■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
バイト、依頼、それとも?
あなたのご来店、お待ちしております。
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【妖撃社・日本支部 ―桜―】
「ねぇシン」
机に頬をついて、横目でこちらを見てくるクゥをシンは見遣る。
「鳥取から帰ってきてから変じゃないです?」
「っ」
ぎくっとシンが顔を引きつらせた。そして目を泳がせる。
「いやぁ、べつになんにもなかったけど」
「ほんとにぃ? ヤナギさんになんかされたんですか?」
「なにもされてないよ! それにソーマはそんな節操なしでもないし、あたし自身、これでもすっごく気をつけてるし」
「…………僕が今の姿じゃなかったら相手をしてあげるんですけどねぇ」
「ちょ、ちょっとやめてよ。冗談に聞こえないじゃん」
じとりと見るがクゥは平然としたままだ。
「最初は痛いと思いますけど、優しくしますから」
「やめてよー!」
さらりとなんてことを言うんだ!
泣きそうな顔をするシンにクゥがやっと嘆息して解放してやる。
「もしかしてまたフラれたんですか?」
「え?」
「だってヤナギさんて、シンの好みのタイプじゃないですか。大人しい感じもしますし、堅実ですし」
「ちっ、違うもん!」
「まぁどうせフラれるから構いませんけどね、僕は。シンて子供っぽいんですよ、言葉遣いも態度も。いいじゃないですか、僕が相手で。もうちょっと待ってくれたら相手になりますから」
「やだー! あんたが相手とか絶対やだーっ!」
悲鳴をあげるシンは机をどんどんと拳で叩く。
「大丈夫。一撃で孕ませる自信はあります」
「いやーっ! セクハラーっっ!」
半泣きになるシンが耳を塞いだ。クゥは鼻を鳴らす。
「贅沢ですねぇシンは。絶対に美貌な子ができると思うのに」
「あら。でも子供ができなくてもかまわないんでしょう?」
お茶を運んできたアンヌの言葉にクゥは人差し指を立てて「静かに」と合図をする。
「この歳でバージンだから蓬莱剣が落ち着かないだけなんですよ」
「そういえばシンがこんな体質になったのは、初潮がきてからでしたっけ……」
不憫そうな目で見る二人に気づかず、シンは耳を両手で塞いで顔を俯かせていた。何も聞くまいとして、だ。
*
無事な姿で戻ってきた時は安心した。あぁ、よかったと心底思った。
だが彼女は強烈な催淫を放っていたのだ。男性を誘惑する色香だ。全身の血液が一箇所に集まり、意識に関係なくその手の行為をしたくなる。
反射的に後退したのに、シンは興奮を抑えられなかったようで一気に駆け寄ってきた。
「興奮する!」
と、耳元で叫ぶ彼女。抱きついてきた華奢な体は確かに女の子のもので、色香のせいかゾッとするほど快感を感じた。
このままだと彼女の腰に手を回して抱きしめて、キスをしてしまうだろう。唇を割って舌を差し込み、堪能して衣服の裾から手を入れて脱がせる。
―― 一瞬でそこまで考えて己を嫌悪し、同時に男として当たり前の妄想に戸惑う。
どん、と突き飛ばされたのはその時だ。驚いて尻もちをついた自分は間抜けな顔をしていたはずだ。
唖然として見上げていた自分を、シンは顔を赤くして見下ろしていた。どうしよう、という顔で。
それは宗真もだ。どうしよう、と思った。
なんてことを想像したんだろう。シンを落ち着かせないといけなかったのに。
彼女はあっという間に逃げてしまった。ものすごい速度だった。
残された宗真は頬を掻いた。顔は赤い。
色んなことに驚いて、そして困惑した。信頼、してくれたのかな、もしかして。やっぱり。
どういう顔をすればいいんだろうかと悩みながらシンを探して細い道を歩いた。シンが走ったあとは靴跡や痕跡が残っていて、見つけやすい。彼女はその手の専門家ではないのだから、当然だ。
(あのへんかな)
木々が生い茂る方向を覗く。そちらに、足音をたてないように近づく。シンの足跡に、自分の足跡を重ねて。
「………………」
なにかが聞こえた。
怪訝そうにする宗真は耳をすます。
「……あきらめろあきらめろあきらめろあきらめろ」
ぶつぶつと呟くシンの声だった。まるで呪いだ。
「勘違いするな勘違いするな勘違いするな。哀れまれてるだけだ。哀れまれてるだけだ。好きになってくれない。好きになってもらえるはずない。いつもみたいに落胆するだけだ。悲しくなるだけだ。やめておけ。あきらめろあきらめろあきらめろ。ソーマはただあたしに優しくしてくれてるだけなんだ。そういう人なんだよ。だから」
だから――。
「かんちがいしちゃだめだ」
顔を少しあげたシンは泣いていた。涙を流すシンは月明かりの、木々の闇の中でも綺麗で、宗真はその場に棒立ちになる。
「あたしは好きになってない。いい人だから頼っちゃだめだ。それ以上の気持ちは持っちゃだめだ」
まるで自分に言い聞かせるようなシンの言葉は延々と続いている。
宗真は恐ろしくなってそろそろと後退した。
声が聞こえない場所まできて、考えてしまう。
なんとなく、わかってきた。優しくされるとシンはどうしても好意を持ってしまうのだろう。だから期待してしまう。好きになってくれるかな、って。
だがそれは結婚まではいかない。シンは何度も落胆しただろう。それに異性として見られることがなかったのだ。
なんだろう。色々と腑に落ちない。ズレて、いる。噛み合っていない。それがなんなのかが、宗真にははっきりとわからないのだけれど。
「シーン、そろそろ帰りましょう」
時間がたってから声をかけるとシンは奥からひょこっと出てきた。いつもの元気いっぱいのシンだ。
「ご、ごめんねソーマ」
「いいですよ。べつに害はありませんでしたしね」
「う、うん」
頷くが、どうにも互いにぎくしゃくしてしまう。
宗真だってかなり恥ずかしい。思い出したくないのだ。
気まずい雰囲気のままビジネスホテルで一泊し、二人は東京へと戻った――。
*
そんなことがあったわけだが……宗真は妖撃社の目の前で嘆息する。
あの時の恥ずかしさはまだある。思い出すと頬が火照る。
(いや、いかん。仕事仕事)
給料が銀行の口座に入っているのをみたらかなりの金額だった。このバイトはなるべく多くやっておきたい。
決意して来たものの、やっぱり恥ずかしい。
ど、どうなるんだろう……。
階段をあがって妖撃社のドアを開ける。できればシンには眠っていて欲しい。
「そういえばシンがこんな体質になったのは、初潮がきてからでしたっけ……」
そんなアンヌの声が聞こえて宗真はその場で硬直してしまう。
「ちょっとあんたたち、こんなところでたむろしてないで仕事しなさいよ」
双羽の声まで聞こえる。
「だいたい、そ、そういう恥ずかしい単語は堂々と口にしないように。いくらシンに聞こえないくらいの声量でもね。
シン! ちょっと! 子供みたいなことしてないで!」
ばしっ、と書類で何かが叩かれる音がした。おそらくシンの頭がはたかれたのだろう。
クゥが嘆息混じりに言う。
「この間鳥取に行った時に、シンてヤナギさんにフラれたみたいなんですよ」
「はあっ!?」
「フラれてないもん! そういう関係じゃないもん!」
「なにかされたの?」
物凄い心配そうな双羽の声に宗真は表情をゆがめる。いくらシンの催淫があってもそんなに簡単に屈したりしないのに。
「されてないよぉ。ほら、今回の敵が山奥で人をさらって食べてたっていうやつだったでしょ? けっこう強くて蓬莱剣がすごく反応しちゃってさ」
「なるほどね。そのあおりを柳さんは受けたのね」
「でもすぐね、ソーマから逃げたから大丈夫だったよ」
「そうなの。良かったわね。でも報告書、まだ出てないわよ?」
「…………フタバって、笑顔でさらっとヤなこと言うよね……」
それぞれのやり取りに宗真は笑いそうになってしまう。
「でもシン、いざとなったらカズミさんに言ってみたらどうです? まぁ断られるとは思いますけどね」
カズミ?
クゥの口から出たのは聞いたことのない名前だ。宗真は気配を殺してそのまま聞き耳をたててしまう。
「えぇ? 兄さんになに言うのよ?」と、フタバ。
「シンの相手になってもらうんですよ。独身でしょう? シンをお嫁さんにしてあげてください」
「……私はそれでもいいけど、シンって兄さんの趣味からかなり外れてるから難しいわよね……」
「カズミはあたしに見向きもしなかったから無理だよぉ」
けらけらと笑うシンの言葉に、内心ムっ、としてしまう。いや、でもこの会話は冗談半分で言っているのだろう。全員声に真剣味がない。でも……。
(………………)
わかってしまった。シンは笑いながら言っているし、クゥもだが……。
本当のこと、なのだ。
シンはフラれてばかりだと言っていた。今まで一度だって……なかったのだ、想いが通じたことは。
*
「みなさん楽しそうですね。なんの話をしてるんですか?」
そう声をかけて輪の中に入る。宗真を全員が注目した。
「えっと……お邪魔、でした?」
ためらいがちに言うが「まさか」という顔を全員がする。
腕組みして見てくる双羽が偉そうに言い放つ。
「仕事はたくさんあるわ。これからも頑張ってちょうだいね、柳さん」
彼女はそう言って支部長室に入っていってしまった。
ぷっ、とクゥが吹き出した。くくくと低く笑う彼は子供にはとても見えない。本当は違うのではないだろうかと思ってしまう。
「か〜わいいですよね、フタバさんて。僕、ちょっと好みかも」
「フタバに変なことしたらあたしが許さないからね、クゥ!」
「はいはい。ボコられるのは御免ですからね」
肩をすくめるクゥをつい、じっと見てしまう宗真。クゥはその視線に気づき、シンを一瞥してから薄く、しかもいやらしく笑った。
「シンにも何もしませんてば」
「……僕、なにも言ってませんが。それよりクゥさんて、歳ごまかしてません?」
「さてねぇ」
頬杖をつくクゥの頭をシンがゴン、と殴った。
「そんな態度したら嫌な気分になるでしょ! ソーマに謝って!」
「……僕にも謝ってくださいよ。シンの暴力魔」
「い、いいんですよシン。僕は気にしてませんから」
なだめる宗真にシンが「そう?」と眉をさげて首を傾げる。その様子にクゥがムッとしたような顔をした。
くすくすとアンヌが笑って宗真に囁く。
「お茶をお淹れしましょう」
「あ、おかまいなく」
「いえいえ。あなたも我が社の一員ですから。ふふっ。ごゆっくり」
なんだか楽しそうに彼女は事務室を出て行ってしまった。意味不明、である。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
いわゆる前編、となりますがいかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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