■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■
ともやいずみ |
【7510】【霧島・夢月】【大学生/魔術師・退魔師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
バイト、依頼、それとも?
あなたのご来店、お待ちしております。
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【妖撃社・日本支部 ―桜― 6月の花嫁】
「社内カレンダー……?」
不愉快そうな双羽は、本社からのメールを眺める。
そのために6月をうちが担当することになったらしいのだ。
「あら。いいじゃありませんか。
バイトくんたちもいますし、やってもらってもいいでしょう?」
「……あのねぇ、普通は嫌がるわよこういうの」
「あら。ただの撮影だと言えばいいんですわよ」
さらりと言うとアンヌはお茶を机の上に置いた。
というわけで、社内カレンダー撮影をするはめになったのだが……。
***
いつもと同じように仕事を探しに入った事務室は、なんだか……普段と様子が違っていた。
「……?」
不思議そうにする霧島夢月は首を軽く傾げる。
社員のいる奥へと足を進めると、そこでは言い合いがされていた。
「あら。わたくしですか? でもねぇ、せっかくですし、フタバ様がされては?」
「そうだよ! フタバかわいいもん! やってみなよ!」
「ふざけないで!」
双羽の怒号のような声に思わず夢月は肩をすくめる。
頬杖をついたクゥがこちらに視線を向けてきた。
「ちょうどいい人が来たみたいですよ」
そんな、どこか愉快そうな声音で彼はこちらに微笑みかけてくる。
全員が一斉にこちらを見た。どこかギラついていて、こわい。
「え……? あの、えっと、どうしたんですか? なんだか……にぎやかですけど」
「ちょうどいいよ。ムツキは美人だし、お願いしようよ! 支部長命令でさ!」
そう言い放ったシンの頭を双羽が容赦なく殴った。とはいえ、一般の女子高生の力はそれほど強くないので痛そうではない。
「バイトの人にそういう命令はしません! むしろ社員にするわ!」
「ええ〜?」
ものすごく嫌そうな声をあげるシンはまるで犬のように身をすくませる。
困惑する夢月にアンヌがお盆を持った両手をおろした。
「実はですね、社のカレンダーのために写真を撮ることになりまして。うちは6月を担当することになったのです」
「はぁ……。それでみなさんで相談をしているんですか?」
「せっかくの6月なので、ジューン・ブライドにちなんだ写真にしましょうということでして、花嫁役と花婿役を誰にするかで悩んでいるんです」
にっこり、と微笑むアンヌの言葉に露骨に双羽とシンが嫌そうな顔をする。
夢月は逡巡したあとに微笑んだ。
「写真、ですか? 私でしたら、べつに構いませんけど……?」
「だって! やったね! ムツキがやってくれるんだ!」
両手を挙げて歓喜するシンを呆れたようにクゥが見ている。
「キリシマさんが良くても相手は?」
「あ、そうでしたね。誰かバイトの方に連絡をとってみましょうか?」
アンヌの申し出に夢月は少し困ってしまう。見知らぬ男性を呼ばれたら少し萎縮してしまうかもしれない。
「ただいまー」
「帰った」
男女の声に全員が「あ」という顔をする。衝立の向こうから姿を現したのはフード付きのコートを羽織ったマモルと、長い黒髪を片手で払う遠逆未星だった。
未星は腕組みし、嘆息する。
「本当にこの男、使い物にするまで時間がかかりそう。双羽、なんだったら暗示でもかけてあげるわよ?」
「物騒なこと言うのやめてくれよ!」
未星の言葉にマモルが悲鳴に似た声をあげた。だが彼女は鼻を鳴らす。
「いい加減諦めなさいよ。『双羽の側』に立とうとするのは」
「……っ!」
口元を引きつらせ、マモルは黙ってしまう。夢月には意味がよくわからなかった。
「……あの」
視線をさ迷わせ、夢月は小さく手を挙げる。
「花婿、ですけど……露日出さんにしていただけると」
「!? なんでっ?」
驚愕の声を張り上げたのは双羽だ。夢月はクゥとマモルを見比べる。
「歳も同じですし……一緒に仕事も行ったことがあるので。あの、それだけの理由でなんだか申し訳ないんですけど」
「……あ、なんだ。なるほどね」
安堵する双羽はマモルを見る。彼は鋭い視線に気圧されたようにひるんだ。
「そうね。確かに露日出さんなら霧島さんと並んでも大丈夫かも」
「え? なに? なんの話?」
おろおろするマモルは、説明を聞いて首を左右に激しく振った。
「冗談じゃない! 断るっ!」
「あの……すみません、私が相手役で」
髪を耳にかけながら申し訳ない様子で言う夢月に、彼はハッとして「違う違う」と手を振る。
「霧島さんに問題があるんじゃなくて!
だって双羽ちゃん、俺の姿じゃどうあっても……!」
「あら。そこは私がなんとかしてあげてもいいわよ?」
隣に立つ未星が意地悪く囁いた。マモルが青ざめたのが、フードからのぞく面積の少ない部分からでもうかがえる。
「もちろん、一時的には過ぎないけどね。可哀想でしょう? 支部長を困らせたら」
「……あなたは……! 愉しいからって!」
「そうよ。私は愉快なことしか興味のない女。よくわかってるじゃない、ワンコちゃん」
「っ」
ぎり、とマモルが歯軋りをした。それは嫌悪と悔しさからのものだと、伝わってくる。確かに未星の言い方はあまり好まれるものではないと夢月も思うが、そこまで怒ることだろうか?
*
きちんとした写真ということなので、そういうスタジオに連れて来られてしまった。
レンタルの花嫁衣裳はもちろん純白のドレス。綺麗だなとは思うが、それだけだった。
「いいな〜! いつかお嫁さんになる時はこういうドレスを着るんだね〜」
衣装部屋をうろうろするシンが夢をはせたような瞳で天井をうっとりと見上げる。それを横から双羽が見て呆れていた。
「着たいんだったらそうすればいいじゃない」
「え〜? だめだめ。こういうのはね、好きな人と撮りたいじゃない? あたし、そういうの夢なんだよね〜」
「……相変わらずメルヘンな思考回路ね……」
「あら。ではフタバ様はどうなんです?」
アンヌの質問に彼女はうーんと唸った。
「そりゃ憧れはあるけどね。結婚なんてしょせんは相手との上手い距離を保つことだと思うわ」
「うわっ、夢のないセリフ! いいじゃん、夢は無料でみれるものなんだし、いくら理想を抱いたって誰も文句言わないし」
「……シンは相手もいないのに夢を持ちすぎなのよ」
ぼそっと洩らした双羽の言葉はシンの耳には入っていない様子だった。
夢月は三人が選んだドレスを着ることになっていたので大人しく待っていたが、「あの」と声を出す。
「早く用意しないとまずいんじゃないでしょうか……?」
*
ばっちりお化粧もされて鏡の前に立つ夢月。
「まあ、お綺麗ですわね」
「きれーだねぇ、ムツキ。いいなぁ、いいなぁ」
「悪くないわね」
三者三様の褒められ方に夢月は「おそれいります」と苦笑するしかない。
あまり露出の高くない、王道といえば王道のタイプのドレスだったのだが……確かに悪くない。
「あの……皆さん全員で写ったほうがいいんじゃなかったんですか?」
「嫌よそんなの。カレンダーなのよ? 飾るのよ?」
不快丸出しの双羽のセリフにシンも「うんうん」と頷いている。なるほど……飾るものだから余計に嫌だったのか。
「だいたいなんでこんなふざけたことを……。頭痛いわ、ほんとに。カレンダーなんてそのへんに売ってるのでいいじゃないの」
「まぁまぁ。社長のお決めになったことなんですから抑えてくださいませ、フタバ様」
夢月はそんなものなのかと会話を聞いているだけだ。なんだか社員も楽じゃないようだ。
しかし……あれほど嫌がっていたマモルは渋々承諾していたようだが……ちゃんと用意はできているのだろうか?
(べつに問題なんて、ないと思うんだけど)
ただ、衣装を着るだけじゃないか。そこになにか意味なんてない。
用意ができたので撮影スタジオに通される。ドアをくぐった先には用意ができていたらしいマモルたちが待ち構えていた。
銀色の髪と瞳。帽子をかぶった時に見たままの姿だ。いつもフードをかぶっているので何か様子が変わったのかと思っていたが、そうでもないらしい。
彼は暗い表情で視線を伏せている。
「やっぱり髪や目の色までは戻らないのね。遠逆さんも限度があるって言ってたし」
双羽の言葉にマモルはますます落ち込むように視線をそらした。
「キリシマお姉さんはすっごく綺麗ですね。僕が相手をできたら良かったのに」
はしゃいだように言ってくるクゥに夢月は微笑む。クゥの外見もかなり見目麗しいだけに、なんだか逆にこちらが遠慮しそうだ。
白いタキシード姿のマモルは嘆息した。
(……やっぱり私が相手だから……?)
かな、もしかして。
近寄る夢月は下から彼を覗き込む。やっぱり銀色の目だ。日本人離れしている。
「あの、今日はよろしくお願いしますね」
「あ、あぁ……うん。よろしくね」
元気のない、笑み。
彼はやっと顔をあげた。複雑な表情をしている。
マモルの脇をクゥが肘で強く小突く。
「せっかく着飾ってくれてるのに、なにか言うこととかないんですか?」
「へ? あ……えーっと、うん、似合ってるね」
「……なんですかそれ」
呆れるクゥに「ちがった?」ととぼけたように言うマモルだった。
二人並んで立つ。
カメラマンがレンズを覗き込んでいた。隣に立つマモルは浮かない顔のままだ。
「あの」
小さく声をかけると彼がこちらに視線だけ向けてくる。
「写真を撮るんですから笑わないと。この際、格好のことは気にしないほうが良いみたいですよ?」
「……?」
怪訝そうにするマモルは合点がいったのか「ふ」と小さく笑った。
「俺が気にしてるのは花婿の格好じゃないよ」
「? 違うんですか?」
「ふふっ。いや、いいんだ。大丈夫。ちゃんと笑うよ」
「……やはり私が花嫁役だからでしょうか? すみません。撮影の短い間だけなんですけど、我慢していただけます?」
「そ、それは違うって!」
焦ったようにマモルが少し強めに言う。
「そうじゃなくて……全然違うことで、ちょっと、さ」
「……私が問題じゃないんですか?」
「違うよ。ただ……さ」
言い難そうにマモルは顔を歪めた。
「ただ……ちょっとほんとに、色々考えちゃって」
カメラマンが顔をあげてこちらを見てくる。笑え、ということだろう。
「ごめん。変な心配させちゃってさ。霧島さん、今日はありがと。この間も手伝ってもらっちゃったのに」
「いえ、そんな」
二人はレンズに向けて笑みを向ける。シャッター音が鳴り響いた。
*
写真を一枚、もらってしまった。記念というやつだ。
それを眺めて帰りながら夢月はちょっと考える。写真の中のマモルは笑っている。
「……髪の色とか気にしてたのかな」
**
送られてきた出来上がったカレンダーを双羽は一通り眺めて、机の引き出しにしまった。
「……他の支部の悪ふざけに頭痛が……」
だから嫌なのだ、こういう企画は。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7510/霧島・夢月(きりしま・むつき)/女/20/大学生,魔術師・退魔師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
純白のドレスはきっとお似合いだったに違いない。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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