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■のどかな休日!?■ |
水綺 浬 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
だんっと机を叩く。手の平が赤く染め上がった。
「ちょっと、エリク! なんで朝っぱらからここに来てんのよ!」
レナは早朝に訪れたエリクに目くじらをたてる。眉をあげ眉間にしわが寄っていた。
「いいだろ? オレは師匠に会いに来てるんだ」
ぶいっと横を向く。目線の行き先は師匠のサーディスだ。
(なん、ですって!?)
「誰があんたの師匠になったのよ!」
あくまでも弟子はレナだけである。今にも少女は彼に掴みかかろうと身を乗り出した。
そこへ噂の師匠がカップに紅茶を満たして二人の元へやってくる。
「レナさん、いいじゃないですか。にぎやかな方が楽しいでしょう?」
にこりと笑みを広げ、たしなめる。
「た、楽しくありません!」
言葉につまりながらも否定した。
だが、それに構わずいつもの笑顔で。
「さあ、二人とも。朝げの後の一杯を召し上がって下さい」
問答無用というかのようにすすめる。
こうなれば聞かないわけにはいかない。もしここでわがままを言えば、にこやかな笑みのまま静かな冷気で怒りをまとうからだ。この中で一番怖いのは師匠であるサーディス。
二人はしぶしぶカップを手に取る。
一口飲むだけで仄かに甘い味が舌の上に転がった。
「おいしい……。師匠の紅茶は最高級ね」
満足に頷く。
この一杯はただの一杯ではない。気を静めて楽にしてくれるものだ。師の上手く調合された紅茶だった。
荒く尖った気持ちがすっと消えていく。
一瞬で和んだそこへ、扉をノックする音が。
――訪問者だ。
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のどかな休日!? - ちいさな源泉 -
早速始めましょうか、とサーディスは立ち上がる。緑の平原の部屋に押し込まれてあった数冊の本。小さいテーブルを魔法で呼び出し、ウィノナの目の前でドサドサッと置く。
「これは……?」
嫌な予感がして恐る恐る尋ねる。
「まずは知識を蓄えて下さい。私の魔法とウィノナさんが勉強中の魔法では理など違いますので」
最後に記憶できたか試験をします、と爆弾発言を残して自分の机に戻っていった。
覚悟はしていたが戸惑いを隠せず、そばにいたレナに目を合わせる。
「師匠は魔法に関して教える時は厳しいわ。この三冊を読めば、基礎を読み込めると思う」
ウィノナは気を引き締め直し、積み重ねてあった一番上の本を手に取る。
タイトルは書かれていない。だがウィノナに見えないだけで表記されてるのかもしれない。
赤く厚い表紙は金の枠で縁取られつつ年季が入っていた。最近のものではない。何度も繰り返し読まれたのだろう。そっとめくってみると、分厚いページの束に手書きの文字と図が細かに記されていた。
さっと読んだだけでも、一つの項目に対して何通りもの解説がされ、とても分かりやすいことが理解できる。
それからは本と格闘しながらノートにとる時間を過ごす。レナのお茶をもらったり、分からないところは教わったりして瞬く間に時は流れた。
全てを読み終え内容を頭に詰め込むと、体がフラフラした。限界にきている。真っ白になりそうだ。
サーディスが使う魔法はソーンの聖獣の中の一体から派生したこと、その聖獣が自然と対話する者だったためか精霊が必要不可欠なことなど。試験の内容はソーン誕生まで歴史を遡り多岐に広がった。ゆえに問題数は百問以上。引っかけ問題も多かった。
試験終了から十分後。
「八十二点です。いいでしょう。赤点は六十点以下でしたが、ウィノナさんはよく覚えていると思います」
「ありがとうございます」
「定期的に筆記試験はしますから、そのつもりでお願いします。あと成長していくごとに復習もかねて実技試験も行います。いずれは百点近くとれるようにしましょう」
思ったよりもハードだ。柔らかな微笑みを浮かべつつ厳しい。
「はい、よろしくお願いします」
*
ウィノナ、サーディス、レナの三人は森の中にいた。迷いの森の一角、小さくひらけた場所で動物たちに見守られながら。
「ウィノナさんは何を会得したいですか? それによって今後の方針を決めたいと思います」
少女は考え込む。緑の静けさが辺りを包み、つむじ風がふわりと踊る。
「やっぱり精霊を視たいです。友達のように接していきたい」
「他にも希望はありますか?」
「……それは……」
「どうぞ、ご遠慮なさらずに」
それでも少しためらって、けれどはっきりと舌に乗せた。
「部屋の魔法を習いたいです」
「部屋……というと、私の自室?」
「はい」と同時に頷く。
サーディスはじっとウィノナの瞳の中を探るように見つめる。
「簡単にいかないことは分かっています」
「……どうやら衝撃が大きかったようですね。ウィノナさんのように甚大な魔力を持っていても習得には時間がかかりますよ?」
「例えばどのくらいですか?」
「例えば、一生かかっても出来ない人はいますし、数十年で会得出来る人もいます。維持と結界でつねに魔力を消費してしまいますし、術を駆使することも難しいのです」
「そんなに……!?」
「人によって違いますが、すぐにというわけにはいきません。それでも?」
しばし考えた。
自室全体に術を施したサーディス。しかし年齢は二十代後半に見える。ということは、魔力は途方もなく強大で、しかも維持できる力を持っているということだ。離れていても部屋に魔力を供給できるのはなぜ?
何者だろう? 魔導士という肩書きだけなのだろうか。
「やります。自分の魔法として物にしたいです」
「では、この会得は精霊が視えたその後にじっくりと行いましょう」
始めにサーディス流の魔力の扱い方をレナの実践から学ぶことにした。
レナは風と言霊を操るという。ウィノナは切り株に腰を下ろし、レナが師匠の教えを吸収していくさまを眺めていた。
「いいですか、風は守りにも刃にもなります。そして風にも意志があり、精霊が力を借してくれます。それをいつも忘れないで下さい」
始める前の常套句をレナに刻み込む。
「はい」
「それでは以前の続きから」
サーディスは数十歩前に細い丸太を五本立たせて横一列に並べていた。その上には大中小のビンが乗っている。それを指差し。
「竜巻を起こして下さい。全てのビンを回して持ち上げ、再び回して同じ位置に戻して下さい」
レナは瞳を閉じて全身を集中させた。ウィノナにもレナが前に突き出した手に、魔力が集まり高まっていくのが分かる。
薄い空色の風がビンの周囲をくるくる回る。動きが速くなり徐々にその範囲を狭くしていく。ふわっと五本のビンが浮き、揺られながら旋回する。風の渦は木の上にまで持ち上げた。あとは丸太へと戻すだけ。
同時にせずに一つずつ風に包ませながら、そっと置く。雛鳥を巣に帰すように、そっと。
レナはゆっくりとまぶたを開く。
五本全てが丸太の上におさまっていた。レナは心から息をつく。
以前は何度練習しても全てのビンを戻すことができず、割れてしまった時もある。サーディスからは「器用に、とは言いません。精霊との意思疎通をはかり、しなやかに自分と精霊の手で置くイメージを思い描いて下さい」と言われていた。頭で理解していても、コントロールすることは難しかった。毎日悩んで苦しみ、やっと成功できた。
師はにっこりと微笑む。
「よくできましたね。次にビンの中には花が入っています」
いつのまにか空のビン全てに、一輪ずつ野花が加えられていた。
「花を傷つけずにビンだけを切断して下さい」
竜巻とは格段に上の技。レナは一気に緊張が走り、張りつめていく。
「わ、分かりました」
ごくっと生唾を飲む。
手をかざし瞳を閉じて、イメージを思い浮かべた。
どこからかヒュンヒュンと音がしたとたん、手の平から魔力の波が打ち寄せた。一つずつナイフで切るように切れ込みを入れる。割れることもなく、斜めにひかれた線にそって上体だけがすっと落ちた。だが、三本目になると気が乱れ花ごと切り裂いてしまう。そのまま冷静さを失い、四本目も失敗。なんとか五本目は成し遂げる。
はあ、と力を抜き、残念そうに転がったビンを見つめるレナ。
「集中力が乱れましたね。力みすぎです。精霊が注意を促していたことに気づきませんでしたか? 自分だけで突っ走ってはいけません。風の安定を精霊と一緒に取り戻して下さい」
「……はい」
落胆して肩を落とす。
「ウィノナさん、ご覧になった通りです。片鱗だけでも分かって頂けたでしょうか?」
少女は立ち上がり姿勢を正す。
「はい。自分の魔力をコントロールすることも大事ですが、精霊との疎通が大前提なんですね」
「そうです。自分だけの魔力ではありませんから。――ではウィノナさんの番です。まずはあなたがどこまで魔力を駆使できるのか拝見させて下さい」
大きく頷いて、二人の前でしてみせる。幻覚術、念動術、止刻の印を。他の能力は口頭で説明したのみだ。
二人は話が終わるまで感心して耳を澄ませていた。
「ほう、それだけ出来るのですか。……精霊との会話に基礎は省いた方がよさそうですね」
後半は小さく呟いて、どうウィノナの魔力を引き出すか思案した。
「精霊を視るためには自然を感じて下さい。雑念は捨て、体で……体の中心から」
瞳を閉じて、と指示され、闇の世界からサーディスの詩のように紡ぐ微かな声に耳を傾けた。
「森の、ささやき……日の光の暖かさ、……落ちてはねる雫……動物たちの吐息……鳥の羽ばたく翼……」
しばらく、全身で感じていた。森中の声に、歌に。
葉のざわめき、木漏れ日の降る雨。水滴が岩に砕け、こだまする鳴き声。
迷いの森に生息する全ての息遣いを耳でも目でもなく、肌で触っているかのよう。
「その調子です。魂で感じているものに、魔力を織り込んで下さい」
「織り込む……?」
「そう。今、ウィノナさんは自然と一体化しています。そこに魔力を忍ばせ融合するのです」
難しそうだな、とウィノナは思った。けれど、やってみなくては分からない。失敗してもまた挑戦すればいい。
少女は少しずつ無理なく魔力の糸を全身に絡ませ、森へと伸ばしていく。
(……っ)
だが、どこまで行こうとも森の果てが見つからず息があがっていくばかり。
「その辺りでいいですよ。狭い範囲で構いません。――自然の力を、生命(いのち)を感じますか?」
「はい……」
とくん、とくん、と森全体の鼓動が足元で揺れていた。
「それを包み込むように、魔力の網で自分の中へゆっくり取り込んで下さい」
魔力をまとめ、森の生命を柔らかく手で包み込み、胸に吸収する。
瞳を開けて、と告げられ、まぶたを震わせ緩慢にひらく。
「……!」
「視えたようですね。飲み込みが早いです。しかし、まだ光だけのはず」
ウィノナの瞳には深緑の光、青い光、太陽の光、紅い光、琥珀の光と様々な小さい光が森中を――三人の周囲を飛び回っている姿が映っていた。蛍のようにたくさん点っている。その中で、ひときわ大きい光がいくつかあるのは気のせいだろうか。
「自然の生気と秘めた力を自分の内へ吸収したため視えています。今までは魔力を駆使する際に力を借りるだけだったので視えていなかったのです。これと同じことを無意識に、日常的に行えば精霊の光はいつも視えているでしょう。覚えておいて下さい」
「はい」と頷く。
「ここで質問です」
右手の人差し指を立てて怪しく微笑む。
「この光をはっきりとした精霊の姿として視るためにはどうすればいいと思いますか?」
「はっきりとした姿?」
「ええ。これで終わりではありません」
「う〜ん……」
すぐには答えが見つからなかった。良い考えが思いつかない。
「簡単なことですよ。――今日はこれで終了しましょう。明日、続きをします」
空はすでに茜色に染まっていた。
*
ウィノナはフィアノの家にお邪魔すると、早速机を借りて習ったことをびっしりと細かくノートに書き記した。森からの帰り道、サーディスが言った「先ほどの感覚を忘れないで下さい」という一言も重要な印と共に付け加える。
紅茶でまったり一息をついた後。レナは買出しに出かけるという。ウィノナも日暮れまでに宿に帰らなくてはいけない。一緒に村へついていくことになった。
森の小道を踏みしめている時。ウィノナは横に並ぶレナへ顔を向ける。
「レナ、さっきのサーディスさんからの質問の答え、分かる?」
「もちろん。私も師匠のおかげで精霊が視えるようになったから」
意外な言葉に「え?」と返す。
「私は始めから魔法が使えたわけではないの」
どことなく哀愁を漂わせる。
「さっきの答えは自分で見つけ出すか、師匠から教えてもらうしかないわ。頑張って!」
ぎゅっと手を握りあう。
「うん。もっと考えてみる」
レナの”始めから使えたわけではない”という言葉が引っかかって。
「きっかけは何だった?」
「きっかけ?」
首を傾げる。
「うん、魔法を学ぶきっかけ」
「私は……そうね。両親から教育を受けさせてもらってる時だわ。私、実家で家庭教師がついてて勉強の毎日だった……」
「家庭教師!? お嬢様、だったんだ?」
「そうみたい。けれど、それが嫌だった。がんじがらめで縛られるだけ、両親のレールの上に乗って過ごすだけの日常。何もかも嫌になってたわ。そんな時、国の祭りが執り行われたの」
レナの家族も招待されたが、そこに闇の魔導士に導かれた巨大な魔物が現れ、祭典はめちゃくちゃになり戦争になりかける。だが、国主に認められた魔導士が怪我を負いながらも、魔物と魔導士を倒した。この話は”魔の十日間”として歴史に刻まれている。
「それから間近で見た魔法に惹かれるようになって……」
「その後は?」
「魔導士になりたいと言ったら両親は怒った。それで家出したの」
「家出!?」
ウィノナは目を見開く。
「祭典で見た魔導士を見つけるためにバイトしながら探したわ。有名な魔導士だったけど、神出鬼没な人だったから」
おずおずと「見つかった?」と尋ねる。
レナは頭を左右に振った。
しかし、レナは魔導士になることだけは諦めなかった。噂でよく耳にする、ある一人の魔導士の元へ行ったのだ。最初は断られたが辛抱強く何度も頼み込んだ。そして数十日後にやっとレナの声を聞き届けてくれた。
「それがサーディスさんだったんだね……」
「未成年だから師匠は両親に許しをもらいに行った。……けど突き放されて、勘当されちゃったわ」
辛そうに笑みをこぼす。ウィノナは何も言えなかった。親に二度と会えないことを悟って。
その時、はっと思い出す。レナの苗字とサーディスの名を出会う以前、どこかで見たことがあったのを。
サーディスはレナの実家に便りを送っている。その手紙をウィノナは何度か一瞬目にしたことがある。郵便局で。きっと、レナの近況をしたためているのだろう。それが読まれずとも、毎年かかさず。
「後悔してない?」
「今の生活を? してないわ!」
にっこりといつもの笑みが広がった。
手紙のことはレナ自身知らないのかもしれない。サーディスが教えていなければ、言う必要はない。ウィノナは胸の内にしまっておこう、と鍵をかけた。
「ウィノナはきっかけって何なの?」
「ボク?」
レナは足を止め、無言で先を促す。
すでに村に辿りついていた。今日も夕飯は何にしようかと女性たちが店を渡り歩く。
「ボクは友達を助けようとする事が魔法を学ぶきっかけだった」
走馬灯のように脳裏に蘇る過去。無我夢中だった。
「だけど、今学んでる人から自分に魔力がある事を告げられるまでは、魔法なんてボクには縁が無いものだって思ってた」
「え? 知らなかったの?」
「うん。他人事のようだったんだ」
レナはウィノナから視線を外し、穏やかな村を眺める。
「……私も気づかなかっただけで、魔法が自分の中に秘められているとは思ってなかった。ないなりに頑張ろうって。きっかけがなければ、魔法をずっと使うことはなかったかもしれない」
「そうだよね。ボクもそう。それで――」
頭の上に広がる大空のように。
「学べば学ぶほどどんどん世界が広がっていくみたいで、大変なんだけどとても楽しくって」
「分かるわ、その気持ち」
「だから、もっと色々知りたいって気持ちが止まらないんだ」
ウィノナの瞳が星のように輝く。
「果てがないわよね。狭くなってもいいはずなのに、広がっていく」
「そう、ある一つの事柄でも、そこからいくつも派生していくから際限がないんだ」
「奥深いと思うわ。宇宙並みに」
「ボク、サーディスさんの弟子になれて良かった。すごくわくわくするんだ」
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「レナ、サーディスさんって何者なのかな?」
「どういうこと?」
ウィノナはうつむきがちの顔を上げて問う。
「あの部屋を離れてても維持できてるし。あの若さで」
「そうよね、私も凄いと思うわ」
実はね、と耳打ちして。
ウィノナはその先の言葉に目を丸くすることになる。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3368 // ウィノナ・ライプニッツ / 女 / 14 / 郵便屋
NPC // サーディス・ルンオード / 男 / 28 / 魔導士
NPC // レナ・ラリズ / 女 / 16 / 魔導士の卵(見習い)
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■ ライター通信 ■
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ウィノナ・ライプニッツ様、いつも発注ありがとうございます。
えー……師匠の正体? は次回に回します(笑)。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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