■【炎舞ノ抄】彼方の嵐■
深海残月
【3425】【ケヴィン・フォレスト】【賞金稼ぎ】
 ――――――…夢と現の狭間の世界、聖都に届かぬ大地にて。

 土色の炎を纏った凄まじい暴風が舞い狂う。
 そう形容したくなる惨事が目の前で起きている。

 あまりに突然であり、暴悪極まりないその所業。
 まさかこれが、たった一人の人間の起こした事などとは思えぬくらい。…いや、これは人間か。人型をしてはいるが、既に人とは思えない。…既にその身は魔性のもの。
 黒血の如き虚ろの瞳。
 同じ彩りに濡れ汚れた袴姿の和装。
 頭後上部で束ねられ垂らされた総髪の長い黒髪は、荒々しい風に煽られ靡いている。
 手には、血刀。
 柄を握り持つ腕、はためく袖口から見えるその手首には手鎖の如き鐡の環が嵌められている。その環に付いている何処にも繋がらぬ断ち切られた鎖。暴風は重みのあるその鎖すら軽やかに暴れさせ、鍔にかち合い硬い音を響かせる。
 暴風と見紛うその者の佇まい。
 荒々しく舞い狂う獄炎の鬼気は、場にあるすべてを圧倒する。
 そんな異様な若者が何処からともなくこの場に降り立った事で、この場に唐突な破壊が――殺戮が齎された。

 どれだけ壊されたかわからない。
 どれだけ死んだかもわからない。

 若者の持つ黒血の如き虚ろの瞳が、己で毀した周囲を舐める。
 他者の姿が視界に入る。
 入るなり、血刀の切っ先もまた、自然とそちらに向けられる。
 次の獲物はそこにある、と。

 ――――――…他ならぬ、貴方に向けて。
【炎舞ノ抄 -抄ノ壱-】彼方の嵐

 …バイクで乗り付けた時にはもう嫌な予感がした。
 いや予感どころの話でなく、まだ町に辿り着く前の時点で既に火事か何か起きているようには見えていた。
 が、それにしては幾ら近付いてもあまりそれらしい騒ぎが――空気が感じられない。
 人が騒ぐ声とか、必死で活動しているような音とか、気配、その辺が。
 どうも、無い。
 妙に静かな気がした。
 町の中まで入って来ても、自分の跨っているバイクのエンジン音ばかりが聞こえる気がする。
 火事であるなら――それらしい騒ぎが何か起きていると言うのなら、そんな音は他の音に埋没してしまってるものだと思うのに。普通なら今のこの状況、そんな音ばかりが耳に残る訳がない。
 どうも、変だ。
 元々、ちょっとした野暮用を頼まれて――この町、クールウルダに訪れた。目的地は正確にはその町ではなく、その町から少し外れたところにある孤児院。廃教会――?――の建物を利用して、善意の寄附のみで細々と運営されているらしいそこ。誰かさんの後始末と言う訳でも無いが――まぁその辺の伝手で巡り巡って俺にまで話が持って来られた事は否定できない。…それなりに真っ当な賞金は出る頼まれ事。俺の方の手も空いていた。ならば受ける。…生業が賞金稼ぎである以上、メシの種。
 そんな理由でバイクに乗って、街道沿いから離れたこの田舎町まで少々遠出して来た訳なのだが。
 これはどうも様子がおかしい。
 だから様子を見ようと思って、まず町の方に来た。
 …用のある場所がすぐ近く。ならば厄介事なら厄介事なりに何事か見極めておかないと、後で火の粉が掛かって来た時に余計厄介な事になり兼ねない。面倒は避けられるだけ避けたい。…避けるべきものを知っていなければ避けるにも避けられない。
 そう思い、何事が起きたのか取り敢えずでも確かめる為に来たのだが。
 然程奥まで行かない内に、反射的に自分の判断を呪う羽目になる。

 厄介事は厄介事でもこれはどうもとびきりの厄介事。
 しかも火の粉が掛かる掛からないを考える以前に避けるべきものを見付けた時点で爆心地。
 一応異界人っぽい、異様な風体の男が血刀ぶら提げ一人佇んでいる。
 異様と言う通り何処から見てもまともではない感じがひしひしとする。
 袴姿の和装と言うところまでは良い。が、それが明らかに黒ずんだ血に派手に塗れている辺りでヤバい。
 て言うか既に、見た目の問題じゃない。
 そもそも、そこら中に重なるように倒れたまま動かないでいるのは人ではあるまいか。
 これはもう、理屈じゃない。
 これは、ヤバい。

 …戻れ。
 俺はバイクに乗ったままなんだからとっとと向きを切り返して元来た道を引き返せ、とにかくここから逃げろ。

 頭の中でそう警告している自分が居るが、肝心の身体の方が動かない。動けない。
 気付かれた。
 こちらを見た――目が合った。
 動けないでいる俺に、血刀の切っ先が真っ直ぐ向けられる――はっきり、挑まれる。
 思わず舌打ちしたい気分になる――そんな気分にはなるが実際行動に移すのは面倒なのでしていない。待て待て待てと思うがこいつは聞き入れないだろうとも同時に思う。そもそも俺は声に出して言ってない。意味が無いと思ったら余計にやる気が失せる――言葉を紡ぐのが面倒臭い。代わりにこちらが思っている事をわかってくれと切に望んでみるがそれも結局意味が無い。
 ここは、うっかり奴と目が合った自分が悪い。
 やや諦めの境地に入り、それとなくそいつ当人含め辺りの様子を素早く観察。…諦めの境地と言っても逃げるのを諦めたと言うだけで生きるのを諦めた訳じゃない。逃げると言う手っ取り早くて楽な方法を諦めただけの事。この男に対抗するには。観察して情報を集めて次の行動。考えるまでも無く決まる――前後して血刀の男が躍り掛かって来る。真正面。同時に叩き付けられる凶暴な鬼気。やりたくはなくても感じた時点で身体が動いている――殆ど自動的に一気にフルスロットル。思い切り右のグリップを捻る。遠慮はしない。できない。したらやられる。バイクに跨ったそのままで剣を抜くのも無意識に近い。いつの間にか抜いている。やる事は考える前に既に頭にある。全部が本能的な反射――そんな勢いでバイクに唸りを上げさせ急発進させる。
 躍り掛かって来る血刀の男――と言うか全身返り血塗れの男の真正面、バイクをウィリー気味に走らせて迎え撃つ。己が身を守る為受ける、と言うよりその男を轢く――撥ねる勢いで突進しつつ剣を振るう。馬上攻撃ならぬ単車上攻撃。紙一重でバイクの方は躱されてしまう――剣の方ははっきり手応えがあった。僅かな間だけ交錯し、少し走り過ぎたところで停止。停止と同時にぐるりとバイクの向きを切り返す。血刀の男の姿を目視確認――軽い足取りで地面に着地している。先程明らかな手応えがあった筈――浅からず傷付いている筈なのに動きが軽い。平気な顔でそいつは地面を蹴り出しまたこちらに躍り掛かって来ている。
 こちらは一拍遅れてまたバイクを急発進。が、まだ殆ど走り出さない内に再び血刀の男と交錯――気が付けば即座に肉迫されている――気が付けばバイクの高さと速さに付いて来ている血刀の男。反応が遅れる。…初めの自分の判断の通り。遠慮なんかしていられる程生易しい相手では無い。…既にバイクの方が遅いと来るか。思った時には凄まじい勢いで斬り込まれている――本当に反射の領域で俺はその刀を剣で受けていた。…殆ど無意識でと言っても普段の俺の場合は自分がどう動くかは理解した上で動いている。鍛えた通りに型をなぞり、最適な効果が出るように剣を振るっていると頭の何処かで自覚している。が、今の場合はそうでなくて本当に咄嗟。命の危機を覚えた身体の方が勝手に動いた感じ。
 受けると同時に身体が浮く――それはバイクから手を離してしまったと言うかバイクの方から完全に意識が離れてしまった訳で、下半身の――ニーグリップの力もやや抜けたから。剣を握る手の方に完全集中してしまっている――そうでなければまずあっさり剣が弾き飛ばされてざっくり斬られているくらいの膂力で血刀の男に斬り込まれている。
 だからと言って今のこの体勢では攻撃が受け切れる訳もない。そもそも俺が刀を受けた剣を握っているのは片手。血刀の男が刀を使うのは両手。そうでなくとも膂力で明らかに劣るのにこれでは覆しようがない。今俺の身は文字通り地に足が付いてない――下半身に力が入る状態に無い。…飛ばされかかった刹那の判断。目に入ったのは血刀の男の着物の袖口。そこから伸びる鎖。二の腕程の長さの、手首に嵌められた無骨な鉄環に付いているそれ。バイクから離した側の手でその鎖を一本掴む――思い切りぐいと引く。…これで体勢が少しでも崩れないか。動きが止められないか。刀を握る手の位置が、力点が移動しないか。血刀の男ががくりと俺の側につんのめる感覚。こめられていた刀の力点が僅かながらズレる――ズレたところで受けていた剣で刀を弾く――弾けた。
 その時、頼りは掴んだ鎖だけ。鎖を掴む手に力をこめる――更に引く。少し掌の皮が剥けた気がするがこんな状況で気にするのが面倒臭い。俺も体勢が崩れているが奴の体勢も崩す。体勢を崩したままで倒れかかる。それは奴も同じ。その状態で俺は再び奴に向けて剣を振るう――振りかけたそこで、鎖を掴む手にぐんと重みがかかる。かかると同時に血刀の男の身体が不意に丸められ沈んでいるのに気付いた。
 …直後、刀のものではない、衝撃。
 同時に、息が詰まった。
 再び身体が浮いたかと思うと、そのまま勢いよく吹っ飛ばされる。



 焦りを感じながら目を開く。
 一拍置いてから、焦りを感じた理由をすぐに思い出した。今自分の置かれている状況――奴に付いている鎖を掴み、刀を弾いて諸共に倒れかかった後。こちらが剣で斬り込む前に、恐らくはすかさず前転気味に体勢を整えていた血刀の男に腹を強か蹴られ吹っ飛ばされて今の状況。吹っ飛ばされた先、どうやら当たりどころが悪かったらしく少し意識が飛んでいた。オチていた。…のんびりオチていられるような状況では無かった筈。なのに自分は今無事で居る。先程の影響と言えば鎖を掴んでいた掌が摩擦でひりひりと痛むだけ――さすがに掴んではいられなかったらしい。
 あの血刀の男はどうしたのだろう。思いながら周辺状況を確認。…少し離れた位置で激しい剣戟の音がする。戦っている。誰が。血刀の男。対峙するのは――全身に青白い雷を纏い、両肩部分に黒い鎧の付いた濃い青色のロングコートを翻している人物。動き方から体格からしてまず男。右目には黒い眼帯。…何だか非常に見覚えがあるのは気のせいではないと思う。
 …確か名前はリルド・ラーケン。
 何故この男がここに居るのかと思うが、同時に有難いとも思う。俺一人ではどうにもなりそうになかったところ。正直助かった――実際今俺が無事なのは、俺がオチている間に奴が血刀の男の前に出たからだろうから。リルドは血刀の男と嬉々として剣を交えている――横で見ていて、下手に間に入れないような感じがある。とは言えこのまま任せっきりにして逃げる訳にもいかない。
 幾らやる気がないように見えてもそのくらいの仁義は弁えている。そもそもこのリルド、嬉々として戦っているとは言っても――眼帯をしている以上剣での対峙はその時点である意味不利だ。反面、血刀の男は本人が既に魔法の産物っぽいが身ごなしの方は剣こそが本分――相当に、強い。数手交えただけだが――流儀も俺の知るものとは随分と違うようだが、それくらいはすぐわかる。ついでに言えばリルドの場合、その身の半分が水竜であるが故に水属性であり、調子の良い悪いが場の気に左右されるとも聞いている――となるとあちこち燃えているこの状況はかなりまずいのではとも思う。…まぁ、あんな――雷を纏っているような凄まじい姿は見た事が無いと言えば無いので実際のところどうだか知れないが。血刀の男の方もいつの間にやら奇妙な色の――黒と言うより濃い茶色の、土色の炎を纏っている。明らかな熱の気。…何やら対照的。
 取り敢えずリルドと連携を取りたい。思いながら密かに狙う――あの様子では横から手を出したらリルドには邪魔と言われそうな気もするが、あれは、一人では無茶だ。冷静に状況を判断するにリルドの不利条件が多く見える。火属性が強く、殆ど白兵戦になっている上に…あれは恐らく相当熱くなっている――冷静に戦えていない気がする。…これでは相手のフィールドに持ち込まれているようなもの。
 今、血刀の男はこちらに気付いていない。効果的に出られるタイミングを考える。数度打ち合った後、反動で血刀の男とリルドの間、間合いが開いている。開いたところでリルドは血刀の男に対し続け様に魔法を連打している――連打はしているが場のせいか一つ一つの威力があまり強く感じられない。血刀の男は避けない。当然のように直撃はしているのにそのままリルドに突っ込んで行く。刀を後ろに流して思い切り振り回す形でリルドに肩口から斬り込んでいる。リルドは剣での受けが間に合わず、直撃。斬り込まれた位置、リルドの纏っている青白い雷が一際強くスパークする。
 血刀の男は気にせずそこから一気に畳み込もうとする。

 今。

 思った時には身体が動いている。完全にリルドに意識が向いている血刀の男に突進する――剣先は真っ直ぐ向けていた。狙うのは心臓――血刀の男は鎧は着ていない。軽装と言える服のみ。纏う炎の方を考えると防御力的に微妙な気もするがそれが無ければ確実に入る。物は試し。思いながら接近、躊躇い無く狙った箇所を刺し貫いた。はっきりと狙った通りの手応えを感じたところで一度捻りを入れる。それからすぐに剣を引き抜き飛び退る。…案の定リルドに怒鳴りつけられた気がするが取り敢えずそれはそれ。怒鳴れる元気があるならまず大丈夫だろう。頭の何処かでそう判断しながら刺した相手の様子に集中する。
 普通なら不意打ちのこれで倒せたどころか充分止めを刺せた事になる。なるが――どうも今のこれの場合そんな気がしない。まだ、次がある――そんな確信がある。血刀の男の身体が傾ぐ。傾いだところで俺は再びその身に接近。近付く間にもう一振り剣を抜く。これも殆ど無意識。俺の場合はこれが一番効果的にダメージを与えられる――それが出来る間が出来たならそれを選ぶ。
 両手に一振りずつの二刀流。血刀の男の傾いだ身体に対し殆ど円運動で容赦無く斬撃を連打する。今この男がリルドにしようとしていたように畳み込む。『復活する前に出来るだけ』。…そう思う自分が居る。…取り敢えずこいつが纏う土色の炎に突出した防御力のようなものは感じられない。少なくとも今のところは。斬撃は全て入っている。受けた一撃毎に血刀の男の身体が力無く撥ね踊る。剣先の軌道上、弧を描いて夥しい赤が空を舞う。血刀の男の身体が返り血だけではなくそいつ自身の血でより赤黒く染まる――けれど。
 …どれ程翻弄されるように見えていようと反撃が無かろうと、やられっぱなしのこの状態でいながら――血刀の男の手からは肝心の刀が離れていない。
 その柄を握っているまま離す気配が無い。
 最大の不安材料。
 不意に斬撃の手応えが変わる。重い。硬い。音も響いた。金属の。…俺の斬撃が刀で受けられている。途中から。隙など与えていない筈だった。二刀流はその為のもの。一撃の後、間を置かず次の攻撃に移れると言う最大の有利条件――先程のバイク同様、それが最早無効と来たか。自分の勘が嫌になる。恐らくこうなるだろうと事前に察してはいても――実際なると酷く絶望的な気分になる。…もう、俺は大して保つまい。
 …思ってもまぁ、限界が来るまで手を抜く気は無いが。
 と。
 すぐ側で爆発的に冷気が膨れ上がった。こんな場所で冷気。リルドの魔法しかまず有り得ない――思ったところで対峙している血刀の男の身がそれまでと違う形に動き、ばっと派手に翻った。急速に冷気が消える――代わりに蒸気のようなものがぶわりと視界に入る。…極冷の凍気で、何かが、焼けた。そう思った。血刀の男の姿がやけに低い位置に見える。体勢を崩して杖のように刀を地面に突いている。それで身体を支えている――右の足、脹脛の中程から先が食い千切られたように無くなっている。ちょうど蒸気はその切断面辺りで湧いていた。
 何が起きたのかいまいち見切れなかったが少なくともこれは好機。思った時には全身の力を剣に込め旋回、勢いを付けて斬撃を繰り出している――が、切っ先が相手に達したと思ったのと同時、そのまま剣が押さえ込まれてもいる。引けない。斬り込んだ感触は間違い無くある。けれど押さえられている――見れば血刀の男に俺の剣の刃が素手で掴まれている。掴んでいるその手からは今ので切れたかじっとりと血が滴っている。…素手で――それも片手で、止められた。完全に白刃取りをした訳では無いがそれでも今の勢いを微動だにせず止めると来たか。刀を握っていない側の空いた手での事。ぴくりともしない。どんな力だ。背筋が冷える。自覚しながらもすかさず次を。もう片方の剣を血刀の男に向けて振るう――この状況このタイミングで続け様の二撃目は防ぎ切れまいと判断する。
 が。
 その時、コンマ数秒以下の間の事。焼け落ちたと思しき血刀の男の足の先が唐突に視界に入った。自分は何故そこを見たのか。偶然。否。…どうしようもなく何かが気になった。だから見た。気にした。自分がこの状況で戦い以外の事に気を取られる訳が無い。だから何か、切実な事が気になったのだと思う。…気になったのが何故かはすぐにわかった。脹脛の途中から切断されて転がっていた足の先が燃えている――土色の炎に包まれ燃やされる――と言うか切断された足が炎そのもののと融けて同化している。そしてその炎が血刀の男の右足脹脛切断面辺りにゆらりと移動した。移動したと思ったら――切断面を補うようにそこでまた足の形になっている。途端、刀が閃いた――杖の用が無くなるなりもう刀が閃いている。
 二撃目を狙った俺の剣はその刀であっさり止められた。結局また、真正面――隙になっていない。剣とかち合ってしまった刀をいなす――いなそうとしたそこで、殆ど力尽くで血刀の男に身体ごと弾かれた。弾かれたところで、白色の烈光。視覚が奪われる――寸前、俺から離れた血刀の男に雷撃が直撃しているのが見えた気がした。ばちばちと弾けるような不穏な音が膨らむのも同時に聞こえる。…その向こうにリルドの姿を確認。更に続けて呪文を詠唱、血刀の男に今のと同色の雷撃魔法を撃ち放っているのが見える。撃ち放ってから次はリルド自身が剣を振り被り血刀の男に向かっている――血刀の男もまたリルドの方へと向かっている。どちらも得物を握ったままで、激突。
 …俺は今度は吹っ飛ばされる事無く踏み止まれた。が、対峙しているリルドと血刀の男の間に下手に手を出せそうに無い事には相変わらず変わりがない――と言うか、大丈夫なのかとそろそろ心配にもなる。…リルドが。正気が飛んでいると言うか理性を手放してると言うか何かヤバいスイッチが入ってしまっていると言うか。態度としては押しているのだが実際の状況としてはむしろ圧されているように見える。…血刀の男の方を見る限り、リルドの雷撃魔法を受けても堪えた様子があまり無い。
 やはり諸々の不利条件が響いているらしい――そうでなくともこの血刀の男は根本的なところで何かが違う。尋常で無い。ここに来てその姿を見付けた時点で直感的に俺はそう思った。…そして実際その通りだった。俺は驕りではなく剣術にはそれなりに自信がある方なのに、奴とは殆どまともに対峙すら出来ていない。…まぁ元々真正面から戦うつもりが無いとも言うが。真正面から戦って勝てる相手だとは初めから思っていない。
 リルドの場合は恐らく魔法的な要素があるからこそ――あの雷の攻防一体の鎧を展開しているからこそ、やや圧されてはいるが一応、互角に近い打ち合いが出来ているのだと思う――が、それは同時に魔力が尽きたら危ないと言う事でもある。…そして恐らく、今のリルドにはその辺の事が頭から消えている。消えている状態で、自分が退く事など考えもしていない。
 となると。

 …。

 果てしなく面倒だがここはやっぱり居合わせた俺があのリルドを何とかクールダウンさせてやらなければならない気がする。
 …誰かさんの時と言い、何だか俺はこう言う役回りが多くは無かろうか。自問しつつも引っ切り無しに動き回り打ち合っている二人――血刀の男とリルド――に再び近付く。半魔法戦となると少々難しいが、まだそれでも俺が手を出す余地はある。…せめてもの対策として剣の片方を聖獣装具の音叉剣――ソニックブレイカーに持ち替えた。持ち替えた上で接近。リルドの剣が弾かれたところで血刀の男に二連撃を入れる。二連撃とも当然のように刀で受けられる――が、ソニックブレイカーの共振波で刀の動きを鈍らせる事は出来た。
 ただ、やはり砕けないかと思う――魔法の掛かっていない武器ならこれで砕けてしまう筈なのだが、そうならない。こちらの事を気にもしないままリルドが雷を纏った状態で突っ込んで来る――この状態だと俺にまでダメージが来かねないのだが。ぎりぎりまで引っ張ってから巻き込まれないように飛び退る――刀の方に振動は残っている――まだ本来の動きまでは戻っていない。血刀の男がリルドの剣を受けるには間に合わない。援護にはなったかと思う――が、血刀の男は思うように動かない刀の代わりとでも言うように、ただリルドを振り返り見る――同時に何か、一際異様な気配が膨れ上がる気がした。
 次の瞬間、どす黒い火柱。恐らくは血刀の男の視線の先その位置、リルドのすぐ前。寸前で同じ気配に気付いたかリルドも咄嗟に足を止め退く――纏う形に展開中の雷では相殺し切れないと判断したか。…判断出来る頭がまだあるか。
 思うが、次の瞬間そうでも無さそうだとすぐに思い直させられる羽目になる。
 …いいねぇいいねぇ、と興奮頻りの上擦った不穏な声が聞こえてくる。
「へっ…そのまま燃やし尽くそうってか。なかなかやるじゃねぇか、なぁ?」
 リルド。
 纏う雷撃の光が心持ち弱っている。今の火柱でか。そんな気はするがリルドの不遜な態度は変わらない。それどころか――行くぜ、と怒鳴るように叩き付けてまた改めて突っ込んだ。その時には血刀の男の刀の動きも戻っている――こちらが与えた共振動の影響から殆ど回復している。土色の炎と青銀の雷が、また、激突。
 雷撃の烈光で時々こちらの目がやられる。どす黒い炎の纏う熱の気に煽られる。…血刀の男のみならず、リルドの動きも妙に軽く見える時があるのは風を使っているからかもしれない。何だか様々な能力全開でぶち当たっているように見えるのだが気のせいでは無いと思う。血刀の男の方も同様――しかもこちらは底が見えない。…奴の方こそ初めからトップギアな気がするのに勢いが弱まる気配が全然無い。むしろ意気が揚がっている気さえする。リルドとの激突の最中、その顔がぞっとするような笑みを浮かべた気がした。リルドの方も目を爛々と輝かせて凶暴な笑みを浮かべている――おいおいおいと思う。付いて行けない。…と言うか付いて行きたくない。
 …勘弁してくれ。かなり本気でそうは思っても…それでも目の前で見てしまっている以上後が怖くて放って置けないのも確か。放って置いたら後々余計面倒な事になりそうな気がひしひしとする。ついでに言うなら借りの一つくらいは早いところ返さなければとも思う。まぁ、この様子ではリルド本人は自覚していない気もするが――それでも俺は奴に助けられた事に変わりは無いのだから。
 思いながら引っ切り無しに動く二人の戦いを注視する。やがて、目に見えてリルドの纏う雷が圧され始めているのがわかる程になってきた――その時にはもうどちらのものとも区別が付かないような、獣じみた雄叫びが上げられているのも耳に届く。
 …さすがに、そろそろ限界じゃないかと思う。
 思ったところで、面倒臭いとは思いながらも心を決めた。決めたのと身体が動くのは殆ど同時。右手に使い慣れた片手剣、左手に聖獣装具ソニックブレイカーの二刀流で踊りかかる――リルドの前、血刀の男と対峙する形に割って入る。ごくごく僅かな間、金属が打ち合う高い音が数回連続。聖獣装具に念をこめる事も行いつつ打ち込めば案外血刀の男ともまともに遣り合える事に気付く。…まぁ俺の方が常以上に集中の上覚悟を決めていると言う事だけなのかもしれないが。
 …ケヴィンてめぇ邪魔するんじゃねぇ退きやがれ一緒にぶち殺すぞ。殆ど割れている凄い声を叩き付けてくる背後の男――リルド。うるさい。それどころじゃない。…と言うかそもそも誰を助ける為に俺は正面に出てるんだ。それは確かに俺が勝手にやっている事だろう。…だが後の事を考えるとこのまま放っておく方が後々遥かに面倒臭い事になると簡単に予想が付くからこそ今俺はこういう面倒な無茶をしている訳で、少なくとも罵倒されるような覚えはない。勿論この無茶は自分を助けたリルドへの借りを返す為でもある――が、ここまでくればそっちの理由はもうイーブンで打ち消していい頃だろうとも思う。
 リルドの口は元々乱暴な方だがそれでもここまで言われるような事はそうそうない。今の場合、あまり入らない方が良いスイッチが入っているせいだろうとは察しが付いているがそれでも――聞いていて何だかこちらも腹が立って来た。
 双剣で血刀の男の攻撃を受け、打ち返しつつも思うだけ思う。…そのまま突っ込んでもあんたが駄目だ。ただでさえこんな化物じみた野郎相手なのにその上に色々不安になるような真似は止めてくれ。背中で語ると言う訳ではないがリルドにわかってくれとそう願う。…通じたかわからないが通じたと思いたい。
 実はそろそろ剣の柄を握る握力の方が保たなくなって来ている。右。先程摩擦で削った掌のせいかも知れない。暫し打ち合った後、血刀の男のやや強い一撃。剣で受けると同時に、その衝撃で受けたその剣を取り落としてしまう――取り落としたそこですかさず、畳み込むように次が来た。取り落としたのは使い慣れた片手剣の方。反射的にソニックブレイカーの方でその隙を補おうとしている自分が居るが、間に合わないのも知っている――奴の速さは易々とその間を抜く。その事がわかっているから、隙を補おうとするだけではなく咄嗟に退こうとしている自分も居る。
 退き掛けた身体の真正面。元々右掌にあった熱と痛みとは別に、斜めにまた別の灼熱が走る。他に例えようのない嫌な感触。
 …斬られた。
 身体から一気にがくりと力が抜ける。てめぇ、と少し違った意味がこめられていたようなリルドの怒鳴り声。そして恐らくは奴の身が血刀の男に突っ込んで行く風圧を感じたかと思うと、一度ギィンと刃がかち合う重い音が響く。殆ど間を置かずまた別の動き――動いた気はするが金属音は続かない――続いたのはリルドの苦悶の声。
 その苦悶の声が――次第に何か別のものの声のように変化しているような気がした。人の声と言うのも疑わしいような異様な叫び声。その声に何か奇妙な抑揚が付いているようにも聞こえて来る。まるで呪文か何かを詠唱しているような――そんな気までしてきた。

 途端。

 轟音と烈光。
 異様な詠唱――?――が止むなり辺りが真っ白になったかと思ったら、天から落ちてきた特大の雷が血刀の男に直撃している。光で視覚が奪われる中、光の中心で血刀の男の影が正中線から真っ二つに割れるのが見えた気がした。したが、同時に分かたれたその身が炎が燃え上がるような様を見せて揺らぎ、中空に融けるようにして消えた気もした。
 全ては視界を覆い尽くす烈光の中の事、はっきりしない。
 …ともかく、その光が薄らいだ頃には――血刀の男の姿は何処にも見当たらなかった。
 何とかなったのか、と思う。
 それなら良いが、今の俺では冷静に確認出来る気がしない――確認するのが面倒臭い。咄嗟に上手く退く事が出来ていたのか斬られた傷は思ったより軽傷で済んだ気はするが、それでも動くのが酷く億劫なくらいは深手な事には変わりない。億劫な以上動きたくない。このまま動かなくていいならまだ幾分マシだが――そこまで考えたところでリルドの事が気になった。あの莫迦でかい落雷はリルドの仕業だとは思う。何だかそれまでリルドが行使していた魔法とは次元の違う力のようにも感じたが…ああなると今度は今現在のリルドが無事かどうかと言う部分が気にもなる。
 面倒ながらも視線を巡らせリルドの姿を探す。見付ける。俺が倒れている場所から少し離れた位置、剣を片手に俯き加減で立っている――何となく、普段と雰囲気が随分違う。とは言え先程まで入っていたヤバいスイッチとはまた別な感じ。それとはまた別の何か――こう言っては何だがあの血刀の男にも通じるような、人間外染みた何処か尋常でない雰囲気を醸している。心持ち、髪やコートの裾が風に煽られはためいているようにも見える――ぎこちなく腕が動く。空いた側の手を自分自身の顔を覆うように持ってくる――が。
 その途中で、足の方の力ががくりと抜けていた。
 崩れるようにその場に倒れ込む。

 …待て。

 この状況で倒れるか。
 俺も俺で動きたく無いんだが。
 …それは動けないとは言わないが。

 畜生やっぱりこんな役回りか。
 もうしないって決めたのに。



 それから。
 取り敢えず、動きたくないけれど一応ある程度動ける事は動ける身体を引き摺りつつ、倒れたリルドに近付いて脈と呼吸を適当に確かめた。…生きている。なら大丈夫かとそれだけで放り出し、その場で俺はまたごろりと地面に大の字に転がった。…もう、暫くは自発的に動く事はしないと決める。せめて休みたい。
 倒れる寸前の状態からして、目が覚めた時にリルドの意識がどうなっているかだけがちょっと微妙だが…それを除けばまぁ大丈夫そうである。…これ以上は誰か他の奴が何とかしてくれ。怪我の手当てならむしろ奴より俺の方が必要な状況。ぱっと見の感じだとリルドの方がまだ傷が浅い。…竜と混じっている以上、奴の場合今の間でも自力である程度回復したって事なのかもしれないが。
 何だかもう色々とどうでもよくなってきて自棄気味に空を仰ぐ。

 どのくらい経ったか、暫くしてぽつりと声が聞こえてきた。
「…あんた結構やるな」
 聞こえてきたのはリルドの声。気が付いたらしい。しかも普段通りの正気。…ほっとする。
「…終わったと思うか」
 知らない。
 ただ、取り敢えず今の時点で血刀の男は居ないようではある。
「…。…たまにはなんか話せよ」
 話すのが面倒臭い。
 元々普段からそうなのに、今この状態じゃ余計にそう。
 悪いが今は――話すどころか人の話を聞いている事すら面倒臭い。
 が、耳を塞ぐのも面倒臭いので、話が勝手に耳に入ってはくる。
 …終わったと思うか、と言われてもわからない。
 居ないとは言っても少なくともあの血刀の男が死んだ気はしない。
 逃げたのでもない気がする。
 ただ、居なくなった。
 見逃したのか飽きたのか何だか、理由は知れないが。
「…言いたい事があるならはっきり言えよ」
 リルドの声に険がこもる。
 どうやらある程度はこちらの思っている事が通じているらしい。
 暫く無言が続く。
 俺だけでなくリルドも喋らない。
 空気に棘がある。
 ぴりぴりと無駄に緊張している。
 不意にその緊張が解けた。
 諦めたらしい。
「…まぁ何にしろ疲れたな」
 同意。
「おい、ケヴィン」
 疲れた。
「…ったく。俺ァ独り言言ってんじゃねぇんだぜ…」
 ぶつぶつとリルドのぼやきが続く。
 聞こえてはいるが面倒臭くて何も返事をしたくない。
 …また不意に、誰か動くような音――足音が聞こえる気がしたのは気のせいだっただろうか。
 面倒ながらもその源の方向に顔を向けて――視線を向けてみる。
 何処か神経質そうに見える耳の尖った小奇麗なガキと、全身黒か白か灰色なモノクロカラーで…何処かいいかげんそうに見える背の高い女の姿がこちらに近付いて来るのが見えた。…何だか目立つ組み合わせ。直接の面識は無いが――事前に聞いていた特徴と合致するような気はした。
 俺が元々用があった孤児院の連中。
 なら、問題無い。

 目を閉じた。
 …ああもう…何でもいいから取り敢えず休ませてくれ。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■視点PC
 ■3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

■同時描写PC
 ■3544/リルド・ラーケン
 男/19歳/冒険者

■NPC
 ■血刀の男(=佐々木・龍樹)

 ◆ヨル(@孤児院の魔女たち/ライター・夜狐様よりの共有NPCです。存在のみ登場)
 ◆レシィ・シゥセ・レガス(〃)

■舞台
 ◆クールウルダの町(@孤児院の魔女たち/ライター・夜狐様のところの設定になります)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 お盆休み前に納品出来なかったので…結局目一杯日数上乗せの上にお渡しが納期過ぎてしまっております。
 大変お待たせ致しました。

 ノベル内容ですが…まず個別状態で色々考えはしたのですがいまいちしっくり来ず、リルド・ラーケン様と同時描写にさせて頂きました。実は発注時期に丸々一月も差があるんですが…何だか色々とすみません(汗)
 ともあれそんな訳なので、リルド様版のノベルも合わせて見て頂けると、ケヴィン様がリルド様からどう見られていたかが描写されていたりもします。
 で、なるべく正面から戦わないようにしたいとの事でしたが…結果として果たせているかはどうにも微妙な気がしています。何だかんだで心ならずも正面から、と言う事態になっている場面がどうも多くなってしまっているような…(汗)
 それから武器についてですが、どうも当方の場合、任せられると折角なので聖獣装具を使ってしまいたくなる傾向があるようです。純粋な武器格闘だけにならない場合は尚更使い易いと言うか…。
 それから場所についてはこんな感じになってます。

 色々とお任せ頂いた訳ですが…ケヴィン様には色々と面倒をおかけしてしまいましたが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝

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