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■Final Episode:悲しき殺戮者■

西東慶三
【0604】【露樹・故】【マジシャン】
「コラム」はただ待っていた。
 その気になれば星をも容易く破壊できる力を持つ彼にとって、この世界で「強敵」と呼べる相手と戦うことはついに叶わなかった。
 だから彼はただ静かに願う。次こそは「強敵」に出会えることを。

「プレート」はいつも通りの生活を送っていた。
 平穏無事を愛する彼女は、例えそれがこの世界での最後の一日であろうと、それを「特別」なものにしたくはないのだ。
「板垣静佳」と名乗ってふらりとあやかし荘に現れた時のように、その日が来たら幻のように黙って消えようと、彼女はそう心に決めていた。

「ヘリックス」は、自分が得た知識を纏めることに余念がなかった。
 知りたいことはそれこそまだまだ無数にあるが、彼を強いてこの世界に押しとどめるほど「どうしても知らなければならないこと」は、もうすでになかった。

「キューブ」は、部下たちに自らが去った後の指示を出していた。
「立つ鳥跡を濁さず」ではないが、彼が去った後にこの世界が混沌に戻るのはやはりまずい。
 それだけに、彼は最後までできることをやろうとしていた。
 彼の部下たちは今後も各国の政府や巨大企業、そしてIO2などの組織に入り込み、「全てが適切に管理された秩序ある世界」を目指す活動を続けていくことだろう。

〜〜〜〜〜

「アドヴァンスド」の噂を聞かなくなって、もうかなりの時が流れた。
 IO2内に組織されていた「『A』対策班」も、延々と仕事がない状態が続いたため、いつのまにか「第七特殊部隊」と改名され、「アドヴァンスド」絡み以外の事件にも度々駆り出されるようになっていた。





 そんな、ある日のこと。

 いつものように、鷺沼譲次(さぎぬま・じょうじ)は閉店後の「四たこ」を訪れ、店主の室崎修(むろさき・しゅう)を相手にこれまたいつものように愚痴っていた。

「平和になったのはいいですけど、どうでもいい任務しか来ないのは正直退屈ですよ。
 野辺なんか『俺に斬らせろ』って今にも暴れ出しそうだし……」
「まあそう言うな。斬らなきゃならん相手なんかいないに越したことはない」
「そりゃそうですけどね。今度野辺連れてくるんで修さんからそう言って下さいよ」

 と、二人がそんなやりとりをしていると。
 一人の男が、血相を変えて飛び込んできた。
 鷺沼の部下で、第七特殊部隊の副隊長を務める山脇である。
「隊長、やっぱりここでしたか」
「お? どうした山脇、まさか『A』でも出たのか?」
 本気とも冗談ともつかぬ様子で尋ねる鷺沼に、山脇は首を一度縦に振る。
「ええ。『コーン』から……果たし状が届きました」
「何だって?」

「アドヴァンスド」の中でも、最も好戦的な個体である「コーン」。
「アドヴァンスド」としてはその戦闘能力は下位に位置するとはいえ、それでもその力は並の軍隊程度では歯が立たないレベルに達している。

「『最後の決着をつけたい。何人で、何を持ってきても構わない。明後日の午前0時、指定の場所まで確実に殺すつもりで来い』、と」
 そう言いながら、山脇は持ってきたスーツケースをテーブルに上げた。
「『もし逃げたり、私を殺せなかった場合は、手始めにこの娘を血祭りに上げさせてもらう』……とのことです」

 そのスーツケースの中に入っていたのは――引きちぎられた腕だった。
 だが、その付け根の部分から覗くのは肉や骨ではなく、配線や金属部品である。

「まさか……MINAか!?」
 部下の名を口にする鷺沼に、山脇は真っ青な顔で頷いた。
「なんてことだ……こうしちゃいられねぇ。
 山脇、お前は部隊の連中をかき集めろ。俺は外部で協力してくれる人間を捜す」
 バタバタと席を立ち、室崎への挨拶もそこそこに駆け出していく二人。

 そんな二人を、室崎は黙って見送り……やがて、静かに拳を固めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一方その頃。
 草間武彦は、予期せぬ人物の訪問を受けていた。

「つまり……お前は、あの『アドヴァンスド』の一人なのか」
 武彦の問いに、目の前の少女は小さく頷いた。
 最初ソフィーと名乗ったその少女は、「アドヴァンスド」の一人、「スフィア」だと言うのだ。
「それで、そのお前が俺たちに頼むようなことというのは一体何だ?」
 武彦が重ねて尋ねると、ソフィー……「スフィア」は少し黙った後、意を決したように口を開いた。
「……『コーン』さんを……止めてほしいんです。
 私も、あの人のことは苦手ですし……いつもひどいことをするのは、悲しく思ってます。
 ……でも……それでも、あの人も、やっぱり大切な仲間なんです」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「コーン」は嗤っていた。
 ずっと「自分は他のメンバーより劣っている」ということを思い知らされ続けてきた彼にとって、自分が「欠陥品だ」と告げられたこと自体には、実は何の驚きもなかった。

 キミは一言で言えば欠陥品だから、次の世界には連れて行ってあげない。

 いつも羨んで、妬んで、そして嫌っていたはずの連中なのに。
 それでも、見捨てられることが、こんなに辛くて苦しいとは。

 その辛さを、苦しみを、発散する方法を、彼は一つしか知らなかった。

 その果てに、自分のこの苦しみが全て終わってくれることを、どこかで願いながら。





「プリズム」は待っていた。
「コーン」に「欠陥品」と告げたのは、あくまで事実を教えたに過ぎない。
 そして、それがどういう反応を引き起こすか――それも、彼にとっては十二分に予測済みのことだ。
「これがこの世界で最後の花火……せいぜい見物させてもらうよ」
 屈託のない笑顔で微笑みながら、彼は「宴」の瞬間を待っていた。

−−−−−

ライターより

・ほぼ完全バトルシナリオですが、非戦闘キャラクターにもできることはあります。
・プレイングには、誰を経由して今回の事件に関わることになったかを明記して下さい。
・鷺沼&特殊部隊の面々は、恐らく真っ先に「コーン」のところに乗り込むことになるでしょう。
「鷺沼に依頼を受けた」という場合は、この部隊と同行することになります。
・また、室崎も彼独自の方法で人を集め、救援に行くつもりでいます。
「室崎に依頼を受けた」という場合は、この第二陣と言うことになるでしょう。
・武彦と「スフィア」の依頼を受ける場合は、スタンスが少々特殊になります。
 真っ直ぐに現場に向かうもよし、あるいは他の誰かに連絡を取るのもよし、です。
「コーン」の居場所は「スフィア」が知っていますが、到着タイミングは流動的です。
・この依頼の受付予定人数は1〜6名です。
・この依頼の〆切は8月24日午前0時を予定しています。
Final Episode:悲しき殺戮者

「コラム」はただ待っていた。
 その気になれば星をも容易く破壊できる力を持つ彼にとって、この世界で「強敵」と呼べる相手と戦うことはついに叶わなかった。
 だから彼はただ静かに願う。次こそは「強敵」に出会えることを。

「プレート」はいつも通りの生活を送っていた。
 平穏無事を愛する彼女は、例えそれがこの世界での最後の一日であろうと、それを「特別」なものにしたくはないのだ。
「板垣静佳」と名乗ってふらりとあやかし荘に現れた時のように、その日が来たら幻のように黙って消えようと、彼女はそう心に決めていた。

「ヘリックス」は、自分が得た知識を纏めることに余念がなかった。
 知りたいことはそれこそまだまだ無数にあるが、彼を強いてこの世界に押しとどめるほど「どうしても知らなければならないこと」は、もうすでになかった。

「キューブ」は、部下たちに自らが去った後の指示を出していた。
「立つ鳥跡を濁さず」ではないが、彼が去った後にこの世界が混沌に戻るのはやはりまずい。
 それだけに、彼は最後までできることをやろうとしていた。
 彼の部下たちは今後も各国の政府や巨大企業、そしてIO2などの組織に入り込み、「全てが適切に管理された秩序ある世界」を目指す活動を続けていくことだろう。

〜〜〜〜〜

「アドヴァンスド」の噂を聞かなくなって、もうかなりの時が流れた。
 IO2内に組織されていた「『A』対策班」も、延々と仕事がない状態が続いたため、いつのまにか「第七特殊部隊」と改名され、「アドヴァンスド」絡み以外の事件にも度々駆り出されるようになっていた。





 そんな、ある日のこと。

 いつものように、鷺沼譲次(さぎぬま・じょうじ)は閉店後の「四たこ」を訪れ、店主の室崎修(むろさき・しゅう)を相手にこれまたいつものように愚痴っていた。

「平和になったのはいいですけど、どうでもいい任務しか来ないのは正直退屈ですよ。
 野辺なんか『俺に斬らせろ』って今にも暴れ出しそうだし……」
「まあそう言うな。斬らなきゃならん相手なんかいないに越したことはない」
「そりゃそうですけどね。今度野辺連れてくるんで修さんからそう言って下さいよ」

 と、二人がそんなやりとりをしていると。
 一人の男が、血相を変えて飛び込んできた。
 鷺沼の部下で、第七特殊部隊の副隊長を務める山脇である。
「隊長、やっぱりここでしたか」
「お? どうした山脇、まさか『A』でも出たのか?」
 本気とも冗談ともつかぬ様子で尋ねる鷺沼に、山脇は首を一度縦に振る。
「ええ。『コーン』から……果たし状が届きました」
「何だって?」

「アドヴァンスド」の中でも、最も好戦的な個体である「コーン」。
「アドヴァンスド」としてはその戦闘能力は下位に位置するとはいえ、それでもその力は並の軍隊程度では歯が立たないレベルに達している。

「『最後の決着をつけたい。何人で、何を持ってきても構わない。明後日の午前0時、指定の場所まで確実に殺すつもりで来い』、と」
 そう言いながら、山脇は持ってきたスーツケースをテーブルに上げた。
「『もし逃げたり、私を殺せなかった場合は、手始めにこの娘を血祭りに上げさせてもらう』……とのことです」

 そのスーツケースの中に入っていたのは――引きちぎられた腕だった。
 だが、その付け根の部分から覗くのは肉や骨ではなく、配線や金属部品である。

「まさか……MINAか!?」
 部下の名を口にする鷺沼に、山脇は真っ青な顔で頷いた。
「なんてことだ……こうしちゃいられねぇ。
 山脇、お前は部隊の連中をかき集めろ。俺は外部で協力してくれる人間を捜す」
 バタバタと席を立ち、室崎への挨拶もそこそこに駆け出していく二人。

 そんな二人を、室崎は黙って見送り……やがて、静かに拳を固めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一方その頃。
 草間武彦は、予期せぬ人物の訪問を受けていた。

「つまり……お前は、あの『アドヴァンスド』の一人なのか」
 武彦の問いに、目の前の少女は小さく頷いた。
 最初ソフィーと名乗ったその少女は、「アドヴァンスド」の一人、「スフィア」だと言うのだ。
「それで、そのお前が俺たちに頼むようなことというのは一体何だ?」
 武彦が重ねて尋ねると、ソフィー……「スフィア」は少し黙った後、意を決したように口を開いた。
「……『コーン』さんを……止めてほしいんです。
 私も、あの人のことは苦手ですし……いつもひどいことをするのは、悲しく思ってます。
 ……でも……それでも、あの人も、やっぱり大切な仲間なんです」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「コーン」は嗤っていた。
 ずっと「自分は他のメンバーより劣っている」ということを思い知らされ続けてきた彼にとって、自分が「欠陥品だ」と告げられたこと自体には、実は何の驚きもなかった。

 キミは一言で言えば欠陥品だから、次の世界には連れて行ってあげない。

 いつも羨んで、妬んで、そして嫌っていたはずの連中なのに。
 それでも、見捨てられることが、こんなに辛くて苦しいとは。

 その辛さを、苦しみを、発散する方法を、彼は一つしか知らなかった。

 その果てに、自分のこの苦しみが全て終わってくれることを、どこかで願いながら。





「プリズム」は待っていた。
「コーン」に「欠陥品」と告げたのは、あくまで事実を教えたに過ぎない。
 そして、それがどういう反応を引き起こすか――それも、彼にとっては十二分に予測済みのことだ。
「これがこの世界で最後の花火……せいぜい見物させてもらうよ」
 屈託のない笑顔で微笑みながら、彼は「宴」の瞬間を待っていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして。

「コーン」が指定した場所は、以前「虚無の境界」が拠点としていた場所の一つだった。
 拠点としてはとうの昔に放棄され、すでに中にあっためぼしいものはあらかた持ち去られるか、IO2により接収されているかしたせいもあり、もはやほとんど近づく者すらいない場所。

 その場所は――今、まさに地獄の様相を呈していた。

「コーン」の指定した時間にその場所に来たのは、鷺沼率いる第七特殊部隊の面々と、室崎が独自に集めたIO2及び元IO2の有志たち。
 その人数は、合わせて四十人ほどにもなり、その中の誰もが十二分の戦闘技術を有していたが――それでも、「コーン」には遠く及ばなかった。





「……確実に殺すつもりで来い、と言ったはずですが」
 そう言って、コーンは小さくため息をついた。
 向かってきた者全員の確実に戦闘能力は奪ってあるが、まだ誰一人として殺してはいない。
 ただ、それは決して慈悲などではなく、「流れの中で殺す」のでは何の面白みもないからに過ぎない。
「興醒めですね。それでは、約束通りまずはあの娘からあの世に送ってあげましょうか」
 視線を、隅のMINAの方へと移す。
 両腕を引きちぎられ、さらにワイヤーのようなもので天井から吊された彼女の姿は、鷺沼たちを激昂させるには十分だったが――今となっては、それもほとんど意味のないことだったようにしか思えない。
「いえ……逆に、あの娘の目の前で、助けに来た連中を一人ずつ殺していくのも面白そうですね」
 自分は勝った。自分の力は証明された。この連中よりはるかに上であることが確かめられた。
 そのはずなのに、「コーン」の気持ちは全く晴れなかった。

 と。
「もう……もうやめて!」
 不意に、一人の少女が彼の目の前に姿を現した。
 同じ「アドヴァンスド」の一人である「スフィア」だ。
「また私の邪魔をしに来ましたか? ならば……」
 ならば。
 その先を続けようとして、コーンは言葉を失う。

 自分の力は、目の前の少女、あるいは少女の姿をした「同族」に遠く及ばない。
 彼女は戦いを嫌うから、きっと反撃してくるようなことはないだろう。
 それでも、きっと自分の力では、彼女に髪の毛ほどの傷をつけることもできはしない。
 そのことは、もう十二分に思い知らされている。
 だからこそ、「ならば」の先に、できもしないことを続けることはできなかった。

 どす黒い無力感。絶望感。
 それに潰されてやることすらできず、「コーン」はただただその場に立ち尽くした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 それと同じ頃。
 露樹故(つゆき・ゆえ)は、そこから少し離れた「ある場所」に立ち寄っていた。
 武彦から今回の件について聞いた彼は、「協力できない」と一度彼の依頼を断った上で、独自に動く道を選んでいたのだ。

 彼が訪れた先に待っていたのは、一人の少年。
 その少年が見た目通りの存在ではなく、「アドヴァンスド」の中でも最も煮ても焼いても食えぬ存在――それでいて、恐らく自分と最も近しい存在であることを、彼は知っていた。

「やあ。来ると思ってたよ」
 にこやかに笑って故を出迎えたその少年こそ、「プリズム」本人に他ならない。
「全く……自分の仲間の面倒は自分で見ないといけませんよ」
 冗談めかして故がそう言ってみたが、「プリズム」は変わらぬ笑顔を浮かべたままだった。
「まあ……この世界もあまり大きな化学変化が無くなって退屈だということは同感ですがね。
 ならば滅びるその様を最後まで楽しむのも一つの手ではあるでしょう」
 言葉を続けても、相変わらず返事はおろか反応もない。
 それでも彼の耳に入っていることだけは間違いないと考えて、故はさらに続ける。
「ただ、コーン君のやり方だと崩壊を楽しむ余韻が少なすぎますから、少しお灸をすえるのも良いかもしれません」

 と。
「キミは、何か勘違いしているね?」
 ようやく、「プリズム」が口を開いた。
「今の彼に世界を滅ぼすような力はないよ。『欠陥品』なんだから。
 いつかみたいに『混沌』を暴走でもさせれば別だけど、そんなことはボクがさせない」
「では……?」
 探るようにもう一度問いかけてみても、やはりその手には乗ってくれない。
 やむなく、故は彼の真意を探ることを諦め、小さく肩をすくめてみせた。
「いずれにしても、放っておくわけにもいかないでしょうね」
「頑張って。期待してるよ」
 本気かどうかもわからない励ましの言葉。
 そして、仮に本気だったとしても、一体「何を」期待しているというのか?
(考えるだけ、無駄なことですかね)
 そう結論づけて、故は「コーン」たちの方へと向かった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「スフィア」の登場によって生まれた奇妙な膠着状態は、不意に投げ込まれた氷のトランプによってうち破られた。

「……何者です?」
 苛立ったように声を上げた「コーン」だが、その表情には微かな安堵の色も伺える。
「名乗るほどのものではありませんがね。
 少々辛抱の判らない駄々っ子をお仕置きに来ました」
 トランプの主――故のその言葉に、「コーン」はにやりと笑った。
「なるほど。最後にようやくまともに戦えそうな相手が来ましたか」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 戦いは……端から見てどう見えるかはわからないが、少なくとも実際には故にとって有利に進んでいた。

 気合とともに放たれる「コーン」の一撃一撃が、十分な威力と正確さをもって、確実に故を吹き飛ばす。
 けれども、故は何度倒されても幻のように次から次へと現れ、その現れざまの一撃が少しずつとはいえ確実に「コーン」にダメージを与えていく。

 この分なら、戦いが早期に決着することは、まずないだろう。
 けれども、もしその戦いが終結する時が来るとすれば――その結果は、故の勝利でしかあり得ないことは、誰の目にも明らかだった。
 当人たちもそのことに気づいているのか、現れる時も、そして倒される時ですら、故の顔には薄笑いが浮かんでいる。
 それとは対照的に、「コーン」の顔には、はっきりと焦りと――そして、やや投げやりになっている様子すら見て取れた。





 と。
「そろそろかな」
 その様子をじっと眺めていた「プリズム」が、不意に「コーン」の隣に立った。
「キミの力はその程度なのかい?」
「……今さら何を……」
 憎々しげに睨み返す「コーン」に、「プリズム」は真剣な様子でこう続ける。
「思い出すんだ、キミは一体何者だ?
 自らの思考・精神こそが自らの存在を作り出すならば、キミに必要なのは何だ!?」
 不思議そうに手を止める故と、ただ黙って「プリズム」を見つめ返す「コーン」。
「キミとボクらを分けるものは何だ?
 なぜ負ける? なぜ傷つく? なぜ?
 本当はキミ自身にだって全てわかっているはずだ」
 その言葉に――しかし、「コーン」は悔しそうな、あるいは困惑したような表情を微かに見せたのみで。

「もしそれでも、どうしていいのかわからないというなら」
「プリズム」は一度ため息をつくと……「コーン」の肩を、一度だけ軽く叩いた。
「このボクが保証する……キミは負けない。
 キミにはその力がある。ボクらに並ぶだけの力が」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「うおおおおおっ!」
「コーン」の一撃が、さらに威力と正確さを増していく。
「プリズム」の言葉に後押しされるように、そしてその強さを自ら確かめるかのように、一撃ごとに、少しずつ。

「思い出せ! その程度の攻撃でキミは傷つかない! 傷つくはずがないんだ!」
 故の攻撃を、もはや「コーン」は避けようともしない。
 直撃のはずなのに――けれども、それは前のような効果は及ぼさず。
 トランプでの攻撃であれ、術による直接攻撃であれ、「コーン」は全て受けきり――いや、すでに「受けきっている」とすら言わないかもしれない。
 まるで何事もなかったかのように、傷つくことすらなく彼はそこにいる。

 その代わりに、何か小さな「ヒビ」のようなものが彼の全身に現れ始めたのを、故は見逃さなかった。
 攻撃によるダメージというよりも、何かもっと根源的な、「内側から生じる亀裂」のような。

(……一体?)

 謎のヒビの正体と、「プリズム」の真意。
 故はそれを探ろうとしたが、彼にできることはひとまず戦い続けることしかなく。

 そうこうしている間に、「コーン」の全身のヒビは、だんだん大きくなっていき。





 ついに。
 硝子細工の人形を、石畳の上に落としたかのように。

「コーン」の身体は、あるいは存在は、皆の見つめる前で、粉々に砕け散った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「コーン」が砕けて消えた後に残ったのは、一つの光の球のようなものだった。

 ふわふわと空中に浮かぶ「それ」に、「プリズム」が親しげに話しかける。
「やあ、気分はどうだい?」
 その言葉に――光の球が、言葉デカ、テレパシーでかはわからないが、少なくとも周囲の全員が「聞こえる」ような手段で、こう答える。
『長い間……悪い夢を見ていたような気分です』
 それを聞いて、『プリズム』はにこりと微笑み。
「そう、全て悪い夢だったのさ」
 そっと光の球を抱きかかえるようにして。
「おかえり、『コーン』」
 はっきりと、そう口にした。





「……どうも解せませんね。
 今さらあなたに腹を立てるつもりはありませんが、事情の説明くらいはしてもらいましょうか?」

 故がそう言うと、「プリズム」は思い出したかのように種明かしを始めた。

「例えばボクが楽しさを、『スフィア』が愛を求めるように。
 本来『コーン』が求めるべきだったのは、『より優れた自分』だったんだ。
 言うなれば、彼を本来突き動かすべきだったのは、『向上心』に他ならない。
 けど、この世界に来た時に、ちょっとばかり手違いがあったみたいでね」

 そう言いながら、「プリズム」は傍らの「コーン」を差す。

「本来僕らは純粋な知性体、もしくは霊的存在に近いものであって、肉体や姿を持たない。
 とはいえそれじゃいろいろと不便だから、その世界その世界に合わせた姿を借りてこうして『具現化』しているわけだけど。
 その時に、『コーン』は何らかの悪影響を受けすぎたらしくてね」

 かりそめの「姿」を作る際に、何らかの「異物」が混入した、と言うことだろうか。
 彼らほどの力を持つ存在がなぜ、という疑問はあるものの、それ自体はまああり得ない話ではない。

「『向上心』というのは、つまり『今の自分に満足しない』ということでもある。
 その部分だけが肥大化して、『自分に対する強い不満』になってしまったんだろうね。
 ボクらは自分たちの思考が存在そのものを規定するから……って、ここわかるかな?」

 一旦説明を切り、「プリズム」が辺りを見回す。
 はっきりした答えはなかったが、数人が怪訝そうな表情を浮かべていることに気づいて、彼は一旦そちらの説明を始めた。

「例えばそこの鷺沼さんにボクが催眠術をかけるとするね?
 『自分は象でも片手で持ち上げられる』彼が本気でそう信じたとして……できると思う?」

 もちろん、肉体的にも強化するような魔法をかけていればともかく、普通の状態でそんなことをできるはずがない。

「もちろん答えはノー。生身の人間にできるわけないよね。
 でも、僕らはそれができてしまうし、逆に『できない』と信じれば本当にできなくなる。
 僕らは自分が信じた通りの存在になれる、まあ簡単に言えばそういうことかな」





 なるほど、これで全て合点がいった。
「プリズム」が声をかけたあと、突然「コーン」の動きがよくなったわけも。
 故の攻撃でさえ、全く傷つかなくなったわけも。

 そして恐らく、「プリズム」の今回の本当の狙いも。

「それで、あなたは『コーン』の中からその悪影響を取り除こうとした、と」
 故がそう指摘すると、「プリズム」は、あっさりとそれを認めた。
「まあ、そういうことだね。
 ボクとしては、これはこれで面白かったから今まで放っておいたんだけど。
 さすがに次の世界でもこのままというのもつまらないだろうと思ってさ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 やがて。

「それじゃ、ボクの最後の仕事も終わったしね。
 そろそろボクらは行くとするよ」

 それだけ言い残して、「プリズム」、「スフィア」、そして光の球となった「コーン」の三人は、いずこかへと――恐らく、彼らの言う「次の世界」へと旅立っていった。





「……行っちまったな」
 鷺沼が、彼らの飛び去った方を見つめてぽつりと呟く。
「そうみたいだな。全く、はた迷惑な連中だった」
 室崎が、それに続いて安堵の息をつく。
「そうですね。でも、実際もう会うこともないのかと思うと……」
 MINAが、複雑な表情を浮かべる。
「少しだけ、寂しい気もする……と、いうところですか?」
 故が誰にともなくそう言うと、一同は少し戸惑ったような顔をして――そして、何人かが控えめに頷いた。





 と。
「まあ、やっぱりそういうものだよね」
 背後から聞こえてきたその声は。

 まぎれもなく、「プリズム」のものだった。

「お前、どうして!?」
「別の世界に行ったんじゃなかったのか!?」
 驚きの声を上げる面々に、「プリズム」はいつもと全く変わらぬ笑みを浮かべる。
「何をそんなに驚いてるんだい?
 ボクは『具現せし虚偽にして全ての偽りの王』。
 だから、ボクはある意味ではどこにもいないし――」

「またある意味では、どこにでもいる、と」
 故がそう続けると、「プリズム」は満足そうに頷いたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0604 / 露樹・故 / 男性 / 819 / マジシャン

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 今回は「コーン」に関する種明かしがメインだったのですが、故さんには「独自路線」に近い形で「プリズム」と関わっていただくことになりました。
 なんだかんだで「プリズム」だけはこの世界に残ることになったようですので、恐らく私がこの世界の物語を綴ることはもうないでしょうが、きっとこれからもこのような感じの騒がしい日々が続いていくのであろうと思われます。
「プリズム」とはわりと気の合う故さんであれば、きっとまたお互いにこうしてちょっかいを出してみることもあったりするのでしょうね。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
 そして、長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。