■広場の薬屋■
川岸満里亜
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】
「いらっしゃい!」
 元気な声と共に、ドアが開いた。
「ごめんね、先生出張中なんだ。でも、薬の調合だけなら、あたしがどうにかするから、どーんと任せてよ!」
 診療はしばらく休みのようだ。
 しかし、診療室には変わらず様々な薬が並んでいる。
「実はあたしが調合してるんじゃないんだ。あたしのお姉ちゃんに有能な薬師がいてさー、だから、ちゃんと薬の手配はできるから、なんなりと申し付けてよね!」
 そう言って、少女ばバンと肩を叩いてきた。

 ここは錬金術師の診療所。
 しかし、錬金術師ファムル・ディートの姿はない。
 “自称ファムルの娘”のキャトルと、ファムルの元弟子ダラン・ローデスが交代で店番をしているようだ。
『広場の薬屋〜魔女の思惑〜』

 この時期は、街中よりも魔女の館のほうが過ごしやすい。
 窓から心地よい風が流れ込んでくる。
 1つ目標を達成したこともあり、心が少し軽くなっていた。
 ウィノナ・ライプニッツは、魔女の館の図書室で、いつものように勉強に明け暮れていた。
 学びたいことは沢山ある。
 ダラン・ローデスの体は治ったわけではないし、ファムル・ディートを助ける手立てが見つかったわけでもない。
 しかし今日、ウィノナが熱心に調べていたのは、自分のことだ。
 日々の勉強や、仕事、頻繁に起こる事件に振り回され、すっかり忘れていたのだが……。ウィノナは、魔女と契約を交わしている。
 それは、契約を交わした日から5年後に、自らの髪の情報を提供するということ。
 ファムルの話では、魔女に髪の情報を提供すると、何らかの障害を被る可能性が高いということだ。
 それがどうしてなのか、どうすれば障害を被らずにすむのか……今日はその障害を回避する方法を探していた。
 魔女――クラリスの姿は、最近全く見られなくなった。
 自室から出てこないのだ。
 魔女達の話によると、肉体交換を行なっている最中であり、当分この世界での活動はできないらしい。
 ……そんなことまでして、ホント何故この世界に拘るのだろう。
 不思議ではあったが、ウィノナには理解のできない事情があるのだろう。 
「なあに、ウィノナ」
「あ、ごめんね、忙しいところ」
「別に忙しくないけどさー」
 聞きたいことがあり、館で一番年上の魔女を呼び出していたのだ。
「ボクさ、知っての通り、クラリス様と契約をしてるんだ」
「うん」
「それで、その……契約を実行する時ってさ、どんなことをするの? 障害が残る可能性もあるって聞いたんだけど、何でかな」
 白金の髪の魔女はウィノナの向いに腰かけて、ウィノナが読んでいた本を見る。
 開いていたページには人体の魔力を見る術について載っている。
「自分を知るためにまず他人からってこと?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。魔力の流れをもっと感じ取れるようになれば、また変わってくるんじゃないかと思ったんだ」
「そうねー……」
 魔女は足を組んで、虚空を見ながら考え始めた。
 ウィノナは黙って返事を待つことにする。
「あのさ、ウィノナこの屋敷で何か疑問に感じたことない」
 魔女が語り出した言葉は、ウィノナの求めていた質問の返事とは少し違った。
「疑問はいつも色々感じてるけど……」
「うん、まあそうだろうけどさ」
 魔女は軽く笑った。
「キャトルのこと、知ってるでしょ」
 ウィノナは頷いた。キャトルとは既に友達である。
「ソワサントも知っているわよね」
 その名は忘れもしない。世話になった魔女だ。
 でも、彼女はもういない……。
「キャトルとソワサントの間に、2人妹がいたの。だけど、あなたがここを訪れるより前に、この世界からはいなくなったわ」
 それは、死亡したということだ。
 ウィノナは、胸に小さな痛みを感じた。
「で、今この屋敷に残っている魔女はあなたより年上。魔女が下界に下りることが許されるのは15歳から。つまり……」
「キャトルが一番下ってことだよね。ボクより若い魔女がいない」
「そういうこと」
 キャトルとソワサントの間に魔女が存在しており、ソワサントより年上の魔女もまだ沢山生きている。
 そんなに頻繁に魔女を作り出していたのに――。キャトルより年下がいない。
「ずっと作ってないのよ、クラリス様。髪や瞳の情報は欲しているみたいだけれど、それを活かしてはいない。ウィノナはそれを知ってか知らずか、5年後って約束したわけだし、その頃には状況も変わっていて、いらないって言うかもしれないわよ」
「……それでも、ボクは提供するって約束をしたから」
 ここで勉強をさせてもらっており、自分の役にも立っている。ならば、約束は絶対に守らねばならない。そうウィノナは考えていた。
「だから、知っておきたいんだ」
 ウィノナの言葉に、魔女は深くため息をついた。
「ウィノナって真面目ねー。うーん」
 魔女はしばらく考えた後、こう言葉を続けた。
「私、何度か立ち会ったことあるんだけど……。クラリス様が情報を読むっていのは、ご自身の力を流し込んで、無理矢理情報を奪い取るような……そんなカンジのこと。だから、読み取られる側が受け入れる必要がある。どんなに苦しくても抵抗をせず、自身の魔力をコントロールして受け入れる。まず、ここで失敗すれば、障害が残るでしょうね。でも、どんなにその作業がスムーズにいっても、その人物の肉体が耐えられなきゃ、障害は残るはずよ。体力をつけることも、魔力のコントロールを学ぶことも、精神的に強くなることもやっておけば、リスクを減らすことはできると思うけど、絶対大丈夫という方法はないわ。簡単に言えば、一時的にであっても、肉体が激しい拒絶反応を起こす異物質を体内に入れるようなものだから。人間の手術に成功率があるのと同じ。クラリス様が失敗する可能性もあるし、提供者が耐えられない可能性もあるってことね」
「……そっか。でも努力していれば、リスクは減らせるってことだよね。魔力コントロールは、自分のだけじゃなく、誰かに魔法をかけてもらって、それを受け入れたり、利用したりする力が必要かなー」
「まあそうね。前向きな考えねー。見習いたいわっ」
 そう言って、魔女は笑みを浮かべながら立ち上がった。
「それじゃ、夕食の準備に行くけど……今日は手伝ってくれるのかしら?」
「うん」
 話を聞かせてもらったお礼として、当番ではなかったが食事の準備を手伝うことにした。
 もし障害が発生したら――補うための薬を作ってあげられると、ファムルが言っていたことがある。
 彼の言葉を思い出し、心に切なさが溢れ出す。
 こうして、誰かと交わって、誰かの助言を得て。
 自分自身も誰かの役に立ち、誰かに助けてもらって、生きているんだ……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
髪の提供を終えると同時に、魔女の屋敷への出入りも禁止される可能性が高いです。じっくり体力や魔力をつけていく方向で、5年間のこの場所での勉強時間を大切にするといいかもしれませんっ。
発注ありがとうございました!
また何かありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

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