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■INNOCENCE -another spiral- // 宵に銃声 月に華■

藤森イズノ
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】
その銃声は、真夜中に。
響いて、森の葉を揺らす。
何事かと塔に設置した監視カメラを覗き込めば、
そこに映るのは、見慣れた姿、梨乃の姿。
一階から二階、二階から三階、三階から四階…。
襲い掛かってくる魔物を倒しつつ、彼女はひたすら上り続ける。
辿り着けないと理解っているから、尚更に。

ねぇ、そこに居るんでしょう?
わかってるの。あなたの鼓動、忘れるはずもない。
会いたいの、あなたに会いたいの。
そして一言、一言だけで良いから、言わせて。

「ごめんね」
INNOCENCE // 宵に銃声 月に華

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 OPENING

 その銃声は、真夜中に。
 響いて、森の葉を揺らす。
 一階から二階、二階から三階、三階から四階…。
 襲い掛かってくる魔物を倒しつつ、彼女はひたすら上り続ける。
 辿り着けないと理解っているから、尚更に。
 ねぇ、そこに居るんでしょう?
 わかってるの。あなたの鼓動、忘れるはずもない。
 会いたいの、あなたに会いたいの。
 そして一言、一言だけで良いから、言わせて。
「ごめんね」

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 真夜中の銃声。自室、ソファに座りボーッとしていた凍夜は、すぐさま外に出た。
 一体何事か。同じように外に出てきたエージェントと顔を見合わせる。
 皆、不安気な表情だ。銃声は少し遠くから聞こえた。
 一発だけじゃなくて、何発も。
 そして、その発砲は今も続いている。
 あきらかにおかしい。妙だ。
 何かあったに違いない。
 銃声が聞こえてきた方向にあるもの……それは、あの古びた塔だ。
 場所が場所なだけに、気になる。
 様子を見に行ってみないか? そう誘おうとした。
 誘おうとしたんだ。けれど、梨乃は自室にいなかった。
 これもまた、違和感の拭えぬ現状だ。
 何においてもキッチリしている梨乃だが。
 部屋の窓が開きっぱなし。飲みかけのミネラルウォーターも、そのまま。
 それに何より、鍵をかけずに、どこかへ行くということ自体、あり得ない事だ。
 まさか……。そう思い、梨乃の部屋を後にしたとき。
 扉の先で、藤二が待っていた。
「……何してるんだ」
 ちょっと驚きつつ尋ねると、藤二は苦笑して言った。
「女の子の部屋に無断で入るとは。いけませんね、凍夜くん」
「いや、これは……」
「はは。わかってるって」
「なぁ、梨乃は……」
「わかってるんだろう? 聞かずとも」
「……まぁ、な」
 そうだ。聞かなくても検討はつく。
 ただ、確認したかっただけ。
 あいつが何故、一人で、こんな夜更けに。あの古びた塔に行ったのか。
 そして、それを何故、藤二は、放置しているのか。
 いってらっしゃいと手を振る藤二に、凍夜は溜息。
 またか。また、はぐらかすのか。
 最近、こういうことが多いな。
 お前達、何か隠してないか? 俺に。
 些細なことじゃなく、何か重大なことを。

 *

 いつかは教えてくれるだろう。
 そうは思っても、もどかしい気持ちは否めない。
 だからといって、躍起になって問い詰めるのも不恰好だ。
 一つずつ。ゆっくりと紐解いていくしかないんだろうな。
 古びた塔へやって来た凍夜。見上げれば、上層の窓から、水が滴っている。
 大分、上まで上ってるな。今も尚、上へ上へ上り続けている感じか。
 何をやってるんだ、お前は。そこで。あんまり心配させるなよ。
 一つ、溜息を落とした後、梨乃の後を追い、凍夜も塔を上って行く。
 先日は上らなかった、いや、上れなかったというべきか。
 塔は、二階から、あからさまに雰囲気が違った。
 概観と一階は、とても神秘的な雰囲気なのに、
 二階から上は不気味で、空気が淀んでいる。
 その淀みは、上るに連れて、どんどん濃くなっているかのように思えた。
「梨乃」
 ようやく追いついた。背後から、名前を呼ぶ。
 けれど梨乃は、気付いていないのか。無反応だ。
 ただ、襲い掛かってくる魔物を、機械のように薙ぎ倒していくだけ。
 我を忘れている。我を失っている。その表現が、ぴったりだった。
「梨乃!」
 ガシッと腕を掴み、今度は大声で名前を呼んだ。
 ようやく梨乃が、自分の存在に気付く。
 振り返った梨乃の瞳には、涙が滲んでいた。
 頬や服には、無数の返り血が確認できる。
 何故だ。どうして、泣いてる?
 涙を前に、言葉を失ってしまう凍夜。
 自分の腕をギュッと握る、彼の冷たい手に、梨乃はペタリと座り込んだ。
 我に返って、脱力したのだろう。梨乃は俯いたまま、肩を上下に揺らしている。
「何やってんだ。お前は……」
 呆れと安堵を交えた言葉を吐くと、梨乃は小さく呟いた。
「願いを……」
「願い?」
「塔の最上階には、願いを叶える宝珠があるんです……」
「…………」
 その言葉に、心が乱れた。
 梨乃は冗談や嘘を吐ける人間じゃない。
 言っていることは、間違いなく真実だ。
 願いを叶える宝珠。そんなものが存在するのか?
 尋ねると、梨乃は無言のまま頷いた。
 願いを叶える宝珠は、塔の最上階に。
 けれど、そこに辿り着けたことは、一度もないという。
 突発的に、何かに操られるかのように塔へ赴き、がむしゃらに上る。
 自分でも、よく理解らないけれど。
 こうして、塔へ赴いてしまうことがあるのだ。
 そう、梨乃は、不可解な表情で言った。
 それほどまでに、叶えたいことがあるのか。
 縋ってまで、叶えたいことがあるのか。
 気にはなったが、訊かなかった。
 いや、訊けなかったというべきか。
 何故ならば、凍夜も。我を忘れてしまっていたから。

 何でも望みを叶えてくれるというのなら。
 迷わず、俺は願うよ。あぁ、願うさ。
 不恰好だと嘲笑われようが、構うものか。
 叶わぬ願いだと、幻想だと、心に閉じ込めている想いが、願いが俺には、あるよ。
 難しい言葉を使って、綺麗に飾り立てても意味がないから。
 素直に、単刀直入に言うよ。
 ただ一つ。一つだけ。あの時間を、もう一度。
 幸福感に満ちた、あの時間を、もう一度。
 全ての不安を払う、あの眩しい笑顔を、もう一度。
 俺の願いは、ただ、それだけだから。

 *

 高く高く、聳える塔。その最上階。
 そこは、眩い光に満ちていた。
 けれど、そこへ辿り着く事は出来なかった。
 不可能なんだ。階段が、途中で途切れていて。
 どんなに手を伸ばしても、届かない。
 光に、手は届かない。
 そう容易く願いを叶えてもらうなんて、出来っこないんだ。
 それ以前に、何でも叶えるなんて、ありえない話なんだ。
 現実を突きつけられたような気がした。
 けれど、それと同時に、唐突に理解した。
 確かに、願いは叶わない。けれど、光は確かに、そこにある。
 ちゃんと、確認できる。
 ただの光じゃない。あれは、ただの光じゃないんだ。
 触れれば、きっと叶う。でも、触れることは出来ない。
 そう、今はまだ。触れることが出来ないんだ。今は、まだ。
 理解したことで、スッと熱が引いて、目が覚めた。
 梨乃も同じように覚めたらしく、いつもの冷静な瞳だ。
 言葉を交わすことなく、二人は手を繋ぎ、引き返した。
 一つ、また一つと階段を下り、光から遠ざかっていく。
 何度も振り返り、光を確認したのは、意思表示の現れだったのかもしれない。
 いつか、必ず。触れてみせる。その想いの、現れだったのかもしれない。

 後日、藤二から聞いた事実。
 梨乃が願う、たった一つの願い事。
 それを聞いた凍夜は、肩を竦めて苦笑した。
 求めるものが、欲するものが、失ったものが。
 自分と、とても似通っていることに。 

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7403 / 黒城・凍夜 (こくじょう・とうや) / ♂ / 23歳 / 何でも屋・契約者・暗黒魔術師
 NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント

 シナリオ参加、ありがとうございます^^
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 2008.07.24 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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