■INNOCENCE / スベテの始まり -スカウト-■
藤森イズノ |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
異界の辺境、廃墟が並ぶ不気味な地域。
魔物の出現が頻繁な、物騒地。
異界の住人でも、好き好んで寄り付く者はいないであろう、この地に存在する、
美しき白亜の館。
その館から、今。
一人の少年が、姿を現した。
「はぁ〜。ひっさしぶりだよな。スカウト!腕が鳴るぜ〜」
伸びをしながら、サクサクと歩く、何とも楽しそうな表情の少年。
そんな少年の後ろを、小柄な少女が、ゆっくりと付いて行く。
少女は、少年の背中に忠告を突き刺した。
「…誰でも良いわけじゃないんだからね」
「わ〜かってるよ」
ケラケラと笑いつつ返す少年。
無邪気な少年に、少女は溜息を落とす。
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Leading you to a strange land.
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特に目的があったわけじゃない。
今思えば、不思議で仕方がない。
どうして、あんな何もない森へ踏み入ったのか。
思い返せば、疑問ばかりが浮かぶけれど。
それらに対して、追求する気は起きなかった。
どうしてかな。そうだな……例えるならば。
運命、とでも言おうか。
少し、大袈裟かもしれないけれど。
間違ってはいないはず。
そうだろう?
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異界。その偏狭にある森。
薄っすらと青白い光が灯る、そこは神秘の森。
それ故に、魔物が自然と引き寄せられるようにして集まる場所。
この森には、いくつかの魅力がある。
中でも一番の魅力と言えば……聖なる果実だろう。
森にある木々に実る、桃色の果実。
一口食せば、極楽気分。
極上スイーツとして、各地でもてはやされている代物だ。
この果実目的で、危険を承知の上、森に踏み入る者もいる。
だが、それらを数で示すとなると、とても少ない。
ハイリスク・ハイリターン。
それは確かなことだが、近頃は、そのような危険な賭けを実行する者は少なくなった。
その原因というのが、現在、異界各地で発見されている謎の魔物だ。
様々な姿形で出現する為、一概に『このような』とは説明出来かねるが。
とにかく、現在、異界で行動する際は、警戒を怠ってはならない。
ましてや、魔物が集まる森に、一人で踏み入ることなど。
あってはならない……のだが。
一人の少年が、森へ踏み入らんとしている。
背丈、顔付きから察するに、ごく普通の少年だ。
どうして、ここに来たのか。いや、来てしまったのか。
第三者が口にするであろう疑問。
少年もまた、その疑問を胸に抱いていた。
(何で……俺、こんなとこ来てんだろう)
森の入り口にて、はて? と首を傾げた少年。
少年の名前は、工藤・勇太(くどう・ゆうた)
地球という星、日本という国、そして、その首都である東京という街。
彼は、そこにある高校に通う学生だ。
ただ一つ、普通の学生とは違う特異な能力を除けば、
彼は、ごく普通の、どこにでもいる男子高校生。
何故、こんなところに来てしまったんだろう。
こんなところ、来たことないのに。
っていうか、変だよなぁ……。
覚えてないんだよ。
ここまで来る、その道のりを。
どうやって、ここまで辿り着いたのか、その過程を覚えてないんだ。
何だろうな、これ。まるで、夢でも見てるような……。
一応、ほっぺは抓ってみたけど。うん、痛い。夢じゃないね。
さて……どうしたもんかなぁ。これ。
美しくも、踏み入れば二度と戻って来れないような。
森は、そんな雰囲気で満ちている。
理解できないままの勇太が躊躇うのは、当然の成り行きだ。
うーん。何だろう。何ていうか……気持ち悪いな。
いや、まぁ、確かに綺麗だよ。思わず見蕩れてしまいそうになるくらい。
けれど、不気味っていうかねぇ……。
風に揺れる木の葉の動きと音が、
おいで、こっちにおいで、って手招きしてるように見えるんだ。
三途の川……とかさ、そういうのに似てるような気がするんだよね、これ。
呼ばれるがままに踏み入ってしまえば、戻って来れなくなる、っていう。
そういうパターン……なんじゃないかなぁ。
森の入り口にて、一人首を傾げて躊躇っている勇太。
もう、どのくらいの時間が経過しただろう。
ふと携帯を取り出して見やれば、時刻は二十時。
うわぁ、もう、こんな時間? まずいなぁ。
母さんに怒られちゃうよ。晩御飯もまだだし……お腹すいたな。
嫌な予感がする。それは、もう十分に感じ取った。
踏み入る気がないのなら、立ち去れば良い。
帰って、ちょっと母親に叱られて。ごめんなさいって謝って。
いつものように、美味しい晩御飯を食べて。
部屋に戻って、宿題を片付けて。テレビを見て笑って。
お風呂に入って疲れを癒したら、そのまま、ぐっすりと眠る。
そして朝になって。起きて、学校へ行って。友達と笑いあう。
そう。ここで引き返せば。戻れば。
楽しくも、少し物足りないような、そんな平穏な生活に戻ることができる。
けれど、何故だろう。どうして、俺の足は動かないんだろう。
地に根を張ったように、動かない、動けない。
引き返そうにも、それをさせてくれないんだ。
探るようにして一歩踏み出せば。それは難なく。
一歩、退こうとすれば、それは叶わず。
先に進むしかない。選択肢は、一つしかないのか。
参ったなぁ……。ただでさえ、ちょっと面倒な人生なのに。
この森に踏み入ったら、尚更……面倒なことになりそうな気がするんだよなぁ。
うん。っていうか、絶対に、そうなるよね。うん。
予感っていうか何ていうか? 俺の、こういうのって百発百中だしね……。
はぁ、と大きな溜息を落とした勇太。
これから先、起こる事件に対する気持ちの表れか。
その勇太の『予感』は、案の定、的中した。
ゴォッ―
「んなっ!?」
突如、背後から飛んできた炎の矢。
無数のそれは、勇太を掠めて、真っ直ぐに森の中へと放たれた。
バッと振り返り確認すれば……そこには、自分と同じくらいの齢であろう少年が。
少年の指先には、赤々と燃える炎が灯り揺れていた。
えぇと……これは、何だろう。どういうことかな。
俺を狙って撃ったわけじゃないみたいだけど……一歩間違えば、大火傷だったよね、俺。
頬を掻きながら勇太が苦笑していると、指先に炎を灯した少年がダッと駆け寄ってくる。
ものすごいスピードで向かってくるものだから、咄嗟に身構え。
少年は、そんな勇太の肩をポンと叩いて笑った。
「お前、何してんの。こんなとこで」
「え……? いや、うん。それは、こっちが聞きたいっていうか……」
「ちょっと危ねーからさ、下がってろ」
「え? 何が……」
そう尋ねようとした瞬間、勇太の目に異形なるものが映りこむ。
先程、少年が放った炎を身に纏い、のっしのっしと森から姿を現す……魔物。
絵本だとか童話だとか、そういうものに出てきそうな魔物。
小さな子供が見たら、泣いて一目散に逃げるであろう……鬼のような姿。
剥き出しの牙、そこから垂れる紫色の唾液。
どこから見ても、魔物でしかない、その存在。
うっわぁ……やっぱり、そういうパターンだったかぁ。
一人でノコノコと森の中に入ってたら、あいつに食われてたとか、そういう……。
苦笑を浮かべる勇太。そんな勇太の前に立ち、彼を護るようにして、少年は魔物に飛び掛った。
軽い身のこなし、こういっては何だけど、まるで猿のような。
ちょこまかと動いては翻弄し、その合間に指先から炎を放つ。
ただ闇雲に放っているわけではなく、急所狙いで。
だが、今日は風が強い。魔物が抵抗して暴れ回ることに加えて、煽る暴風。
その所為で、ビタリと急所を狙ったつもりが、僅かにズレてしまう。
「うあーー!! 風、うぜー!! まじ、うぜー!!」
悪気はないのだが、風が邪魔しているのは確かな事実。
苛立ち、その感情を露わにしつつ、繰り返し炎を放つ少年。
飛び跳ね回る少年を見やりつつ、勇太は、ふと空を見上げた。
うん……確かに、ちょっと風が強いね、今日は。
それにしても、不思議な能力だね、それ。
魔法……っていうのかな、そういうの。
俺には縁のない能力だから、ちょっと見入っちゃうね……。
って、ただボーッと見物してるってのも何か。
困ってるみたいだし。ちょっとだけ、手助けしようか。
この風を、落ち着かせれば良いんだよね、要するに。
スッと右手を前方に差し出し、目を伏せた勇太。
すると。
「お……? あれっ……?」
辺りに吹き荒んでいた風が、ピタリと止んだではないか。
何とも不思議な光景だ。風だけじゃなく、全ての動きが停止している。
揺れる木の葉も、流れる雲も、果てには魔物の動きさえも。
今がチャンス。少年はニッと笑い、魔物の眉間に炎を叩き込んだ。
高い火柱を昇らせ、炭と化していく魔物。
身動きの取れぬまま、鳴き声を上げることなく。
灰になった魔物が地にサラリと落ちた瞬間、動き出す時間。
ザァッと吹き荒ぶ風に煽られ、灰は空へと舞い上がった。
*
「お前、すげーなー」
「はは。その台詞、そっくりそのままキミに返すよ」
魔物の討伐を終え、勇太と少年は、大樹の下でお喋り。
正直なところ、お腹が空いて堪らない。早く帰りたい。
そうは思うのだが、少年に捕まってしまい、逃げることが出来ずにいた。
キラキラと目を輝かせている少年。名前は海斗、というらしい。
勇太が使った『能力』に興味津々のようだ。
気味悪がるとか、そういう感じじゃないんだよな。
普通なら、っていうか、いつもなら、一歩退くのに。
まぁ、場所が場所だしなぁ。ここは異界だし。
この能力も、大して珍しいものではなく映るのかもしれないね。
「操るってのとは、ちょっと違うんだよなー? それ」
「うん。少し違うね」
「そーゆーの何て言うんだっけ。えーと。エ、エス……」
「エスパー?」
「そーだ! それだっ!」
「ははっ。うん、まぁ……そんなところかな」
「見たことない服だけどさ、それ、制服か?」
「あぁ、うん。通ってる高校のね」
「へー。どっから来たんだ?」
「東京」
「ほー。何でまた、こんなとこに? 観光?」
「いや……。それが、俺にもわかんなくてさ……」
「ふ〜〜〜〜ん……」
どこから来たのか、それは答えることができるけれど。
どうして来たのか、それを尋ねられると困る。
こっちが教えてもらいたいくらいだよ。ほんとに……。
ふぅ、と溜息を吐き、勇太は海斗を見やった。
海斗もまた、一見、どこにでもいそうな少年だ。
十九歳らしいが……もっと子供っぽく見える。
豊かな表情が、そう思わせるのかもしれない。
思うが侭、ありのまま。そうやって生きている。
海斗の表情は、自由と好奇心に満ちていた。
こういうのを天真爛漫っていうんだろうなぁ。
俺も、よく言われるけどさ……演じてる部分があるからなぁ、俺は。
毎日が充実してる。そうじゃなきゃ、出来ない表情だよね、それって。
ん〜。ちょっと羨ましくもあるかも……?
目の前で満面の笑みを浮かべ、楽しそうにあれこれ話す少年。
少年に、少しだけ重ねた、自分の姿。
憧れ……とまではいかないけれど、そんな雰囲気。
自分にはないものを、自分では手を伸ばし得られないものを。
持っていることに対する、不思議な感情。
「さて、と。そろそろ戻るよ、俺」
立ち上がり、服についた葉を落としながら言った勇太。
すると、少年はパーカーのポケットに手をつっこんだままピョンと跳ねるように立ち上がり、
勇太の肩を軽く小突いて、自身の名を告げた。
「おー。あ、俺さ。海斗っつーんだ。お前は?」
「勇太」
「おっけー。これから、よろしくなっ」
「……これから、って」
「あー。うん、まぁ、ほら。また、どっかで会うかもしんねーだろ?」
「まぁ、ね」
「ん。じゃ、そーいうことで! またなー!」
「うん。また」
両手をブンブンと振りつつ、走り去っていく少年……海斗。
海斗の背中を暫し眺め、勇太は首を傾げて苦笑した。
何だろうな、これ。妙に引っかかるっていうか、何ていうか。
言うとおりかもしれないね。海斗の。
何となくだけど、キミとは、また会うような気がする。
それも、偶然なんかじゃなくて。必然的に。
俺の、こういう『予感』は、能力の一種だからなぁ……。
でも、深いところまでは把握できないんだよね。
どうして、キミとまた会うことになるのか。
その意味だとか、そこまでは把握できないんだ。
「……帰ろ」
ポリポリと頬を掻き、クルリと引き返していく勇太。
また今度。さりげない約束の果てに、彼は何を見るのか。
ここまで、どうやって来たのか理解らないはずなのに。
すんなりと、サクサクと帰路を行く。
不思議だなと思いつつも、勇太は、それを受け入れていた。
スベテが、繋がっている。
そんな『予感』を胸に。
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1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた)) / ♂ / 17歳 / 超能力高校生
NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ????
シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.08.30 / 櫻井くろ (Kuro Sakurai)
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