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■月の旋律―第〇話―■ |
川岸満里亜 |
【3677】【ルイン・セフニィ】【冒険者】 |
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
考えたくはない現実。
だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
あの女が言った言葉だ。
姉、ルニナは余命宣告をされていた。
リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
だけれど、それは間違いだった。
リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。
●広場の診療所
診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
アセシナートに連れて行かれた時。
キャトルは2つ薬を所持していた。
本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
そして、ザリスを怒らせた。
“それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
そして彼女は昏睡状態に陥った。
――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
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『月の旋律―第〇話<薬を買いに>―』
斡旋所で仕事の紹介を受けた人物の中に、幼い少女が紛れていた。
外見年齢は8歳。外見的にはどう見てもあの仕事に適している人物とはいえないのだが、ソーンには外見は幼くとも長い時を生きている種族が多く存在する。
ルイン・セフニィもその一人だ。彼女は電子の集合体であるため、飲食さえも必要としない。
「色々準備をしなくちゃね〜」
その時はまだ、彼女には特別な因縁や事情があったわけではない。
だから深く思い悩む冒険者達とは違い、ルインは普段と変わらず元気でいられた。
「まずは、薬……薬といえば、あそこかな」
邂逅の池で知り合ったダラン・ローデスが出入りしている診療所があるらしい。
ダランが言うには、現在は診療は行なっていないが、惚れ薬を中心とした効果の高い魔法薬の販売は行なっているらしい。
「でもなんで惚れ薬……」
ルインはちょっと胡散臭いと思いながらも、その診療所に向ったのだった。
本当にこんなところに店があるのかと思うほどに、その場所は雑草が伸び放題になっていた。
ルインの小さな身体は、雑草にすっぽり埋まってしまう。
掻き分けるように進んで、どうにか開けた場所に出る。
古びた小屋の周りは、さすがに草を刈ってあった。
「こんにちは〜、一番効果のある魔法の回復薬いっぱい下さ〜い」
元気良く診療所のドアを開ける。
「はーい」
奥の部屋からひょっこり顔を出したのはキャトル・ヴァン・ディズヌフ――邂逅の池で知り合った少女であった。
「あ、キャトルここで働いてるんだ?」
そういえば、ダランが主催した邂逅の池のキャンペーンに、キャトルは多くの友人を率いてやってきていた。ダランとも何か関係があるようだ。
「うん。働いているというか、居候してるというか……今は家主が留守にしてるから、お留守番、かな」
そう言ってキャトルは笑った。
ルインはキャトルに招かれて、診療室へと入る。
「回復薬だったよね、何に使うの?」
「ちょっと危ない所に行くの、ドラゴンの巣に卵を取りに行った時よりは安全だと思うけど」
ルインは笑いながら答えた。
「冒険か〜。んーと、今すぐだと、在庫1つしかないんだ。あたしもちょっと必要だし……。2日時間くれれば、5つくらいまでなら用意できるよ。液体だから5つでもルインにはちょっと重いかも。代金は10Gだよ」
キャトルの説明によると、冒険などの際には、即効性の薬が重宝されるらしい。ただし、液体なので通常はそんなに沢山持っていくことはないようだ。
しかし、今回のルインの冒険は……1日、1回限りで終わるものではない。
ドラゴンの巣の卵を取りに行った時よりは安全と考えてはいるが、その時とは違い、危険な状態が何日、何週間、何ヶ月続く可能性もあるのだ。だから、数は多い方がいい。
また10Gは大金だが、見かけによらず冒険者として長く活動しているためルインは金持ちなのだ。払えない額ではない。
「じゃ、5つちょうだい」
「うん、それじゃ5つ用意するね。ありがとー!」
キャトルは注文書にルインの注文を書くと、ルインにサインを求めてきた。
ルインはサインをした後、ふと気になって聞いてみる。
「キャトルは何に使うの?」
「ん、ああ、ドラゴンの巣に卵を取りに行こうかと思って!」
そう笑いながらキャトルは答えた。口調から冗談であることがわかる。
でもなんだか……変だとルインは気付いていた。
邂逅の池で出会った時もそうだったけれど、キャトルはとても明るいのに、その笑顔にはどこかしら影がある。
そして、その影の色がより濃くなっていた。
「何しようとしてるか聞かないけど、頑張ってね!」
そう言うと、キャトルは静かにこくりと頷いた。
「ルインもね。気をつけて」
「あ、そうだ」
ルインは道具袋の中から、オレンジ色の丸い水晶を取り出した。
「お守りあげる、肌身離さず持ってると良い事あるかもよ〜♪」
「えっ?」
キャトルは驚きながら、受け取り、更に驚きの表情を浮かべる。
「なんか……これ凄い」
「おお、分かるんだ? それじゃ、ホントに役に立つかもね!」
「貰っていいの? あ、じゃあ薬サービスするよ、魔法薬じゃない傷薬だけれど、かさばらないから持っていって損はないと思う」
そう言って、キャトルは薬棚から、塗り薬を1つ取り出した。
「うん、じゃ貰っておく」
「それじゃ、2日後にまた来てね。でも、一週間後にはあたしもちょっと出かけちゃうかも。だから、近いうちに来てね」
「うん、わかった!」
ルインは傷薬を受け取ると、診療室を後にした。
キャトルと共に、診療所の外へと出て2人は顔を合わせて微笑みあった。
「戻ったら、もっとお話しようね〜」
ルインの言葉にキャトルは首を縦に振った。
「うん、また遊びに行こうね」
手を振ってキャトルと別れ、ルインは再び草むらへと突入する。
「これ、どうしてこのままにしてるんだろ」
引き抜こうかと手を伸ばしたが、思いとどまり、掻き分けることにする。
多分、何か理由があるんだ。
ルインと同じように掻き分けた跡、踏みつけた跡がある。
ここを訪れている人はいるのだけれど、誰も草を刈ろうとはしていないようだ。
まるで、診療所を隠すかのように草は生えている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございました。
薬は注文のみになってしまいましたが、次に何かにご参加いただいた際には、既に受け取ったとして行動をお書きいただければと思います。
あと、キャトルへのアイテムのご提供、ありがとうございます。
身体の調子の都合で、肌身離さず……は無理なのですが、特殊なケースに入れて持っていくと思います。
それでは、またお会いできれば幸いです。
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