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■『黒曜の髑髏』〜夢売り道化の闇〜■ |
法印堂沙亜羅 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
灰枯の城跡と呼ばれる、ダンジョンの奥深く。
是が非でも、成功させねばならない探索だった。
アセシナートにより滅亡した祖国ドゥ・ルガー。地の果てで、ひそやかに平和を保っていた国を、かの邪なる国は完膚なきまでに滅ぼし尽くした。
絶望的な戦いの後、わずかに生存した親衛隊の面々――あなたたちだ――に、王が残した遺命。
『我が国民の恨み、いくらかなりともはらしてやらねば、逝くに逝かれぬ。灰枯の城跡の奥底に封じられし黒曜の髑髏の力を、かの国に解き放て』
それだけを言い残すや、剣を杖にようやく立っていた王は倒れ伏した。
あなたたちは、王の遺骸を荒らされぬよう密かに埋葬すると、灰枯の城跡へと向かった。
魔術狂いと噂された六代前の王が築いた城が、うち捨てられ、廃墟と化した城跡である。
黒曜の髑髏とはいかなる由来の品であるのか、どんな力を解き放とうとしているのか、肝心なことは何ひとつ知らぬまま、あなたたちは王の遺命のまま探索行を続けた。
ここにたどりつくまでに、幾人もの仲間を失った。
いまや探索者は、あなたと水操師フィオーラの二人だけ。
二人が生き残ったのは、ある意味当然だったかもしれない。
あなたはフィオーラを誰より先にかばった。
フィオーラはあなたを誰より先に癒した。
愛していたから?
確認しあう時を持たないまま、ここまでやってきてしまった。
そして、あなたとフィオーラは最後の扉を開いた。
封じられし魔具が、いま目の前にある。
黒曜石で形づくられた髑髏が、松明の灯りの中、妖々と輝いている。
傍らの碑文には、使用法と効果が記されていた。魔術狂いと呼ばれた王の研究成果。
『髑髏に命じよ。我が全てをもって、対象を呪うと。対象には恐るべき災厄が降りかかろう。呪いが成就するなら、髑髏は青い焔を上げて燃え尽きる。そして、命じた者も燃え尽きる。燃え尽きた後には、新たな髑髏が残り、やがて来る次の呪い手をこの場で待つことになるだろう』
フィオーラのふるえる手が、髑髏へと伸びてゆく――。
「私が、呪う」
◆ ◆ ◆
いずこともしれぬ闇の中。
夢売り道化フィール・フォールの左手指先に、一枚のカード。
「黒曜の髑髏のカードにござい。こちらを御所望か?」
かくり、と道化の首がかしげられ、金の巻髪がしゃらりと揺れた。
「亡国の臣として使命を果される? ただし代償は自身の命か愛しき者の命――あな恐ろしや」
大げさに、両腕で自分の体を抱きしめて、震えてみせる。
道化の緋色の衣につけられた金の鈴が澄んだ音を弾きだす。
「人としての道に立ちかえって、優しい家庭づくりに励まれる? 祖国の死者たち、逝きたる王、逝きたる探索行の仲間達、全ての亡霊に責められようとも? ――これまた一つの呪いにも等しき次第」
嘆息しつつ、道化は優雅に一礼し。
顔を上げると同時に、ついと差し出された左手の先には、『黒曜の髑髏』のカード。
「いずれにしても」
さあ受け取れと、猫をじゃらすかの仕草でふってみせ。
「夢の行方は貴公次第、希望の道を開くも、絶望の淵に沈むも、また一興」
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『黒曜の髑髏』〜夢売り道化の闇〜
千獣(せんじゅ)もまた、手をのばしていた。
されど、その手は黒曜の髑髏へは向かわずに。
彼女の手は、フィオーラの手を優しく包み止めていた。
「千獣?」
フィオーラが、振り向く。彼の目には戸惑いが浮かんでいる。
千獣は、ゆっくりと首を横へと振った。
幼子のような、わずかな仕草に、万感の想いが込められていた。
「だめ、だよ……」
うつむきがちに、つぶやく。
そっと目を閉じた。
目に映るものより、もっと大切なものを見ようとするかのように。
視界をなくしても、黒曜の髑髏の存在感は強烈だった。
呪いに身を焦がし、髑髏と成り果てた誰かの怨念。その念を核に、呪われ命を落としたものたちの怨念、さらには先代の髑髏の主と呪われしものたちの――それら全てが縦糸に、あるいは横糸に、よじりあわさり歪な妄念のタペストリーを織り上げている。
一つの髑髏に、千の怨嗟が、万の嘆きが満ち満ちている。
「これが、私たちの使命なんだよ。大丈夫、私がやるよ。君を燃え尽きさせたりはしないから。怖がらないで」
フィオーラの言葉は、優しく真摯だった。彼なりに考えた選択だろう。癒しの水操師たる彼にとって、対極にある力を発動させようなどというのは、相当に思い切った決断でもあったろう。
それでも。
黒曜の髑髏の有りようを心でとらえたとき、フィオーラの語る使命は、どこか薄っぺらなものに聞こえ、千獣の心に染みいることなくただすべり落ちてゆくばかりだった。
「怖い……ちがう」
千獣は、目を開いた。
赤い瞳が、迷いなく真っ直ぐに、フィオーラの瞳を見つめる。
「ううん、怖いのは、怖い……けど、その怖い、ちがう」
ゆっくりと、言葉をさがす。
「怖いのは、繰り返す、こと……ここに、まだ……ある、たくさんの、憎しみ」
視線を、黒曜の髑髏へと移す。
フィオーラの視線が、それを追う。
「それは私たちも同じだ。だからこそ……」
「ちがう」
千獣は相手の言葉をさえぎった。
片手を自分の胸にあてて、続ける。
「ここにも、憎しみ、あるよ……許せない、けど」
千獣は、悟っていた。呪いは、永遠の連鎖。
恨みは、憎しみは、千獣の心にもある。
国民の恨みをはらしたいと言った王の心もわかる。
何故、滅びねばならなかったのか。
奴らさえ、アセシナートさえ存在しなければ……!
ドゥ・ルガーの国民すべてが同じ心であったろう。
けれど。
仮に呪いで、アセシナート公国が滅亡したとしても。それで彼らが晴れやかに逝けるのだろうか。
結局、彼らの魂は、救われることなく残るのではないのか。
そしてさらには、呪われたアセシナートのものたちの魂も、新たな憎しみに凝って残ってゆく。連鎖を重ね、肥大してゆく怨念。
王は言った。
『我が国民の恨み、いくらかなりともはらしてやらねば、逝くに逝かれぬ』
彼らに下された使命は、呪いの発動。
けれど、本当に王の、国民の、探索をともにした仲間たちの魂を思えば。
「みんな、いるよね……みんな、まだ想い、残ってる……王様も」
『呪エ……』
いずこからともなく、声が響いた。
「陛下……!」
フィオーラが周囲を見回す。それは亡き王の声に違いなく。
『呪エ……』
王に続いていくつもの声が唱和していた。
『呪エ、呪エ、呪エ……』
老人が、子供が、女が、唱和の声は増してゆき、陰々と木霊し響きわたる。
室内を圧する呪いの唱和の中、ごく自然に、千獣の手が黒曜の髑髏へとのび、胸の前に抱き寄せていた。
「ごめん、ね……公国は、呪わない……呪い、使うのは」
たどたどしい話しぶりながら、一言ひとことに、揺ぎない力がこもっていた。言葉だけではない、言葉にしきれぬ想いが、千獣の全身から解き放たれていた。
だからこそ、フィオーラは止められなかった。
完全に、気圧されていた。
全ての想いを乗せて、髑髏へとささやきかける。
「私の、全部で、私を……呪う」
髑髏を抱き、呪いの言葉を口にしながら、その様は子を慈しむ母の姿にも似て。
「……千獣!」
フィオーラが呼びかけた瞬間、千獣の全身から焔が吹き上がった。
純白の焔。碑文に記された青焔では無かった。白い、白い、まぶしいまでの輝きが地下室を染めあげ、灼熱が千獣の身を焦がす。
全身を灼かれる苦痛に、思わず膝をつく。
それでも髑髏は、放さずに。
『ナゼ、敵ヲ、呪ワヌ』
王の声に、千獣は宙空を見つめた。
「呪っても、憎しみ、消えない……王様に、みんなに……私の、体も、魂も、あげる……あげるから、おいで……」
それこそが、彼女の選択だった。
喰らったものを獣魔の別なく身体に宿す異能者、獣使いである千獣にしか選べぬ道。
賭け、ではあった。
肉体なき霊を取り込むなど、彼女にしたところで例のない話だ。ましてや、小国とはいえ、国ひとつぶんもの魂ともなれば。器となる千獣の負担は計り知れない。
それでも、やらねばならない。
やりとげなければ、ならない。
呪いの焔に灼かれながら、想いのありったけを込めて、自身の魂の門を開放する。
「おいで……私の、中に」
うっすらと透き通った女の影が現れ、千獣の中へと吸い込まれていった。続いて、いくつもの影が現れ出す。一つ、また一つと現れては吸い込まれてゆく。顔見知りの者たちもいた。探索を共にした仲間、いきつけの料理屋のおばさん、昔話が長いお隣のご隠居、噂話が大好きな侍女――。影たちはどんどん数を増し、その全てが千獣の中へと混ざりこんでゆく。
幾千の霊たちの念が、千獣の中をかき乱す。
魂が、バラバラになりそうな感覚。
「まだ、もっと……みんな、一緒に」
そのとき、わずかながら、魂の負荷が軽くなった。
水の気配がしていた。
フィオーラの操る浄化の水気が、千獣を援護している。
「おいで……おいで……」
霊たちに語りかける。
「おいで……一緒に、一片、残らず、燃え、尽きよう……」
その言葉に、内に取り込んだ霊の一つが、叫び返した。
『生キタイ……!』
その叫びは、残された霊の根源ともいえる想い。
「そう、だね……生きて、いたい、よね」
アセシナートは憎い。しかし、憎いから、逝けなかったのではない。突然不条理にもたらされた死と、肉体が滅びても魂を残す不安定な存在のあり方が、想いをゆがめてしまったけれど。
生きていたかったからだ。
命を紡いでゆきたかったからだ。
だから逝けなかったのだ。
「もっと、もっと……みんなで、生きて、いたかったね」
『生キタイ』
『生キテイタイ』
霊たちが、共鳴する。
霊たちの想いが、千獣のなかにあふれた。
それは幾千もの、ささやかな命の光景をともなっていた。
食卓を囲む、家族の姿があった。
舞踏会で踊る、恋人たちの姿があった。
花に水をやる、老夫婦の姿があった。
水辺で遊ぶ、子供たちの姿があった。
ほんの小さな幸福で、輝いていた命たち。
「あったかい、ね……優しい、ね……」
千獣は、すべての想いたちを、全身全霊で受け止めていた。
いつしか身を焦がす熱さも、感じなくなっている。
『生キタイ』
『生キタイ』
広がりゆく共鳴。
千獣の中の獣たちもまた、共鳴しはじめていた。
狼が咆哮していた。
獅子が、虎が、竜が、そして魔獣にいたるまでが、霊たちとともに、命を謳っていた。
呪いでは、怨念では、ない。
それは輝ける命の軌跡への誉め歌だった。
幾千の魂たちが生きてきた証が、よりあわさって力を増してゆく。
「いこう、ね……」
われ知らず、微笑みを浮かべていた。
千獣の身体から燃え上がる白焔が閃光を発した。
周囲は一面の白に包まれ――何も見えなくなった。
やがて、閃光はおさまり。
フィオーラが視界を取り戻したとき、室内に千獣の姿は無かった。そして黒曜の髑髏も。
代わりに、静かな光をたたえるものがあった。
両手で包みこめるほどの大きさの、水晶球。
碑文の文言が、変わっていた。
『苦しみに喘ぐ者、宝珠に語るがいい。想いが宝珠に伝わるなら、宝珠は大いなる恵み与え、消え去ろう』
「千獣……?」
宝珠に視線を戻せば、ほのかな微笑みを浮かべた彼女の姿が、映ったような気がした。
◆ ◆ ◆
いずこともしれぬ闇の中。
夢売り道化フィール・フォールが、夢を封じなおしたカードを片手に、目をぱちくりと。
「これは、これは」
カードを右手の指先で折れぬ程度にたわめると、ピンと飛ばして左手で受け。
「面白きこと」
かくり、と首をかしげてカードを見やる。
カードの図柄が、変わっていた。
『黒曜の髑髏』から、『生命の宝珠』へと。
「かくなる行末は、このフィール・フォールにも予想外。これだから夢売り道化はやめられぬ。さて、お客人」
つば広帽子を取るや、深く一礼。
「此度の夢は、これにて幕切れ。楽しんで頂けたなら、幸いでござい」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/異界職・獣使い】
【NPC/フィール・フォール/男/999歳/夢売り道化師】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございます、法印堂です。
大変丁寧かつ素敵なプレイングを頂きまして、この内容を頂いたからには、こちらもお応えせねばと、自分のテンション&ハードルを上げ気味に挑んだのですが、いかがでしたでしょうか。
またご縁がありましたら、どうぞお声がけくださいませ。
気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅
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