■INNOCENCE / 踊る指と過剰反応 (限定受注)■
藤森イズノ |
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】 |
ばふっ、と。 そんな音だった。
本部内を歩いていたところ、聞こえてきた妙な音。
爆発……にしては、可愛らしい音だったような。
音は、地下から聞こえてきたような気がした。
藤二が、何か実験をしていて、失敗でもしたのかな。
珍しいこともあるもんだ。
何だかんだで優秀なのにね、あの人は。
まぁ、誰でも失敗することはあるし。
それにしても……綺麗だなぁ、これ。
本部全域を覆っている、七色の煙。
失敗が生み出した幻想的な光景……ってところかな。
などと思いつつ、美しさ、つい、見惚れてしまっていたのだが。
(ん……? あ、あれっ……?)
どうしたことか。次第に景色が色褪せて。
最終的に、何も見えない状態になってしまった。
な、何だ。これ。見えない。何も見えないんですけど……。
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踊る指と過剰反応
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ばふっ、と。 そんな音だった。
異界にある巨大図書館で読書中、聞こえてきた妙な音。
爆発……にしては、可愛らしい音だったような。
音は、地下から聞こえてきたような気がした。
あまり知られていないが、この図書館の地下には研究室がある。
どんな研究をしているのかは……まぁ、ご想像にお任せしよう。
ヒントを言うなれば「ここは異界」そんなところで。
地下で何らかの実験をしていて、失敗でもしたのだろうか。
珍しいこともあるもんだ。
何だかんだで、研究室にいるのは優秀な者ばかりなはずなのに。
まぁ、誰でも失敗することはあるし。
それにしても……綺麗だなぁ、これ。
地下から噴出すようにして出現し、図書館全域を覆っている、七色の煙。
失敗が生み出した幻想的な光景……ってところかな。
などと思いつつ、美しさに、つい、見惚れてしまっていたのだが。
(ん……? あ、あれっ……?)
どうしたことか。次第に景色が色褪せていくではないか……。
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おかしい。
そう思う間もなく奪われてしまった。
奪われたのは、視力。
何だか視界が悪いだとか、そんなレベルじゃない。
真っ暗な闇の世界に、ポイッと放り込まれてしまったかのよう。
これは……俗に言う、失明状態ってやつよね。
図書館にて、いつもの如く。魔物図鑑を読み漁っていた夏穂。
時刻は閉館時間間近の深夜零時、二十分前。
時間が時間だけに、図書館には夏穂しか残っていなかった。
まるで貸切のようで、とても気分が良かったのだが。
こうなってしまうと、逆に不都合である。
助けを求めようにも、誰もいないのだから。
ジッと動かずに待っているのが一番なのかもしれない。
けれど、何も見えない状態だと不安で堪らなくなってしまう。
何も見えない状態故に、敏感に反応してしまう身体。
肘に当たる書籍にビクリとしてみたり、煙の……甘い香りに鼻をヒクつかせてみたり。
うぅん……どうしたものかしら、これ。
完全に見えない状態よね……。
時間が経てば元に戻るんだろうけど。
早く家に帰らないと、心配させちゃうわ。
せめて連絡だけでも入れておこうと、携帯を求める。
だが、鞄がどこにあるのかさえ理解らない。
手探りで、そこらへんに手を伸ばしてみるものの、見当違い。
鞄は机の右隅にあるのだが、夏穂は、その真逆でパタパタと手を動かしている。
どうしようかと、あれこれ動き回ってはみたものの。
視力が戻る気配はない。
仕方ない。おとなしく、座って待っていよう。
足掻いても、どうにもならないと悟った夏穂は、
トテトテと歩き、座っていた椅子へと戻ろうとした。
だが、その途中、別の椅子に躓いて……。
「あっ」
前のめりになってしまう夏穂。
見えないが故に危険極まりない。
転んでいる僅かな最中、付近の環境を思い返す。
その結果、このままでは、椅子の角に頭部を強打してしまう。
身を捩り、それを回避しようと試みてはみるものの、時間の猶予が少なすぎた。
無駄だ無理だと判断した夏穂は、咄嗟に自身の頭を両腕でガバッと覆った。
「おっと」
「……!」
痛烈な痛みが走ることを想定していたのに。
次の瞬間、覚えた感触は、とても温かくて柔らかいものだった。
「あぶねー。危機一髪って感じ?」
ケラケラと笑って言う……その声は、聞き覚えのある。そう、海斗の声だ。
海斗が抱きとめてくれたことで、事なきを得た。
キョトンとしている夏穂を見やり、海斗は言う。
「やっぱ、ここにいたかー」
「……海斗。どうして?」
「ん? 帰って来ない〜って、お前の妹から連絡来たからさ」
「あ、そうなんだ」
「おぅおぅ。つか、何だ、これ。甘ったるい匂いが充満してんなー」
「地下のね、研究室で何かあったみたい」
「ふーん。ま、もう大丈夫っぽいけどな。煙も消えてってるし」
「あ、そうなの?」
「……んぁ? そうなの? って、お前……」
「あ、うん。今ね、何も見えてないの」
「げ。マジで?」
「うん。直に戻るとは思うけど」
「何だかなー。傍迷惑な実験やってんなー。相変わらず、あいつら」
「研究室……行った事あるの?」
「いや。ないけど。そーいう噂は、よく聞くからさ」
「そっか……。あ、ねぇ、海斗」
「ん?」
「申し訳ないんだけど、家まで……送ってもらえないかしら」
海斗の服の裾をキュッと掴み、はにかみ笑いを浮かべながら言った夏穂。
妹が心配しているのなら、早く戻らなくちゃ。
けれど、現状、一人で帰るのは難しい。
お世話になりっぱなしになってしまうけれど……。
申し訳なさそうに言った夏穂を見て、海斗は、しばし沈黙。
返答がないことに、首を傾げる夏穂。
「海斗……?」
首を傾げたまま名前を呼ぶと、海斗は、ようやく言葉を返した。
「いーよ。でも、その前にさ」
「うん? ……きゃ!?」
「もーちょっとだけ、一緒にいてよ」
夏穂をヒョィッと抱き上げて言った海斗。
海斗は夏穂を抱いたまま、大きな窓の下へと運び、その縁へと座らせた。
目を開いてはいるものの、焦点が合っていない。
夏穂は、まるで、お人形のようだった。
「いいけど……。ここで?」
「うん。どーせ、もーすぐ閉まるんだろ? ここ」
「うん。多分、あと十五分くらいかな」
「じゃ、それまで。遊ぼ」
「遊ぶって……私、何も見えないよ?」
「ん。別に、いーよ。そのまま、座ってるだけで」
「あ、そっか。御話するのね?」
「うんうん」
「わかったわ。……って、えっ。な、何?」
頬に触れる、温かい掌の感触。
咄嗟にビクリと身体が揺れてしまった。
海斗はクスクス笑い、夏穂の頬を撫でながら言った。
「ん? いや、別に?」
「…………」
頬に触れた後、そのまま流れるように、掌は額へ。
前髪を指で割って、露わになった額に……デコピン。
「痛っ」
「あっはははは」
楽しそうに笑う海斗の声で、夏穂は悟った。
自分が何も見えない状態なのを良いことに、玩具のように扱っているんだ。
遊ぶ、っていうのは、そういうことか。
私で遊ぶ、って。そういうことね……。
事態を把握したらしき夏穂の表情と溜息を目にして、海斗は笑う。
「こんなの、滅多にないからなー。楽しまないと損だろ」
「……私的には、楽しくないんだけど」
「そか? まぁ、俺は楽しいよ。例えばさー……」
「ひゃっ!?」
指で、耳を突いてみた海斗。
途端に、飛び跳ねるようにビクリと身体を揺らす夏穂。
何も見えていない状態なのもそうだが、
人様に触れられる、ということに慣れていない夏穂の反応は上々だ。
大袈裟とも取れる、その反応が、海斗の好奇心をくすぐるのは、やむなきことで。
海斗は、夏穂の反応、ひとつひとつを満喫しながら悪戯していく。
頭を撫でてみたり、くすぐってみたり、指を軽く噛んでみたり。
次は何をされるのか、ビクビクしている夏穂。
恥ずかしい気持ちもあるのだろう。
夏穂の頬は、ほんのりと桃色に染まっている。
その表情に、とある感情が芽生えてしまうのもまた、やむなきことで。
……うわ。やべ。自分でやり始めたことだけど。やべ。
いや、楽しいよ。楽しいことに変わりはないんだけどさ。
そんな顔されたら、どーしていーか、わかんなくなるっつーの。
いや、わかんねーわけじゃねーんだけど。寧ろ、わかってんだけど。
苦笑しながら、ふと時計を見やる。
時刻は二十三時……五十八分。
そろそろ、閉館の時間だ。
このまま、ここにいては閉じ込められてしまうことになる。
夏穂の視力は、まだ戻っていないようだ。
まぁ、戻ったとしても家まで送ることに変わりはないんだけれど。
「……そろそろ閉まるな。出るか」
「は……う、うん」
「…………」
「海斗? あの……ごめん。下ろして、もらえるかしら」
「うん。ちょっと待って」
「うん?」
そう言って首を傾げた時だ。
パァッと明るくなる視界。
夏穂の視力が回復した。
良かった、割と早く回復したわね。
ホッと安堵の息を漏らした夏穂。
だが、次の瞬間。
その溜息が、途中で塞がれてしまう。
「!」
伏せた目を勢い良く開き、パチクリと瞬きする夏穂。
目の前には、海斗の顔。額に触れる、彼の前髪。重なる、唇。
硬直したまま、何度も何度も瞬きしてしまう夏穂。
その動きに、ふと海斗は目を開けて見やった。
バチリと交わる視線。
「うがっ!!」
咄嗟に後ろに飛び退き、妙なポーズをとる海斗。
目を泳がせている夏穂から視線を逸らしつつ、海斗は尋ねる。
「もしかして、戻った?」
「う、うん……」
「…………」
「…………」
沈黙。この上ない沈黙。
双方、視線を泳がせたまま。
海斗に至っては、いつから、どこから視力回復してたんだろう……と考え込んでいる。
沈黙を裂くように、館内に流れる鈴の音。閉館を知らせる、鈴の音。
その音でハッと我に返る二人。
海斗はポリポリと頬を掻き、苦笑しながら夏穂を窓の縁から下ろして言う。
「帰ろか」
「う、うん……」
*
帰り道も続く沈黙。
気まずいというよりは、照れ臭いというか。
喧嘩しているわけでもないのに、ここまで沈黙できるものなのか。
などと考えつつ、二人は手を繋ぎ、月灯りの下、並んで歩く。
よもや今日が『記念日』の一つになるとは、思いもしなかった。
色々、考えてはいたんだけどなー……本とか読んでさ。
女ってのが、どーいうシチュエーションを望むのかとか……調べてたんだけどな。
ま、今更だよな。後悔したって、どーにもなんねーし。
チラリと夏穂を、探るように見やる海斗。
夏穂は頬を桃色に染め、俯きながら歩いている。
何となくだけれど。失敗では、ない気がした。
逆に、思い出に残る……記念日になったんじゃないかとさえ思った。
とりあえず、怒ってはいないみてーだし……いっか。
沈黙を保ったまま、帰路を行く二人。
木の葉の揺れる音が、やたらと耳に残る。
そんな夜だった。
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7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー
シナリオ参加、ありがとうございます。
遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
加えて……すみません。好き勝手にやりすぎたかもしれません。。。
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2008.09.11 / 櫻井くろ (Kuro Sakurai)
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