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■戯れの精霊たち■ |
笠城夢斗 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
「お願いが、あるんだ」
と、銀縁眼鏡に白衣を着た、森の中に住む青年は言った。
「この森には、川と泉、焚き火と暖炉、風と樹、岩の精霊がいる――」
彼の声に応えるように、風がひらと彼らの横を通り過ぎ、森のこずえがさやさやとなった。
「彼らは動けない。風の精霊でさえ、森の外に出られない。どうかそれを」
助けてやってくれ――
「彼らは外を知りたいと思っている。俺は彼らに外を見せたい。だが俺自身じゃだめなんだ……俺が作り出した、技だから」
両手を見下ろし、そして、
顔をもう一度あげ、どこか憂いを帯びた様子で青年は。
「キミたちの、体を貸してくれ。キミたちの体に宿っていけば、精霊たちも外に出られる。もちろん――宿らせた精霊によって色々制約はつくけれど」
お願い、できるかい――?
「何のお礼もできないけれど。精霊を宿らせることができないなら、話をしてくれるだけでもいい。どうか、この森にもっと活気を」
キミの言うことは俺が何でも聞くから――と言って、青年は深く、頭を下げた。
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いざ、行動への道を
愛する家族のためなら、何でもするつもりだった。
できないことなどないと、信じていた。
だってこんなに、
こんなに大切なのだから――
■■■ ■■■
「セレネー……聞いて、くれる?」
千獣は寝起きのセレネーに優しく語りかける。
セレネーはきょとんとその赤い瞳を千獣に向けた。
「あの、ね……クルス、の、病気、の、ことで……」
そう言った瞬間――
セレネーのまなざしが凍りついて、その小さな肩ががたがたと震え始めた。
千獣は苦い味が胃に落ちてくるのを感じる。クルスがなぜ今寝込んでいるのか、おそらくセレネーは自分のせいだと思っているから――
「大丈夫……」
だから、優しく少女を抱きしめた。
「大丈夫……2人で、クルス、を、治そう、ね……」
セレネーの瞳が、すがるように千獣を見る。
「治るの? クルス、治る?」
千獣はこくんとうなずいた。
「治る、よ」
――それは自分に言い聞かせた言葉でもあり――
決意の象徴でもあり――
また、自分たちの様子をベッドの上で横たわって見ている青年に聞かせるためでもあり――
今日のクルスの容態は、よさそうだ。
話すなら早いうちがいい。
「クルス、には、前にも、一回、聞いて、もらった、けど……」
クルスのベッドの横に椅子を置き、そこにセレネーを座らせて、千獣は立ったまま話し始める。
「クルスの、ね……病気、治すの、には……草、が、要るん、だって……」
「くさ?」
セレネーのつぶやきに、千獣はうなずく。
「方法は、ふたつ、あって……」
知り合いの魔術師、トール・スノーフォールに相談した結果、導き出されたクルスの治療方法。
セレネーの背にある刻印の魔力に"あてられた"クルスを治す――言ってみれば『解毒』するには、ふたつの方法があるとトールは言った。
ひとつは。
現在もクルスが薬として使っているリーン草を使う方法。
リーン草は、魔力を抑える効果があるのだそうだ。それを大量に使い、
「えっと……わた、がし、みたいに……ぎゅって、まりょく、を、おさえて、おさえて、まるめて、小さく……」
「千獣……それは多分綿菓子の例えだからね」
クルスが苦笑する。
トールに教わったとおりに繰り返していた千獣は慌てて「ごめん、なさい」と謝ってから、
「リーン草、で……クルスの、中に、ある、セレネーの、まりょく、抑えて、抑えて、小さく、して……クルス、が、セレネー、に、渡す……」
クルスが頬をかいた。
「セレネーの体に魔力を戻すという意味だな……」
「うん……」
それから、もうひとつ。
「マヒリカ、草……って、いう、草……あって。セレネーの、中の、まりょく……中和、させる……」
「チュウワってなあに?」
セレネーが千獣に、すがるように訊く。
「……えっと……?」
千獣も詰まってしまい、答を求めてクルスを見た。
「簡単に言えば、ぶつけて消滅させることだよ」
ものすごく簡潔に、クルスはそう説明した。
「……セレネー、に、マヒリカ、草、を……ちょーごーした、薬……飲んで、もらう、ことに……なる……」
「私が、飲むの?」
「うん……セレネー。セレネーが、ね、クルスの、中の、まりょく……吸い取って、から……」
言葉を綴るだけで、息苦しくなってくる。ああ、自分はなんて無力なんだろう?
今は、彼らの判断に任せるしかなくて。
「……どっちの、方法、選ぶ……?」
苦しい思いでそう訊いた。
「私、私がんばるよ!」
セレネーは跳ね上がって必死に訴えた。「がんばる、クルスが治るならなんでもする! 私が、クルスの、まりょく、吸い取れば、いいの?」
「………」
しかしマヒリカ草を使う方法では、セレネーの背の刻印が消える可能性があると、トールは言っていた。
それはつまり、セレネーの記憶が戻るかもしれないということだ。
――セレネーの記憶が戻ったら、どうなるのだろう?
千獣はセレネーをじっと見つめ、
「セレネー……それすると、ね、記憶……戻る、かも、しれないんだって……」
白髪の少女が動きを止めた。
「セレネー……大丈、夫……?」
クルスの視線を感じる。ベッドの上からじっとセレネーを見つめている。
セレネーは時間が止まったように、動かなかった。
「きおく……」
やがて少女がつぶやいたたったひとつの単語。
くしゃっと、セレネーの顔が歪んだ。
「こわい……!」
こわい、こわい、こわい!
突然わめきだしたセレネーを、千獣は抱きしめた。――そう、セレネーは恐れている。
記憶を取り戻すことで起こる変化を恐れている。
千獣にはその気持ちは分からないが、それでもたしかなことがある。
――自分も、セレネーの記憶が戻るのを、心のどこかで恐れている。
ちょうど、クルスの記憶が戻るのが怖いように。
ベッドの上で、クルスがため息をついた。
「――マヒリカ草の調合はトールがやるのか?」
千獣は震えるセレネーを抱きしめたまま、視線をクルスへとやり、うなずいた。
「となると、トールにセレネーの背の刻印を見せなくちゃいけないな」
「そう言ってた……」
「――リーン草の方法は、僕がやる作業だな」
彼は独り言のように言った。「僕がセレネーの体に、力を移し変えればいいわけだ……」
「セ、セレネー、の」
「分かってる。セレネーの負担にならないようにだろう?」
吐息まじりに青年は言った。嫌がっているのではない、どうやら疲れてきたようだ。
「クルス、薬、いる?」
慌ててそう言うと、「まだいい」とクルスは答え、
「セレネーへの負担は減らしたい。……元はと言えば僕がセレネーの体に触ったのが原因だ。僕が責任を取るべきだろう」
「クルス、だって、悪くない……!」
「そうは言ってもね」
うかつはうかつだったからね――と、彼は苦笑した。
セレネーがばっとクルスを振り返り、
「私の、せい! 私が、ヘンだから! クルスの病気、私のせい!」
「それは違うセレネー。……お前は何も心配しなくていいから」
そう言った青年は――
ゆっくりと。ベッドから起き上がった。
「クルス――」
千獣は声を上げる。大丈夫、と言いたげに、クルスは千獣を手で制すると、
「僕も魔術師のはしくれだからな」
その手を見下ろした。「魔術に関することは……僕が責任を持つ」
「でも、クルス……っ」
セレネーは千獣の腕から離れ、クルスに飛びついた。
「クルス、病気! あんまり、動いちゃだめ! 私、私がやるから……!」
「セレネー」
クルスはふわりと微笑んだ。
その片手がそっと少女の頭に乗せられ――
千獣はその一瞬、クルスの手が発光するのを見た。
ふらりと、セレネーの体が揺らいだ。そのままクルスの腕の中へと少女の体が崩れ落ちる。
「……眠っておいで。セレネー」
抱きとめたセレネーの頭を、クルスは優しく撫でた。
千獣はなんとも言えず青年の腕の中の少女を見つめる。こんな方法は、セレネーの望むところではなかっただろうに――
それでも。
「千獣。少し話しておきたいことがあるんだ」
クルスはセレネーをベッドに寝かせ、千獣を見た。
千獣は黙って、うなずいた。
「セレネーには聞かせたくなかった。だから眠らせた。……了解してくれ」
こくりと、もうひとつうなずき。
「俺は」
クルスは千獣の前でしかもらさない本音を、口にしようとしていた。
「セレネーの記憶を、取り戻させたくない」
「クルス……」
「セレネーがどの道を選びたがるかは分からない。だが、俺は怖いんだ。セレネーが記憶を取り戻すことで……何かが変わってしまう」
「私も」
千獣は思わず口にしていた。
「私、も……怖い……」
セレネーがセレネーでなくなってしまう?
これほど怖いことはない。
たとえセレネーがそれを望んだとしても。自分はそれを素直に受け入れられるか、自信はなかった。
それでも、セレネーが選ぶのならば……自分はそのための努力を惜しまないだろうけれど。
「今は、セレネーの記憶を戻す時期じゃない」
クルスは言った。
「だから、セレネーの刻印に影響が出るようなまねをしたくない」
「……うん……」
「リーン草の方法を取ろう。俺がやればいい仕事だ。俺の方が、魔力の扱いは慣れているからな」
少なくともセレネーよりは……
千獣はうなずいた。
了承の合図。
「……じゃあ、リーン草……集めて、くれば、いい……?」
「ああ。リーン草の調合なら今の俺にも出来る。ただ、そうだな」
クルスはあごに手をかけて、
「――リーン草が生えている場所は高山なんだ。高山植物でね――まあキミは翼があるからいいだろうが――」
どうも歯切れが悪い。
「何か、問題、ある?」
千獣は真摯な瞳で青年を見つめる。「私、がんばる、よ……」
「リーン草を選びだすのが難しいんだ」
と、彼は言った。「同じ場所に、よく似た違う植物が生えている。そっちは毒草でね――薬師か魔術師のように、薬草の知識がある人間じゃないと見分けがつかないだろう」
「匂い、とかじゃ、だめ?」
「元はリーン草が、身を護るために自ら作り出した毒草と言われていてね。匂いや味ではまったく違いが分からない」
「じゃあ、どう、すれば、集められる……?」
熱心に尋ねる千獣に、クルスは嘆息して、
「ギシス師に頼める仕事じゃないからな……ここはやっぱりトールに頼むしかないか……」
俺が動けない以上――と少しばかり嫌そうに。
かのはた迷惑魔術師に頼むのは、クルスとしても歓迎できることではないらしい。
「トールのことだから、何を言い出すか分からないが」
「でも」
「ああ、他に方法がないから」
だから、そうしよう。
リーン草を大量に集めて。
クルスは眠ってるセレネーの頭をゆっくり撫でる。
「この子の意思を無視することになる……それは俺が選んだことだ。キミが責任を感じるんじゃないよ、千獣」
「……でも……」
「セレネーの記憶を戻したくないと言ったのは俺だから」
千獣は黙って、セレネーの寝顔を見つめた。
――気持ちはいつだって同じなのに。
セレネー、ごめん、ね
小さくつぶやいた。
必ず必ず、クルスの病気は治すからね。
セレネーの負担にはならないように。
「リーン、草……」
狙いは決まった。
あとは協力者の元へ行って――行動を開始するだけだ。
千獣は決意の光を胸に灯し、顔を上げる。
すべては愛すべき家族のために。
さあ、いざ行動だ――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3087/千獣/外見年齢17歳/女/獣使い】
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■ ライター通信 ■
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千獣様
こんにちは、笠城夢斗です。
クルス呪い解除編、進行させてくださってありがとうございます。
とりあえず、クルスはこういう結論をとりました。セレネーの問題は少々残るようですが……今のところはこれで落ち着くようです。
この先も、よろしくお願いいたします。
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