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■-ドッグファイト- 通常要撃戦闘■

あきしまいさむ
【7253】【イシュテナ・リュネイル】【オートマタ・ウォーリア】
 パイロット待機所内に控えめの警報が響く。
「こちら管制指揮所『シュヴィンデルト』、高月サキ。対空警戒レーダー・甲が空間異常を探知しました。敵は浮遊型、降下型多数、飛行型妖類少数が指揮をとっているものと思われます」
 不意にスクリーンが点灯し、東京周辺の空図が表示される。
 その上で赤い輝点がゆっくりと、群をなして首都へ近づいている。
「敵勢力、方位087方面から一斉に東京上空へ向けて接近中。待機中のパイロットは直ちに配置に付いて下さい。繰り返します、待機中のパイロットは直ちに配置に付いて下さい」
 サキの落ち着いた声がスピーカー内に鳴り響いた。
 通路を抜け、ハンガーへ。操縦席へ駆け上る。
 計器チェック行程を実行。
 振り向いて各翼の正常動作を確認する。
「まあ、ザコばっかりじゃ。気楽に叩き落としてこい! 特注のメダルくれてやるわい」
 みると高月のおっさんが、下で親指を立てている。
「サキです。『シュヴィンデルト』は出撃行程の終了を確認しました。貴機の滑走路へのタキシングを開始します」
 自機がハンガーから外へ牽引されていく。
 ハンガーランプの点滅がキャノピーを反射してはまた去る。
「離陸後、ただちに高度制限を解除します。敵勢力、要撃ラインまであと3000」
 思わず中空を見上げる、満天の星空だ。
 日常の前提、地からの離脱。
 形容しがたいその実感が全身を撫ぜた。
「こちら『シュヴィンデルト』。離陸滑走開始位置への到達を確認しました。貴機の幸運を祈ります――出撃。」
-ドッグファイト- 通常要撃戦闘


 
 夕刻。
 感情ともなわぬ、確固たる意志と目的をもって少女は歩く。
 花飾りと黒いリボンが後を曳いてゆれる。
「勢力発見、分析開始。対象施設群、およびニンゲン、対魔勢力と判別。敵対性勢力である可能性、オー・ツゥエルヴ」
 金髪を風が撫で、ふと消え去る。
「データ・トランスミッションコンプリート。トラップ確率も……ゼロ」
 イシュテナ・リュネイルは、彼女自身であるAIはそこまでの分析を終えた。
 足を踏み入れる。
 緑色の瞳を左右に、まばたきふたつ。
 広大な滑走路。
 それに比べおまけのようにくっついた廃工場。
「擬装ね」
 足の下で無数の地下設備が稼動しているのを感じ取る。
「失礼します、私は」
 と同時にイシュテナは言葉を失った。
「お? UICSから打電のあったパイロットか、入れ入れ。どうした?」
 眼前の光景。
「……なぜ、警戒態勢下のはずがバーべキューパーティー状態なのでしょうか」



 空軍のほうは早めの夕食。
 給仕は内藤・祐子。
「日野さん、泰蔵さん、肉ばっかり食べないで下さい。あ、もう、サキさんは野菜ばかり食べすぎですっ」
 ビールジョッキを数本片手に、カルビ皿の山を片手に、らくらく運ぶ。
 もっとも具材はこびとビールサーバ操作以外、サキの横に座ってつきっきり。焼け具合のいいのをどんどんとってやる祐子。
 サキの皿には肉が山盛りで、本人はもくもくとニンジンをかじっている。
「改めて。UICS、第12機動戦術部隊より派遣されました、イシュテナ・リュネイルです」
「ああ、ひっく。ワシは高月・泰蔵、司令兼、まあいいや防霊空軍へようこそイシュテナどの。ヒック」
 怪しい足取りで敬礼する泰蔵。
 イシュテナも返して敬礼。
「ではまず、搭乗機とTACネームの登録をお願いしたいのですが」
「おウッ、イシュテナちゃん? きーみもこっちきて食いなよ、ビールまじうめェ」
 なんなんだこの軍隊。
 このヨッパの司令と、不真面目そうな青年は。
 感情の無いはずの胸が、うずく。
「いえ、私はカロリー補給は現在、不必要です……というか戦いに来たのですけど」
 これが、苛立ちというものか。とイシュテナは自問しかけたが。
「はいはい、もう一名ご案内〜」
 祐子がその細腕をがっしとつかみ、ひきずる。
 不意とはいえ戦闘躯体であるイシュテナを無理やり席につかせる、すごい怪力だ。
「イシュテナさんは飲み物、何にしますか〜」
「え……しいて言うなら不純物のない普通の水で。お願い、します」
 OTの集合体であるイシュテナである。
 エネルギーは半永久的に躯体内にあり、別に何を食っても飲んでも得にならない。もちろん、毒にもならない。
「むむ。これは挑戦的っ! 天然氷での天然水、適温でお出ししてみせますっ」
 祐子はキッチンにすっ飛んでマドラー片手に水を作り始める。
「祐子さん、ですか。ただの水で結構です……」
「いーえ、給仕仕事はメイドの誇りっ。仕事は気を抜かずカンペキにできれば美しくっ」
「は、はあ」
 ニンゲンか。
「多様ですねぇ」
「ん? なにか言いました?」
 笑顔で応じる祐子と、肉とビアをむさぼる男衆。
 出入りの写真屋がつぶれて床で寝ている。
 それが飛び起きる。
 警報。
 言わないことじゃないじゃないですか――?
 イシュテナが目を上げてそう言おうとした矢先。
「CIC『シュヴィンデルト』、戦術モードへ移行終了」
「推定要撃高度6000。全対空砲スタンバイ」
「イシュテナ機をハンガーから牽引してくるッス」
「か、カメラ、カメラは、と」
 すでに管制卓についたサキに、防衛ラインを指示しだす泰蔵。
 外へ飛び出す写真屋に、ハンガーのシャッター操作を始める日野。
 この一瞬での変わりようと対応、このふざけた軍人達は何なんだ。
 戸惑い? 自分が?
 ともかく。
「イシュテナ・リュネイル、只今より出撃します。登録要請、TACネーム、リリウム。イズナの用意を」
「もう出来とる」
「了解」
 前髪をブリムに押し込む。
 コックピットへ。
「じゃあ私もいきますね〜」
 祐子は魔剣と預言書をもち、イシュテナへ手を振った。
「機にも乗らず、何をする気です」
 始動しだすエンジンの騒音に負けじと叫ぶ。
「お掃除です。よっと!」
 言い残すと、くるっと翻って剣とともに祐子は生身で宙へ飛び去った。
「へ……?」
 キャノピを閉めながら唖然とする。
「何なんでしょうか、あのヒトは」
「祐子さんのことは心配せんでいい! まあ誤射はせんようにな」
 見るとあのヨッパのおじさんが機体のセーフティ・ピンをはずして、雑巾を振った。
<CICよりリリウム、すぐにスロットルを。緊急にて、地下カタパルトより離陸してもらいます>
「リリウム、ラジャー」
「グッドラック」
 そう、声が聞こえた。
「被弾するな、ということですか?」
「ハ、ただのまじないじゃ」
「まじない……それで被弾率が下がるものでしょうか」
「さあな」
 一方、祐子は、急いで上昇する。
 メガネがくもるわ。
 髪は乱れるわで、家事からのスクランブルは大変だ。
「あ、忘れちゃいけないいけない」
 ストール風の肩にかけた長布の、発動スイッチを入れる。
 その上空を、腹に響くジェットが駆け抜けていく。
 イシュテナのリリウムが垂直に近い上昇ですっとんでいく。
「ああ、イシュテナさんてばもう。ずるいです」





<CICシュヴィンデルト、サキよりリリウム及び祐子へ。双方向通信確保>
「リリウム了解、エンカウント――アンド、エンゲージ」
 イシュテナのAIはもともと潜水艦。
 三次元機動の戦闘はオハコだ。
 運動エネルギーの計算は水圧と逆になる。
 それだけだ。本領発揮。
 敵群上方へ。占位。
「戦術戦闘。最大効果計算開始……。攻撃オプション取捨――AAMの連射にて、一掃」
 イシュテナ、マスターアーム、ON。FCS、ON。
 敵先鋭、一斉捕捉開始。
「近接信管、選択。一匹につき一射で十分、か」
 先制雷撃と同じだ。
 レーダーレンジ、ロック可能までの距離をモニタにゲージで表示させる。
 じりじりと減る。
 電子音。
 マルチロック可能距離に、敵モスキート群が入る。
「多い……FCSのスペックぐらい聞いておくんだった」
 機首を幾分上へ。
 エアブレーキ拡張。
 スピードを殺し、マルチ・ロックの時間を稼ぐ。
 ラダー、左右フラップは緊急回避のために水平のまま。
 待つ。
「遅い……CICへ、FCSが遅い、私がやります」
 割り込む。
 目標データを自己計算、全ての弾頭へ誘導指令送信。
 ロック完了を伝える電子音が不規則なミュージックのように続いて鳴く。
 全てカウント。
「2、4、7、9、16、37――42TGT、レーダーロック。……全モスキートロック完了、と判断」
 同時にリリース・トリガーを引いた。
 一斉に放つミサイル航跡が、白魚のように放たれる。
 着弾を待つほど悠長なイシュテナではない。
「効果予想、不発スリーナイン・セヴン、最低効果期待・撃破率96.99%、モスキート群は排除したものと暫定します……」
 いまだ中空。
 着弾前の、ミサイルの効果。
 それをすでに眼前にある光景のごとく、イシュテナは撃破データを予測。
「敵主力への殲撃への移行、可能と判断。リリウム、MAXパワーへ」
 スロットルを叩き込む。
 ミサイルリリース。ともに最速。
 追いかける形で戦域中央上空へ駆けあがるリリウム。
 つまりイシュテナ。
「敵群直上。急降下攻撃、レディー、AAガンモード。マルチレティクルON」
 一気に機首をあげ、上昇。
 真上から突っ込む。
「インサイト」
 トリガーを引きっぱなし、砲口を視線連動。
 影のように上から下へ去ったイズナの後に、ガンで撃破された妖魔の肉片がとぶ。
 と。
 少し離れてその機動を見守る中空に、メイドさんが一人。
「ひえ〜、はやいはやい」
 仕方ない話。
 魔剣との飛翔力と、軽戦闘機イズナの最大推力。
 半カタパルト離陸されれば、その気にならなければ、祐子が遅れをとるのも道理。
「ちょっと急ぎますか!」
 音壁を魔剣ディスロートの切っ先で裂いて、交差するように戦域へ。
 斬ろうと近づくが、すぐにイシュテナの食べ残しが牙を剥いてきた。
「ん、もうっ」
 自身へ放たれた加重砲を、すっとんでフリルを揺らして左右にかわしつつ、祐子は預言書を開く。
「邪魔をされたので。すいませんがその分は焦げてください」
 身をよじりながら炎弾を用意。
「せっかく用意したバーベキュー、のね」
 剣ではじき、火炎を放つ。
 続けて光線を放とうとしたペスト級妖魔を、灰にする。
「戦時と日常の狭間にいると、こういう怒りがですねぇ……っと!」
 イシュテナの放ったミサイルがそこらで発破。先鋭を蹴散らす。
「うわ! ナイスっ、だけど私に近いっ」
 物理球体フィールドがこんな形で役立つとは。
 さらに。
 続いて襲ってきた風圧に顔をしかめる。
 が、それは推力を保ったまま上昇してきた、リリウムだった。
「ふあー、もう。キャノピーって実はいいかもです」
 祐子はぼやく。





 ミサイル残弾は十分。
「リリウムより、祐子機、というか祐子さん自身? ……状況知らせ、です」
「え〜? バーベキューのコンロ。誰か、ちゃんと消したでしょうか? イシュテナさんは消してませんよね?」
「え? いや、私は消してません」
「じゃあ鉄板に置いてた肉と野菜全部ダメですね。戻るころには炭だわ。うう」
「ずいぶんと楽天家、なんですね」
 イシュテナの突っ込みに祐子は笑う。
「どうせなら帰ったあとの心配しないと、ですよ。あとは指揮官クラスを落として終わり」
「はあ。その、私のコアは戦闘AIですから」
 警報音。
「だからこうなる、わけでもないんでしょうけど、きました」
「イシュテナさん!?」
 妖魔の放った誘導甲殻片。あたればミサイルと大差ない。誘導性能も。
「かわして、みせます」
 アフターバーナON。
 垂直上昇。
 数秒後にエンジン全推力を切ってブレーキ。
 自由落下。
 人間ならとうに内臓がつぶれている機動。
「今っ」
 さらに左ラダーを加えて左へロールを蹴り、チャフ散布。
 周囲で爆発音がするたびに背筋を氷が走る。
「どこから……撃ってきた」
 あとは殲撃すればいいほどに敵は減らした。はずだ。
 警報音が鳴り止まない。
「そうか」
<CICよりリリウム、分析完了。敵指揮官は。イズナのコピーを作った>
「背を取られてから教えてもらっても、遅いです」
「イシュテナさん、今追います! てか追ってます!」
 祐子は急いだが、なんせ相手も同等以上の速度で飛ぶ。





「空力的にこちらと同等の複製の、妖魔か」
 ならば。
 イズナにイシュテナ自身の末端AIを、送り込む。
 その一部をインターフェイスとして定着、いわば寄生されたイズナは一瞬、拒絶反応に近い、反発を見せる。
 ラダー、エルロンをばたつかせ、怯える。
 放電が走り、イシュテナの腕に軽い疼通。
「……怖がら、ないで。私は、私の戦いのために、外に出る」
彼女はただつぶやくように、語りかける。
「あなたを捨てたり害したり、しない。いい? リリウム」
 一瞬の間。
ディスプレイに返答。
<RGR>
「オーケー、リリウムよりCICシュヴィンデルトへ。イシュテナ・リュネイルは離脱、別個戦闘を開始する。援護せよリリウム」
<CIC、了解>
 イシュテナは、機体の水平度、速度を再確認。
 Gホースは、イズナがそうしたのであろう、自動的にゆるんだ。
 キャノピ・ロック、解除。
 わずかにできた外縁の隙間から外気が冷たく流れ込む。
 蹴り飛ばして外へ。
 寒い。
 だがイジェクトと同時に放り出されたイシュテナ自身は、コピーされたイズナの背後をとった。
 雷撃戦と同じだ。背中を。
「艦尾を追い続けて、落とします」
 前進翼の敵のそのシルエットは、ただ黒い。
 だが、パイロットよりリリウムを追った。
 ガン攻撃。
 だが置いておいたAIが連続ロールで被弾回避。さすが自分の複製AI、その調子だ。
 イシュテナはとりあえず自身の安全を放棄。自由飛行は容易だ、いつでもできる。
 落下中。
 今は、攻撃だ。だがオプションはひとつ。
 他の選択では祐子を巻き込む恐れがある。
「――ウィル・オー・ウィスプ。堕ちろ」
 霊子を一気に収束。
 球体にして左右の連打で投げつける。
 二弾目が命中。
 殺った。
 確信したイシュテナの後ろから、影が走った。
 祐子が追いついた。魔剣の斬撃で真っ二つ。そこまでしなくても。
「私ので、終わってましたよ」
 イシュテナは呟く。無駄に疲れた。
 着地はいくらか落ちて、地表数百メーターですればいい。それまでスカイダイヴを味わうのもいい。
 と、腕をつかまれた。祐子だ。
「あ」
「お疲れ様です」
 思わず笑う。
「でも、おいしいところは獲られましたよね」
「ふふ、そーかもです〜」
 東京の灯火を背景にして二人は笑う。





「あー。終わったァ。自分明日のバイト早番なんすけどぉ」
「日野、うるさい、食卓とハンガーの掃除せい」
「へェい」
「シュヴィンデルト、警戒態勢へ移行。完了。リリウムのオートランディングを確認。地下ハンガーへ」」
「撮ったトッタ、撮れるとこはとった……ストロボ届いたかナァ」
 各人が各様の倒れ方。
「パーティー、まだ終わってませんよ〜」
 祐子が鉄板に再度火を入れる。
「はい」
 水がイシュテナの前にとんと置かれる。
 躊躇しなかった。イシュテナは飲み干す。
「……おいしいです」
「でしょ」
「裕子さん」
「ん?」
「ヘンな軍隊ですね、ここ」
 んー、とアゴに指を当てて祐子は考え込む。
「無駄に明るい兵隊さんは、いっぱいみましたよ」
「そういうもの、ですか」
 さあどうでしょう、といって皿洗いに戻る祐子。
 求めよ、されば与えられん。
 変な格言のデータが自分に混じっているな、とイシュテナは思う。
「求めても、突っつかれなきゃ。湧かないじゃないですか、ヒトへの感情なんてものは」
「まあ……そうですね、そんなもんかも」
 と水音の中で何気なく祐子が応える。
 その線引きもない響きが、イシュテナには心地良かった。
 そういうものか。
「ここの隊、ダメダメですよ」
「あはは、まあ軍隊としてはそうかも」
 祐子の立てるキッチンの水音を背に、各人が引き揚げを始める。
 夜戦隊の一日の終わり。
 その安らぎにもたれて、観察、といった別の確固たる意志でイシュテナはデスクに足をぶらつかせていた。


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○登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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3670/内藤・祐子/女性/22歳/迷子の預言者
7253/イシュテナ・リュネイル/16歳/女性/オートマタ・ウォーリア


NPC/高月・泰蔵
NPC/高月・サキ
NPC/日野・ユウジ
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☆ライター通信          
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AIの感情発達、といったテーマが幾分WRにヒットしすぎた感のする反面、考えさせられた分、何故か楽しんで書けました。
やはり環境というか周囲な、気がします。
今回の場合、祐子様も半分そこに加えさせていただいたようで心苦しいかもです。ただただ、それだけ深くこのダメ軍に関わって頂いている事に感謝を。


ところどころに顔を出す写真屋さんとのコラボ。

フォトスタジオ・渡 【渡会 敦朗】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2362