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■月の旋律―第〇話―■ |
川岸満里亜 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
考えたくはない現実。
だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
あの女が言った言葉だ。
姉、ルニナは余命宣告をされていた。
リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
だけれど、それは間違いだった。
リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。
●広場の診療所
診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
アセシナートに連れて行かれた時。
キャトルは2つ薬を所持していた。
本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
そして、ザリスを怒らせた。
“それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
そして彼女は昏睡状態に陥った。
――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
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『月の旋律―第〇話<別れ>―』
ファムル・ディートの故郷は、近くの村の住人により管理されていた。
ウィノナ・ライプニッツは、時間を作ってその近くの村を訪ね、滅びた村で使われていた特殊な文字を読める人物がいないかと訊ねて回った。
しかし、その文字は村の中でのみ使われていたもので、専門用語も多く、村の生き残り以外は読むことは出来ないという。
ただ、文字の解読を進めている女性がいるということで、ウィノナはその人物と会ってみることにした。
ウィノナは女性の家の場所を聞き、女性が戻ってくるまで家の前で待った。
「こんにちは」
夕方、姿を現したのは40歳くらいの女性であった。村の人からウィノナことを聞いて、戻ってきてくれたらしい。
「お忙しいところすみません。この村で管理している滅びた村で使われていた文字について、教えていただきたくて来ました」
「んー、ま、とにかく入って。あ、私の名前はマイラ。あなたは?」
「ボクは、ウィノナ・ライプニッツといいます」
ウィノナはマイラに招かれて、マイラの家へと足を踏み入れた。
飾り気のない部屋だった。
仕事道具と思われる農耕具が置かれている。
あとは、のどかな村の家にしては、書物が多いように思えた。
「あの村の知識に興味を持つ学者なんかもいるんだけど、特に専門用語は訳しようがないから知識を得るという面では、よほど深い知識を持った学者じゃないと、役立てようがないと思うわよ?」
「専門用語とか、そういう難しい学術はボク達にはどちらにしろ読めても理解できないと思うから。そうじゃなくて、今はここの皆さんが訳すことが出来る程度の資料を読むことができればいいと思っています」
「そっか……でも、それならあの村に拘る必要はないと思うわよ? 聖都なら様々な魔道書手に入るでしょ?」
ウィノナは頷いて、どう話そうかと少し迷った後、聞きたい話を聞くためにも、自分の素直な思いを語ることにした。
「助けたい人がいるんです。それも、一人じゃないんです。マイラさんは、ファムル・ディートという人をご存知ですか?」
「……ええ、知っているわ。名前だけだけどね」
「ボク、ファムル先生にお世話になっていたんです。だけど、先生はいなくなって――攫われてしまったんです」
攫った人物については、ウィノナは説明しなかった。
マイラは黙って話を聞いている。ウィノナは言葉を続ける。
「その先生の知識を当てにしていた人にボクは師事しています。先生が本気になって研究をすれば、ボクや師匠が大事に思っている人達の寿命を延ばすことも出来るかもしれないんです。先生には、その気はなかったのだけど……。だからボクは、先生を取り戻す為や、大切な人達の生きる術を見つけるために、少しでもあの村の知識がほしいと思いました」
「なるほど……」
マイラはしばらく考え込んだ後、紙の束を1つ手にとった。
ぱらぱらと捲って内容を確認した後、ウィノナに手渡す。
「これ、私が作った文字の解説書。といっても、子供用の辞典ほども役に立たないけれどね。一応、一部あなたにあげるわ」
「ありがとうございます」
ウィノナはありがたく紙を受け取って、中を確かめた。
……確かに、本が読めるほどの代物ではないが、何の資料もなくここまで訳を進めたことは尊敬に値する。無償で頂くのは本当に申し訳ないくらいだ。
「ありがとうございます」
もう一度ウィノナは礼を言って、頭を下げた。
「失った後じゃ、どんなに頑張っても取り戻すことは出来ないから。あなたは正しいわよ、ウィノナ」
そう言ったマイラは、なぜか少し寂し気であった。
* * * *
聖都に戻って直ぐ、ウィノナはダラン・ローデスの家を訪ねる。
広い庭に、緑が生い茂っている。街の中なのに、自然がとても綺麗だった。
警備の男性とはもう顔見知りだ。
ウィノナは顔パスで応接室へと通される。
僅か数分で、ダランは姿を現した。
「ウィノナどうした? どこかに遊びにいく計画?」
ダランは暇をもてあましていたようだ。
「ダラン、ちゃんと魔術の訓練してる?」
「そりゃ、もっちろーん! 今もやってたんだぜ」
「……机の上で眠ってましたがー」
ダランを呼びに行った召使いが笑みを浮かべながらそう言った。
「い、いや、魔術書読んでたら、眠くなっちまって……」
やはりダランは机に向かっての勉強は苦手なようだ。他人に教りながら、実戦訓練をしていくことが一番の上達法と思われる。
召使いは笑みを浮かべたまま、頭を下げて部屋から出ていき、部屋にはウィノナとダランの2人きりになった。
「遊びの計画じゃなくて……今日はこれを預けたくて来たんだ」
ウィノナはノートとマイラから貰った手書きの解説書をテーブルに置いた。
「なんだ、これ……あ、あの村で書き記したノートか。うーん、これ読めても俺には何にもわかんねーぜ?」
「だろうけど」
ウィノナは苦笑する。
ダランは解説書の方も開いてみて、首をかしげる。
「もし、またジェネト・ディアにまた会うんだとしても、つきっきりで訳してもらえるわけじゃないよね? だから、持っておくと便利かもしれないと思って」
「だけど俺、解説読んでも理解できねーぜ?」
「だろうけどっ」
ウィノナは苦笑を通り越して笑い声をあげた。
「あうん、そうか。宝探しに行く時に、役に立つかもな。って、ウィノナも一緒に行くだろ?」
当然といったその言葉に、ウィノナは少し戸惑った後、首を横に振った。
「ちょっと……遠くに郵便を運ばないといけなくなったから、ダランと一緒に行けそうもないんだ。だから、役立ててほしいというよりは、この資料預かってほしくて持って来たの」
「えー、その仕事、誰かに代わってもらえねーの?」
「うん、この仕事は無理なんだ」
ウィノナがそう言うと、ダランは不満そうな顔を見せた。
……ごめんね……ウィノナは、そう心の中で呟く。
「宝探しさ、宝を手に入れるだけじゃなくて、なんだか大きな意味がありそうだし……ダラン、頑張ってよ!」
「おう勿論。宝手に入れたら、ウィノナにも見せてやるよ〜」
「うん、期待してる」
そう笑顔で言ったあと、ウィノナは立ち上がった。
「――それじゃ、帰るね」
「飯食っていかねーの?」
僅かに迷うが、ウィノナは首を横に振った。
「仕事、残ってるから」
「そっか、じゃー、ウィノナに土産をやろう」
「土産?」
「ちょっと待ってろ〜」
ダランはバタバタと走っていったかと思うと、小さなケースを持って戻ってきた。
ダランがケースをそっと開ける。
……中には、銀色の蝶の形のペンダントが入っていた。
「これ、髪留めにもなるんだぜ。ウィノナって落ち着きがないだろ? 髪邪魔に思う時もあるんじゃないかと思ってさー。長いの似合ってはいるんだけどな」
「でも……」
こんなに高価そうな物、貰っていいのだろうかとウィノナは戸惑う。
「アクセサリーとしての指輪のデザイン料。気に入ったし! 魔法具としてのお礼はウィノナが選んでくれよなー」
薬指を見せて、にこにこ笑うダランを見ていると、断ることはできなかった。
「ありがと」
ウィノナはそのアクセサリーを受け取ることにした。
「それじゃ、ダラン……またね!」
「うん、あんまり無茶すんなよ〜」
ダランの言葉に笑顔で答えて、ウィノナはその部屋を出た。
ダランと一緒に門まで歩くと、ウィノナはダランに目を向ける。
……また少し、身長が伸びたような気がする。
今度会う時には、更に少し変わっているのだろうか。
「じゃ、ボク行くね」
「おう、ウィノナ。戻ってきたら、連絡くれよ〜」
「わかった。またね、ダラン」
ウィノナはダランに手を振って、別れる。
しばらく会うことはできないけれど、きっとまた、笑顔で会えると信じて。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
互いに危険な場所に行くのでしょうが……冬にはまた笑顔で再会できるといいなと思っています。
ご参加ありがとうございました。
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