■INNOCENCE / 記憶喪失 (限定受注)■
藤森イズノ |
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】 |
(あ……)
マズイ。そう気付いた時には、もう身体は宙に浮いていて。
時間が、ゆっくり流れているかのような錯覚を覚えて。
痛みに眉に寄せて身体を起こした時。
目の前で、自分を心配そうな顔で見ている人がいて。
自分の名前を何度も呼ぶ、その人の声は不思議と懐かしくて。
けれど思い出すことは出来なくて。たから、尋ねた。
「えぇと、あなたは誰ですか…?」
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INNOCENCE // 記憶喪失
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OPENING
(あ……)
マズイ。そう気付いた時には、もう身体は宙に浮いていて。
時間が、ゆっくり流れているかのような錯覚。
痛みに眉に寄せて身体を起こした時。
目の前で、自分を心配そうな顔で見ている人がいた。
自分の名前を何度も呼ぶ、その人の声は、不思議と懐かしい。
けれど、思い出すことは出来なくて。だから、尋ねた。
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「お前は……誰だ?」
「……え?」
物凄い音が響いたと、慌てて様子を見に来た梨乃。
階段下で、蹲っていた凍夜を見て、梨乃の額に嫌な汗が滲んだ。
凍夜さん! と叫び、バタバタと階段を駆け下りて、彼を抱き起こす。
普通に瞬きをしていた。見たところ、外傷はない。
良かった。大したことなくて。そう安心したのも束の間。
凍夜は、不思議そうな顔で尋ねた。
梨乃に、お前は誰だ? と。
記憶喪失。衝撃により、一時的に記憶が欠落したのだろう。
何か、キッカケがあれば、意外とすんなり元に戻るかもしれん。
だが、長期戦になることも覚悟しておかねばなるまい。
何とかしてやりたいが、こればかりは、どうしようもない。
あれこれ、手を尽くしてみるしかないじゃろう。
相談した結果、マスターは、そう言った。
記憶を元に戻す魔法なんて、存在しない。
何とか、自力で元に戻してあげるしかないのだ。
放っておいたら、どうなるのか。もしかして、ずっと、このまま?
ふと考えて、すぐに梨乃はフルフルと頭を振った。
そんなの、絶対に嫌だ。元に、戻してあげなくちゃ。ううん、戻って欲しい。
以前、海斗も同じような状態になったことがある。
彼もまた、階段から落下して頭を打ったことが原因だった。
その時は、皆で海斗を色々なところに連れて行った。
任務で赴いた場所や、皆で遊んだ泉、海斗が好きな玩具屋など。
元に戻るのに、丸一日を要したが、何とか元に戻すことが出来た。
本当に、意外とあっさりと戻るものなのだ。
それまでの苦労や不安を、台無しにしてくれるほど。
今回も、同じ手段を取ってみよう。
梨乃は、不思議そうな顔をしている凍夜の手を引き、本部中庭へと連れて行く。
ここは、二人で、よく一緒に日向ぼっこをしている場所だ。
他愛ない話をしつつ、美味しい紅茶を飲んで、微笑み合う。
いつものように、梨乃は紅茶を淹れて、普段どおりに接した。
内心、かなり動揺してはいるものの、それを表には出さない。
記憶を欠落した人間に、疑問を表情を向けるのは、ご法度なのだ。
「凍夜さんは、アールグレイですよね」
「……どうして、知ってるんだ?」
「ふふ。私、超能力者なんです」
「へぇ。そうなのか。凄いな」
「…………」
ささやかにボケてはみたものの、華麗にスルー。
というか、本当に凄いなと感心しているようだ。
凍夜は、じっと梨乃を見つめている。
尊敬しているかのような、澄んだ眼差しに、思わず目を逸らす。
そんな目で見つめられると、困ってしまいます……。
ちょっと、とぼけてみただけなのに。
普段からクールだから、余計に真に受けてたりするのかなぁ……。
自分のことを忘れているとはいえ、目の前にいるのは、間違いなく凍夜だ。
姿形、声、仕草、どれをとっても、梨乃が良く知る『彼』だ。
けれど、今、知りえているのは自分だけ。
彼にとって、自分は、謎の少女でしかないのだろう。
紅茶を飲んではいるものの、凍夜は依然、不思議そうな顔をしている。
そりゃあそうだ。見知らぬ少女と、一緒に紅茶を飲んでいるのだから。
しばし中庭で紅茶を楽しんだ後、梨乃は自室へ凍夜を連れて行った。
ここもまた、二人で良く、おしゃべりを楽しんでいる場所だ。
主に夕食の後だが、二人は、互いの部屋で、あれこれ言葉を交わす。
その日、任務を終えていたならば、その反省会をしてみたり、
特に何もなければ、デートの打ち合わせだったり、様々だ。
梨乃の部屋には、以前、凍夜から貰ったプレゼントが、いくつか置いてある。
アクセサリーだったり、インテリアだったり。
どれも凍夜が自分で選んで贈ったもの故に、彼は不思議で仕方がないようだ。
自分の好みと、随分と似通った部分が、この少女にはあるようだ。
このランプなんて特に……俺、好きなんだよな、こういうデザイン。
あの鏡も、良いな。アンティークだろうか。良いセンスしてる。
どれもこれも、自分が贈ったものだというのに。凍夜は、気付かない。
センスを褒められ、梨乃はただ苦笑するばかりだ。
全部、あなたから貰ったものですよ?
それって、遠回しに自分を褒めてるようなものですよ?
なんて。言ったところで首を傾げるだけなんだろうな。
部屋内を見回している凍夜を見つつ、梨乃は、ふと切なさを覚えてしまった。
長期戦になるかもしれないと、そのあたりは覚悟していたけれど。
ちょっとした油断から、とてつもない不安に苛まれてしまう。
絶対に、元に戻してあげるんだって意気込んでいたのに。
今や、すっかり弱気になってしまって。
もしも、もしもの話だけれど。
このまま、ずっと記憶が戻らなかったら、どうしよう。
私と過ごした時間を、丸ごと失念してしまったら。
ううん、私の存在自体に、首を傾げ続けられたら。
耐えられる自信がない。いつか、思い出してくださいと泣き叫んでしまいそうだ。
でも、そうしたところで、どうにもならなくて。
ただ、彼を困らせてしまうだけになってしまうのではないか。
始まったのは、梨乃特有の妄想だ。
あれこれ、マイナス思考で考えてはヘコんでしまう。
根が真面目ゆえに、一度ヘコむと、浮上するのに時間も掛かる。
俯き、切なげな表情の梨乃を見て、凍夜は更に首を傾げた。
どうして、そんな悲しそうな顔をしているんだ?
俺、何かしたのか? というか、何だろう。この感じ。
いたたまれないような、申し訳ないような……複雑な気持ちだ。
「おい……」
俯く梨乃に歩み寄り、とりあえず声を掛けた凍夜。
その声で我に返り、梨乃は「はいっ」と良い返事をして顔を上げた。
その瞬間、梨乃の頭が凍夜の顎にぶつかった。
少し身を屈めていただけに、エルボーを食らったような衝撃だ。
よろめく凍夜。梨乃は慌てて、ごめんなさいと繰り返す。
中庭も駄目、自室も駄目。
あと、彼と一緒に行った、赴いた、思い出の場所といえば……。
眉を寄せ、真剣に思案する梨乃。
ちょっと遠いけど、あの海辺のホテルとかかな……。
だとすれば日帰りは出来ないから、マスターとかに相談してこなくちゃ。
ついでに、千華さんとかにも協力してもらおうかな。
仕事とかで忙しくなければだけど。皆で行った方が良いかも。
あ、でも、海斗や藤二さんを連れてったら、いろいろと面倒なことになりそう。
うーん。となると、黒魔術士さんにお願いしてみるとか……?
呪術を使ってまで戻したいのかって詮索されそうだけど。
この際、そんなこと気にしていられないものね。
あ、でも、彼女に依頼するとなると、お金が……。
私、今、どのくらい貯金あったかな。まずは、それを確認しないと……。
あれこれ考えた結果、神頼み的なものに縋ることにした梨乃。
もう少し、付き合って頂けますか? と尋ねる梨乃に、凍夜は沈黙。
言葉を返さない凍夜に、もう疲れたのかな、と慌てて取り消す梨乃。
すみません、あちこち連れ回して。でも、元に戻したいんです。戻って欲しいんです。
だから、もう少しだけ、付き合って下さい。
もしも面倒であれば、日を改めて、明日とかにしても……。
必死に話す梨乃を見つつ、凍夜は呆け、そして肩を揺らして苦笑した。
一生懸命な有様が、可笑しくて仕方ない。もう、我慢できない。
「梨乃。お前、必死すぎだろ……」
笑いながら言った凍夜に、でも……と言いかけて梨乃はハッとする。
自分の名前を、今、確かに呼んだ。聞き間違いじゃなければ。
「と、凍夜さん。今、私の……」
「楽しかったよ。ある意味な」
「…………え?」
梨乃の自室で、顎に強烈なダメージを食らったときのことだ。
あの瞬間、ふっと、いとも容易く、彼の記憶は元に戻っていた。
梨乃が悩みまくっている姿に、何事かとも思ったが、
彼女が自分の為に、あれこれ尽くす様を見て、状況を理解。
このまま、元に戻ったことを隠して、しばらく観察していよう。
凍夜の、ちょっとした悪戯だったのだ。
元に戻ったことは嬉しいけれど、どうして黙ってたんですか!
声を荒げて言うものの、梨乃はホッとしたようで、微笑んでいる。
ごめんごめん、と謝りつつ、凍夜も笑みが止まらない。
自分の為に、あれこれ悩んで奮闘する彼女。
梨乃からしてみれば、迷惑なことだったかもしれないけれど。
凍夜は、心から喜びを覚えていた。
想われている。それを、実感することが出来たから。
けどまぁ、さすがに黙ってたのは、ないよな。
お前は、物凄く真剣に悩んでたわけだから。
その辺のお詫びってことで。デザートでも、奢ろうか?
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7403 / 黒城・凍夜 (こくじょう・とうや) / ♂ / 23歳 / 何でも屋・契約者・暗黒魔術師
NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント
シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.07.15 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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