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■百鬼夜行 一夜■

葵夢幻
【1564】【五降臨・時雨】【殺し屋(?)/もはやフリーター】
 桜華が置いた書類をうんざりとした顔で手に取る黒天。だが余り目を通さずに乱雑としている机に放り投げてしまった。
「どうせ、またいつものだろ」
 桜華は大きくため息を付くと、黒天が投げ出した書類を手に取る。
「ええ、昨日だけで八件、このままいくと被害はどんどん増えるばかりです」
「ああっ、もう、止めて欲しいよな。そんな無差別殺人なんて」
 別に無差別殺人ではない。
 最近、何かしらの理由で妖魔達の活動が活発になり、それで被害が増大しているだけだ。
「原因不明、ですが、たぶん月と陰陽の関係かと」
 月は古来より妖魔に理性を失わせ、陰陽は妖魔達を活発化させる。本来ならこんな事はめったないのだが、今回ばかりはこの二つの要因が重なったものと見える。
「とは言っても自然現象、そんなのどうすればいいんだよ」
 確かに月の満ち欠けも、時の流れも人間にはどうする事も出来ない。つまり、今回の事件は解決できない事を示していた。
「けどこのままには出来ませんよね」
「当たり前だろ、これだけの被害が出てるんだから」
 確かに妖魔の被害者数は増える一方だ。
「こうなったら残る手はただ一つ。出てくる妖魔を片っ端からぶっ潰していく事。それしか出来ないだろ」
「そうですね。この現象が続くのは後三日。その間に現れる妖魔を全て退治していくしかないようです」
 こうして三夜連続に妖魔を退治してくれる者を集める事となった。
―百鬼夜行 一夜目―

「これって……依頼料……でるのかな?」
 随分と間を開けて喋る時雨。その隣にいる仲介所の人間である桜華乱菊は冷静に答える。
「今夜現れた魑魅魍魎や妖怪達を倒していただけるなら、それなりの報酬を用意しております」
「そう……だったらいいや……仕事だし……生活がかかっているからね」
 そう言う時雨の目には微かに涙が見えていた。どうやらかなり生活に困っているらしい。だからだろう、こんなしんどい仕事を選んだのは。
 相手は数え切れないぐらいの魑魅魍魎や妖怪達、それが群れをなして都心へと迫ってくるのだから。
 それ防ぐべく、今回は黒天の依頼で時雨が討伐の任を請け負ってくれたわけだ。
 そんな経緯もあり、時雨は常闇が支配する廃棄区画で待っていた。そして月がよりいっそう、その輝きを強めた時だ。遠くから鯨波と共にこちらへ向かってくる集団が見えた。もちろん、それが今回の相手である魑魅魍魎や妖怪達であることは確かである。
「じゃあ……行ってくる。持久戦……あまりやったこと無いんだよね。……でも、なんとかなるか」
 随分と適当な事を言い放つと時雨は敵陣に向かって一気に駆け出した。そのスピードは驚異的であっという間に敵陣の先頭へと辿り着いてしまった。
 そして瞬時に二刀をを抜き放つと、一瞬にして閃光が煌めき、敵の先陣である二〇体程が一瞬にして切り伏せてしまった。
 その驚異的な乱入者に百鬼夜行の一群はざわめくが、時雨は動きを止めることなく次の攻撃へと移る。
 時雨の攻撃速度はかなり驚異的であり、当てる事が出来るなら一撃で四十体ほどの敵を切り裂く事が可能だ。
 だが百鬼夜行の一群にはそんな時雨の能力など知った事ではない。邪魔するなら叩き潰す、その本能だけで時雨を敵と見なして襲い掛かってきた。
 だが時雨の攻撃スピードも移動スピードも尋常ではない。したがって、今しがた時雨を捉えたと攻撃に移る百鬼夜行だが、次に瞬間には何体かが切り伏せられて、しかも時雨は違う場所に移動している。
 まさに電光石火の如きスピードで撹乱しながら百鬼夜行の魑魅魍魎や妖怪達を切り伏せていく時雨。
 だが百鬼夜行は数え切れないぐらいの一群である。その中に時雨のスピードに対応できる者がいてもおかしくない。
 それは鳥の妖怪、両手に翼をつけて時雨が攻撃を終えて止まった瞬間を狙って、足の鉤爪で時雨へと襲い掛かる。もちろん、時雨のスピードに追い付けるほどだから、こちらの攻撃スピードもかなりのものだ。
 そんな中で時雨は素早く、いや、一瞬にして二刀を水平に構える。その間にも妖怪の鉤爪は時雨を捕らえようとしていたが、時雨は静かに精神を集中させて呟くだけだ。
「風牙」
 そして鳥の妖怪に突っ込むのと同時に光速の突きを連続で繰り出す。突進してくるだけでなく、攻撃も同時に行っている時雨に鳥の妖怪はどうすることも出来ず。時雨の攻撃が鳥の妖怪を切り刻む。いや、最早分子レベルまで分解されているので、その突進力と粉砕力はかなりのものである。なにしろ鳥の妖怪はその肉片すらも残っていないのだから。
 それだけの技を出したのだから、その直後には当然隙ができる。そこを狙ってくる車輪の妖怪が炎をまといながら突進してきた。
 時雨はそれを横目で確信するとゆっくりと体勢を立て直して、向かってくる妖怪が時雨に体当たりを入れる瞬間。時雨は音も無く瞬時に移動する。この無音の高速移動こそ、時雨が最初から使っていた移動術だ。
 そしてその移動術を使い、時雨は再び敵陣へと切り込んでいく。
 音も無く、一瞬にして目の前に現れる時雨に百鬼夜行はどうする事も出来ず。そのまま時雨にほんろうされっぱなしだ。だが相手は無数の魑魅魍魎と妖怪が集まる百鬼夜行。いつまでも時雨の思い通りにはさせなかった。
 視界の端で何かしらを捉える時雨。だが完全に攻撃の合間に出来た一瞬の出来事にどうすることも出来ずに、時雨は横腹に痛みを感じならが吹き飛んでしまった。
「ぐっ、ホームラン?」
 いや、確かに野球ならそうなったかもしれないが、現在は戦闘中である。時雨は痛みが和らぐのを感じなら起き上がると、そこには百鬼夜行が二手に割れて、その中央から鬼の団体がゆっくりと歩いてきている。
 どうやら先程の攻撃は鬼の一撃らしい。だがどんな敵が出てこようとも、時雨は依頼を遂行しなければいけない。つまり、目の前の鬼達も倒さなくてはいけない。
 時雨は体勢を立て直すと一瞬にて姿を消す。例の高速移動で鬼達に一気に突っ込んで行った。そして二刀を振るう。こちらもかなりのスピードがあり、一瞬にして鬼達を切り裂いていくが、中には時雨の攻撃を感知して防ぐものもいた。
 結局、その一撃で倒せたのは一二体ほどである。他の雑魚なら四〇体は倒せるのだが、さすがに、この鬼の集団はそう簡単に倒せる相手ではないようだ。しかもまずい事に、鬼達は数え切れないぐらいの数が揃っている。それに先程の戦闘能力である。これはかなり手ごわい相手のようだ。
 それでも時雨はもう一度、高速移動による攻撃を繰り出すが、倒せたのはほんの数体ほど。だが時雨は動きを止めずにそのまま風牙を放つ。光速突きの突進技。さすがにこれには鬼達もどうすることも出来ずに滅していく。
 そして風牙を撃ち終えた瞬間を狙い。鬼はその手に持った棍棒を振りかざしてきた。これは先程の展開と同じであり、二度も同じ攻撃を食らう時雨ではなかった。
 時雨はその場から跳び上がると、近くに居る鬼を足蹴にして更に遠くに跳ぶ。そうする事で鬼達との距離を取った。
 そして再び鬼達の方へ目を向けると、鬼達も集結している。どうやら今夜の百鬼夜行での中心核はあの鬼達のようだ。
 つまり、あの鬼達以外は皆雑魚という事になる。
 その事を把握した時雨が少しだけ風がなびく中で、聞こえるかどうかぐらいの声で呟く。
「血化粧」
 そう呟いた瞬間、時雨の中にあるリミッターが外れて時雨の力が解放されるのと同時に刀もその真の力を解放するのだった。
 まずは妖長刀、刀身が七尺もある金剛石すら切り裂ける切れ味を有する。更には血桜、斬るのと同時に数万度の魔炎を発する刀。この二刀を手に時雨は鬼達を見ながら静かに呟く。
「これ……制限時間……があるから……早くしないと」
 どうやらこの力は制限時間があるらしい。
 そして時雨の姿が一瞬に消えるのと同時に、鬼達の一団で一角を担っていた鬼を全て切り伏せてしまった。
 どうやらスピードもかなり上がっているらしい。だがそれぐらいで怖気づく鬼達ではない。咆哮を上げると時雨に向かって突っ込んでくる。
 だが時雨はその場から動こうとはせずに立っているままだ。だからすぐに鬼達に囲まれてしまった。だがそんな状態でも時雨は冷静に鬼達を見回すだけだった。
 そして丁度時雨が背中を見せたときだ。数匹の鬼が時雨に向かって襲い掛かるが、時雨は振り向くことなく、鬼達の攻撃を全てかわすのと同時にこちらからも鬼達を切り裂いた。
 鬼達はそのまま切り伏せられてしまったが、時雨には傷一つ付いていない。これも時雨の血化粧、その力の一旦である。つまりは瞬間予知能力、敵の攻撃を事前に察知する事が出来るのだ。
 だからこそ、今の時雨にはどの鬼がどんな攻撃をしてくるのかは手に取るように分る。だが鬼達にはそんな事は知らない。ただ時雨を倒すべく、突き進むだけなのだが、築かれたのは鬼達の死骸だけで時雨には傷一つ付いていない。
 そして時雨は再び鬼達を見回すと静かに口を開く。
「やっと……みつけた」
 それは鬼達の指揮を取っていたリーダー。時雨は戦闘の最中で戦闘指揮を取っている鬼を同時に探していた。
 見つけた以上はちゅうちょする必要は無い。時雨は一瞬にして鬼達を切り伏せながら、リーダーの鬼を目指して疾走する。そのスピードはとても鬼達に止められるものではない。
 だからこそ、一瞬にして時雨はリーダーの鬼である、その懐に飛び込んだ。
 いきなり現れた時雨に鬼の防衛本能が働き、棍棒を振りかざして時雨を吹き飛ばそうとするが、時雨はそれを待っていたかのように構えを変える。
 そして棍棒は時雨を吹き飛ばそうとするが、時雨は棍棒の勢いを利用して攻撃を受け流すと、そのまま相手の体制を崩すために体を沈めると、棍棒を持っている腕を一気に蹴り上げる。
 そうなると鬼は回るように体勢を崩してしまった。そこに一気に攻撃を入れる時雨、最早数え切れない数の斬激を入れるのと同時に血桜の炎が舞い踊る。そして最後の一撃で両刀を横に薙ぐとその衝撃波で周りの鬼達も切り裂かれてしまった。
「魔人舞」
 相手の攻撃を受け流してから衝撃波を放つまで一秒も無かっただろう。一瞬の動作でそこまでやるのだからその技もかなりのものだ。
 そして鬼達はリーダーを失った事でその統率力を失ってしまった。こうなっては烏合の衆、他の雑魚共とまったく変わりない。
 それからの時雨は再び血化粧を解いてリミッターを付ける。この血化粧も稼働時間をすぎれば暴走する危険性がある能力だ。そして残る百鬼夜行は雑魚ばかり、もうそれだけの力を出す必要だ無いのだろう。
 一方の百鬼夜行はというと、中心核を失い動揺が走っており、混乱に陥っているようだ。
 そんなチャンスを見逃す時雨ではない。この時とばかりに敵陣に切り込み、そのスピードで撹乱しながら戦い続けた。
 そして東の空に白い色が混じり始めた時。突如百鬼夜行が進行を停止して後退していく。その様子に時雨は警戒を解くことなく、退却していく百鬼夜行を見詰めるが、突如時雨の隣に桜華乱菊が出現した。
 今までどこにいたのかまったく分からないが、今は時雨の横にいるのは確かだ。そして時雨に向かってゆっくりと頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「これで……終わり?」
「今夜は、ですけれど」
 そう言いながら桜華も百鬼夜行が去っていた方向へ目を向ける。
「また今夜にも現れるでしょう」
「それも……ボクがやるの?」
「いいえ、今回の依頼は今夜限りの物です。もしお望みならやっても構いません。それから、今夜の報酬はちゃんと支払いますのでご安心下さい」
「なら……今はいいか……報酬がでるなら」
 それだけ言うと時雨は二刀を鞘に収めて桜華に背を向ける。今回の依頼は終わったのだから別に不思議は無いだろう。あえて不思議な事を上げるなら、時雨が自分の刀が収まっている鞘に足を引っ掛けて転んだ事だ。
「……」
 その様子を笑うわけでなく不思議そうな顔で見る桜華。どうやら、何故そんな転び方が出来るのかが不思議らしい。
 そんな時雨を見送りながら桜華は黒天に報告するために戻り、一夜目は無事に終了した。