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■夏の夜の思い出■ |
川岸満里亜 |
【3677】【ルイン・セフニィ】【冒険者】 |
「暑いなあ……」
キャトル・ヴァン・ディズヌフは、薬品棚の整理をしながら、汗を拭った。
診療所にはもちろん冷房器具などはない。
ファムル・ディートがいれば、体が冷える薬などを作ってくれそうだが……。
「貧乏だからファムルがいても無理だよね」
一人、苦笑をしてまた汗を拭う。
「おおーい!」
バタンと勢いよくドアが開いた。
「納涼大会やるぞー。2日ほど店閉めて一緒に行こうぜっ」
日焼けした少年――ダラン・ローデスが姿を見せた。
「どこに行くの?」
「邂逅の池って呼ばれてたところ」
その池なら知っている。ただ、そこには何もなかったはずだが……。
「旅館を建てたんだ。オープン記念ってことで、キャトルのことは招待してやる〜」
「えー、ホント? 行く行く〜」
「適当に数人誘ってくれてもいいぜっ。そんじゃ、次の満月の日、開けといてくれよなー」
それだけ言ってチラシを残すと、ダランは診療所を飛び出して行った。
「満月の日か……」
満月の日には、体内の魔力の流れが普段よりもスムーズになる。
そのせいか、髪の色と目の色が本来の色に近付くのだ。
「皆、びっくりするかな」
一人、密かに笑って……そして、誰もいない診療所で、誰かに語りかけるように「行ってくるね」と言ったのだった。
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『夏の夜の思い出』
暑い夏の陽射しの中、3人の女性が並んで歩いていた。
左側の女性の背には、白くて大きな翼がある。……女天使の姿のフィリオ・ラフスハウシェだ。
右側の女性は、黒のワンピースを着ている。黒山羊亭の踊り子エスメラルダだ。時折髪を振り払う姿が、とても色っぽい。
真ん中を歩いている少女は、長袖長ズボンであった。つばの広い帽子に髪の毛を入れて、目深に被っている。彼女の名はキャトル・ヴァン・ディズヌフ。肌が弱い為、夏でも長袖の服を着ている。
「噂の池、どんな状況なのかしら」
エスメラルダは主催者であるダラン・ローデスからも誘いを受けていたが、あまり乗り気ではなかった。
しかし、キャトルとフィリオの誘いには二つ返事でOKをした。たまには店を任せて女友達と休暇を楽しみたいという気持ちがエスメラルダにもあったのだ。
「そういえば……温泉に行きたいという願いが叶いましたね」
フィリオが2人に微笑んだ。
以前、キャトルと2人でエスメラルダの依頼を受けた時に、エスメラルダがゆっくり温泉にでも行きたいと言っていたことをふと思い出したのだ。
「でもね、あそこのお風呂って『なんちゃって温泉』らしいよ」
「なんちゃって温泉?」
フィリオが聞き返すと、キャトルは頷いて説明を始める。
「まだ、温泉設備までは出来てないんだって。冬までには完成させるって言ってたけど。でも、一応温泉の元とか、温泉石を入れて、温泉っぽくはしているみたい。だから『なんちゃって温泉』」
キャトルの説明に、フィリオとエスメラルダは顔をあわせて微笑んだ。
まあ、今回はそれでもいいだろう。
また冬にも行けばいいのだから……。
* * * *
冬祭りで賑わったこの土地が、再び活気に溢れようとしていた。
観光地といっても、さほど賑わってはいなかった場所だ。しかし、様々な事件を経て! 今ではこの場所――邂逅の池の存在は多くの人々に知られていた。
無論、ダラン・ローデス達の地道なビラ配りも功を奏し、旅館オープン日の今日、邂逅の池は冬祭りに続く賑わいを見せていた。
「何でダメなの! 個室がいい!」
しかし既に問題も色々起きている。
旅館の受付の前で背伸びをして従業員と会話をしているのは、外見8歳くらいの女の子だった。手にはダランが街で配っていたチラシを握っている。
「保護者の人と一緒じゃないとダメなんだよ〜。だから、おじさん達と一緒の部屋でいいかな〜?」
にやにや笑いながら従業員は対応している。
「ったく、人を外見で判断しないでほしいな。保護者なんていないし、ボクは子供じゃないっての」
「ほほう、子供じゃない? 子供じゃないのに、その容姿? となると、一生その可愛らしい姿なままなのかねー。それはそれは是非ともこの旅館のマスコットとして迎え入れたい存在ですじゃー」
「ええっと、ルインちゃん? おいでおいで。おじさん達と一緒に働こう〜。側に立っていてくれるだけでいいからー」
なんだか話が通じない。
少女――ルイン・セフニィが大きくため息をついたその時だった。
スパーン
スパーン
スパーン
気持ちのいい音が3発響いた。
「なーにやってんだ、お前等!」
「へ、へい! 虎王丸の親分! この子が一人で個室に泊まりたいなんて言うものですからっ!」
その虎王丸と呼ばれた少年が、ルインを見た。
ルインはにっこり笑って見せる。
「チラシ見てきたんだ、面白そうだから。見かけはこんなだけど、ボクは子供じゃないし、一人部屋でもいいよね?」
「ん……まあ、いいんじゃねえ?」
問題があるとしたら、このロリコン従業員達が夜這いをしたりしないかだが。
その辺りは虎王丸が目を光らせておくしかないだろう。
ハリセンを振りかざす虎王丸の姿に、従業員はしぶしぶルインに個室のキーを手渡した。
「あ、健一と王女様だー!」
池が見えてくるなり、キャトルは知り合いを見つけ駆けていった。
「こんにちは、キャトルさん。ご招待ありがとうございました」
健一は優しげに微笑んだ。
「うん、ダランがいっぱい友達誘っていいって言ってたから……あ、ダランは旅館のオーナーの息子で、私の弟みたいな子なんだけど」
「ええ、ダランさんのことも知っていますよ。別荘でもお会いしましたしね」
「そっか。……えっと、こんにちは、王女様」
キャトルがぺこりとエルファリア王女に頭を下げた。
「こんにちは、キャトルさん。元気そうでよかったです」
「うん、皆のお陰だよ全部」
キャトルが笑みを浮かべる。
だけれど、その笑みは少し切なげだ。
エルファリアと健一は軽く目を合わせる。
本当ならキャトルはもう一人大切な人を誘っていたはずだ。
しかし、その人物は今、この場に来ることはできない。
「う、おおおおお!?」
そのキャトルが突然変な声を上げる。
彼女の視線の先には、女性の集団の姿があった。
その中心にいる人物は、彼女の良く知る人物だ。
「健一、王女様、じゃ後でね! 一緒に蛍狩り行こうね〜」
手を振って、キャトルは駆けて行く。元気で落ち着きのない子だ。
健一とエルファリアは微笑ましげにキャトルを見送った後、優雅に旅館へ足を進めるのだった。
「あ、キャトルちゃん!」
一番後ろにいた人物が、駆けてくるキャトルに気付き、手を振った。
「ミルト〜、どうしたのこんなにいっぱい」
キャトルの友達のミルトは、ちょっぴり眉を寄せながら、こう言った。
「ワグネルさんも行くって聞いたから、誘いに行ったら……ワグネルさん、知り合いの女性達沢山誘ったみたいで……」
「ワグネルが誘ったのかー」
「うん」
ミルトは複雑な表情で女性達と、彼女達と親しげに会話をするワグネルを見ていた。
「賑やかで楽しそうだ〜っ」
キャトルは女性達の間を縫ってワグネルに近付くと、その背をバンと叩いた。
「よっ、色男」
「……なんだ、猿か」
興味なさそうにワグネルは言った。しかし、その顔には笑みを浮かべている。
「猿じゃなーい、あんたの妹だー! というわけでお姉さん方、ふつつかな兄をよろしくお願いしマス!」
キャトルはワグネルの頭をぐいっと押しながら、自分も頭を下げる。
「えー、ワグネルって妹いたの?」
「全然似てないのね」
女性達がキャトルとワグネルを見比べる。
「コイツは妹じゃねえよ」
小さく吐息をついて、ワグネルはにこにこ見上げる自称妹を優しげに見下ろした。
「キャトルちゃん」
ミルトが女性達の間だから手を伸ばし、キャトルを引っ張っぱる。
「ワグネル、こんな時くらいあたしのことも構ってよー! でないと、また行き倒れるぞー!」
キャトルはそんな言葉を残しながら、ミルトとともにその場を離れていった。
ワグネルは苦笑しながら、2人の少女を見送ったのだった。
キャトルがフィリオとエスメラルダのところに戻ると、ちょうど、一人の少女が合流したところであった。
「……キャトル、元気……?」
たどたどしくキャトルに声を掛けたのは、千獣だった。
「うん、元気! 来てくれてありがとね。今日はのんびり楽しもうね」
キャトルの笑顔に、千獣はこくりと頷いた。
互いに、心の底から元気ではないけれど。その心がほんの少しでも休まることを願いながら。
一気に客が到着したこともあり、受付が混雑していた。
初日だから仕方がないのか、特に若い女性客の受付に時間がかかっている。
「どこに住んでいるの? ここは初めて? ここで働いてみる気なーい?」
キャトルとミルトも何故か不必要なことまであれこれ聞かれている
そんな従業員達の様子を、健一は訝しく思う。
「あっ、焼きそば屋さん」
ミルトが突然小さな声を上げて、キャトルの服を引っ張った。
キャトルはミルトが指し示す方向を見る。健一とエルファリアもつられて同じ方向を見ると――旅館の浴衣姿のリルド・ラーケンの姿があった。肩にタオルを引っ掛けている。
既に一風呂浴びた後のようだ。普段どおり目つきが鋭く、近寄りがたい空気を放っている。
「焼きそば屋じゃないよ、ミルト。あれは荒くれ者。もしくは不良っていうんだ」
「オイ」
リルドはギロリとキャトルを睨む。
「あの目つき! あの目だけで、泣く子も黙る! 盗賊は逃げる! あーあたしも、是非会得したいー!」
リルドが手を振り上げる。
「きゃーきゃーきゃー」
ミルトが半分ふざけながらキャトルの腕に抱きつく。
リルドは、ポスッとキャトルの頭に手の平を乗せた。
「あんまり目立つなよ」
「うん、解ってるって。えへへっ」
キャトルのその言葉を聞くと、リルドは手を振ってそのまま部屋へと戻っていった。
「……部屋、どうしましょうか?」
リルドを見送った後、健一がエルファリアに問いかけた。
「皆さんと一緒がいいです」
「そうですね。それでは、男女別の相部屋にしましょうか」
個室にすべきかどうか迷ったが、エルファリアがそういうのなら、よく知った人物達ばかりだ。皆で楽しんだ方がいいだろうと健一は判断した。
先に到着していたウィノナ・ライプニッツは、部屋で水着に着替えると、上にシャツを羽織って部屋から飛び出した。
「あ、ウィノナ」
廊下の先からキャトル達がやってくる。
「池で泳ごうと思うんだ! キャトル達も来ない?」
「あたしは、薄着だめだからさ」
言って、キャトルはミルトを見るが、ミルトも首を横に振った。
「でも、見学に行くよ! 楽しそう〜」
「うん、待ってるね!」
言って、ウィノナは元気に駆けて行く。
羨ましげにキャトルはウィノナの後姿を見る。
ウィノナはキャトルがやりたいこと、全てを行なう力を持っている。輝いていてとても魅力的な子だった。
「それじゃ、荷物置いたら、あたし達も池に行こうか!」
「うん」
「そうですね」
ミルトとフィリオが答えた。
受付で話を聞いたところ、この池には女性しか入ってはいけないそうだ。
誰が決めたとかではなく、なんとなくそういうことになっているらしい。
池に到着したウィノナは、さっそくしゃがんで軽く水をかけてみる。
「冷たーい」
笑顔でそう言って、シャツを近くの木にかけると、助走をつけて、ざぶんと池に飛び込んだ。
「つめたっ、でもキモチイイ!」
「ボクもいいかな?」
小さな女の子が近付いてくる。
「えっと、ルインだっけ? うん、一緒に遊ぼっ!」
ウィノナが手を伸ばすと、ルインはウィノナの手を掴んで池の中に入った。
「うわー綺麗ね」
「この池の水って、飲むと願いが叶うとかいう伝説なかったっけ?」
「美人になるって伝説じゃなかったっけ?」
女性客に声を掛けて回ったため、女性達が次々に現れ始める。
ただ、旅館では子供用の水着しか販売されていなかった為、水着を持ってきていない女性達は水辺で遊んでいるだけで、中には入ってこない。
ウィノナとルインは競うように泳ぎ、潜っていく。
水の中にも、美しい景色が広がっていた。
時折、魚の姿も見られる。
捕まえようと追ってみるが、さすがに素手では捕まえることができない。
でもウィノナには魔法がある。
一旦池から顔を出して、空気を沢山吸い込むと、再び池の中にもぐった。
「ええのう」
「かわええのう、ルインちゃん」
「おいどんも、追いかけっこしたいのう」
「……こーら、お前達」
ガサッと茂みが揺れる。
「ひっ!」
ロリコン従業員達は驚いて飛び退いた。
自分達の直ぐそばに、飼い主……もとい、雇い主の虎王丸の姿があった。
「仕事サボって何やってんだよ」
「いや、ご婦人方が水浴びをなさると仰るので、この池を守る者として、池とご婦人方の安全を守る責務がある為、こおーして監視をしているわけでございます」
「それは立派な心がけだがっ、8人もいらねえだろうが!」
「ハイッ……って8人?」
ガサガサガサ
響く物音に目を向ければ、同志達が旅館の方へと逃げていくところであった。
「ま、3人になったし、お前達は特別許可すっか。きちんと全体を監視しろよ? 幼女だけでなく!」
「もちろんです!」
3人は嬉しそうに同時に答えたのだった。
虎王丸としても、綺麗な女性達が水辺で戯れる姿に惹かれはしたのだが、自分にはしなければならないことがある為、今日はぐっと堪えた。男として!
「では、私達は空から池を見てみましょうか」
池の中に足を入れて涼んでいるキャトルとミルトに、フィリオが声を掛けた。
「空から? 展望台とかはないですけど……?」
ミルトは不思議そうにそう言った。
「あ……もしかして、飛ぶの、飛ぶのっ? あたしも飛べる?」
キャトルが目を輝かせた。
「ええ、一緒に飛びましょう」
そう言ってフィリオが手を伸ばす。
その手を、キャトルはぎゅっと掴んだ。
ミルトはおそるおそる、掴んだ。
フィリオが翼を広げ、風を呼んだ。
強い風が、フィリオと2人の少女達を上空へ舞い上がらせた。
始めは勢いよく。
次第に、安定させて、身体を水平に保つ。
「わー凄いね。ウィノナ達、気持ちよさそう……だけど、あたし達も気持ちいいよね」
キャトルの言葉に、ミルトは少しだけ首を縦に振るだけで精一杯のようだ。
「みてみてっ、山の中に大きな道がある! あっちは何だか陥没してるよ。隕石でも落ちたのかな?」
池の裏の山の中には、不自然に木々が倒れている場所があった。開拓でもしているのだろうか。
フィリオは2人を連れたまま、空の散歩を楽しむ。
「美しい池ですね」
「うん、空から見たのはあたし達が始めてかもね!」
キャトルは終始嬉しそうであり、ミルトは殆どぎゅっと目を閉じたままで、時々細く目を開いてはフィリオにしがみついていた。
* * * *
「健一さん、これはどうすればいいのでしょう?」
エルファリアがレタスを持ってうろうろしている。
「あ、このあたりにおいておいてください。サラダに使いますので……。それよりエルファリア様、何か召し上がりたいものはありますか?」
「そうですね、アイスクリームが食べたいです」
「それでは、食後のデザートとして作っておきますね」
言いながら、健一は手際よく野菜を炒める。
「あ、私も手伝います」
「いえ、王女は休んでいてください」
「でも楽しそうですもの、私にも何かやらせてください」
王女のその言葉に、健一は火を消してレタスをとった。
「それでは、レタスを洗ってサラダ用に切っていただけますか?」
「はい」
エルファリアはレタスを受け取って、なれない手つきでナイフで芯をくりぬいて、水洗いを始めた。
「魚釣ってきたよー!」
元気な声に、健一と料理人達が一斉に振り向く。
大きなバケツを抱えたウィノナとルインの姿がそこにあった。
近付いて、健一はバケツの中をのぞき見た。
「これは……鯉ですね」
見事な鯉、そして数の多さに、料理人達が歓声を上げる。
「料理お願いできる?」
「はい、任せてください」
「やったね!」
ウィノナとルインは顔をあわせると、手を叩きあった。
「順調かー?」
そこに、管理者である虎王丸が顔を出した。
「へい、順調です!」
料理長が出来上がったばかりの料理を、虎王丸に見せた。
「んー、これは……まいっか。美味けりゃいいってことで。頼んだぞ〜」
そう言葉を残し、虎王丸は厨房を後にした。
客の大半は、宴会場で夕食をとることになっていた。
余興として、従業員達が芸や踊りの準備を進めている。
食事と余興の準備が整った頃、館内アナウンスをして、客達を宴会場へと招く。
健一はエルファリアと共に、ステージに近い位置に腰かけて、皆の訪れを待った。
「あー、あたしも早く自分の力で飛べるようになりたい〜っ」
キャトルはフィリオ、ミルトと共に、はしゃぎながら入ってきた。
「そのうち飛べるようになるかもしれませんが、魔法で飛ぶのと翼で飛ぶのでは、随分と違うものですよ」
「そうだねー。翼で飛ぶのって気持ちよさそうだね」
「でも、怖かった、です」
ミルトはまだ緊張が解けないようで、キャトルの服の裾をぎゅっと掴んでいた。
「それじゃ、今度はもう少し低く飛びますね」
フィリオが笑いかけると、ミルトはにこっと笑みを浮かべてこくりと頷いた。
着替えたウィノナとルイン、共に水遊びを楽しんでいた女性達が宴会場へ姿を現すと、場は一気に華やかで賑やかになった。
その中に千獣の姿もあった。
千獣はキャトルを見つけると、近寄ってきてキャトルの隣に座った。
「……どこ、行ってた、の?」
「池の方に行ってたんだよ。千獣は?」
「この、建物の、中、色々、見てた……部屋、沢山、あって、裏には、庭、も、ある。ここは、大きな、大きな、家……」
「庭もあるんだー。あとで行ってみたいな!」
大きな家に沢山の人がいるこの状態を、千獣は不思議に感じていた。そして、ちょっとした探索が行なえるこの家は、千獣にとって興味深い場所だった。
「あ、リルドこっちこっちー!」
続いて、旅館の浴衣姿でリルドが現れ、キャトルに呼ばれてキャトルの向かいに腰かける。
その後ろから残りの女性達とワグネルが親しげに会話をしながら現れる。
「なんか同じ不良でも、ワグネルとリルドってちょっと違うよね」
「えっ」
キャトルの言葉に、ミルトはリルドをちらりと見て、押し黙る。まさか本人を前にうんとは言えない。
「誰が不良だ」
リルドがむすっとした顔で言うが、別に怒ってはいないことは、キャトルには良く解っていた。
「ええっと、リ……ルドさん」
ミルトが控え目な声を上げた。
「なんだ?」
「ダメダメダメ!」
突然キャトルがダメ出しをしてリルドの顔を両手で挟んでむぎゅっと引っ張る。
「にっこり笑ってなんだい、ミルトちゃん? って言わなきゃダメ!」
「なんだよ、それ」
リルドはキャトルの手を払うと苦笑した。
「で、なに?」
少し和らいだ顔でリルドが問うと、ミルトはお皿を取って料理を引き寄せた。
「私の前に、沢山料理並んでるから、分けようかと思ってっ。リルドさん、サラダ好きですか?」
「あ、まあ」
「ミルト、リルドは肉食動物だよ。実は鋭い牙とか持ってるんだから。特に若い女の子が好きらしいよ」
「やだキャトルちゃん、若いメスの牛とかでしょ?」
「それだけかな〜」
キャトルが悪戯気な目でリルドを見る。
「食わねぇよ。ったく」
コツンとキャトルの頭を叩いた後、リルドはミルトが差し出した皿を受け取った。
頭を押さえて笑いながら、キャトルは親しげに会話をしているウィノナとルインに目を向けた。
「ねえ、池の中ってどんなだったの? サメとかいた!?」
「いや、サメは池にはいないよー」
「うん、いない。魚はいたけど、小さい魚ばかりだった」
ウィノナとルインが答える。
「凄く綺麗だったよ。それに気持ちもよかった! この魚とか、ボク達が捕ったんだ。ね」
「うん」
ウィノナが鯉を指差し、ルインが頷いた。
「キャトルも日焼け対策すれば、入れるんでしょ?」
ウィノナの問いに、キャトルはちょっと眉を寄せた。
「うーん、市販の薬じゃ無理だなあ。特別製のを作ってもらえば、もしかしたら……でも、今は無理だけどね」
「……そっか」
今は薬を開発してくれる人物がいない。
「でもね、あたし達は空飛んだんだよ!」
キャトルはフィリオとミルトを見て、微笑みあった。
「うん、キャトル達、浮いてたよね。空から見る景色も素敵だったんだろうなー」
「綺麗だったよ! ただ、山の方は開拓でもしてるのか、なんか変な状態だったんだけど」
「それは見なかったことにしてくだせえ、お嬢さん」
いつの間にか、包帯をぐるぐる巻いた男が、キャトルとミルトの間だに割って入っていた。
「ビール、お注ぎします」
「いや、あたしはお酒飲まないし……」
構わず男はキャトルのグラスにビールを注いだ。
「では、私が戴きますね」
そう言って、フィリオが手を伸ばし、ビールを奪った。
「ああ、それじゃ、こちらのお嬢さん、ビールなんてジュースにゴーヤを入れたようなものですよ。美味しいですよ。羽目を外しておじさんと遊びましょうね〜」
男がミルトにビールを注ごうとする。
「こんなところにいたか。お前は今日まで謹慎……というか休養中のはずだろうが!」
ぐいっと、男の襟首が掴まれる。虎王丸だ。
「あたたたたっ、師匠すみません……っ」
男は虎王丸に連れて行かれる。
「なんかここの従業員って面白いよねー」
「変だよねー」
「うん、変だよね!」
キャトルとミルト、そしてルインは笑い合う。
千獣にはどう変なのか分からなかったが、つられて笑みを浮かべていた。
「料理も変だよね。なんかお子様ランチみたい」
キャトルがタコさんウィンナーをフォークで刺しながら言った。
千獣も同じものを摘まんでみる。……なんだかほんわかした気分になった。可愛らしい。
「そうそう、お皿もクマさんだし、小さな旗が立ってるし」
ルインはお皿の絵柄を確かめる。
「でも味はまあまあ、美味しいかな」
もぐもぐ食べながら、ミルトはそう評価した。
事情を知っているウィノナは、一人苦笑していた。
芸や踊りも、子供受けしそうなものが多かった。
大人の男女には少し物足りなかったが、少女達は時に大笑いしてはしゃいでいた。
デザートのアイスクリームが出された頃、健一が竪琴を取る。
奏でたのは陽気な音楽だ。
この場に集った人々の夜が、更に楽しいものであるように。
アイスクリームを食べ終わって尚、大人たちは宴会場でお酒を飲みながら賑やかな夜を過ごしていた。
「それじゃ露天風呂行ってみよっかな」
部屋に戻りながら、ウィノナが言った。
「ボクも行く〜。他に行く人は?」
ルインがそう聞くと、キャトルとミルトは顔を合わせた。
「ミルト、一緒に入ろっか!」
ぽんぽんとキャトルがミルトの背を叩くと、ミルトは少し迷いながらも首を縦に振った。
かくして、ロリコンの絶好のターゲット4名が連れ立って露天風呂に行くことになった。
覗き云々というより、その露天風呂は自然の中にある為、普通に外から見える。
しかし、今回は虎王丸が旅館からその場所に向う途中に休憩場所を作り、ベンチの上で張り込んでいた。
「よぉ、ダラン、どこに行くんだ?」
最初に通りかかったのは、こともあろにダラン・ローデスであった。
「風呂だよ風呂。虎王丸も頑張ってるし、俺も番頭くらいやって、手伝わなきゃなー」
スタスタ歩き去ろうとするダランの襟首をぐっと掴んで、ぽかりと殴る。
「おめー、一応経営してる立場なら、最初ぐらいわきまえろ」
「ううっ、虎王丸……なんか、らしくない……」
「当たり前だ。覗きにもルールってもんがある。自分が経営する場所での覗きは容認できねぇの!」
言って、ぐいっと引っ張り、ダランをベンチに座らせる。
「あー、2人して何してんの?」
ウィノナが入浴セットを持って、二人を訝しげな目で見た。
「見張りだよ見張り!」
ダランが胸を張って答える。
良く言うよ……と思いもしたが、虎王丸はそれに関しては何も言わずに、少女達を見送ることにした。
「ま、安心して入ってきてくれや」
「うん、用心して入ってくるよ〜」
ウィノナが手を振りながら、脱衣所へと向う。
その後に、パタパタと早足でルインが続く。
「ダラン達も一緒に入る?」
平然と言ったのは、続いてやってきたキャトルだった。
「お、おう……い、いや、俺達は最後でいい……」
虎王丸の冷たい視線を受け、ダランはそう言った。
「それじゃ、お先に〜」
俯き加減のミルトの背を押しつつ、キャトルも脱衣所へと向かっていった。
「……なんかさ、今普通に一緒に入ろうと誘われた気がするんだけど。からかわれたんじゃなくて」
「んまあ……別々に入るって考えがないんじゃねえ? アイツって、ずっと女だけの家で暮してたし」
虎王丸にそう言われて、ダランは納得する。確かにキャトルの実家じゃ、そういうことは教えてくれなそうだ。
ダランはベンチに腰かけながら、もう少しキャトルが成長したら、ここに混浴風呂を作って一緒に入るのもいいかも……などと一人妄想をしていた。
そんな時。
突如風呂の方向から獣の声が響いた。
「お、おおおお!?」
ダランがベンチから滑り落ちる。
「何事ですか!」
「少女達のピンチです!」
「今行きますぞー!」
「我等がお守りいたします!」
茂みや物陰から湧いて出るは出るは。ロリコン従業員立ちがドタドタと脱衣所に走り寄ろうとする。
しかし、虎王丸が足払いを仕掛けて、全員その場のすっころばせ、彼等の前に立ちふさがった。
「今のは仕掛けだ。その心意気は大したものだが、相手が少女じゃなくても、風呂場じゃなくても! 身体を張れよお前達」
「へい……」
男達は力なく起き上がると、しぶしぶ持ち場に戻っていった。
「ホントに仕掛けなのか?」
ダランは不安気に脱衣所を見ていたが……「ああそうか」と、すぐに納得する。
ウィノナは着替える前に、聖獣装具でフェンリルへと変身をし、「アオーン」と吠え声を上げた。
こうしておけば、覗こうとした男達を退けられるだろうと思ってのことだった。
ルインは受付でゆゆぎを借りようとしたのだが、今日は女性客が予想以上に多いため、全て貸し出し中ということで借りることが出来なかった。仕方なく、タオルで身体を隠しつつ、浴場へと向う。
「ほら、行こっ」
キャトルはミルトの手を引いて、浴場に向かっていく。
ミルトはタオルを身体に押し付けて隠している。そのタオルの端からは大きな傷跡が覗いていた。
あまり乗り気じゃなさそうに見えたのは、この傷のせいらしい。
気付かないフリをして、元に戻ったウィノナも、浴場へと向った。
身体をさっと洗った後、ウィノナが一番に露天風呂へと続くドアを開いた。
「あ、今日は薄曇なんだね」
キャトルが近付き、空を見上げて言った。
「でも暗くないね、ルインがいるから」
皆の視線がルインに注がれる。
タオルの中の体が、淡く光っていた。
ルインは電子の集合体だ。
特にネオン状に光る羽が、闇の中美しく輝いていた。
「あ、月が」
ウィノナが顔を上げる。
雲の間から、満月が現れる。
優しい光があたりを映し出していく。
4人の少女達は、汚れのない純粋な笑顔を浮かべた後、月の光が降り注ぐ露天風呂へと入っていった。
ウィノナは女性だけなら身体を見られることに抵抗はないが、キャトルは華奢な身体を気にしてか少し恥ずかしげに見えた。
ミルトに至っては、タオルで完全に傷跡と思われる場所を隠している。
ルインは警戒してか、タオルを身体に巻いていた。
それでも、風呂の中にタオルを入れることはマナー違反な為、皆タオルを取って入浴を楽しんだ。
月は、顔を出したり、姿を消したり。
「蛍狩りは曇ってる日の方がいいんだって」
池付近に蛍が生息していると聞き、キャトルは事前に蛍狩りについて調べてきていた。
「だから、今日くらいが丁度いいかもね」
「うん、これくらいなら、足下もなんとか見えそうだし」
ミルトは周りを見回しながらいった。風景は薄っすらと見える。
月の光だけではなく、周囲には僅かに火が焚かれているため、幻想的な景色がゆらゆらと漂っている。
「ルインが一緒なら、ランタン持っていかなくていいかな?」
「うん、任せておいて」
ウィノナの言葉に、ルインは軽く胸を張る。
少女達の会話は次第に弾んでいくのだった。
入浴後、旅館で貸し出しを行なっている浴衣を着せてもらうことにする。
着替えの為に用意された部屋に入ると、先にエルファリアと千獣が浴衣を選び着替えを行なっていた。
「なんか少し変です……」
エルファリアは自分で着たのだが、羽織ってそのまま帯を巻いただけで、裾を完全に引き摺ってしまっていた。
千獣の方は帯を何故かぐるぐる撒きにして、絡まってしまっている。
「ボクがやってあげるよ」
2人の様子に笑いながら、ルインが近付いて、一人ずつ浴衣を着せていく。
「手伝いましょうかー。無料で、素早くやりますよー」
外から声がかかる。従業員達だ。
「んじゃお願い」
ウィノナがそう答えると、嬉しそうに男性従業員達が入ってくる。
「ふむふむ」
従業員3名は一同を見回した後、ルインが自分で着れてしまっていることに凄く残念がりながら、キャトルとミルトを見てにこーっとらった。そして、ウィノナを見て軽く吐息をつく。
「こちら、2人のお嬢さん達はとても浴衣が似合いそうです。しかし、貴女はダメですな! タオルか何かを身体に巻きかけて見せかけの体型を作り上げなければ!」
3人はビシッとウィノナを指差して言ったのだった。
「そうそう、浴衣はこういう幼児体型、寸胴な少女達に似合う服なのです! 可愛くしてあげますぞー。今でも十分可愛いですがーっ」
言って、従業員の一人がミルトの着つけを始める。
「キャトルちゃん……なんか今、私凄く傷ついた……」
「え、なんで? どうしたの?」
褒められたのに、ミルトはなぜか涙目だ。キャトルは特に何も感じてないようだった。
ウィノナはベシベシベシッと従業員三人の背をどついた後、後ろを向いて、ウエストにタオルを巻きつけて、改めて着つけを頼むことにする。
千獣とエルファリアは白系の浴衣を選び、ルインは青、ミルトはキャトルと同じ薄い緑の浴衣を着せてもらった。
ウィノナは紺のシックなタイプにした。
外に出ると、月は完全に雲の中に隠れていた。
「では、行きましょうか」
浴衣には着替えなかったフィリオと、自分で着替えた健一、旅館で寝間着用に用意されていた紐で結ぶタイプの浴衣を着たリルドが待っていた。
フィリオはキャトルと並んで歩き、健一はエルファリアと共に歩く。リルドは後方からゆっくりとついてきた。
千獣はきょろきょろと回りを見回す。
ホタル狩りに行くと聞いたのだが、ホタルという生き物を狩るという意味だろうか?
それにしては、皆動き難い格好をしているのは何故だろうか?
そんな疑問を持ちながら、皆の後をについていく。
ルインがいるお陰で、他に明りは必要なかった。
風のない夜だった。
「んー、光、見えないね」
残念そうに言いながら、キャトルは池の側に近付く。
「この池、色々あったみたいだし、絶滅しちゃったのかな……」
ウィノナも残念そうに、草むらを掻き分けた。
途端。
小さな小さな光が、ふわりと舞い上がった。
2つ、3つ。
「いた!」
「うわ……」
現れる光に、皆、小さな声を上げた。
「あ、あっちの方でも今光った!」
キャトルが声を上げて駆け出そうとする。その肩をフィリオが掴んだ。
「他のホタルが驚きますよ?」
「あうん、踏んじゃったら大変だっ」
そう言って、キャトルは静かに立っていた。
フィリオは小さく歌を口ずさむ。
どこかで聞いた、異界の歌を。ホタルを呼ぶ時の歌だという。
ホタルは現れては消えて、消えては現れる。
ウィノナは両手を伸ばして、そっとホタルを包み込んだ。
手の中に止まったホタルが、小さな光を放っている。
ウィノナは小さな感動を覚える。
「可愛い」
そんな言葉が、口から飛び出していた。
「私も、手に……あっ」
ホタルを追っていたミルトが、リルドに軽くぶつかった。
「すみません。余所見していて……」
「いや、別に。ほら、いっちまうぞ」
リルドがホタルを指差すと、ミルトは頭を下げて、再びホタルを追い始めた。
千獣は皆の様子を見て、なんだ、狩るといっても捕らえて食べるわけじゃないのかと、一人納得をしていた。そして、皆と一緒に、小さく光るホタルを穏やかな顔で見守るのであった。
「身体全体が光ってるわけじゃないんだね」
ルインも一匹そっと手の上に乗せて観賞しながら言った。
自分と同じではないようだ。小さな小さな生き物を、ルインはそっと解放する。
草の周りをキラキラと回って、ホタル達はまた姿を消していく。
「来年はきっと、もっと沢山のホタルが見られますよ」
「それじゃ、来年も見たい、再来年はもっと多いかな? 群れも見てみたいよー」
フィリオにそう答えるキャトルに、フィリオは優しく微笑み、後方で見ていたリルドは少しだけ胸が痛かった。
来年も、再来年も――10年後も、彼女はこの場所に訪れることができるのだろうか。
淡い光の中、彼女の姿はいつもより薄く、果敢なく感じられた。
* * * *
一方、旅館の庭では、花火が行なわれていた。
ワグネルは縁側で酒を飲みながら、女性達に囲まれて観賞をしていた。
花火……といえば、なぜかミルトの泣き顔が頭を過ぎった。
「ワグネル、一緒にやろうよ」
「ダメダメ、ワグネルは私ともっと飲むんだからっ」
「えー、それより部屋に戻って朝まで遊びましょうよっ」
両腕を女性に引っ張られ、背後からは抱きつかれる。
……。
以前、ファムル・ディートから仕事の報酬に貰った薬があった。
試しにちょっと使ってみたら、この状態だ。
思いの他効果の高い――惚れ薬であったようだ。
せっかくだから状況を楽しもうとワグネルは両脇の女性達の肩に手を回した。
「朝まで楽しく過ごそうぜ」
「そうそう、楽しく過ごそうねー」
突然の若い声に顔を下ろせば……女性とワグネルの間に、ひょっこりキャトルの顔が出ていた。
「えへへへっ。はーい、ここはあたしの席ね」
そう言って、キャトルは女性とワグネルの間だに、無理矢理入ってくる。
「お前、池に行ってたんじゃ?」
「うん、でも月が出てきたから、帰ってきたの」
「こ、ここは私の……」
キャトルの真似をして、ミルトもぎゅっと目を閉じた状態で、反対側の女性を押しのけて、ワグネルの隣に座った。
微笑ながら、自分を見上げる二人の少女に、ワグネルは腕を伸ばす。少女達の肩を抱いて更に引き寄せた。
「おーし、でかいの行くぞー!」
虎王丸が打上げ花火に火をつけて、その場を離れる。
大きな音を立てて、花火が上がり、空に模様を書いた。
赤い大きな花の模様を。
「綺麗ですなー」
「最高ですねぇ」
「美しいです」
「…………」
団扇片手にやってきたルインの回りには、従業員達がわらわらと集っていた。
「花火、見えないんだけど」
「なんと、花火が見えないと!?」
「それなら、私が背負いましょうか」
「いえいえ、自分が肩車をするであります」
「いや、私の背に乗ってくだせえ!」
ロリコン従業員立ちが、こぞってルインに背を向ける。
はあ……とルインはため息をつくと。
「特大プロミネンス・バスター!」
と、気持ちの良い声を上げて、ロリコン従業員達を空に打ち上げる。
それは一瞬の瞬きを見せた星のようであった。
更に弾けとんだ従業員達の元に、打ち上げられた花火が衝突し空に模様が描かれる。――少しだけ形の崩れた花だった。
「ロリコン親父が一花咲かせたね」
ルインは満足げに一人、笑っていた。
「花火やるか〜」
主催者の一人であるダラン・ローデスが手持ち花火を配っている。
「やるやるっ!」
ルインは笑いながら、ダランから手持ち花火を受け取って、皆と共に花火を楽しむことにした。
健一はホタル観賞を終えた後、エルファリアと共に浴場に向かっていた。無論、一緒に行くのは脱衣所の前までだが。
同じく浴場に向おうとしていたリルドは、浴場の側の遊技室に目を止めた。
リルドが軽い気持ちで健一を誘って、卓球を始めたのだが……。
「ええっと、2人とも落ち着いてくださいね」
審判を務めるエルファリアが戸惑うほどに、2人の試合は白熱した。
リルドは健一が思いの他技術を持っていることを知る。魔術に優れていることは知っていたが、これほど巧みな技術を用いてくるとは思いもしなかった。武才もあるようだ。
健一は、リルドのセンスに気付く。反射神経に優れており、機転が利く男のようだ。
「ええっと、2人とも! そろそろ休みませんか?」
エルファリアの声に、我にかえれば、いつの間にか観客が集っていた。
「凄いねー。2人ともプロ?」
「私はこっちのお兄さんの方が好みだから、断然応援しちゃう」
「それじゃ、こっちのお兄さんは私がもらうー」
なんだか酔っ払った女性が多い。
苦笑しながら、健一はラケットを置いた。
リルドもラケットを置いて、吐息をつく。
「なかなか楽しめたぜ。じゃ、汗を流すか」
リルドは先に浴場へと向う。
安堵の笑みを浮かべるエルファリアと共に、健一も遊技場を後にするのだった。
浴場に向いながら、健一はふと自分の肩に目を向ける。
とある理由により包帯を巻いてあるのだが……。自分の前を歩くこの男は、見せても構わない相手であった。同じ印を持っているのだから。
部屋に戻ってきた一行は、ベッドに腰かけて他愛無い雑談をしていた。既にベッドに入っている者もいる。
部屋は男女別なのだが、あまり気にせず、各々好きなベッドに座っていた。
「あれ?」
キャトルはフィリオの手の中を見ながら、首をかしげていた。
「風の魔法で飛ばしたの?」
「いいえ違います」
魔力を使わない魔法を見せると言って、フィリオは銅貨を服の右側の袖の中にいれた。
だけれど、銅貨が出てきたのは、左の袖の中からだったのだ。
フィリオは笑みを浮かべながら、今度は銅貨を握り締める。
「えいっ!」
そして、気合をいれた後、手を開いた。
銅貨が2枚に増えている。
「んん? この銅貨マジックアイテムなのかー」
キャトルはフィリオの手の中の銅貨2枚を手にとって、不思議そうに眺めている。
その隣からは、千獣が顔を出し、同じようにきょとんとした表情でフィリオの手や銅貨を見ていた。
「だから、違いますよ〜。魔力を使わない魔法。手品ですよ」
「……手品……? 魔法、と、違う……?」
千獣の言葉にフィリオはにこにこ笑っているだけで、そうだとは言わない。
「なんだか良く分からないけど、魔力を使わない魔法って色々あるんだね……」
キャトルは確かに銅貨に魔力が込められていないことを確認すると、フィリオに銅貨を返した。
「ええ、この“魔法”に必要なのは、魔力ではなく、器用さでしょうか」
「器用さかー。つまり目で見ていても見えないように移動させてるとか、そういうこと?」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません」
「ううう、やっぱり良く分からないー、もうっ、教えてよーっ!」
キャトルがフィリオに飛びついた。笑いながら、2人はベッドに倒れこむ。
千獣にもやっぱりよく分からなくて、頭の中にハテナマークが飛びまわっていた。
「うーん、キャトルちゃん、私そろそろ寝るね……」
端のベッドに入ってうとうとしていたミルトがそう言った。
「あ、ごめん、そうだね、そろそろ寝ようか」
「では、私はお風呂に入ってきますね」
フィリオはキャトルの頭にぽんと手を置いて、軽く撫でた後立ち上がった。
「うん、お休みミルト。お休み、フィリオ!」
「お休みなさい」
フィリオはキャトルがベッドに入る様子を見守ってから、部屋を出て行った。
皆、それぞれベッドに入り、途端部屋は静かになる。
千獣は幾つか明りを消して、キャトルの隣のベッドに入った。
「お休み、千獣」
キャトルが微笑んでそう言った。
だけれど、やっぱりその微笑には影がある。……そう、千獣は感じていた。
「あの、ね」
千獣の言葉に、キャトルは「ん?」と答える。
「……この、前、話した、ときの、こと……ファムル、の、こと、ごめん、は、いらない……」
「この間……の話」
キャトルは千獣との会話を思い起こし、表情を曇らせた。
千獣はゆっくりと、自分の気持ちを伝えていく。
「自分の、大切な、人、大切に、する、こと……悪い、ことじゃ、ない……私も、大切な、人、いる……誰かを、大切に、思う、気持ち、わかる、から……キャトルの、誰かを、大切に、思う、気持ち、守り、たい……みんな、それぞれ、大切な、ものを、大切に、して、みんなで、助かる……そう、言い、たかった、だけ、だから……ごめん、は、いらない」
「ん、分かった。……でも、難しいね、本当に」
「そう、だね……」
千獣は右手をキャトルへと伸ばした。
「……同じ、何か、言って、くれる、なら……一緒、に、がんばろう……これが、良い……」
キャトルは千獣の手を握った。
だけれど、キャトルが言った言葉は、千獣が求めた言葉とは少し違った。
「お互い、頑張ろうね!」
深夜になってもまだ、ワグネルは縁側で女性達と酒を酌み交わして騒いでいた。
「ワグネル、今度は私達も冒険に連れていってよねー」
「いや、危険な旅に国の至宝のキミ達を連れて行くわけにゃーいかねぇぜ」
「大丈夫よぅ、探索地の前で応援しながら待ってるだけだからぁ」
「それなら、あたしは勝利の踊りを踊ってあげるわ」
シラフではあったが、エスメラルダもその場におり、共に楽しんでいた。
笑い合って、小突き合って、楽しい時間を過ごしながら……。
(子供達は寝たかなー)
ふとそんなことを考えながら、ワグネルは時折明りの消えている部屋に目を向けた。
虎王丸は、花火の片付けをせっせと行なっていた。
「なんか、ホント別人みたいだ……」
ダランは目を擦りながら、虎王丸が働く姿を見ていた。
「アニキ、これで全部でっせ」
「おお、サンキュー。お前達もそろそろ休んでいいぞ」
従業員からゴミを受け取ると、虎王丸はボードを取り出してチェックをする。
今後の運営の為に、従業員を評価しているのだ。ちなみに、ついでにつけたダランは最低評価。経営側なのだから、もっとそれらしく振舞って欲しいものだ。
「ほら、そろそろ寝るぞ! 風呂には入ったか?」
ダランが縁側でうとうとしている。まあ片付け終わるまで待っていただけ、マシなのかもしれない。
フィリオは、一人、露天風呂に入っていた。
時折、雲の間から顔を出す月が、辺りを幻想的に映し出す。
ここは現実世界なのだろうか。
月の光は、露天風呂に添え付けられた灯火の光と混ざり、三重の色を生み出していた。
映し出されている木々は、妖艶な雰囲気を漂わせており、まるで生きているようであった。
「また集まって、楽しい時間を過ごせますように」
そう願いながら、フィリオは異世界のようなその空間で、白く美しい翼を広げた――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
※年齢は外見年齢です。
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『夏の夜の思い出』にご参加いただき、ありがとうございました。
賑やかに楽しい時を過ごせたことを、皆様に感謝いたします。
楽しい時間を、ありがとうございました!
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