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■戯れの精霊たち■ |
笠城夢斗 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
「お願いが、あるんだ」
と、銀縁眼鏡に白衣を着た、森の中に住む青年は言った。
「この森には、川と泉、焚き火と暖炉、風と樹、岩の精霊がいる――」
彼の声に応えるように、風がひらと彼らの横を通り過ぎ、森のこずえがさやさやとなった。
「彼らは動けない。風の精霊でさえ、森の外に出られない。どうかそれを」
助けてやってくれ――
「彼らは外を知りたいと思っている。俺は彼らに外を見せたい。だが俺自身じゃだめなんだ……俺が作り出した、技だから」
両手を見下ろし、そして、
顔をもう一度あげ、どこか憂いを帯びた様子で青年は。
「キミたちの、体を貸してくれ。キミたちの体に宿っていけば、精霊たちも外に出られる。もちろん――宿らせた精霊によって色々制約はつくけれど」
お願い、できるかい――?
「何のお礼もできないけれど。精霊を宿らせることができないなら、話をしてくれるだけでもいい。どうか、この森にもっと活気を」
キミの言うことは俺が何でも聞くから――と言って、青年は深く、頭を下げた。
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一番弟子とライバルの対決
トール・スノーフォールという青年について、ウィノナ・ライプニッツが知っているということと言えば――
とりあえず、はた迷惑な魔術師だということ。
トールは確かに強力な魔術師だ。だが、その力の使い方がどこか間違っているとウィノナは常々思っている。
そのトールが今、熱心に打ち込んでいること。それは。
精霊の森の守護者、クルス・クロスエアに勝負を申し込むこと――……
■■■ ■■■
自分の気配を糸のようにして。織り込んで織り込んで……そうすることで自らの気配を消す。
最近ようやく気配隠しの術を楽に使えるようになってきたウィノナは、クルスに許可をもらって精霊の森の出入り口付近に隠れていた。
目的はひとつ。
いつもここから、真正直に森に怒鳴り込みをかけてくる青年を待つこと。
そして彼はやってきた――
トール・スノーフォールの外見だけを見ていると、自分の友人にどこか似ているなあとウィノナは思う。
だが今はそれはどうでもいい。
――まずは、気配隠しの術が通じるか?
息をつめて魔術を続行させていると、トールはまず精霊の森の入り口で仁王立ちになった。
そして、
「クールースー! 来てやったじゃーん!」
大音声で叫ぶ。森が揺らぎそうだ。
思わず魔術を解いてしまいそうになったウィノナは、慌てて精神集中を心がけた。
トールは叫んだことに満足したかのように、ふう、と大きく息を吐いて、そのまま歩き出した。
森の中に向かって。
――ウィノナの横を、通りすぎていく。
いける。
ウィノナは即座に気配隠しの術を解いて、得意の声真似で大声を出した。獣の鳴声。
「どわあっ!?」
背中からそれを受けたトールがずっこけて、わたわたと体勢を整えようとする。
「な、な、な、なんだっ!?」
何とかこけずにすんだ彼は、慌てて振り向いた。
そこに、堂々と胸を張ったウィノナがいた。
「トール! ボクのこと覚えてる?」
トールはまじまじとウィノナを見る。長い銀髪に涼やかに光る黒い瞳。歳のわりに豊満な体。
青年は首をかしげた。
「……誰じゃん?」
……予想通りだ。
「まあ、キミにとっては遠い昔のことなんだろうけどさ……」
ウィノナは額に指を当てて、難しい顔をした。「ボクはあの時大迷惑をこうむったんだからね。まったくもう……ん、でも、おかげでクルスっていう師匠に会うきっかけにはなったけど」
「クルスが師匠???」
トールがはてなマークを飛ばした。
ウィノナは大きく胸を張った。
「トール! 今日はボクと勝負だよ」
「へ?」
「だーかーら、ボクと魔術勝負!」
「なんで?」
トールはしごくもっともなことを訊いてきた。
ぐっと詰まったウィノナは、ぷるぷると頭を振ってから、改めて言った。
「いいから勝負。何でもいいから勝負」
「だから何で――」
「クルスと戦いたかったら、一番弟子のボクを倒してからにしろっ!」
びしっと指を突きつけて、
「……って言ったら、やる気出る?」
その指をゆっくりと下ろす。瞳は真剣にトールを見つめたままだ。
「一番弟子……」
トールはむうと口をつぐんだ。
「そう、一番弟子」
嘘はついていない。
実際クルスは他に魔術を人に教えたことがないそうだから、一番弟子で間違っていない。
トールは首の後ろをかいた。
「よく分からないけど……」
さわりと風が吹いて、トールの柔らかい金髪を揺らした。
「要するに、お前、俺の邪魔をするわけじゃん?」
「その通り」
ウィノナはにっと笑った。
「邪魔するよ。だから、ボクを倒してからにしてね」
「分かった」
トールはうなずいた。
夏の風は、熱気をはらんで二人を包み込んだ。
「――勝負じゃん」
それは一日の中でも一番暑い昼下がり。
少女と青年が、魔術で真剣勝負――
ウィノナは、魔術を使えると言っても直接攻撃系の術をたしなんでいない。
というわけで、逆に攻撃系の魔術に長けるトールの術をどれだけいなせるかで勝負することになった。
「俺をなめるんじゃないじゃんっ」
トールが両手に火炎球を生み出す。
ウィノナは楽な姿勢をとった。変に身構えるより、この方がいいのだ。精神集中はいつだって楽な姿勢から。
――一度に複数の攻撃が来る。
炎。実体のないもの。
対抗するには――
(――止刻魔術!)
「行くぜ!」
ご丁寧にかけ声とともに、トールは魔術を放ってきた。
火炎球が迫りくる。ウィノナは空中に指をすべらせる。印。それはクルスから教わった魔術体系。
意識をふたつの火炎球に広げる。
空気中を走る炎の周囲の刻を止める。
ひとつめ、ふたつめ……!
空中で、ぴたっと火炎球が止まった。
ほっとしたのも束の間――
ウィノナは一瞬ぎょっとした。
火炎球の隙間を縫って、大きな氷の刃が駆けてきた。
(氷――実体のあるもの!)
即座に思考を切り替えて、ウィノナは指先を空中で踊らせる。先ほどとは違う印――
実体あるものの内側に魔力を送り込んで、内側から破壊。
消滅魔術――
しゅわ、と音を立てて、氷の刃は消え去った。
「なんだ、けっこうやるじゃん」
トールが感心したような声をかけてくる。
「キミほど無茶な魔術は使わないよ」
ウィノナは言い返した。
しかし内心、冷や汗をかいていた。炎の球の合間を、氷の刃が走った? 普通は溶ける。しかし氷刃は器用に炎の間を右へ左へ動いて走ってきたのだ!
トールの力量を改めて思い知らされた気がして、高揚するのを感じた。これは――いい修業になる。
「さ、次! どうしたの、もう終わり!?」
挑発的に言うと、トールのむっとした表情が見えた。
「まだまだだってぇの!」
トールの腕がおどった。
突風が起きた。ウィノナの帽子を吹き飛ばし、彼女の体をもさらおうとする。
ウィノナは必死でその場にふんばった。その隙に――
右から左から。火炎球がいくつも走ってくる!
(遠慮ないなあもう……っ!)
けれど願ったりだ。ウィノナは突風を受けながらも火炎球の気配を感じ取る。合計4つ、感じ取れるうちはまだいける!
「止刻!」
印を紡いだ。ひとつの印で一度によっつの刻を止める。
風にあおられていたことが、却って集中力を高めた。
――いけた!
空中のあちこちでぴたっと動きを止めた火炎球の姿に、誰よりもウィノナ自身が喜ぶ。
しかし、喜んでいる場合ではなかった。
「うらっ!」
青年のかけ声が襲ってきた。突風の中、また火炎球の間を縫って――今度は複数の氷刃が駆けてくる!
「………!」
ウィノナは必死で意識を集中しようと努めた。氷の刃は消滅魔術が有効、印は、急げ、ああ――
焦りとともに紡いだ印は完全な力とならなかった。
氷の刃の一部だけを消滅させたものの、残りがウィノナの体のすぐ横を通過していく。
――最初からウィノナの体には当たらないようにしているのだ――
悔しい。そう思った。
「――今ので負けじゃないよ!」
ウィノナは肩を怒らせた。
「そうこなくちゃ、じゃん!」
突風が止んだ。瞬間、周囲が一気に暑くなった。
ウィノナの視界が真っ赤に燃えた。
彼女を囲むようにして、火柱がいくつも燃え上がった!
火柱の上部先端が揺らめき、収束して、ウィノナの頭上でぶつかる。
火花が散った。火柱はそれぞれにくっついた。ウィノナはまるで火のかまくらの中にいるかのように、囲まれた。
――これを止刻で止めたら――
焦りが生じた。火柱の1本1本の間に、ウィノナが通れるほどの幅はない。
火柱の刻を止めてしまったら、自分は閉じ込められる!
(考えるんだ、どうすればいい――?)
落ち着いて。落ち着いて。
熱でじっとりと汗が浮かんでくる。嫌な汗だ。
額に浮かんだそれが、頬を伝ってあごから落ちた頃、ふと思った。
トールは、こうやってじわじわと相手をいたぶるのが好きなタイプではなかったはずだ。
そんな根気があるタチではないのである。
今のままにしておけば、ウィノナがギブアップするのは時間の問題だが、それを狙うような性格をしていないのだ。
必ず――次の手をうってくる。
そう判断した時、ウィノナは決めた。
指先を空中に滑らせる。
「止刻!」
周囲を囲んでいた火柱が、一斉に刻を止めた。
熱さが一気に引いて、急に体温が下がり、ふらりとめまいが起きる。いけない、踏ん張りどころだ。
さあ、トールはどんな手に出てくる!?
火柱のために姿が見えない青年の気配を感じ取ろうと、ウィノナが精神を集中しようとしたその時。
「うぎゃあ!?」
トールの悲鳴が聞こえた。
「し、し、し、しまったじゃん〜!」
なんだ?
ウィノナが首をかしげると、空気がざわめいた。何だか嫌な予感がして、ウィノナは一歩引いた。
どうん!
目の前でとんでもないことが起こった。刻が止まったままの火柱が――破壊された!
そして現れたのは、ウィノナの体5倍ほどもありそうな大蛇――
ウィノナは頬を引きつらせた。
「ト、トール……まさかまたやったわけ……!?」
以前、ウィノナがトールと出会ったきっかけとなった事件の際、トールは魔術で魔物を生み出して暴走させたのだ。
トールの姿が見えた。わたわたと腕を振っている。
嫌な予感的中! 大蛇は大きな影をウィノナの頭上に落としてくる。その首をもたげて、そして大口を開ける。
牙があった。鋭く光る牙が。
いや、それ以前に、この大きさの口ではひとのみにされてしまう。
「トール! 魔術の失敗もいい加減にしなよね!」
言いながら、ウィノナは決意とともに印を空中に走らせた。
意識は大蛇に集中。暗い大蛇の口が迫ってくるのがスローモーションで見えるのを感じながら、
「消滅!」
――印は完成した、そう思ったが大蛇は消えなかった。
間一髪でウィノナは大蛇の口を避けた。
大蛇の体の横を走るようにして逃げ、それから身を翻し、あらためて印を紡ぐ。
「消滅!」
印の体系ではいちいち叫ぶ必要はないのだが、集中するのにはいい方法だった。
じゅわっと、大蛇の体の一部が泡となって消えた。
まだ全体に行き渡らない。相手が大きすぎる。
(でも、負けられない!)
大蛇は重い首を振り向かせた。何を考えたのか、そのまま地面に頭を叩きつける。
地面がえぐれてクレーターができた。
ぞっと冷や汗があふれた。そんなウィノナのことに構わず、何のダメージも受けてないと言いたげに、のっそりと大蛇は首を持ち上げた。
「何とかしてくれ〜」
トールがウィノナの肩にしがみついてくる。
「もう、ちょっと邪魔しないでよ!」
本当に、いざという時役に立たない男だ。心の底から憤然としながらも、ウィノナは何とかトールから意識をそらして大蛇に集中した。
体の一部分を消滅させられても、何の変化もない。痛覚がないのだろうか。魔術で作られているから?
そこのところはよく分からないが、とにかく全体を消滅させなければいけないらしい。
大蛇の首がしきりにうねる。あの首が邪魔だ。
邪魔?
それなら。
ウィノナは指先をおどらせる。
「止刻!」
大蛇の頭にだけ印の効果範囲を広げた。
きんっと空気が凍るような音がして、大蛇の首の動きが止まった。効いた!
これでもう脅威はない――
そう思ったが、
「後ろ! 後ろ!」
トールの慌てた声ではっと視線をずらすと、いつの間にか背後にあった大蛇の尾がウィノナに迫っていた。
避けられない――!
トールが動いた。両手を前に突き出すと、その手から氷刃が生まれた。
太い氷の刃が、ウィノナに襲いくる大蛇の尾に突き刺さる。
尾の動きが止まった。ウィノナはその隙に、横へ逃げた。
きりっと唇を引き結び、もう一度印を結ぶ。
「消、滅!」
叫んだ。
大蛇が内側から消し飛ぶところをイメージしながら。
刻の止まった大蛇の首から下が、激しくのたうった。その次に痙攣が起き、そして、
じゅわあ……っ
まさしく泡のように、大蛇は消え去った。
ウィノナは肩で息をする。その横で、
「やった!」
とトールが無邪気に喜んでいた。「お前、最高じゃん!」
「……ありがと」
苦笑して、ウィノナは両の掌を見る。
今ので、また一歩上達しただろうか――
結局トールが、
「また俺が暴走させちまったし。俺の負けじゃん」
と言ったことで、勝負はとりあえずウィノナの勝利ということで決着がついた。
悪かったな、とトールは言った。そのあたりはけっこう素直である。
ほんと迷惑だよ、とウィノナはぷいっとそっぽを向いてから、
「――なんてね。充分特訓になった。ありがとう」
改めて向き直り、礼を言う。
トールは腕を組み、
「止刻と消滅かー。有効と言えば有効だけど、自分の身を護るなら結界術が一番じゃん」
「結界……」
「俺はできないけどさ」
誰かに教えてもらったら? とトールは言った。
「結界かあ……」
ウィノナはむうと考え込む。止刻や消滅も、別に身を護るために覚えた魔術ではないのだが、結界があればもっと手っ取り早い気もする。
まあそれに関しては今度考えることにして……
「それより、一度聞いてみたかったんだけどさ、トール」
「なに?」
「トールって、普通の人間じゃなかったよね? 何ていう種族だっけ」
ああ、とトールは腕組みを解いた。
「月雫の民じゃん」
「そうそう、それ。聞いたことない種族なんだよね。どんな種族なの?」
見た目人間と変わらないよね――とウィノナはまじまじとトールを見る。
「人間が月の加護を受けて生まれた種族だからさ」
トールはえっへんと胸を張る。「俺たちの種族の平均寿命は軽く3ケタじゃん」
「へえ!」
普通の人間のウィノナは、感心して目をぱちぱちさせる。
「月の加護って、そんなにすごいものなんだ」
「当然じゃん。お前、月見ててパワーにあふれてるって思ったことない?」
言われて、ウィノナは考える。
彼女は夜闇の中も駆ける少女。月明かりの尊さはよく知っている。
月は――
太陽がなければ輝けないけれど――
それだけに、神秘的だ。
「月の神秘力、か……」
うん、とウィノナはうなずいた。
「たしかに太陽より、魔力にあふれてるって気がする」
「その通りじゃん。昔から、宝石を月光浴させると魔力が宿るって言われてるしな」
「タリスマンとかアミュレットとかの一部もそうやって作るよね」
一般に魔道具と呼ばれる物は月で清めたりもする。
月雫の民とは……
言ってみれば、人間が月に清められたものなのだろうか。
(……トールを見てると、とても"清められた"ようには見えないけどねー)
思ったことが顔に出たのだろうか、トールがじっとこちらを見つめてきたので、ウィノナは慌てて笑顔を作って、
「今日はほんとにありがと」
と言いつくろった。
「でもさ、クルスに迷惑かけるのも考え物だよ。森を騒がせないでよね」
「迷惑かけてるんじゃないじゃんっ!」
青年は憤然と言い返してくる――
この世に魔術師はごまんといる。
その中で出会えた奇跡に、ウィノナは不思議な縁を感じるのだ。
(トールには、負けたくないかもしれない)
ライバルが増えた。そんなことを思って、ウィノナは気を引き締める。
自分の魔術修業。元は友を救いたくて始めたものだったけれど、今ではそれだけではないのかもしれない。すでに――
彼女は『魔術師』としての一歩を、踏み出してしまったから。
空を見上げて誓う。
――まだまだ先の見えない道も、決して諦めないと。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3368/ウィノナ・ライプニッツ/14歳/女/郵便屋】
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■ ライター通信 ■
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ウィノナ・ライプニッツ様
お久しぶりです、こんにちは。笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
お届けが大変遅くなり、申し訳ございません。
トールとの対戦を望まれるとは意外で、書いていて面白かったです。楽しんでいただけるとよいのですが。
よろしければ精霊の森へのまたのご来訪、お待ちしております。
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