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■鍵■ |
川岸満里亜 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
「キャトルってあんまり魔法効かないんだよな?」
「うん、身体に直接影響を出す系なんかはね。魅了とか幻術とかは、全然へーき。でも例えば、雷を呼び出して攻撃されたら、その雷のダメージは普通に受ける」
「ふーん……んじゃさ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」
ダラン・ローデスは、丸めてある一枚の紙を、キャトル・ヴァン・ディズヌフに見せた。
「この紙にさ、魔法がかかってるみたいなんだよ。見た途端、違う場所に飛ばされちまうとかでさー。あ、もしキャトルが飛ばされた場合は、迎えにいくからな」
キャトルはダランが取り出した紙に触れてみる。
特に何の力も感じない。
キャトルが紙を取ると、ダランは少し下がって見守った。
キャトルは躊躇もなく、紙を広げた――。
「ん? 地図だよ、これ。普通の」
「あ、やっぱ地図なんだ」
「んー、あ、でも変わった文字が書いてあるな……って、この文字って……そして、この場所」
キャトルは地図を机の上に広げた。一瞬驚いたダランだが、ダランが見ても何の変化も起きなかった。
「ん、この場所って、あの別荘の近くだよなあ」
「村の近く」
同時に言った後、2人は顔をあわせた。
「別荘って?」
「いや、俺んちの別荘の近く。その別荘でこの地図貰ったんだ」
「誰に?」
キャトルがそう聞くと、ダランは胸を張って偉そうに答えた。
「大魔術師の子孫にさー。俺達の力を認めてくれたのさっ。俺は名誉の負傷で素顔は見てねぇんだけど、70歳くらいのジェネト・ディアっていう爺さんらしいぜっ」
キャトルは、ダランの言葉に息を飲んだ。
「で、村の近くって?」
ダランの問いに、キャトルは真剣な眼で地図の右下辺りを指した。
「この辺りに、ファムルの故郷の村がある」
「ええっ、この近くだったのかー。てゆーか、なるほど……やっぱ、その爺さん、ファムルと同じ村で暮してた人なのか」
ダランも、キャトルも、互いにファムルの故郷について調べていた。
そして互いに違う情報を得ていたようだ。
「この文字、読める人がいるかもしれない」
「この地図の場所に、何かあるかもしれない」
「そのジェネト・ディアって人に会いたい」
2人は、真剣な眼で頷き合った。
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『鍵〜足跡〜』
希望を持っていたかった。
事態は好転していくのだと。
だけれど、明るい未来がイメージできない。
どうしても、どうしても。
過去に戻りたい。
幸せを感じていたあの頃に。
どうして失ってしまったのか。
何がいけなかったのか。
馬車に揺られながら。
キャトル・ヴァン・ディズヌフは、同行者達を、一人一人見ていた。
皆、自分よりずっと長く聖都で暮している人達。
自分より、長く生きている人達。
そして、自分より力を持っており、自分よりは何かを成せる可能性のある人達。
こういうんじゃなくて。
もっと別の目的で。
一緒に。
対等に歩きたかったな……。
そんなことを思いながら、自分の無力さを呪っていた。
努力をすれば、今より体の調子は良くなり、強力な魔法も使えるようになるだろう。
だけれど、何年必要?
それまでの間、ここにいる皆が無事だという保証はある?
自分は確実に生きている?
そして……ファムルは……?
気持ちだけ急いて、気持ちだけ先走り、だけれど、頭で考えると……未来が見えてこない。
カンザエラの人々が、体に病を抱えているように。
自分が、変装をして外出しなければならないように。
もう、戻りはしない。
平和で、自由で、楽しかった日は、取り戻すことができない。
新たな未来を作ることはできるけれど――あたしが欲しいのは、過去の幸せ。
ファムルがいて、皆がいないとダメなんだよ。
誰も、怯えることなく。
誰も、狙われることなく。
ファムルを取り戻したとして、それで奴等は諦める? あたし達を許す?
戦って勝てばそれで終わる?
あたしは誰かが死んだりしたら、絶対に奴等を許さない。
相手だってそれは同じ。
だから、きっと終りはしない。
「キャトル」
穏やかな男性の声に、キャトルは顔を上げた。
「思いつめた顔、していましたよ」
目を細めて、優しげにフィリオは言った。
「うん、なんでもないよ。今日の夕飯どうしようかって考えてた。皆沢山食べそうだからっ」
そう言って、キャトルは笑った。
「そうですね」
とだけフィリオは答えて、微笑んだ。
彼女が違うことを考えていたということが、フィリオには手に取るようにわかった。
だけれど、今はどんな慰めの言葉も彼女の心を癒しはしないことも、わかっていた。
「もうすぐ着きますよ。マイラさん、いるといいですね」
「うん」
出発前、フィリオは図書館や賢者の館で、滅びた村で受付をしていた「マイラ」という女性が住む村について、調べてきた。
特に特徴のない、農業の盛んな村らしい。
これといった事件もおきていないようだ。……聖都に報告が入っていないだけかもしれないが。
夕方近く、一行は目的の村へと到着を果たす。
フィリオはまず、風の音を聞いた。
雑音が、フィリオの耳に入ってくる。
特別、怪しい音はない。平和を感じるのどかな村であった。
住民の数は少ないようだが、家々の間隔がとても広い。日が落ちる前に、村中を回るのは無理そうだった。
千獣は村の匂いをかぐ。
……特に、変わった匂いはない。
薄っすらとマイラのものと思われる匂いは感じていた。村にいるのかもしれない。
「手分けして聞き込みをしてみましょうか。合流場所は、あの宿屋で」
フィリオが指を差したのは、村の入り口近くにある「宿&酒」と看板が立っている建物であった。
「ん、それじゃ、あたしはその宿屋の人にまず聞いてみるよ。マイラさんと直接話が出来たら一番だからさ」
「同感だ。一度は一緒に探索をした相手だ、他人に探りを入れるより本人に直接聞きゃいいだろ」
リルド・ラーケンがそう言った。
「それも必要な行為ではありますが、やはり聞き込みも必要でしょう」
山本健一はそう言って、近くの農家に目を止めた。農作業を終えた老人が軒下で寛いでいるところだ。
「では、私も同行します」
フィリオが健一に同行を申し出る。
「俺は、そうだな、売店に行ってみるか」
クロック・ランベリーはそう言って振り向く。
クロックの後ろに立っていた千獣が無言で頷く。
一緒に来いとは言われなかったが、考えていることがわかった。
こうして度々行動を共にすることで、互いの考えや行動方針が解ってきていた。
フィリオは、この疑わざるを得ない状況を好ましいことではないと考え、思いは消極的であった。
健一は、騎士団との戦いに備え、今は少しでも確実に力をつけておくべきだと考えていた。キャトルに関しても。ただ、正直気はあまり進まなかった。
クロックは、誰よりも冷徹に動いていた。嫌われ、疎まれたとしても、情に流された発言はせず、嫌われ者役に徹する覚悟があった。
千獣は激しい想いを抱えつつ、静かにその場にいた。自分のすべきこと、出来ること、それが見えてはこない。だけれどキャトル同様、抑えきれない感情に突き動かされそうであった。
リルドは激しい怒りを抱えていた。自分に。そして、敵対する者にも。回りくどいことは性に合わない。リスクに囚われていたら、何も進みはしない。シンプルに、単刀直入に、リルドは力を磨き、敵に斬り込むだろう。
健一とフィリオは、軒下で休む老人の元に歩み寄った。
「お客さんとは珍しい」
穏やかな微笑みを浮かべた2人の男性に、老人は一切の警戒心を見せなかった。
「こんにちは、お爺さん。お伺いしたいことがあるのですが」
まず、フィリオが老人に話しかける。
「ここから歩いて1日ほど離れた先に、2,30年前に滅びた村の資料館がありますよね」
「おお、あるぞ」
「その村の管理はこちらの村で行なっているのですか?」
「まあ、そうだな。有志で交代でやっとるようだ」
その言葉に嘘は感じられなかった。
風も、穏やかな音しか運んではこない。
「お爺さんは、マイラさんという女性をご存知ですか?」
続いて、健一がそう問いかけた。
「おお、マイラちゃんなら、三軒先の小さな家で一人暮らししとるよー」
「そうですか……実は自分達は、マイラさんの友達なのです。彼女を訪ねてきたんですよ」
そう言って、健一は微笑んでみせる。怪しまれないために。
「彼女は、よく村の外へ出かけますか?」
「ふむ。あの資料館にはよく行ってるようだよ。あとは、隣街への買出しにも率先して行ってくれる。明るくていい子だよ。それなのに、いまだ一人身なんだよ。若い頃婚約者に先立たれてしまってねー。随分落ち込んで、一生結婚はしないと決めたらしいんだ。もったいない」
滅びた村に、婚約者がいたと……確か彼女はそう言っていた。その話にも嘘はないようだ。
「あと、先ほど珍しいと仰っていましたが、このあたりに冒険者など、村人以外の人が尋ねてきたり、滞在することはないのでしょうか?」
「商人は毎日来るし、時々泊まっていくがね、これといった探索地も近くにはないし、冒険者なんかが来ることはないなあ」
「そうですか。……ありがとうございました」
健一は礼を言い、フィリオと共にその場を立ち去った。
そっと、肩に触れてみる。
痛みも何も無い。
刻印が刻まれた瞬間、激しい衝撃を受け、そして3日ほど高熱が続いた。
しかし、今はここに印があることを忘れてしまうほどに、何も感じなかった。
クロックは、出発前に、聖都で罪人やアセシナートの人物について調べてきたのだが、マイラやこの村出身の者については載っていなかった。
村の中心へ数分歩き、売店らしき建物に到着する。
その売店には、店員の姿はなかった。
「すみません」
声を発すると、バタバタと足とが聞こえ、子供が顔を出す。
不思議そうな顔で、こちらを見ている。
「……買物、きた、の。ごはん、とか……」
千獣がそう言うと、その男の子は一方を指差した。そこには、袋に入ったパンが陳列されている。
「そうだな、これをもらおうか」
クロックは適当にパンを3つ選んで、カウンターに置いた。
「1個1Cだから、3個で、3Cだよ」
頷いて、クロックは銅貨を3枚出した。
「ところで……自分達のような他の街からのお客さんも、この店にたまに来るかい?」
クロックの言葉に男の子は軽く首を傾げた。
「商品を届けに来る人以外は、あんまりこない」
「そうか……。村の人が、他の村の友達を連れてきたりはしないのか?」
「しない。ここより、他の街の方が楽しいから、遊ぶ時は、そっちで遊ぶ」
男の子の素直な言葉に、クロックは穏やかな笑みを浮かべながら、頷いた。
「そうか、ありがとな」
頭を撫でて、パンを受け取ると、売店を後にする。
大人に聞いて、警戒心を持たせるより、無邪気な子供に聞けたことは幸運かもしれない。
千獣はドアの前で振り返って、男の子に手を振ると、男の子は笑顔で手を振り返してきた。
「こんにちはー」
キャトルとリルドは、宿屋へと入る。
1階は食堂になっているらしいが、今の時間、客の姿はなかった。
「はい、いらっしゃい」
奥の部屋から姿を現したのは、50歳くらいの女性であった。
「6人なんだけど、今晩泊めてもらえる? 全員一緒の部屋がいいから、大きい部屋があったら嬉しいんだけど……」
「6人くらいなら、大丈夫だよ。食事も必要?」
「うん、お願い〜。あと、聞きたいことがあるんだけど……」
キャトルはちらりとリルドを振り返る。
「マイラという女性を探している」
特に感情を表さず、リルドはそう言った。
「マイラさん? 彼女なら今日は家にいるんじゃないかしら」
その答えに、キャトルとリルドは顔を合わせた。
「マイラさんの家ってどこ?」
キャトルの問いに、女性がドアへと向い、外に出る。
「この道をまっすぐ行って、3件目の小さな木造の家に住んでるわよ」
「ん、じゃあとで行ってみる。ありがとね!」
キャトルが礼を言うと、女性は部屋の準備の為に2階に上っていった。
「じゃ、あたしマイラさん呼んでくるー」
飛び出して行こうとするキャトルの襟首をリルドが摘まむ。
「お前は単独行動するな」
「あ、はーい……」
キャトルはちょっと笑った。
自由な行動が出来ない。そんな柵の中に彼女はいる。
* * * *
「おっまたせ! きゃー、私を訪ねてきてくれるなんて、幸せっ」
村人を通じてマイラを誘ったところ、妙にハイテンションで彼女は宿屋に現れた。
「キャトルちゃん、久しぶりー」
ぐりぐりキャトルの頭を撫でる。
「マイラさん、よろしければこちらへ」
フィリオがすかさず、マイラを自分の隣へと導く。
やはり皆マイラのこと――この村の民達のことを、信用しきれていなかった。
「なあに、夕食はあなた達のオゴリ?」
「ええ、奢らせていただきます」
そうして、フィリオは宿の主人を呼び、人数分の食事を頼んだ。
「でも、私と遊ぼうってわけじゃないのよね? 刻印の意味でも聞きにきたのかしら?」
「はい、お調べいただけましたでしょうか」
健一の言葉に、マイラは首を縦に振った。
「訳だけだけどね、意味は相変わらず分からない」
「なんて書いてある?」
リルドが鋭い目で訊ねる。
「書かれている文字は3つ。だけど、その文字は別々の意味がある文字みたいよ」
言って、マイラは紙を取り出した。
リルドの肩に刻まれている刻印。その隣に訳が書かれている。
「華(やか)・麗(しい)・滅(する)、多分この言葉を表してるんだと思う」
「そうか。で、誰に聞いた?」
「誰にも聞いてないわ。自分で調べたのよ。元々ある程度あの村の文字は読めるんだし、資料なんかを見ながら、翻訳も私が進めてるのよ。興味があってやってるんだけど、とっても難航してるわ」
マイラは吐息をついて、眉を寄せた。
「で、なんであんた達は、そう殺気だってるかなー? 親切で教えてあげてるっていうのに」
「すみません、敵意を向けているつもりはないのですが……。事情があるんです。村の方々にもお聞きしたのですが、この村に不審な人物が訪れることなどは、ありませんか?」
フィリオが穏やかに訊ねる。
「ないわよ。隣町から商人が来るくらいで……でも」
「でも?」
「ああ、その前に、あなた達が信じるに値する人物なのかどうか、私の方もイマイチわかんないのよね。どういう目的で動いているのか教えてもらえないかしら?」
不敵な目でマイラが言った。
「知らない方が身の為だぜ」
「それは、情報はいらない、私の身の安全の方が大事って言ってくれているのかしら〜。嬉しいわっ」
リルドの言葉にマイラがにこにこと微笑む。目は笑ってなかったが。
「――隣国の連中とヤり合ってる、仲間が一人攫われた」
リルドは鋭い目つきのまま、簡潔にそう言った。そして、こう続ける。
「理由が分かっただろ?」
殺気を隠そうともせず、マイラに向けて放ちながら。
「で、アンタは敵か?」
低く、訊ねる。
「んー……」
マイラは殺気をかわすように、リルドから目を逸らし、軽く頭を掻いた。
「冒険者同士の探索地を巡る抗争とか、国を隔てた不良グループの抗争とか、ヤクザの縄張り争いとか、そういうのかなあ」
その想像とは規模が違うのだが、誰も否定はしなかった。
「その仲間を助けるために、力を欲してるの?」
「そうだよ」
答えたのはキャトルだった。
「いや、欲しているのは情報だ」
しかし、クロックがそう訂正をする。
「ふむふむ」
マイラはキャトルの真剣な目や、他の人物達の自分を見る目を見回しながら、2,3度頷いた。
「まず、私は敵じゃないわよ。なわけないじゃない。でも、仲間じゃないのは確かだし、あんた達の敵の敵でもない。敵対している相手も知らないのだから、どちらに非があって、現状があるのかもわからない。攫われた人か相手が、あの滅びた村に関係する人物なのかなーとは思うけれど……。だから、あんた達に有利な話をしようとも思わないし、あんた達の敵に有利な話もするつもりはない。事実は話してあげるけれど、それはあんた達が敵と考えている相手に対しても、よ。つまり、あんた達がここに来ただとか、どういう話をしたのだとか、相手に聞かれれば話すということ」
一同、しばらく考えこんだ。
しかし、それは仕方のないことだ。口封じをするわけにもいかない。
彼女が一般人であるのなら、口止めをすることは彼女達を危険に晒すということ。
自分達は、必要以上に彼女に情報を与えることはしない。だが、自分達がここに来たこと、村の禁止区域で刻印を刻まれたことは、既に彼女に知られている。
ここで何も聞かずに帰ったのなら、敵に情報を与えてしまう可能性があるのに、自分達は何の情報もつかめないまま帰ることになってしまう。
「聞かせろよ、あんたの知っていること」
リルドがそう言うとマイラは首を縦に振った。
「ああ、だからそんなに殺気を立てないでよ。重い話じゃないんだってば。ただ、時々この村に、あの滅びた村の生き残りの青年が訪れることがある、それだけのことよ」
「名は?」
「コデル・ディズナ。20代後半の男性よ。村が滅びた時、また小さな子供だったから、村で学んだ知識や、文字については覚えていないみたい」
クロックは軽く唸り声を上げたあと、こう言葉を発する。
「その人物が村の生き残りであるという確証は?」
「それはないわ。誰も会ったことのない子だったし。だから、嘘をついている可能性もないとは言えないけれど……まあ、村に残っていた道具類の所有権を主張してきたりはしないし、時々村の状況を聞きに来るだけだから、私達からすれば、温厚で優しい青年でしかないわ」
温厚で優しい――そういう害のない人物に振舞うのはスパイの常套手段だ。
村の暮らしや、マイラの評判などを聞いていると、彼女は無関係である可能性が高いと思われる。
しかし、やはりあの滅びた村は、今も生き残り達に監視されている可能性も高そうだ。
夕食を済ませ、軽く睡眠をとった後、夜が明ける前に一行はその村を出ることにした。
* * * *
一行は十分な休憩を取りながら、ダラン・ローデスの別荘へと向った。
マイラの暮す村から、滅びた村までの距離は1日と少し。そして、滅びた村から数時間ほど歩いた所に、別荘は存在する。
話し合った結果、滅びた村へは立ち寄らないことにした。
森の中の小道を進み、村を出発して2日目の日が完全に落ちた頃、ようやく目的の別荘が見えてきた。
「ジャネト・ディアに会えるかな? 体が不自由だからこのあたりから動けないって本人が言ってたらしいんだけど……」
呟くように言いながら、キャトルが別荘の門を開ける。
「あ、もう来てるみたい」
キャトルが指を差した先に、仄かな明りが見える。
ダランは、既に到着しているようだ。
ドアに近付くと、キャトルは勢い良くドアを三度叩いた。
返事も聞かぬうちに、ドアを開く。
「こんばんはっ! 早かったね」
薄暗い家の中には、ダランと女性達の姿があった。
「おう、さっきついたばかり。夕食の準備始めようと思ってたとこ」
ダランの答えに、キャトルは笑みを浮かべて、ドアを大きく開いた。
「それじゃ、あたし達も手伝うよ!」
キャトルがエントランスに入り、続けて仲間達も別荘の中へと入るのだった。
「うわっ、賑やかになりそうだ。……特別ゲストもいるしな」
ダランがにやりと笑った。
ダラン、そしてダランの同行者達が、横に移動すると――その奥に、老人の姿があった。
新鮮な材料もなく、コックもいないため、夕食の準備といっても、各々が持っていた携帯食と、別荘に保存してあった非常食の類いを並べただけだった。
そんな食事のことよりも、皆の注意は共に食卓を囲んでいる一人の老人に向けられていた。
「じゃあ、じゃあ、聞かせてよ、お宝のこと!」
明るく切り出したのは、ダランの同行者レナ・スウォンプであった。
「宝か……ううむ、宝ではないが、君達にとっては宝なのかもしれんな……」
「地図の場所に、何かがあるのはわかったのよ。だけど、先に進めないんだけど?」
「先に進むには、キーワードが必要なんだよ」
そして、老人は健一と、リルドを見た。
2人は瞬時に察する。自分達に刻まれた文字が、その鍵であることが。
「キーワードって?」
レナに頷いて、老人――ジェネト・ディアは語った。
「私の村には、3人の賢者がいた。君達が進もうとしている道は、魔道鍛冶、魔道化学、魔道術、全ての賢者に認められた者が進むことの出来る道だ。私は、君達を認め、地図を託した。そして、ここには、魔道鍛冶師の仕掛けを潜り抜け、資格を得たものがいるね?」
「……滅びた村にあった、地下道のこと?」
キャトルの問いに、ジェネトが頷いた。
「地図の場所の入り口は、強い魔力を込めて、キーワードを発することで開かれる。内部には、魔道化学による罠が仕掛けられている。その罠を掻い潜り、最深部に進んだ者は……」
「者は? 者は?」
レナが目を輝かせながら、続く言葉を待つ。
「我々が作り出したものを、全て無効化させることができる。それが私の最高の術だ」
「え?」
「我々賢者は、それぞれの最高の作品を守っており、賢者3人の合意がなければ、取り出すことができないようにしていたんだよ」
「なんでそんなことするのよ、もったいない」
レナは素直な意見を述べた。
「強すぎる力は、争いの元だからさ。そして、私が封じた力は発動した者中心――もしくは刻印を記されたものを中心に発動される。効果はおよそ1時間」
「……どういうことだ」
リルドが老人を睨みつけながら訊ねる。
「刻印を媒介にして、力が発動されるということだ。魔道関係の力――無論、魔術にも効果がある。発動されて1時間ほど、半径1KMほどの範囲で魔道に関する全ての力が1割未満に減少する」
「俺自身も、魔術を使えなくなるってことか?」
「まあ、そうだな。しかし、その刻印は永久についているわけではない。半年もすれば自然に消滅する」
「なんか、つまらなそうね……でも、他の賢者の最高の作品っていうのもあるのよね!?」
レナの言葉に、ジェネトは微笑みを浮かべて頷いた。
「最初に手に取った人物に与えるとしよう」
「あたしのものよ!」
レナはバンとテーブルに手をついて、立ち上がった。
「ああでも、キーワードが必要なんだっけ」
次の瞬間には、再び椅子に腰掛ける。
「それよか爺さん」
話題を変えようとしてか、リルドがジェネトに問いかける。
「アンタの村が滅びた理由ってのが聞きてぇんだが」
「当時――魔道鍛冶の賢者であった者が、私欲に走ってな。全ての賢者の知識を欲し、自分のものにしようとした。娘には魔道化学を学ばせ、娘婿に私の一番弟子である魔道術に長けた者を選んでいた。しかし、彼の娘は魔道化学の賢者の候補として選ばれず、賢者になるために必要な知識を学ぶ機会を失った。魔道鍛冶の賢者は、手に入らないのなら、全て消し去ろうと考えたらしくてな。魔道化学の賢者と弟子達を皆殺しにし、村人全てをも手にかけようとしたんだよ。それ以前から、彼は独自にアセシナート公国と密約を交わしていたらしく、村を滅ぼした後は、娘と共に、アセシナートに渡ったと聞いている」
「で、その戦いであなたも体の大半を失ってしまったのね?」
レナが問いかけた。
以前、ジェネトと会話を交わしたとき、彼は数十年前に肉体の大半を失った……と言っていた。
「ああそうだ」
ジェネトは少し寂しそうな笑顔を見せた。
それまで黙っていたキャトルが、すっとジェネトに紙を見せた。
マイラから受け取った紙だ。
「何て、読めばいい?」
「読む必要はない。心でこの言葉をイメージすればいい」
こくりと頷いて、キャトルはダランを見た。
「地図とこの紙、交換しようか。それともあたし達にその地図くれる?」
「んー、ちょっと考えてみる。かなり危険な場所みたいだし」
「なーに言ってんのよ、行くわよ行くの!」
レナは今すぐにでも、ダランを引っ張っていきそうだった。
「う、ううううん。で、ででででも、想像していたのと、規模が違いすぎて、俺達一般人じゃ無理だって……と、とにかく、もう少し準備とかしてからにしようぜ……っ」
「うーんまあ、準備は必要よね、準備は」
レナはしぶしぶ納得をする。
「それでは、お先に失礼するよ。この作り物の体を維持しているのも、年のせいで疲れるんでね」
すっと、ジェネトが立ち上がる。
「あの……っ」
途端、千獣が立ち上がって、声を上げた。
「その、アセ、シナート、人を、使って、実験してる……。あと、高い、知識、持った、人、求めてる……。何、考え、てる、のかな……?」
「あの国の考えは、私にはわからない。だがきっと、それは単純なことではないか? 人を強化すれば、他国の戦士より優れた戦士になる。毒物を作れば、広範囲の生命を死に至らしめることができ、それを警戒し防ぐことは難しい。つまり、脅しになる」
「アセ、シナートは、力、が、欲しい、と、いう、こと……?」
「それは確実だ。絶大な力を持ち、他国を侵略し、支配したいのだろう」
それは何の意味があるのか。
その行為は、他人を本当に悲しませる。
千獣は深く考えながら、戦った人物達を思い浮かべる。
そして思いつめた表情で、ジェネトを見て、ずっと誰かに聞きたかった事を、口に出すのだった。
「私、には、物理……的な、力、しか、ない……前に、魔力、で、攻撃、防がれた……それ、を、破る、には、どうしたら、いい……?」
「君に時間があるのなら、魔力について学び、魔力で対抗するといい。時間がないのなら、何か別の力に頼ることだ。それは、魔法具であったり、仲間であったり」
既に魔力を使いこなしている者に、これから学んで対抗できるとは思えない。
魔法具は、どんな魔法具が必要だというのだろう。それは簡単に手に入るのか?
そして仲間は……。
「私は仲間と協力すべきだと思うがね。各々特技を伸ばせばいい。一人で成せることなど、本当に小さいのだから。人は多くの力を手に入れるべきではない。それを望むべきではない。君達は皆、グレス・ディルダのような人間にはならないでくれ。……ま、私が言っても説得力ないだろうがね」
最後に、ジェネトはウィノナを見た。
そして、足を動かさず、すうっと体を滑らせて、ドアから姿を消した。
翌朝、全員揃って別荘を出発した。
ダランもキャトルも何事もなかったかのように、元気に振舞っていた。
「宝探しかあ……」
ダランは臆病風に吹かれ、消極的ではあったが、協力するつもりだった。何より宝には興味があった。
「あたしは……いけないかなっ」
キャトルはそう言って笑った。
その言葉の意味は、力を諦めたわけではなく。
もっと他の理由からだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
ジェネト・ディア(滅びた村の賢者(魔道術師))
マイラ(資料館受付嬢?)
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『鍵〜足跡〜』にご参加いただき、ありがとうございました!
情報面でお役に立つかもしれませんので、副題の違うノベルの方もよろしければご覧くださいませ。
さて、そろそろ本編に入ります。準備はよろしいでしょうか?
警戒せざるを得ない状況により、あまり情報が出せていないところが懸念事項です。
今後ともお話にお付き合いいただけましたら、幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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