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■あおぞら日記帳■ |
紺藤 碧 |
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】 |
外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
例えば、100階の200号室……とか。
多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。
さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
あなただけの部屋を手に入れてみませんか?
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“ただいま”と言える場所を
ソール・ムンディルファリは眩しすぎる太陽に眉を寄せながら、眼を細め視線だけを動かす。
「ここだ、ソール」
オープンカフェのアンブレラの下から立ち上がり、サクリファイスは彼に見えるように軽く手を振る。
その姿を視界に捉えたソールは、ほっとしたように微かに顔を綻ばせサクリファイスが待つテーブルへと向かう。
その瞬間を見逃すまいとウェイトレスが笑顔で駆け寄り「ご注文は?」と問いかける。
「一緒で」
メニューだけではなく、今サクリファイスが飲んでいるものさえも見ないままソールは矢継ぎ早という速さで答える。
「好きなものを飲んでいいんだぞ?」
本当に同じでいいのかと口を挟んだサクリファイスだったが、ソールが軽く視線を伏せたことにふっと微笑を浮かべ、再度問いかけたウェイトレスに一緒で良いと伝える。
ウェイトレスが去ってから、暫くしてポツリと口を開くソール。
「よく…分からないから」
「ああ」
そうではないかと思った。
全てから開放されて自由になったからといって世間知らず…というか、味覚知らず? まで治るわけではない。
レストランだの喫茶店だのそういった場所に殆ど行ったことがないソールは、知識として知っていても料理名からどんな味か創造ができないのだ。
話題を変えるようにサクリファイスは別のことを聞いてみる。
「どう? 冒険者になってみて、楽しい?」
この問いに、ソールは暫く視線を泳がせ、またポツリ。
「分からない。生活するには、金が要る」
だから依頼をこなしている。それだけのような気もしなくもない。
「まさか、今も宿暮らしなのか?」
コクン。と頷かれるソールの頭。
「宿暮らしではお金もかかるだろう」
また、コクン。
両山羊亭で稼いだお金も結構な額が宿賃に消えているのではないか。
どうしたものかとサクリファイスは空を仰ぐ。
「お待たせしました〜」
テーブルに置かれるアイスコーヒー。ストローを回せば透明な氷がカラカラと回った。
なぜ、コーヒーか―――
サクリファイスの胸中に良く知ったメンバーと、彼らが住む場所が思い浮かぶ。
そう、あそこはいつも紅茶なのだ。
「知り合いが下宿を開いたいるのだけど行ってみないか?」
宿と比べたら金銭面で格段に生活は楽になる。
「……行く」
どうやらソールも背に腹は変えられないようだった。
道すがら、クッキーのバスケットを買い込んだサクリファイスにソールはただただ首をかしげる。
なぜ下宿に行くのにお菓子が要るんだ?
「手土産が、必要なのか?」
やはり部屋を見せてもらい、良ければ世話になろうと思っているのだ。ソールも何か自分も用意したほうがいいのかと、少し焦ったような声音で問う。
「いや、ただ単に私が持って行きたいんだ」
彼らはお菓子が好きだから。
住宅街を抜けて辿り着いたペンション風の建物。
「ここが下宿“あおぞら荘”だ」
サクリファイスは建物を指差し、もう片方の手でドアノブに手をかけた。
一見下宿を開いているようには思えない建物だが、中は創造の範囲を超えて広い。
カランコロン―――
ドアベルの音が建物中に響き渡る。
「こんにちは」
サクリファイスは中に一声掛け、開けた扉を押さえるようにずれると、ソールを中へ招き入れた。
中の構成を見たソールは軽く小首をかしげる。
「広いだろう?」
外見と中身の質量の違いに、ソールも気がついたのだろう。
「はーい」
パタパタと奥から響いてくる足音と、少女の声音。
「今日も元気だな、ルツーセ」
「はい。もうバッチリです♪」
ぐっとガッツポーズしてみせるルツーセに、サクリファイスもついつい顔を緩ませる。そして、手にしたバスケットを持ち上げ、ルツーセに手渡した。
「皆にと思って」
「これは?」
「クッキーだ」
「ありがとう! すぐお茶にするね」
「あっその前に」
またパタパタと足音を響かせて厨房へと向かおうとしていたルツーセの足を止める。
「彼に、部屋を見せてあげてほしいんだ」
「あわわ、ごめんなさいっ!」
ポツーンと、所在なさげに立ち尽くしていたソールに、ルツーセは深く腰を折って頭を下げる。
「名前教えてもらっても構わない?」
「ソールだ」
ソールから発せられたのはサクリファイスの知り合いだから、仕方ないとでも言うような声音。
「はい、ソールさん。あたしはここの大家の一人でルツーセ。今から部屋を案内するわ。ついてきてね」
本当に? とでも言うようなソールの視線に、サクリファイスは促すように頷く。
「どうぞ」
通されたサンプルルームを見ても、ソールの表情は変わらない。元々そこまで感情が表情に出るほうではないため心配するようなことでもないが。
「厨房は共同、食事は朝と夕が出るわ。部屋の広さも希望があれば聞くけど」
加え、厨房を使ったらちゃんと片付けておくこと。
食事の準備や、帰ってこないと心配してしまうため、泊まりのとき、食事が要らないときは知らせていくこと。
いくつかの注意点を部屋を案内しながら伝え、ルツーセはソールを見上げる。
「どう?」
「悪くないと思う」
部屋も宿並みに綺麗だし、何より朝と夜の食事が出るのがいい。
「家賃は?」
そう、本日一番の課題。入居したはいいが、月々の家賃が結果的に宿より高くなってしまっては本末転倒。
「まぁ…結構時価」
「金額が決まっていないのか?」
驚いて口を挟んだのはサクリファイスだ。
これだけ大きな建物の維持や下宿者の食事のためにも、確定した現金が手に入る必要性はあるのではないか。
「確かに食料品はお金が必要だけど、切羽詰ってる感じでもないし」
大家を営んでいる面々からしてお金に頓着がない。
「そういうものなのか…?」
腕を組んで首をかしげるサクリファイスに、ルツーセは「そんなもの、そんなもの」と軽く背中をパンパンと叩いて笑って答える。
「それで、結局どうする?」
ルツーセはその白く長い髪を動きに合わせて躍らせソールに振り返る。
「そうだな。その家賃構成は助かる…たぶん」
いきなり家賃だと証してとんでもないものを請求されては困るが、それを差し引いても普段がお得感満載なのだから、仕方ないと言ってしまいそう。
どんな答えを出すのか気になって、サクリファイスはソールを盗み見る。それは、自分が紹介したから住むことを決めたのではなく、ソール自身で住むことを決めてほしかったから。
「世話になろうと思う」
「じゃ、これからよろしくね! 部屋割りの希望とかある?」
もう住人が居る部屋もあるけれど。
「3階か4階……空が近く見える部屋なら…どこでも」
「了解。うーん、3−1辺りでいいかな? サクリファイスさん」
「え!?」
一瞬動揺したものの、コホンと1つ咳払い。
「どうしてそこで私に振るんだ?」
「んー別に〜」
ルツーセの顔はどこまでも笑顔だった。
宿暮らしもあってかソールの荷物は本当に少なかった。
あまり時間も掛からず荷物は全て運び終えて、サクリファイスとソールはあおぞら荘の食堂でテーブルを囲んでいた。
中心にはサクリファイスが持ってきたクッキーが、お皿に可愛く並べられている。
「……ありがとう」
ソールは紅茶のカップを両手で包むように持ってボソボソと告げる。
「何がだ?」
とぼけたフリなのか、本気なのか、その真意は分からないけれど。
「下宿…助かった」
「これでソールも安定して暮らせるな」
満面の笑顔でそう告げたサクリファイスに、ソールはどこか恥ずかしそうに顔を伏せ頷いた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
基本的に昼夜双子の時間軸は特別なイベントで無い限り交わることはありませんので、他者様納品にて同場所に暮らすことになってもその情報は共有されません。
楽しみにしていただいて申し訳ないのですが、その点ご了承ください。
次回よりソールはあおぞら荘に入居しておりますので、また遊びに来てくださいませ。
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
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