■あおぞら日記帳■
紺藤 碧
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】
 外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
 だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
 下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
 しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
 10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
 玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
 例えば、100階の200号室……とか。
 多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
 下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。

 さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
 あなただけの部屋を手に入れてみませんか?

小さな針







 サクリファイスは何時もと違ったお菓子でもと思っていたが、ゼリーやプリン、ケーキ系のお菓子は人数分なければ気まずいし、逆に多すぎると喧嘩にもなりかねない。
 やはりお菓子を手土産にするのなら、クッキーやチョコレート、ちょっと毛色の違ったセンベイとかいうお菓子のほうが問題も起こらずにすむ。
「マカロンでも買うか」
 サクリファイスはフレーバーを適当にチョイスしたマカロンを袋いっぱいに買い込み、あおぞら荘の扉を開けた。
「おはよう」
 食堂のホールでは、ルツーセが一人後片付けの真っ最中。
「ソールさんなら、朝早く出かけたよ」
 顔を見るなり告げられた言葉に、サクリファイスは驚きでどぎまぎと動きが鈍くなる。
「あ、いや…別に、ソールに会いにきたわけでは……」
 ふーんとでも言うように、ルツーセはしれっとした顔でテーブルの片付けに戻っていく。
 言いたいような、言いたくないような、どうしたらいいのか分からないという風体で、サクリファイスはマカロンの袋を持ったままその場で立ち尽くしている。
「悩み事?」
 何だか見透かされたような問い。
 サクリファイスは視線を泳がせ、伺うようにルツーセを見る。
 穏やかな微笑み。その微笑みは、何だか安心できた。
「どこまで言っていいのか分からないが……」
 ソールが彼らに過去のことを言っていないのならば、サクリファイスが話してしまう訳にはいかない。
 掻い摘んで、サクリファイスはソールとの出会いと、コレまでの経緯を話す。
「宿命から解放されてこれからはソール自身の意志で生きていく。もちろんそれは良いことであり、喜ぶべきことなのだろうけれど……」
 その道筋に自分は居てもいいのか、本当に自分でいいのか。
 共に生きたいと告げたとき、彼は頷いてくれた。けれど、本当に自由になった今、自分はこれ以上彼とは関わるべきではないのかもしれない。
 今のソールは、過去を知っている自分に縛られているのではないか。そんな気がして。
 気が…して……―――。
 ちくん。
(痛い……?)
 服の端をぎゅっと握り締める。
 ちくん。
 まるで小さな針で突かれているような。
 沈痛な面持ちで俯くサクリファイスを見て、ルツーセは眼を瞬かせ、まるで小さな子供を見るように穏やかに微笑んだ。
 ルツーセはぐいっとサクリファイスの顔を覗き込み、真剣な眼差しで告げる。
「それはズバリ恋ね」
 恋に恋する乙女に聞いたのが悪かったのかルツーセは自信満々に言い放つ。
 ずりっとサクリファイスの肩が落ちた。
「あっれ〜サクリちゃん、悩み事?」
 足音を忍ばせてにょきっとアクラが顔を出す。
 少し固まっていた空気が、アクラの登場でパチンと弾けたような気がした。
「相談なら、ルツーセじゃなくてボクにしてくれればいいのに」
 アクラは腰に手を当てて自信満々の表情でサクリファイスに告げる。
「コレは女の子のお話なの! 男の子は参加禁止」
「じゃあボクもオンナノコになれば話に参加していいってことだよね」
「ダ…ダメダメ! ダメに決まってるじゃん」
「ルツーセだって厳密には女の子じゃないでショ」
 さらりと言われた一言に、ルツーセは一瞬言葉を詰まらせる。
「それはアクラが……もう、いい!」
 そして、ぷうっと頬を膨らませて、ストンと椅子に戻るとぷいっと顔を背けてしまった。
「すまない。アクラ」
 ここはどうやらルツーセに味方しておいたほうがいいだろう。サクリファイスはそんな二人のやり取りに、つい苦笑を浮かべてしまう。
「はいはい。邪魔者は去りますよ〜と」
 アクラの姿が完全に見えなくなって、ルツーセは伺うように視線を廊下の奥へと向けて、完全に気配がないと分かるとサクリファイスに体勢を戻した。
「話の腰折っちゃったね」
 紅茶でも淹れようかと、ルツーセは席を立つ。
「いや、ルツーセも苦労しているんだな」
 その背に向けてサクリファイスは純粋な感想を述べる。
「まぁねー。でも、あたしはあたしの事ちゃんと分かってるし? だから大丈夫」
 見た目はサクリファイスよりも幾分か若いのに、生きてきた長さという経験の差は明らかに言葉に表れていた。
 ホワンとした紅茶の匂いがテーブルから上がる。珍しくコールもルミナスもいないのか、ホールにはたった二人だけ。
「彼とこのまま一緒にいてもいいのか。だよね」
 確認するようなルツーセの問いに、サクリファイスはゆっくりとまた語り始める。
「ソールにはもう自由な翼がある。私がその足枷にはなりたくないんだ」
「サクリファイスさんって彼が彼がって言っているけれど、“本当は”どうしたいの? 彼のことを気遣ってばかりで自分の気持ちぶつけたことある?」
 何時にもまして真剣な眼差しをルツーセはサクリファイスに向ける。
「あ、逆かな。ソールさんってサクリファイスさんに自分の気持ちちゃんと言ってるのかな? なんか言わなさそうだよね」
「私は、言ったぞ。共に生きていこうと」
 ちゃんと自分の気持ちはソールに伝えたとサクリファイスは強い口調で告げた。が……
「彼はそれに頷いて…くれたが……」
 語尾がだんだんと弱くなりそのまま俯いてしまう。
 ルツーセはうーんと腕を組みかくっと頭を落としてふぅ〜と息を吐く。
「頷いてくれたけど、それはサクリファイスさんに気遣って頷いてるだけじゃないかってこと、気にしてるんだよね」
 サクリファイスは頷く。
「ねぇ彼、嫌って言った?」
 次は首を左右に振る。
「言われてないならいいじゃない」
 そんな軽い言葉にサクリファイスはばっと顔を上げる。
「だが、嫌と言い出せないだけかもしれないじゃないか」
「それでも、ね。何も言われていないなら、隣に居てもいい証拠じゃない」
 ね? と、微笑むルツーセの顔に、サクリファイスは気落ちした表情で眉根を寄せる。
「それは、彼の重荷になっているんじゃ…ないのか……」
「じゃぁ聞いてみたら?」
 矢継ぎ早に帰ってきたルツーセの答えに、サクリファイスはぐっと言葉を詰まらせた。
「ソールさんに自発的に話させようっていうのはぁ…難しい感じするけど、聞いて答えてくれない彼でもないんでしょ?」
 実はそうでもなかったりする。ソールは結構サクリファイスの問いかけに答えないことが多く、その行動に困惑してしまったことも少なくない。
 カップを手にしたまま固まっているサクリファイスに、ルツーセは仕方ないと言う様に、ふーと息を吐いて、
「まぁ考えすぎちゃって、答え出ない感じかもだけど、今ここで色々考えてたって仕方ないよね」
「う…うむ。それは、分かる。分かるんだが……」
 なぜかソールのこととなると考えがぐるぐる回ってしまうばかりで答えに行き着けない。
「とりあえず聞こう。うん。それが一番」
 うんうん。と、ルツーセは腕を組んで頷く。
「ところでさー、本当はソールさんの口から“一緒に居て”って言って欲しいんじゃなぁい?」
「そ、そんなこと………」
 先ほどまでの真面目な口調は何処吹く風、ニヤニヤ笑いのルツーセは楽しそうだ。
 ない。とまではっきり言えない自分。
 流れる微妙な沈黙。
 あおぞら荘の外では、二人の神妙な話し合いに入っていけない住人がたむろしていた。






















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 こういった話題は本人を出すよりはまず誰かと話すべきだよな、と思いましてルツーセと会話していただきました。
 なんとも女の子NPCが少ないため、あまりこう有効な話になったようななってないような……
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……

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