■月の旋律―第〇話―■ |
川岸満里亜 |
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】 |
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
考えたくはない現実。
だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
あの女が言った言葉だ。
姉、ルニナは余命宣告をされていた。
リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
だけれど、それは間違いだった。
リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。
●広場の診療所
診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
アセシナートに連れて行かれた時。
キャトルは2つ薬を所持していた。
本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
そして、ザリスを怒らせた。
“それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
そして彼女は昏睡状態に陥った。
――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
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『月の旋律―第〇話<耄碌した男>―』
フィリオ・ラフスハウシェは、エルザード城に赴き、とある人物との面会を求めていた。
許可が下りるまで時間を要してしまったが、フィリオがエルザードの民であり、自警団に所属し勤務態度も立派であることから、特別に許可されたのだった。
その人物の名は『グレス・ディルダ』。
兵士2人と共に、薄暗い廊下を歩き、1つの部屋の前で立ち止まる。
兵士がドアの鍵を開け、一人はドアの前に立ち、もう一人はフィリオと一緒に部屋へと入る。
「なんじゃー、ようやく飯か? もう3日も何も食っとらんぞー!」
2人の姿を見るなり、老人は騒ぎ出した。
無論、きちんと食事は与えている。
「グレス・ディルダさんですよね」
「いかにも、グレス・ディルダじゃ」
どうやら、自分の名前はまだ分かっているようだ。
「天才魔道士のグレスさんにお会いできて光栄です」
「なんじゃ貴様は。わしは誰にも会わんぞ」
フィリオに捕まったことは、全く覚えていないようだ。
「少し昔話を聞かせてほしいと思いまして。あなたは娘さんと共に、村を出たのですよね?」
「出とらんぞ! わしは出とらん!! 村に連れていけー!! そうだよ、ボクはこの村で一番頭がいいんだ。頂点に立ったんだー!」
予め状態は聞いてはいたが、全くまともな会話は成立しない。
「……頂点というのは、賢者になったということですよね」
それでも、根気良くフィリオは質問をしていく。
「わしは賢者の中の賢者じゃ。そうだ、川に行こうか。腹が減ったぞ、飯はまだか!!」
「食事は質問が終わったら、持ってきます。ところで、村では魔術の研究がされていましたよね?」
「魔術聞いたことがあるぞ、魔術。それは珍味か極上か! 私はそれを求め、幾多の冒険を繰り広げ平地を泳いだことか!!」
やはり会話が成立しない。
「では……ザリス・ディルダはご存知ですね」
「ザリス、ザリスちゃんはどこだー。マッサージをしてくれ〜。ううう、どこにいるんだよう。なんで父さんの側にいないんだよう」
途端、グレスは嘆き出した。
「ザリスさんとは一緒に研究されていたのですか?」
「腹が減ったぞ、ザリス! なんだその目は!!」
一転、突然怒り出す。
フィリオは軽くため息をついて、最後にもう一人人物の名前を出してみる。
「コデル・ディズナさんは有能な方でしたよね?」
「綺麗じゃの。魔道は最高じゃ! わしの勝ちじゃ〜」
見れば、グレスはフィリオと会話をしているようで、目の焦点が合っていない。
少なくても、自分の名前を覚えていることや、賢者などの言葉、そしてザリスの名には反応を示すことから、印象深いことは忘れていないようだ。
コデル・ディズナという名に特別な反応を示さないことから、その名の人物が存在したとしても、深いつながりがあるわけではないようだ。……尤も、コデルという人物が、アセシナート絡みの人物ならば、滅びた村を管理している村の人々に本名を明かしたりはしないだろう。
そしてザリス・ディルダは、このグレスの娘と考えて間違いがないようだ。
「ありがとうございました」
フィリオは兵士に礼を言い、退室することにした。
* * * *
街へ出て、魔法具を取り扱っている店を回っていく。
魔道士ザリス・ディルダ。
聞いた話によると、魔術の能力自体は並だという。
しかし、彼女の技術をフィリオは見ている。
彼女は魔法陣を使った術で、聖獣フェニックスの力を抑えた。
魔法陣を描く技術、発動の能力、魔法具の行使能力、そういった技術に優れた人物と思われる。
彼女のテリトリーに入ったのなら、自分達に勝ち目はないだろう。
騎士団の本部では、フィリオは完全に魔法を封じられた。
物理的な力を奪う魔法陣なども、自分の周りに張り巡らせている可能性がある。
また、魔術の能力自体は並であっても、知識は優れていると思われる。
店を回り、フィリオは高価なブレスレッドに目をつける。
魔法具は眩暈がするほど高価だ。
それでも、フィリオはそのブレスレッドを手にとった。
気休めにしかならないかもしれない。
ザリスはグレスの知識を全て受け継いでいるのなら、市販されている魔道具より数倍優れた魔法具を作り出し、身につけているだろうから。
だけれど、相手は彼女だけではない。彼女の手の者と対峙することもあるだろう。
少しでも役に立つのなら、迷いはしない。
フィリオはその店でその魔法抵抗力の上がるブレスレッドなど、魔法具を数点購入したのだった。
自室に戻ってからは毎晩のように特訓をしていた。
魔術を掛けられた際に、自分の魔力で自分を覆って魔術を防ぐ特訓だ。
イメージはできる。
通常、相手の魔力が勝っていれば防ぐことはできない。
しかし、魔術の種類によっては、可能性はある。
まず、魔術の種類を見極めて、正しく防ぐことが重要だ。
直進的に脳へ影響を及ぼすものなら、脳への侵入を防げばいい。
身体全体に影響を及ぼすものなら、一切の侵入も許してはならない。
魔力のバリアーを身体全体に張る方法。
更に、一部分を守る方法。
フィリオはそれらを学び、戦いに備えるのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございます。
グレスを絡めて下さり、ありがとうございました。
本編でもお会いできれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
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