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■月の旋律―第〇話―■ |
川岸満里亜 |
【3601】【クロック・ランベリー】【異界職】 |
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
考えたくはない現実。
だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
あの女が言った言葉だ。
姉、ルニナは余命宣告をされていた。
リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
だけれど、それは間違いだった。
リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。
●広場の診療所
診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
アセシナートに連れて行かれた時。
キャトルは2つ薬を所持していた。
本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
そして、ザリスを怒らせた。
“それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
そして彼女は昏睡状態に陥った。
――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
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『月の旋律―第〇話<覚悟>―』
聖都エルザードは普段と変わらず、穏やかであった。
天使の広場には、多くの旅人の姿がある。
大道芸を行なっている者もいれば、露店を開いている者もいる。
冒険者達は持ち寄った情報の交換を行い、一時の安らぎを得て、また旅に出るのだろう。
この場所では、自分もまた、その冒険者の一人だ。
だが、クロック・ランベリーには、提供できる情報はない。
迂闊に口に出すことは許されない事件に、与っているが為。
言動には細心の注意を払わねばならない。
一通り、天使の広場を見回した後、クロックはアルマ通りへと向う。
アルマ通りにも人々が溢れており、活気に満ちていた。
まずは武器と防具の店へと足を運び、必要な武具を揃える。
新たな剣や防具に慣れる時間はもうない。
武具屋では小型ナイフ数本と、ボディアーマーを購入し、店を出た。
続いて薬屋に入り、薬を選ぶことにする。
「支給はされるんだろうがな……」
一人、冒険目的で旅に出るわけではない。
依頼主から薬の支給くらいはあるだろう。
しかし、それに頼ることの危険性も感じずにはいられないほどに、クロックは相手に対しての警戒心を持っている。
自分達の動きを知っているのなら相手――アセシナート公国の月の騎士団が先手を打ってくる可能性がある。
寧ろ、聖都エルザードの干渉を予想し、既にこの地で彼等の諜報員が動いている可能性もある。
仲間として共に向う者の中に、敵の手の者がいる可能性も。
そして、支給されるであろう薬や、飲食物。その中に毒が混ざっていないともいえない。
何に対しても疑わずにいられないこの現状は、強い精神力を持っているクロックにでさえ、相当な負担であった。
アセシナートに顔を知られている者、既に狙われている者の負担は計り知れない。
だからこそ、この状況を打開する為にも、自分にはやらねばならないことがあるだろう。
クロックは傷薬と毒消し、及び回復薬を幾つか選び、カウンターへと持っていく。
「1G2Sになります」
壮年の店主は古くからこの場所で薬の販売を行なっているとのことだ。クロックとも顔なじみであり、信頼できる人物であった。
そういえば、ファムル・ディートという錬金術師は、有能な薬師でもあった。
薬の注文は変わらずキャトル・ヴァン・ディズヌフが受け付けているようだが……彼女には今は会わない方がいいだろう。
クロックとキャトルは、単なる知り合い程度の関係でしかない。
彼女の境遇には同情するが、それを表すつもりはなかった。
「ありがとうございました」
会計を済ませると、クロックは店を出て、帰路につく。
夕方ということもあり、食料品店が大盛況だった。
子供の手を引きながら、熱心に食材を選ぶ母親の姿。
若い少年少女達が連れ立って、笑い合っている姿。
走り回る子供達の姿。
どれも、微笑ましい光景であった。
この聖都エルザードの姿を変えてはならない――。
クロックはそんな母親達、子供達に紛れて、パンと惣菜、酒を購入した。
宿に戻り、簡単な夕食を済ませた後、ベッドに腰かけて武具と道具の確認を行なう。
購入したものと、自分で作成したものの中から、必要と思われるものを選択していく。
クロックが抱いている感情は、冒険に出る冒険者の感情とはかけ離れている。
命令を下されたからではなく……望んで向うというならば、それはそうなのだが。
個人の利益や、楽しみを求めてではない。探究心があるわけでもない。
この戦いに向うことで、自分に何の利があるのか……。
おそらく、自分自身の利益ではなく、クロックが感じているのは義務感と責任。
嘲笑気味の笑みを浮かべて、武具の手入れを始める。
剣を磨きながら、ゆっくりと覚悟を決めていく。
次にこの剣を向ける相手は何か。
多分、『人』だろう。
では、次のこの剣で斬る相手は誰だ?
アセシナートの兵士か、傭兵か、騎士団員か、騎士団が作り出した人外の存在か。
それとも……。
ランプの光を反射し、妖しく光る刀身に真剣な目を向ける。
「更に非情になるべく、覚悟を決めんとな」
誰かが、そうならなければならない。
誰かが、そうせざるを得ない場面は、きっと来るだろう。
情に流されたのなら。
躊躇をすれば。
判断を間違えば。
取り返しのつかない事態が起こり得る。
一人を護る為に、聖都エルザードの民、全員を危険に晒すべきか?
自分が守りたい者の為に、命を賭けられるのは、自分だけでなければならない。
一人を斬ることが非道だというのなら、一人を助けるために聖都エルザードを戦火に巻き込み、多くの人を死に至らしめた者が非道ではないと言えるか。
せめて自分は感情で動かず、冷静に見極めなければならない。
この剣を向ける相手が誰になろうとも、冷徹であらなければならない。
誰かが、やらねばならないことだ。
吐息をついて剣を置き、カーテンを開いた。
淡い月の光が、窓から射し込んでくる。
半月を見上げて、クロックは小さく吐息をつき、目を伏せた。
「願わくば、そうならないことを祈る」
グラスに酒を注いで、一人飲んだ。
今晩は、酒場に行く気にはなれない。
厳粛な事実に、独り覚悟する。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
特にご指定がなかったので、武具の種類などの描写は控えました。
拘りがある場合は、本編にご参加の際にはご指定くださいませ。
それでは、ご参加ありがとうございました。
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