですね」
 ……って何それ。どっか聞いたことのあるような返しだなぁ。
 梨乃の手を引きつつ、森を歩いてクスクス笑う蓮。
 何と声を掛けられても、梨乃は、すさまじく淡白だ。
 心、ここにあらず。いや、まぁ、実際そんな状態なんだけど。
 加えて、蓮と手を繋いでいることが不思議で仕方ないらしい。
 何度も何度も、手を離そうとブンブン振り回す。
 うわぁ、何だろうね、これ。ちょっと新鮮な反応だよね。
 キミが、そんなに嫌がることなんてないもの。
 何だかんだで従順……いや、おとなしいからね、キミは。
 木陰で足を止め、ストンと腰を下ろした蓮。
 座りなよと微笑む蓮に、梨乃は躊躇いつつも、ちょこんと隣に腰を下ろした。
 木漏れ日の差し込む、美しい森。二人で何度も来た、一番のデートスポット。
 初夏の風を頬に浴びつつ、ニコリと微笑みかける蓮。
 梨乃は、キョトンとしたまま、じっと蓮を見つめ返す。
 うん。何だろ。初々しいよね、こういうの。
 何か、色々思い出しちゃうな。 キミと出会った日のことだとか。
 うっかり、このままでもいいかも。だなんて思っちゃったりね。
 冗談だよ。そんなの悲しいからね。
 一緒に過ごした時間、丸ごと忘れちゃうなんて。あんまりだよ。
 俺も記憶喪失になってみようかな、とも思ったんだ、一瞬ね。
 でも、キミのことを忘れるなんて絶対に嫌だからさ。
 まぁ、ただ単にリセットされるだけで、またキミを好きになるような気もする。
 なんて、ちょっとクサいかな?
 クスクス笑いつつ、グィッと抱き寄せれば、梨乃は「何ですか?」と不思議そうな顔。
 あはは。いつもなら、照れくさそうに笑うのにね。
 そういう顔も可愛いけど、やっぱり、いつもの笑顔が見たいな。
 俺にしか見せない(って約束した)笑顔、見せてよ。梨乃ちゃん。
 キョトンとしている梨乃に、優しく、そっと口付けた蓮。
 唇が触れた瞬間、バサバサと白い鳥が空を舞った。
 ザワザワと揺れる木葉。抵抗することなく、自然と目を伏せた。
 その理由は。

 *

「弓の選手よりも、看護婦の方が向いてるって。絶対」
「だから……どうして、知ってるの? それ」
 テラスで話している海斗と夏穂。
 海斗が話しているのは『なーちゃん』の夢について。
 隣で首を傾げている夏穂は、蒼馬の背中を撫でつつ思い返す。
 話したこと、あったかしら。……ないわよね。うん、ないわ。ないはずよ。
 それなのに、どうして知ってるのかしら。別に隠してたわけじゃないけど。
 何か、ちょっと恥ずかしいような気がするなぁ……。
 忘れてるだけで、いつか、ポロッと話してたのかもしれない。
 むぅ、と真剣な表情で考え込む夏穂。
 隣で笑う海斗は、何とも楽しそうだ。いや、嬉しそうだ?
 そんな二人を見て、蓮はウンウン、と頷き満足そうな顔。
 隣の梨乃は、何だかよくわからず、いまだに首を傾げている。
 交わる視線、重なる体温。二人の記憶を揺さぶり戻したもの。
 些細なこと、けれど大切なこと。互いを繋ぐ想いのチカラ。
 レストランで食事する四人。
「夏穂ちゃん。これ、美味しいよ」
「うん。こっちも甘くて美味しい。食べてみて?」
 仲良くデザートを食べて微笑む夏穂と梨乃を見やり、
 テーブルに頬杖をつく蓮と、テーブルに突っ伏す海斗は、顔を見合わせて笑った。
 ちょっとだけ。ちょっとだけ、新鮮だなとは思ったけれど。もう勘弁。
 忘れられるなんて、嫌だよ。ね。

------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7433 / 白月・蓮 (しらつき・れん) / ♂ / 21歳 / 退魔師
 7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント

 シナリオ参加、ありがとうございます。
-----------------------------------------------------
 2008.06.28 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
-----------------------------------------------------