■友と仲間と知人■ |
川岸満里亜 |
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】 |
カンザエラという都市があった。
アセシナートの支配に苦しめられてきたカンザエラの住民達は、冒険者や聖都の手引きにより、新たな村を築き、新たな生活を始めたのだった。
そのカンザエラの人々は、度重なるアセシナートの仕打ちにより身体が蝕まれていた。
皆、いつ病に倒れてもおかしくは無い状態にあった。
「治療薬、作れないんだって」
キャトル・ヴァン・ディズヌフが悲しそうな目で言った。
「でも、食事療法や運動で、発病を少し遅らせることはできるかもだって。でね、その治療マニュアルをカンザエラの人たちの村に届けに行こうと思うんだ」
キャトルは直接カンザエラの人々と関わりがないはずだ。しかし……。
「知り合いが出来たし、少し話したいこともあるから。今度はあたしの方から行こうと思って、王様と相談して、この件引き受けることにしたんだ」
いつ知り合ったのだろうか。どんな話があるというのだろうか。
そう訊ねると、キャトルは小さく笑ってこう答えた。
「あたしにかかっていた術を解いてくれたの。その後も心配して、聖都に来た時に会いに来てくれたんだ。話は……ええっとね、身体のことだから、あまり知られたくない話なんだ」
どことなく、ぎこちない笑みだった。
どうも何か隠し事をしているようだ。
「で、一人じゃ危険でしょ? 危ないと思うよね? てゆーか、皆で行った方が楽しいからさ! だから一緒に行こー」
キャトルは笑みを浮かべてそう言った。
だけれどファムルがいなくなってから――キャトルの笑みはどことなく切なげだった。
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『友と仲間と知人』
聖都を離れて1時間。
道は既に、舗装されていないでこぼこ道であった。
時々大きく揺れる馬車の中、少年の姿に扮した、キャトル・ヴァン・ディズヌフは楽しそうな笑顔を浮かべていた。
だけれどその笑顔は、場の雰囲気を和ませるために、彼女が作り出している笑顔だと誰もが感じていた。
ドアの側に座っている千獣は、一人、窓の外を見ていた。
荒野が続いている。
何も無い土地。
寂しさを感じる風景であった。
キャトルから、治療薬が作れないという話を聞いた時、千獣は長い沈黙の後、「そ……か」とだけ答えた。
改善させる方法が今はなくても、ファムル・ディートのような有能な薬師、またはアセシナートの知識があれば、なんらかの進展があるかもしれない。
千獣は決して、諦めるつもりはない。
ただ……千獣の顔に笑みはなかった。
カンザエラの人々と、親しく交わってきた千獣。
久しぶりに皆に会えるのはとても嬉しいことなのに。
千獣は真剣な眼で、一人深く考え込んでいた。
「キャトル」
声を発したのは、ウィノナ・ライプニッツだった。
「無理、しなくていいんだよ。ここにいる人達は、みんなキャトルと同じ気持ちなんだしね」
「あ……うん。楽しいのは嘘じゃないんだけど、なんか心の底から楽しめないよね。ウィノナも同じ? そういえばウィノナとあたし、ファムルとの付き合い、同じくらいだっけ」
「……そうだね」
ウィノナは寂しげな笑顔を浮かべる。
「ボクもいっぱい、お世話になってたんだ。大切な人の一人なんだ。なのに……近くにいたのに、連れて行かれることを止めることが出来なかった。だから、キャトルの気持ち分かるよ。ボクももっと、力が欲しいって思う。ファムルの居場所が分かったら、必ず助けたい……ううん、助けるんだ! だから、それまでの間に、お互い色々出来るようになろう」
キャトルはこくりと頷いた。
「あたしは、こんどはちゃんとウィノナのように、皆と一緒に歩くから。そして、千獣のように、皆を庇える存在になりたい」
ウィノナはキャトルの真剣な瞳に頷いた。
「ね、村に行ったら、ルニナとリミナに魔法教えてもらおうと思ってるんだけど、キャトルも一緒に教わってみない?」
「うん、あたしもそれ、考えてた!」
キャトルとウィノナは微笑みあう。
「キャトル」
今度は男性の声が響いた。
キャトルは声の主に顔を向ける。
自警団のフィリオ・ラフスハウシェだ。
フィリオは自警団の仕事で、村へ派遣されることになっていた。同時期にキャトルも村に行くと聞き、行動を共にすることにしたのだ。
「キャトルがアセシナートに捕まった時、私は焦り故に単独行動に走り、結果的にキャトルに辛い思いをさせてしまいましたよね」
キャトルはフィリオの言葉を黙って聞いていた。
確かに、辛かったけれど……。
会えて嬉しかった。側にいてくれて、安心した。
だから、その行動が失敗だとも、間違いだったともキャトルには思えない。
だけれど、その行動はしないで欲しかったことは事実だ。
自分のことではなく、彼が傷ついたことが悲しかったから。
「だから、キャトルも。焦る気持ちはとても分かります。だけれど行動を急いで、私と同じ失敗をしないでくださいね」
キャトルはしばらく沈黙をした。
自分は焦っている。
それは分かっている。
だけれど、この気持ちをどう抑えればいいのかが分からない。
何かせずにはいられない。
直ぐにでも、アセシナートに飛び込んで行きたい。
早く早く早く!
「キャトルさん」
山本健一が、諌めるような眼で、キャトルを見ていた。
その隣に座っているクロック・ランベリーもまた、同じような眼でキャトルを見る。
キャトルは視線を戻して、フィリオの優しい眼を見た。
ゆっくりと瞬きをして、ゆっくり頷いた。
「一人で力づくで、奪い返そうとか……は、思わないことにする。できることなら、そうしたい、んだけどねっ」
悲しげに笑うキャトルの腕を、ぎゅっとウィノナが引っ張った。
「ボクも、ファムルさんのこと絶対取り戻すって決めてるから。ここにいる皆も同じ気持ちなんだからね!」
「だけど、あたしは皆も大事なんだよ。だから、皆が傷つくのも嫌なんだ」
「それなら、私も一緒です。キャトルが傷つくのは嫌なので、本心を言うならば大人しく実家で待っていてほしいです」
フィリオの言葉に、キャトルは小さく笑って……俯いた。
「ありがとね……うん、ありがと……」
吐息をついて、顔を上げて微笑む。
少し寂しげで、だけれど和やかな空気が流れていた。
* * * *
昼過ぎに、一行は村へと到着をする。
「……カンザエラとは全然違うね」
キャトルはそう感想を漏らした。
千獣は真っ先に、村人達の元へと駆けていった。
移住に協力をしたクロックは小さく唸り声を上げた。感慨深いものがある。
最後に訪れた時よりも、ずっと村らしくなっていた。
道は整備され、村の入り口に看板までもが立っている。
ただ、その看板には「ようこそ」と書かれているだけで、名前がない。
村の名前はまだ決まっていないようだ。
村人達は毎日のように集ってはいるのだろうが、会議のようなものは開いていないと思われる。村長もいないのだろう。
自治の為の指導をしてあげた方がいいような気もするが……聖都の民の言葉は受け入れない人物がいるだろう。
「……ここ、リミナ、ルニナ、の家……!」
振り向いてそう言った後、千獣はドアをトントンと叩いた。
皆が千獣の所に到着するより早く、ドアが開き、リミナが姿を現した。
「千獣ー! 久しぶりっ」
リミナは満面の笑顔で千獣を迎え入れた後、連れの存在に気付く。
「こんにちは、ルニナもいる?」
キャトルの言葉に、リミナは頷いた。
キャトルは少年の姿をしているのだが、リミナはそれがキャトルであることを知っているようだ。
「薬の件ですよね? この家は狭いので、診療所でお話ししましょう」
リミナは姉を呼びに行き、皆で診療所へと向うことになった。
村唯一の診療所は、今では集会所のようにもなっているらしい。
病気ではない者も、暇を見つけては立ち寄り、ボランティアや雑談を楽しんでいるそうだ。
大切な話があると説明し、集っていた村人達には帰ってもらう。
――村人達が一行を見る目は、疑心に溢れていた。
まずキャトルは、聖都から派遣されている医師にマニュアルを見せた。
「完全に治す薬とか、回復を促す薬なんかは……今の聖都の技術じゃ作れないんだって」
キャトルは正直に、ルニナとリミナに語った。
「うん、だろうね」
ルニナは自嘲か、嘲笑か……嘲りを含んだ口調でこう続けた。
「だって、アセシナートに敵わないから、戦わないんだろうし。薬学だって負けてんでしょ。あんまり当てにはしてないから、いいよ別に」
「敵わないからではない。戦争になれば、たとえ勝利したとしても、傷つく者がいる。多くの犠牲が出るからだ。できれば戦争は避けるべきだ」
そう意見したのは、クロックであった。
「そうして、私達を切り捨てたんだよね。……ああ、ごめんね。お互い様だから、もう恨んでるわけじゃないよ」
そして、ルニナは医師からマニュアルを受け取って、眼を通した。
「身体にいいこととか、節制とか……必要だってわかるんだけどね。私達、もっと自由に生きたいのに。なんで、普通の人達みたいに、美味しいものをお腹いっぱい食べたり、酒飲んで騒いだり、徹夜で遊んだり、冒険に出てみたり……そういう無茶できないのかな。村人達の多くが、後の人生は、縛られずに自由に行きたいって思ってると思う。だから、あまりこういうマニュアルには従わないんじゃないかな」
「押し付けるつもりはない。生き方は君達が選べばいい。だが、俺達も出来る限りのことはしたいと思っている」
クロックは吐息交じりにそう言った。
「ありがとうございます。私は皆にこのマニュアルに従うよう呼びかけてみるつもりです」
ルニナの手からリミナがマニュアルを受け取る。
「だって、生きている時間が延びれば、健康を取り戻せる可能性も増えるから。生きていれば、普通の人達みたいな生活ができる日が来るかもしれませんからね!」
リミナの言葉に、千獣がこくりと頷く。
希望は捨てない。決して諦めない。
でも、皆が死んでしまったら、そこまでだ。
だから、とにかく生きていてほしい。
「道中マニュアルを見せていただいたのですが……」
健一がリミナに近付いた。
ミリナがマニュアルを開き、健一に見せる。
「薬草について、記されていますけれど、採取できる場所については載っていないですよね」
「はい」
健一はリミナからマニュアルを受け取ると、ペンを借りてマニュアルに薬草の繁殖場所について書き込んでいく。
自然に囲まれたこのあたりなら、問題なく手に入るだろう。
「簡単に書き込んでおきましたが、何か不明なところがありましたら、聞いてくださいね」
「ありがとうございます」
リミナは健一に礼を言って、マニュアルを受け取った。
健一は1つの視線に気付いて顔を上げる。……ルニナと眼が合った。
ルニナは即座に眼を逸らす。
顔つきといい、仕草といい、以前会った時とは随分と違う。
そう、あの時は……彼女の身体の中には、違う女性が入っていたから。
「ルニナさんも、どうかこのマニュアルを活用してください。妹さんのためにも」
健一のその言葉に、ルニナは小さく吐息をついた後、こう言った。
「多分、ね」
診療所での相談を終えた後、男性達は村の見回りと夕食会の準備の為に診療所に残った。
女性達は、ルニナとリミナの家に向うことにする。
「千獣って、皆に好かれてるんだね」
キャトルはそう言って、千獣に微笑んだ。
村人とすれ違と、皆千獣に声を掛けていく。
キャトル達のことは、訝しげな眼で見ているのだが、あきらかに千獣に対してだけは態度が違ったのだ。
家に到着をすると、リミナがお茶を淹れに台所に向った。
ルニナは壁に寄りかかって眼を閉じた。なんだか疲れているようだ。
千獣は家の中に、2人と一緒に作った家具が並んでることを、嬉しく思っていた。
リミナが皆に紅茶を配り終えた時、ウィノナが口を開いた。
「エルザードに届けたいものとかあったら、言ってね。大きめの馬車で来たから、何でも持っていけると思う」
「ありがとうございます。村の人々にも聞いておきますが、今のところ特にはないと思います。いずれは対等に交易が出来るようになればいいんですけれどね」
リミナは腰かけてティーカップをとった。リミナの物腰はとても柔らかい。
「それから以前、キャトルにかかってた魔術、解いてくれてありがとね。リミナ達って魔法堪能なんだよね? どこで習ったの?」
「昔は、カンザエラにもアカデミーがあったんです。聖都ほどではないけれど、結構大きくて、有名な先生もいました。私もルニナもそこで魔法の勉強をしました」
「そうなんだ」
その先生は? ……とは聞けなかった。多分、いい答えは返ってこないだろうから。
「で、そのキャトルを治した魔法、ボク達にも教えてくれないかな? ボクもキャトルも魔法の勉強をしてるんだ」
リミナは少し考えた後、こう言った。
「魔法にも色々種類があるけれど、あの時使った魔法はキャトルさんの症状を見て、私の発想で行なったものだから、教えることはできません。こういうのは、魔法を覚えていくうちに、自然と自分の発想で出来るようになるものだから。決められた呪文を唱えて発動する魔術とは違うんです」
「そっか」
ウィノナは少しがっかりするが、ウィノナは他人の魔力の流れを見ることが出来るようになっている。魔力の流れを狂わす術などを覚えていくうちに、そういった応用も出来るようになっていくのかもしれない。
「でも、回復系の魔法でしたら、いつでもお教えしますよ」
「ホント!?」
「ええ。ただ、一日二日じゃ使えるようにはなりませんから、ご自身で鍛錬する必要がありますけれど」
リミナは優しい微笑みを見せた。
簡単に覚えられるものであったら、世の中魔法が使えない人はいないはず。その辺りはウィノナもキャトルも無論承知の上、鍛錬も望むところだ。
「それじゃ、とりあえず簡単な仕組みだけ教えますね」
リミナはウィノナの腕を掴んだ。
「魔力で体力を回復させる方法です。自分の中の魔力の流れがどう変わるのか、感じ取ってくださいね」
リミナはウィノナとキャトルの腕を交互に掴んで、2人の魔力を体力に変えていった。
「んー、ああ、なるほど……」
ウィノナは、なんとなくイメージとしては分かってきた。
「こ、これ……もしかして、あたし向きかも」
キャトルは感激を覚えた。魔力なら溢れる、いや溢れさせたいほどあるのだ。だけど、キャトルには体力がない。
この魔法を上手く使いこなせたら、身体がもっと楽になるかもしれない。
「でもキャトルさんの方は、なかなか上手くいきませんね。体内の魔力の状態が複雑すぎて……」
リミナは2人から手を離す。
「うん、やっぱそうだよね」
キャトルはため息をついた。
「……ねえ、話があるんだけど」
眼を閉じていたルニナが突如、キャトルに向かって言った。
「あ、うん。あたしも……」
キャトルを訪ねていたのは、リミナの方だと聞いている。リミナを通じて、キャトルとルニナは何か約束をしていたようだ。
「じゃ、私達は夕食会の準備の手伝いに行きましょうか」
リミナが立ち上がる。
ウィノナもキャトルが『身体のことだから知られたくない』といっていたことを思い出し、気になりはしたが立ち上がった。
「……話、私、も、一緒に……いい……?」
千獣はルニナに同席を申し出る。
「ダメ! うん、でも後で話すから」
ルニナは千獣に、笑みを見せた。
千獣は仕方なく、立ち上がる。
フィリオは夕食会の声かけの傍ら、村の中を見て回っていた。
自警団の任務である、不審者の警戒も兼ねて。
怪しいと思われる人物は特にいない。
ただ、聖都の人間である自分に対して、村人は良い顔をしない。逆に親しげに近付いて来た者がいたのなら、その人物こそ怪しいということになるのだが……そういう人物もいない。
アセシナートにとっては、もう不要な人々であることはわかってはいる。だけれど、彼等を餌に、アセシナートは何かまた交渉を持ちかけてくる可能性もあるだろう。
村人達は概ね満ち足りているように見えた。不足しているものも、特にはないようだ。治療薬以外は。
歩きながら、ふと、ルニナとリミナの家の方に眼を向ける。
出来れば、キャトルが行なおうとしていたことを手伝いたかった。
だけれど、彼女は身体のことだと言っており、その言い方は男性の介入を拒否しているように思えた。
でも、それは嘘かもしれないと、フィリオは思っていた。
フィリオ達、親しい者には言えない隠し事。
だけれど、親しい者と一緒にいたい。
彼女の誘いと言葉に、小さな矛盾を感じていた。
クロックは馬車から食材と酒を下ろして、診療所に運び入れる。
食事会の準備の為に、テーブルや椅子を集めては、外に並べる。結構重労働であった。
食材に関しては、あまった分は夕食会に出席した村人に提供する予定だった。
健一と、そして合流したウィノナと千獣は、医師と一緒に準備に勤しむ。
日が暮れた頃、人々が集り始める。
肉の焼ける匂いが立ちこめ、村人が明るい声を発すると、続々と家々のドアが開かれ、人々が姿を表すのだった。
クロックは皆に酒を注いで回り、今までの苦労を労い、皆の健康を気遣う。
「そういやーさ、カンザエラって今どうなってんだ? ほら、俺等が出る少し前に、天変地異があっただろ、空が真っ赤になったり、雷が落ちたかと思ったら、爆発が起きて、突風が吹き荒れて」
「ああ、あったあった。アセシナートが大規模破壊兵器の実験をしてたんかねー」
村人達のそんな会話に、思わず健一は酒を気管に入れてしまい咳き込む。
「なるほど、あの辺りが荒廃してるのは、アセシナートが実験をしていたせいか。近付かんほうがいいぞ」
事情を知っているクロックはそう村人達に言った後、ちらりと健一を見て笑った。村人の中には未だ真相を知らない人物もいるらしい。
健一は目を逸らして吐息をついた。説明してもいいが、妙な誤解を生みかねないので、黙っておくことにする。
酒が入ったせいもあり、村人達は次第に陽気になっていく。
健一は竪琴を手にとって、演奏を始めた。
陽気なリズムに、ますます村人達は賑やかな声を上げて、笑い合っていく。
千獣の仲介もあり、聖都から訪れた人々とも次第に打ち解け、会話を弾ませていく。
「わー、盛り上がってるねっ!」
遅れてやってきたキャトルは、ウィノナとフィリオの間に割り込むように入った。
「えへへへへっ」
甘えるような顔と仕草をした後、キャトルは皿を取って、焼きあがった肉を載せた。
「はい、フィリオ。沢山食べてゴッツくなってね。女天使姿とのギャップを楽しむからっ」
「なんですか、それは」
笑いながら、フィリオは差し出された皿を取った。
「ウィノナは野菜を沢山食べて、自然美でアセシナートをイチコロにするんだ!」
ウィノナには野菜をとって、渡す。
ウィノナは苦笑しながら、皿を受け取った。
「じゃ、キャトルにはこれですね」
「うん、これだね」
フィリオとウィノナはレバーを皿に載せて、キャトルに渡した。
「肉類たくさん食べて、もっと太りましょうね」
「貧血なんて起こしてる場合じゃないよ」
「うん、わかった!」
キャトルは嬉しそうに受け取って、盛られたレバーや肉を食べたのだった。
夕食会を終えた後、一行は村を離れることにする。
ただ一人、千獣だけは一晩だけ、ルニナとリミナの家に泊まることにした。
見送りには、ルニナとリミナだけではなく、村の人々も数人顔を出してくれた。
リミナが夜食にと、夕食会の残りの食べ物をキャトルに手渡した。
「今度来てくれる時までに、あなた方のご活躍で私達に今があるってことを、皆に説明しておきます」
「いいよ、そんなことしてくれなくても……って、あたしは何もしてないんだけどさっ」
笑うキャトルにつられ、皆の顔にも笑みが浮かぶ。
ウィノナがリミナに手を差し出した。
「それじゃ、またね。魔法について教えてくれてありがとう」
「はい、またいらしてください」
リミナはウィノナと握手をして、微笑んだ。
キャトルとウィノナは村人達に手を振りながら、馬車に乗り込む。
健一とフィリオは会釈をして、クロックはまた人手が必要な時には呼んでくれと言った後、馬車に乗り込んだ。
* * * *
3人で作ったベッドの中、千獣とルニナ、リミナは並んで横になっていた。
千獣が真ん中だ。3人で過ごしていた頃と同じように。
「……キャトル、と、何、話して、たの……?」
明りを消して直ぐ、千獣はルニナに聞いた。
「ん、アセシナートとさ、交渉しようかと思ってさ。やっぱ、治療薬を作るには、奴等の知識が必要だろうし。その相談」
交渉――。
千獣はあの日を思い出す。
人々に投与した薬の情報と引き換えで、アセシナートが求めてきたもの。
それは、言葉で語られたものだけではなかった。
奴等は、人を奪っていった。
キャトル達が大切に想っている人を。
資料は得られたけれど、それを活かせる人を失ってしまった。
そんな人物と交渉など出来るのだろうか。
「千獣」
ルニナは真剣に考え込む千獣に笑みを向けた後、瞳を強く煌かせた。
「私にとって、この村の人々は仲間だったり、友達だったりする。そして、あなたのことも、仲間だと思ってる。そしてリミナは自分の一部。なくてはならない存在」
千獣は頷きながらルニナの言葉を聞いていた。
「そして、今日訪れた人たちは、他人であり、知り合いでしかない。あのキャトルという少女も同じ。一方的に私が助けてあげた貸しのある子に過ぎない」
千獣はその言葉には頷かなかった。不思議そうな眼でただ、ルニナを見ていた。
「私は、私の仲間や友達を守る。そのためには、どんなことだってする」
ルニナの手が千獣の頭に伸びて、優しく撫でた。
リミナは何も言わない。規則的な呼吸が聞こえるだけだ。
寝ているのか、寝たふりをしているのか……。
ルニナは軽く微笑んだ後、眼を閉じた。
千獣は――。
複雑な思いを抱えたまま、窓を見た。窓の外に浮かぶ、月を。
* * * *
キャトルとウィノナは、馬車の中で肩を寄せ合い眠っていた。
そんな2人に、フィリオは1枚の毛布をかけてあげた。
深夜。
知らない土地を走る、馬車の中で眠っている少女達。
その寝息も表情も、とても安らかだった。
彼女達にとって、安心できる空間が、ここにはあるようだ。
月の光が、馬車の中に鈍く射し込んでくる。
クロックは窓の外を見た。――満月だ。
健一は、そっとカーテンを閉めた。
どうか、この眠りを妨げないでほしい。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
リミナ
ルニナ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
『友と仲間と知人』にご参加いただき、ありがとうございます。
過去があって、未来がある。紡がれていく物語の中の、大切な一時を描かせていただきました。
この日のことを、いつか懐かしく思い出すことがあるでしょう。
続く物語の方も、どうぞよろしくお願いいたします。
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