■例えばこんな物語 第二章■ |
紺藤 碧 |
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】 |
「遊びに来てくれたの!?」
青年――コールは白山羊亭で知り合った冒険者の訪れに、満面の笑顔を浮かべる。
「ストックしてある物語読んでみる? それか…」
コールはそこで一度言葉を止めると、新しい真っ白の本を取り出してドンと机の上に置く。
「新しい物語とか、どうかな?」
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例えばこんな物語 第二章
先日後回しになった本の魔窟ことコールの部屋の前で、アレスディアは一呼吸置くとコンコンと扉を叩いた。
中からくぐもったような返事が聞こえ、確かにコールは部屋の中に居るようだ。
ただ、此方から不用意に開けては本が雪崩れ落ちてきそうで開けられないのだが。
「やぁ、アレスちゃん。どうしたの?」
中から扉が開かれ、本をなぜか帽子にしているコールが現れる。
ああ…この人は……
出かかった言葉を飲み込み、アレスディアは別のことを問いかける。
「コール殿、今、お時間空いておられるかな?」
「うん、大丈夫だよ」
頷いたコールを確認して言葉を続ける。
「うむ……久しぶりに物語を聞かせていただきたいと思っているのだが、良いだろうか?」
「勿論! じゃあ、ホールの方がいいね。ここじゃ…ね」
語尾にハートマークとか音符とかつきそうなノリで「ね」と言われても、素直に「うん」とは言えない。確かにそのとおりだし。
コールはバタバタと部屋の中に戻ると、何時ものペンと真っ白の本を持って部屋から出てきた。
ホールに向かう道すがら、アレスディアは問いかける。
「覚えておいでか? あの、シェフレラ殿のこと」
そう、随分と前にコールがアレスディアを見て書いた物語の1つに、シェフレラという老女との邂逅の話がある。
ホールに着いた二人は、適当な椅子に腰を下ろし、アレスディアはぐいっと身を乗り出す。
「いつも全てに全力投球と言われ、少しは意識をしてみたのだが……どうだろうか、少しは変われただろうか?」
あまりにも必死なアレスディアに、コールはうーんと一度うねり、徐に本を広げてペンを走らせ始めた。
【グズマニア夫人】
あれからどれだけの時が流れただろうか、アレスディアも心誓士としてそれなりに独り立ちできるようになり、順風満帆とはいかなくともそれなりに生活が出来るまでにはなった。
世界を見るため、自分の力を高めるために旅立ったばかりの頃立ち寄ったとある町。
あの頃の自分は、どうして理由もなく仕事を解雇されてしまうのか分からなかった。
けれど今なら分かる。
自分の生真面目さは、他人には完璧主義に映るのだということに。
気がついたのは、多くの人と協力して仕事をするとき、自分のこの性格が、周りから浮いてしまい反感を持たれていると知ったから。
全てがそうではなかったのだが、中にはそういったことを面と向かって言う人も居て――実際、言われなければ気がつかなかったのだが――アレスディアはよくよく考えさせられることになった。
思い出したのは、一人の老女。
自分の中に1つの道を示した女性。
気がついた自分は、あれから少しでも変われただろうか。
アレスディアは徐に軽く握った手を上げる。
そして、コンコンと扉を叩いた。
「どちら様かしら」
ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは、懐かしい老女の顔。
「お久しぶりです。シェフレラ殿」
「あらあらあら」
シェフレラはアレスディアの姿を見て取り、その皺を深くして微笑んだ。
「あれからどれくらい経ったのかしら。頼もしい顔になったわね」
「シェフレラ殿も、お元気そうで」
シェフレラに促されるままアレスディアは軽く頭を下げ着いていく。
いつも人を雇っているわけではないのか、今はシェフレラ一人なのかとアレスディアは考えていると、
「この前、辞めてもらったばかりなの」
見透かしたようにシェフレラはニコニコと笑って言う。
「決してあの子が悪いわけじゃないのよ」
彼女のいう“あの子”がつい最近までこの家で働いていた人物なのだろう。
「旅していたんでしょう? あなたの話も聞いてみたいわ」
今日はあの時とは違い、アレスディアはシェフレラにとってお客様。リビングの椅子に座らせるとシェフレラはお茶の準備を始める。
ホワンと微かな香りが漂う紅茶を飲みながら、昔語りに華を咲かせる。そんな時、ふとシェフレラが思い出したというようにポンと手を叩いた。
「そういえば、アレスさんはもうこういった仕事はしないのかしら」
こういった仕事とは、以前シェフレラの家で行ったような家政婦もどきの仕事のことだろうか。
「確かに少なくはなりましたが、しないわけではない」
心誓士としての仕事の合間に入れることもたまにあると言えば、シェフレラの顔が嬉しそうに綻んだ。
「あなたに頼みたいことがあるの」
そう言って老女に連れてこられたのは、そこからまた幾分かしたところにあるお屋敷だった。
屋敷といってもさして大きいわけではなく、核家族が一世帯住むのにちょうどいい程度。
「グズマニア。居る?」
軽く扉を叩き、老女はその後臆面もなく扉を開けると、家の中に向かって尋ねる。
「いるよ。どうしたんだい?」
シェフレラの声に答えるように出てきたのは、ちょっと目じりがきつめのこれまた老女。
「この前、新しい家政婦が欲しいって言ってたでしょ」
多分自分のことを紹介されているのだろうと、アレスディアは軽く頭を下げる。
「まぁいいさ。働いてくれるなら雇うよ」
「ええ。この子はよく働いてくれるわ」
老女の言葉に、シェフレラはコロコロと笑って答える。
「アレスさん。暫くお願いね」
「了解した」
シェフレラの真意は分からないが、この老女の家で働いて欲しいのだということは分かる。
「アレス…だったか? しっかり働いとくれよ」
ふんっと鼻を鳴らして家の中に戻っていく老女についてアレスディアも中へと入る。すると、直ぐに雑巾とバケツが飛んできた。
暫く働いていたが、シェフレラがどうしてこの老女の家で働いて欲しいと言った真意は今だ分からずじまいだった。
「アレス。この棚の―――…」
「ああ、そこはもう終わった」
「……そ、そうかい」
そんな老女の態度にアレスディアは首を傾げるしかない。
何せここに着てからそんなやり取りが何度もあったからだ。
どうやらこの老女はシェフレラと違って、隅々まで綺麗にしてほしい性質なのだろうと、元々の性分もあいまってアレスディアは何の気兼ね(?)もなく気が済むまで掃除した。
「こんにちは」
あの声はシェフレラだ。
「シェフレラ!」
アレスディアが出迎えるよりも早く、老女はその横をすり抜けて玄関へとかけていく。
「何だい、あの子は!」
その叫びには当のアレスディアも眼を丸くした。自分に何か落ち度でもあったのだろうか。
「そう? なら、あの子は引き取っていくわね」
「そうしてくれ!」
コンコンと軽い足取りが響き、満面笑顔のシェフレラはアレスディアの姿を見つけると、その手を引いて老女の家を後にする。
困惑もそうだが、一番納得できないのはアレスディアだ。
シェフレラの家に戻り、アレスディアは問いかける。
なぜ行き成り突然の解雇を言い渡されてしまったのか。そして、なぜシェフレラがあの老女の家へ自分を連れて行ったのか。
「あなたと彼女の相性はね、とっても良かったのよ」
確かに仕事はやりやすかったようにも思う。ならばなぜという思いがやはり生まれる。
「彼女は完璧にやり遂げる人を雇いたいと言いながら、完璧な人はダメなの」
「完璧なつもりはなかったのだが……」
どこか当惑したようなアレスディアの言葉に、シェフレラはふふっと笑う。
「そういうことじゃないのよ。彼女は、彼女が言うような細かい所までやっておく人はダメなの」
どちらかが妥協すればよかったのに、どちらも(特にアレスディアは気がついていない)気を張ったままで、先に折れたのは老女だった。ただ、それだけ。
それでもアレスディアは分からずに首を傾げる。
「彼女は文句を言いたい人なの」
仕事が終わっていないと文句を言いたい。だから、アレスディアのように細かいところまでしっかりやってしまう人はダメなのだ。
「複雑な方だ…」
何の文句も言わなくてもいいのならそれに越したことは無いと思うのに、老女はわざわざ文句を言いたいという。
シェフレラは笑う。
彼女はやはり不思議な人だとアレスディアは釣られて微笑んだ。
終わり。(※この話はフィクションです)
ペンを走らせる音が止まる。
アレスディアは腕を組んで唸り始めた。これはどう捉えればいいのやら。
気を張り詰めたままですれ違ってしまった節がある物語の中のアレスディアと老女。
「気を緩めていれば、変わっていたのだろうか」
「その場合は、おばあちゃんから文句の嵐だったろうけどね」
ニコニコと笑って答えるコールに、アレスディアはまた眉間の皺を深くする。
文句に耐える自信は…ある。だが、なんとも理不尽なような。
「…うむ、まだまだ精進が足らぬということか……」
こういったことに精進が必要かどうかと問われたら、やはりどうなのだろう。
「アレスちゃんはさ、今のままでいいと思うんだ。無理に変わらなくても」
前のときはそう思ったけれど、それで自分が疲れないのなら、変わろうとして無理をするよりはいい。それに、変わろうと“真剣”に考えている辺り無理なのだ。
そうして、暫くお昼下がりのあおぞら荘に、アレスディアの唸りが響いた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな物語 第二章にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
前の物語の続きとして、結果としてこんなものが出来上がりましたが、楽しんでいただければ幸いです。
多分こういったご老人は結構回りにいるのじゃないかなぁ…と思います。
それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……
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