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■【妖撃社・日本支部 ―橘―】■

ともやいずみ
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】
 妖撃社のバイトとして働いている「あなた」。
 今日は社員のシンの物語に足を踏み入れる。
【妖撃社・日本支部 ―橘―】



「鳥取県のほうまで行ってもらうつもりなんだけど……ちょっと遠すぎるしね。ほら、シンは置き引きに狙われやすいから」
 ――双羽から聞いた付き添いの理由を柳宗真は思い出していた。現在は新幹線の中だ。隣の席ではシンが眠っている。
 コーヒーを片手に溜息をつく宗真は通路側に座っていた。通路を、販売員の女性がカートを押して歩いているのが見える。
(やれやれ……確かに置き引き犯から見れば、シンは絶好のカモでしょうね。……起きないんですから。乗り過ごすこととかないんでしょうか)
 いや、それはきっと双羽が考慮しているだろうし……近距離ならシンも起きているはずだ。
 ちら、と隣を見るがシンは起きる気配がまったくない。それを眺めてまた深い息を吐き出す。
(それにしても無防備ですね。信頼されてる……なら嬉しいんですけど、シンの場合は違いますしね)
 ん? とそこで気づいた。
 そういえば前に一緒に電車で移動した時も、シンは横で寝ていた。あれはかなり短い距離の移動だったはずだ。もしかして……。
 じわ、と頬が熱くなる。
(……まさか、ね)
 信頼してくれているのだろうか? そういえば新幹線に乗り込んですぐに眠ってしまったような気もするが。
 彼女がこれほど多くの睡眠時間を必要とするのは彼女に憑いているモノのせいだ。
(……先祖代々、おそらく女性が受け継ぐ呪いの類、蓬莱剣。どうにかしてあげたいとは思いますけど……代々続く類の呪いは強力なんですよね……)
 親から子に受け継がれていくものだとすれば、厄介なことこの上ない。
(ん? でもシンは前に父親から受け継いだと言っていたような……。母親の間違いじゃないんですか?)
 頭の上に疑問符が浮かんでしまう。コーヒーを一口すすった。
(はぁ……アンヌさんや未星さんが放っておいているのが強力で厄介な証……。専門家でも無理って……どれだけ強力なんですか)
 未星ほどの者でも無理なら手の打ちようがないではないか。せめて軽減させてやることはできないのだろうか?
(クゥさんは、アンリと戦った時に無理をして睡眠時間が延びた、って言ってましたし……。蓬莱剣の能力を使うのは危険ですね)
 それはシン自身もわかっているはずだ。だが……わかっていないかもしれない。それが怖い。
 予測できない事態にシンは蓬莱剣を使う可能性が高い。アンリとの時だって、双羽の身に危険が迫ったから蓬莱剣を使ったのだ。
(未星さんに訊いたら教えてもらえますかね……。解く方法とか)
 美貌の持ち主の未星を想像し、宗真はげんなりする。あんなに美人なのに話すのが苦手だ。
 蓬莱剣、か。
(蓬莱剣はシンに子孫を作ってもらいたい、でしたっけ。それをシンは拒絶してますけど……)
 そのあたりがよくわからない。蓬莱剣とシンの利害が一致していないから、シンに負担がかかっていると考えるのが普通だ。
「んー……」
 身じろぎしてシンが瞼をゆっくりと開いた。そしてビクッと大きく跳ねる。何事かと隣の宗真も仰天してしまった。
「あっ、荷物荷物、えと、降りる駅は」
 慌しく動くシンと目が合う。彼女は硬直し、それからゆっくりと席に腰をおろした。
「……シン、まだ到着してませんよ? 荷物は無事です」
「………………」
 黙っているシンがみるみる顔を赤くさせる。まるでリンゴだ。耳まで真っ赤、である。
 顔を両手で覆うシンは「うー」と低く唸った。
「ご、ごめ……。ソーマが一緒に来てるの忘れてた……恥ずかしいよぅ」
「…………」
 つられて宗真も顔を赤くする。そんなに深く恥じなくてもいいのに。
「……こほん。寝起きなんですから仕方ないですよ。いつもは一人なんですし」
「いや、ほんとにごめんね。一人の時はなるべく寝ないように気をつけてるんだけど、どうしても少し眠っちゃう時があってね」
 手をおろすが、それでもシンは顔を俯かせたままだ。耳が赤いままなので、どんな表情なのかわかってしまう。
「あ、で、でもね、荷物をとられそうになることはあっても、ほら、寝てると誘惑しないから襲われることはないんだよ?」
「そうやって油断しちゃダメですよシン。安全にみえるタクシーだって、危ないんですから。悪い運転手だと、泥酔している女性を襲うこともあると聞いたことがあります」
 もちろんこれは噂だ。だがシンに用心させるにはこれくらいでいいだろう。
「あはは。ないない、あたしにはないよ」
 顔をあげて片手をひらひらと振るシンは「ありえない」とばかりに笑っている。
「あたしそんな魅力とか全然ないもん。モテたこと一回もないし。いっつもフラれてばっかりなんだ〜」
「……そんなにフラれてるんですか?」
 信じられない。宗真からすれば充分に可愛い女の子だと思うのだが。少なくとも、アンヌや未星よりは女の子らしい。
 シンは後頭部を照れ臭そうに掻く。
「うん。だから男の人と付き合ったこと、一回もないの。でもいっつもクゥが慰めてくれるし、気にしてないよ」
「……なぐさめる? クゥさんが?」
「『シンをフるなんて、見る目のない男どもですねぇ』って毎回言ってるよ」
「…………」
 それは慰めというよりは、本心からの言葉ではないのだろうか……。
「僕もそう思います」
「えっ、あ、ありがと。えへへ」
 照れ笑いを浮かべるシンは体質のせいもあって、恋愛までなかなか発展しないのだろう。なんだか不憫だ。
「やっぱりその、誘惑するその体質のせいでですか?」
「え? いや、それはほとんど理由になってないね。あたしがいいなあって思う人は、あたしを恋愛対象にみてくれない人ばっかりだったから。女の魅力が欠けてるんだって」
 ……いや、まぁ確かに、あんまり女の子ちっくなタイプではないけれども。
「僕はそうは思いませんけど……」
「ほんと?」
 パッと顔を輝かせたが、すぐに喜んだ顔を引っ込めた。なんだその反応は?
 怪訝そうにする宗真の横でシンはにっこりと笑った。
「ありがと、ソーマ。ソーマは優しいね。
 じゃあもうちょっと寝かせてもらおうかな」
「いいですよ。着いたら起こしますから」
「うん」
「シン、その眠ってる時間……減らせないんですか?」
「…………減らせるよ」
 シンは少し困ったような表情で、顔を逸らす。
「誰かとエッチすれば、減らせるよ。
 いいのいいの、このままで。そんなに困ってないしね。じゃあおやすみなさい」
 すぐに眠りに落ちたシンの横で、宗真は複雑そうに嘆息した。
(……僕、無神経なこと訊いてしまいました)
 ずるい。こういう時だけ無防備にならないなんて。



 途中まで新幹線。その後は特急で鳥取駅まで行く。
 結局鳥取駅を降りる時も宗真が荷物を持つことになった。シンはたっぷり寝たのでものすごく元気だ。
(泊まりになったらどうしよう……。前は露日出さんと岡山まで来ましたけど……まさかシンと鳥取まで来るとは思ってもみませんでした)
 いや、確実に泊まりになるだろう。どうせビジネスホテルでそれぞれの部屋に泊まるのだろうが……。
「よっしゃ! えっと、お仕事はなんだっけ?」
「……シン」
「じょ、冗談だよ。ちゃんと憶えてるって」
「そうじゃなくて、無理しないでくださいね」
 心配そうに見て言う宗真に、シンは呆然とする。
 駅の中を行き交う人の流れに乗って歩く二人だったが、シンは困惑気味だ。目を泳がせる彼女にさらに言う。
「蓬莱剣の解放はなるべく少なめに。なんでしたら手伝いますから、絶対に無理だけはしないでください」
「……し、しないよそんなの。蓬莱剣で無理とかしたことないよ」
「なんでどもるんですか」
「どもる?」
 どうやら日本語がわからないようだ。
「でも無理をすれば眠る時間がまた延びるかもしれないじゃないですか」
「だっ、誰に訊いたのそれ?」
 ぎょっとするシンは肩からさげたカバンをかけ直す。
「あの時は特別だよ。これ以上蓬莱剣の力に頼ると…………」
「頼ると?」
 シンはにやりと意地悪く笑って宗真の頬をつついた。
「ところかまわず男の人とエッチしちゃうかもね。もしくは、ほとんど起きなくなっちゃうとか」
 アハハと笑うシンは「なーんてね」と明るく言う。
「どうなるかわかんないから、無理とかしないよ。うん」
「本当ですか?」
 胡散臭そうに見る宗真である。
「しないよぉ。あたしだって、身の程はわきまえてるもん」
「お願いですから、絶対に絶対に、約束ですよ」
「困ったらちゃんと助けてもらうから」
「……約束です」
 小指を差し出すがシンは不思議そうにしていた。無理やり小指を絡ませる。
「ゆーびきーりげんまん……」
「???」
「ゆーびきった」
「? な、なにこれ?」
「日本ではこうやって約束したことは、破っちゃダメなんです」
「ふ、ふぅん」
「さ、行きましょう」
 宗真はシンの手を握って颯爽と歩き出す。さっさと目的地まで行って、帰ろう。



(ホテルまではタクシーでしょうけど……)
 車が一台も通らない山の中。宗真はふぅ、と息を吐いた。遠くで何かの遠吠えが聞こえる。
(あ〜あ、すっかり暗くなっちゃって……。もしかしてまたシン、眠っちゃうんでしょうか……)
 戻ってくるのを待っている宗真は足音に気づいて腰をあげる。細い道の向こうからシンが慌てて駆けてくる。
 無事な姿を見てホッとするが、うっ、と思わずうめいた。
(ま、また……!)
 シンの強力な催淫に宗真はじりっと後退する。だがシンが思い切り抱きついてきたので寒気のような快感が背中を駆けた。
「あ〜! 興奮する! 興奮するーっ!」
 イライラしたような声をあげるシンはハッと我に返って宗真を突き飛ばした。尻もちをつく宗真の前で真っ赤になって「わーっ!」と悲鳴をあげた。
「あたしなんてこと……! ごめんソーマ!」
 きびすを返して逃走しようとするシンに「えっ」と宗真は洩らす。
「どこ行くんですか!」
「おさまるまで隠れてるから!」
 制止の声は間に合わなかった。残された宗真はゆっくりと立ち上がる。
(今まであんな状態になったら近づいて来なかったのに……)
 呆然とシンが走り去った方向を見つめた。きっと今頃、小さくなってうずくまっているはずだ。
「……………………」
 探しに、行こう。でも。
(……ど、どういう顔をすればいいんですかね)
 困った。ちょっと自分も落ち着いてからにしよう、探すのは。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 シンの付き添いで鳥取に行っていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。