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■居間にて■

川岸満里亜
【6424】【朝霧・垂】【高校生/デビルサマナー(悪魔召喚師)】
「お母さんも苑香さんも出かけています」
 玄関に現れたのは、ゴーレムの水菜だった。
「部屋で待っていてください。お菓子と紅茶用意します」
 水菜はとても嬉しそうだった。
 出直すと言ったら、きっと寂しそうな顔をするのだろう。
「居間にどうぞ」
 水菜に導かれるまま、居間へと入った。
「今日はどんな用事で来たんですか? お母さんとどこかに行くのですか?」
 一緒に行きたいといわんばかりの表情で水菜が訊ねてきた。
 さて、どう答えようか……。
『居間にて〜きょうだい〜』

「どうぞ」
 グラスを置いた人物の顔を、朝霧・垂はつい長く眺める。
「失礼します」
 頭を下げて、その人物が部屋から出ていった途端、笑いが込み上げる。
「動く自分を見て、どう思う?」
 垂は、自分の中にいる魂に話しかける。
『なんだか奇妙な感覚ですね。鏡を見ているのとは明らかに違います』
「双子の片割れを見ているようなカンジかなー」
 垂はグラスを手にとって、麦茶を一口飲んだ。
 麦茶を置いていった人物は、ゴーレムの時雨。
 だけれどその体には、以前とは違う魂が入っている。
 以前、時雨の魂であった人物は、現在は垂の中にいる。時雨とその前世であるフリアル・ブレスデイズの記憶を持った魂だ。
 台所の方から微かな話し声が聞こえる。ゴーレム同士が会話をしているようだ。
「水菜は前世の記憶、あるんだよね」
 フリアルの魂は少し間を開けて、返事をした。
『……はい。水菜の体は生体機能を停止した状態ではなく、魂がしばらくの間離れただけの状態でした。魂の方も変わらぬ状態のまま、再び水菜の体に戻った為、以前となんら変わりはない状態のはずです』
「ん。フリアル、折角だから水菜と話しなよ。久しぶりの兄妹での会話を楽しみな。『自分はここに居るよ』って妹を安心させる為にもね」
「い、いえ……」
 意外にも、フリアルの魂は動揺していた。
『私は、ミレーゼを置いて先立った、不甲斐ない兄ですから。今更兄妹としての会話なんて、何を話せばいいのかわかりません』
「別に深く考えることなんてないじゃん。そう硬くならないで、自然に会話をすればいいんだよ。仲の良い兄妹だったみたいだし」
『そう、ですけれど……』
「あと、ジザスのことは……どう言うかはフリアルに任せるよ。魔界であったことを話し、現在『記憶をなくした状態で時雨の中に居る』と事実を伝えるか。悪いけど、そこは私達じゃなくて、一連の出来事の記憶を持っている身内が決めるべきだと思うんだ」
『はい……』
 元気のない返事だった。
「もちろん、何も伝えず自分の中に仕舞っておくことも1つの勇気だよ」
 垂は立ち上がって、引き戸に手を伸ばした。
「じゃ、水菜呼ぶよ」
『えっ!? まだ心の準備が……ッ』
 慌てるフリアルの心を面白く思いながら、垂は戸を開けた。
「水菜〜。ちょっと話があるんだけどー!」
「はい」
 即座に返事が返ってくる。
 そして、エプロンで手を拭きながら、金髪の可愛らしい少女が台所から顔を出した。
「手があいたら、こっちきてね」
「はい。少し待ってください」
 水菜は台所に戻っていく。片付けが残っているようだ。
 垂は、座椅子に腰かけて寛ぎながら、水菜を待つことにした。
 自分の心は落ち着いているが、もう一つの心が妙に緊張している。
「お待たせしました」
 水菜は丁寧にお辞儀をして入ってきた。
「畏まらないでよ、こっち座って」
「はい」
 言われたとおり、水菜は、垂の向いに正座をした。
(それじゃ、頑張りな!)
 そう心の中で語りかけて、垂はフリアルの魂に体を預けた。
 垂……フリアルは、瞬きを2、3度すると、ぎこちない笑みを浮かべて、水菜を見た。
「すみません」
 フリアルが最初に発した言葉は、謝罪の言葉だった。
「え? どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
 フリアルは言い難そうに、でもはっきりと言った。
「垂様のお体を借りていますが、私は……フリアル・ブレスデイズです」
 その言葉を聞いた水菜は、目を大きく開いた後、目を細めてにっこり笑った。
「“そっちにいたんだね、兄様”」
 多分それは、生前のミレーゼの口調だろう。
「はい」
 フリアルは優しい笑みを見せた。
 だけれど2人は、にこにこしているだけで、特に何も語ろうとはしなかった。
 しばらくして、フリアルの方が声を発した。
「あれから、あなたの魂は、ミレーゼの祖国に戻りました。この垂様や、皆さんが事件を解決に導いて下さったり、私も、あなたもここに戻ってこられました」
「はい。とても嬉しいです」
 今度は水菜の口調であった。
「でも、どうして、お兄さんは、お兄さんの中にいないのですか?」
 水菜は不思議そうにそう訊ねた。
「水香様がそう望んだから……というより、私がそう望みました。水香様が兄の魂をもこの世界に留めたいと仰ってくださったので、私は時雨の体を兄に譲ったのです」
「兄……?」
 首を傾げた水菜に、優しく優しくフリアルは言った。
「ジザス兄さんです」
 その名前を聞いた途端、水菜は目を伏せた。
「今、時雨の中に入っているのは、ジザス兄さんの魂です。しかし、契約により新たな生を受けた兄さんは、前世の記憶を失っています」
「……はい」
 水菜は小さく返事をした。
 2人、しばらく沈黙をした後、フリアルが再び言葉を発する。
「ミレーゼ」
 愛しみの感情が篭った声であった。
 水菜は声を上げず、ただ、フリアルを見た。
「ずっと側にいてあげられなくて、すみませんでした。でも、今は、2人とも側にいますから。過去のことはもう、忘れていいんです。これからは水菜として水菜が大切にする人達を愛していてください。私達はずっとあなたを見守っていますから」
 その言葉に、水菜はこくりと頷いた。
 そしてまた、沈黙が続く。
(もういいです……)
 フリアルが、垂の心に話しかける。
(お疲れ様)
 そうフリアルに返事をした後、垂の意思が表に出る。
 軽く吐息をついて、水菜を見た。
「夕食の準備、してたんだよね? 時間とらせてごめんね。もう一人のお兄さんの所に戻っていいよ」
「はい」
 返事をして、水菜は立ち上がった。
 戸を開いて、一度、垂を振り返って――水菜は深く頭を下げた。

「生前の話とか、フリアルが死んでからのこととか、話さなくてよかったの?」
 水菜が姿を消してから、垂はフリアルに問いかけた。
『何を話しても、辛い思い出に繋がりそうで。それに、ジザス兄さんの話では、ミレーゼは惨い殺され方をしたらしいので、辛いことをあまり思い出させたくないと思いました』
「惨い殺され方って……?」
『詳しくは聞いていません。人間にされてから、殺されたとしか。兄がとても言い辛そうにしていたので、聞くのが怖かったのです。本当に、辛く苦しい思いをしたのだと思います。その記憶も彼女の中にあるのだと思うと……』
 フリアルの辛い感情が垂の中に流れてきた。
「そっか……そうだよね。今は違う人生なんだから、忘れていいはずなんだよね」
『はい』
「ま、今の彼女の様子では大丈夫そうだけれど、辛そうな姿を見せるようなら何らかの方法で、また前世の記憶は消してあげた方がいいかもね」
『はい。兄の記憶があれば、また別なのでしょうが……』
「兄ちゃんかー……」
 垂には兄弟がいない。
 いや、側にはいないだけで“双子の妹がいた”という記憶だけは残っている。
 その他一切の記憶を、垂は失っていた。
 兄弟ってどんなつながりなのだろう。
 そんなことを考えながら、垂はテーブルの上の煎餅を1枚手に取った。

    *    *    *    *

 台所に戻った水菜は、鍋を持ったまま直立している時雨をじっと見つめた。
「作り方がわかりません」
 まだ、数ヶ月の訓練しか受けていないため、今のゴーレムの時雨は水菜よりもこの世界の物事を知らなかった。
 水菜は時雨に近付いて、その腕をとった。
 不思議そうにしている時雨に――そのまま抱きついて、泣いた。
 肩を震わせて、声を押し殺して。
 時雨は鍋を放して、空いた手で水菜の頭を撫でたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6424 / 朝霧・垂 / 女性 / 17歳 / 高校生/デビルサマナー(悪魔召喚師)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
兄妹達のふれあいを描かせていただき、ありがとうございました。
水菜は幸せでしたが、心のどこかで不安や哀しみを感じ、時折過去を夢に見ているのだと思います。
兄が側にいてくれていると知って、ミレーゼの心も随分と安らぎを得られたと思います。
発注ありがとうございました。