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■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【7704】【前田・八千代】【旧日本軍人】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



「……ここか」
 狭い路地の先の行き当たりに、ひっそりと佇むコンクリートの四階建て。そこを見上げるのは前田八千代。一度は死んでいるが、その激しい怒りによってこの世に戻ってきたという事情を持つ。
 手に持っているのは地図がコピーされた紙。一度そちらに視線を落とし、いま着ている背広に不自然ではないビジネスバッグにおさめる。
 住所は間違っていないだろう。看板なども出ていないが、まぁいい。行ってみればわかること。間違っていれば帰ればいいだけの話だ。
 一階は薄暗く、人の気配もない。二階にあがってみることにした。
 階段をあがった先は一階と違い、明るい。八千代は視線を左右に動かし、人が居る気配を感じてそちらに足を向けた。
 あがって右手に広がる廊下。一番手前にある部屋の前まで来ると、ちょうど中からドアが開いた。彼女は「行ってきまーす!」と元気よく言い放って廊下へと踏み出したところだ。
 軽く一歩退いた自分に気づいた少女は「ん?」と目を丸くし、こちらを上から下まで一瞬で眺める。
「こんにちは」
 愛想のいい笑顔の娘だ。人怖じしない性格をしているのだろう。長い髪を後頭部の高い位置で括っている。
 八千代は一秒ほど考え、軽く頭をさげた。敬礼ほどではないと判断したのだ。
「ここは妖撃社で間違いないか」
 問いかけに彼女は瞬きをして振り向き、首を傾げる。そしてこちらを見返してにっこり笑った。
「そうだよ。うちに用なんだね。
 中に誰か居るから、ごゆっくり」
 そう言って彼女は横をすり抜けて早足で行ってしまう。八千代が使った階段を勢いよく駆け下りていく音が響いた。
 八千代は目の前のドアを開けた。ドアはそれほど力を入れなくてもよいものだ。中に入るとすぐ目の前には、行く手を阻むように衝立がある。
「あれ? シンが喋ってたからやっぱり。こんにちは」
 ひょこっと顔を衝立の向こうから覗かせたのは人形みたいな男の子だった。かなり小柄だ。
「アルバ……」
 そこまで言いかけて八千代の眉がぴくりと痙攣する。外国語はわからない。
「面接の件で話をさせていただきたい」
「バイト面接の人でしたか。ふふ。どうぞどうぞ」
 にこやかな笑顔で八千代を案内する少年は、整いすぎた顔立ちを除けばどこにでもいる小学生のようにしか見えない。
「ここで座って待っててください。面接をする支部長を呼んできますから」
 軽く頭をさげて応えると、彼は「ふぅん」と意味ありげな呟きを唇に乗せ、そのまま行ってしまう。
 案内されたのは衝立で囲まれた応接セットがある一角だ。囲まれた、と言ってもカタカナの『コ』の字のようになっているのだが。
 ソファに腰かけた八千代はビジネスバッグから履歴書を取り出す。面接をするのは支部長だということだから、失礼のないようにしなければ。
(どのような方であっても、日本男児として無礼のないようにしなければな)
 とはいえ、外見は日本男児というには不釣合いなものだが。
「アルバイト面接に来られた方ですか?」
 娘の声だが八千代はほぼ反射的に立ち上がり、声の主に敬礼した。
「前田八千代と申す。本日は面接に時間を割いていただき、感謝の至り」
「…………」
 ぽかーんとこちらを見ていたのは、まだ十代の少女だった。高校生くらいだろう。
 眼鏡をかけた彼女は瞬きを一つし、すぐに微笑んだ。
「お座りください」
 彼女の声に八千代はすぐには従わず、少女が座ってからソファに腰かけた。
「こんにちは。妖撃社、日本支部の支部長の葦原双羽です。アルバイトの面接に来てくださった、前田さんですね。
 うちに働きに来られたということは、どういう仕事をするかご存知ということですか?」
「この場所については知り合いに聞いた」
「なるほど。履歴書はお持ちですか?」
 少女のほうに履歴書を差し出す。彼女は封を開いて中に入っている履歴書を取り出した。
 一通り目を通した彼女は、履歴書と八千代を見比べる。その反応は予想していたものだ。
 八千代は視線を双羽に合わせた。
「以前の職は軍人をしていた」
「軍人……陸軍や海軍とか、ですか? 自衛隊?」
「いや、自衛隊ではない」
 双羽は軽く首を傾げて顎に手を遣って考え込んでしまう。
「今は何を?」
 職業欄は『元軍人』だ。だが……所属していた場所はもうない。そう……言ってみれば無職だ。軍人ではあるが……今の時代では給料なども出ない。
「……手に職はない」
「そうですか」
 素直に応えると双羽はあっさりと頷いた。
「うちの仕事は特殊なんですけど、希望の動機をうかがってもよろしいですか?」
「……幼い頃より、国と国民に尽くすべく生きてきた」
 静かに、低く言う八千代を双羽は大人しく見つめている。
「その身の上ゆえ、ようもわからん存在に日本国民が脅かされるのは勘弁ならん」
「…………」
「対抗する力が自分にあるのなら、ここで仕事をいただきたい」
 きっぱりはっきり言い放つ八千代に少し圧倒されたように双羽は軽く身を引く。
 真剣な眼差しを向けていると、彼女はぱちぱちと瞬きをした。
「ようもわからん……ですか」
「ああ」
 怪異なる不透明な存在に怒りが沸々と湧き上がってくる。だがここは面接の席。怒りは極力抑えなければならない。
 ぐっと拳を握っていたのに気づき、「失礼した」と謝罪をする。
「体力には自信がある。大体の武術や一般的武器の扱いの心得はある」
「そうですか」
「それと……情けないことだが私は過去の戦場であの世を見た」
「あのよ?」
 双羽は首を傾げる。歳相応の可愛らしい仕草だった。
「あぁ、死にそうな目に遭ったということですね?」
「……いや、そうではなく、黄泉の国、と言ったほうがわかりやすいだろう」
「……死後の世界ということですか。臨死体験をされたとかですか?」
「いや、私は……死んだのだ」
 なぜなら、この体は見知らぬ誰かの物なのだ。
 自分は銀の髪ではないし、緑色の瞳もしていない。こんな姿は自分のものではない。この姿は偽りのものだ。
「それ以来、少々の手傷では死ぬことは無い」
「…………」
「が、身体を欠損しても動き回れるほどの便利さは無い。以上だ」
 深く頭をさげる八千代を双羽は見つめていた。それは八千代の真摯な気持ちから出たものだ。できれば採用されて働きたい。
 いつまでも頭をさげたままの八千代に小さく溜息が聞こえた。
「頭をあげてください」
「…………」
 双羽の声に従って頭をあげ、彼女を見つめる。
「うちの仕事は想像されているものよりも、とても地味だと思いますが……それでも働きたいと思われますか?」
「地味とは」
「……よく勘違いされるんですが、こういうお仕事は派手でかっこいいものだと思う人が多くて」
 少しだけ悲しそうに見えたのは……八千代の気のせいだろうか?
「一般の方の基準に合わせてお仕事をするので、実は大変なんですよ」
「どのように?」
「先ほど前田さんもおっしゃったように、一般の方々にとっては怪異は信じられないものであり、よくわからないものです。
 我が社に所属している人たちは『普通ではない』人が多いですから、最初に所属した時は自分たちの常識ですべてはかってしまうんですよ」
「?」
「そういう反応をするのは、ある意味理想的でもありますよ」
 にっこり微笑んだ後、双羽はそっと声を低くした。
「あくまで我々は商売をしているわけです。依頼者の希望を最優先するのは当たり前。彼らの生活を脅かすことはしません。
 我々は派手に暴れることもありますが、それは危険度の高い仕事だけ。普段は探偵業と似ていますから、地道で控え目です」
「そうなのか」
「はい。自身を活躍させる場ではなく、依頼者の望みを叶えるのが目的です。それを踏まえていただけますか?」
「無論だ」
 彼女は八千代の返事に再び微笑んだ。彼女は見かけの年齢よりも頭のキレる人間のようだった。
「では、面接を終わります。結果はお電話で……」
「いや、連絡については悪いが住所に手紙で送っていただきたい」
「あら。そうですか?」
 ……昨今の機械は苦手だと八千代は内心で洩らす。
 双羽は履歴書を閉じて「わかりました」と答えた。
「では手紙で結果をご連絡しますので」
「配慮に感謝する」
「結果通知を手紙でと希望される方は初めてですが、構いません。それではわたしは仕事があるので失礼します」
 彼女は軽く頭をさげて先に去ってしまった。その代わりにここまで案内してくれた幼い少年がやって来る。
「帰りはあっちです」
「ああ」
 少年は先導するように歩き出す。それに八千代はついて行った、とは言っても、来た道を引き返しているだけなのだが。
 出入り口まで来ると、彼はニコッと笑った。
「面接お疲れ様」
 その時だ。ドアが開かれる。一瞬自動ドアかと思って少し身構えてしまった。
 長い黒髪を持った美しい少女がこちらを見遣る。冷たい目だ。
 彼女は視線をすぐに少年に向けた。
「明日から実家の仕事で少し抜けるの。双羽はいる?」
「フタバさんは来てますよ? 支部長室にいますから」
「そう……」
 八千代に興味がないのかそのまま横を通り過ぎて奥へと歩いて行ってしまった。見かけは抜群に整っているが、どことなく欠けた印象を受ける女だ。この職場は少々どころかかなり変わった面子が多そうだった。
 礼儀正しくドアを開け、八千代は少年に頭をさげてそこを出た。
 階段を降り、一階のホールを抜けて外に出ると建物を振り仰ぐ。
「……妖撃社」
 アヤカシを滅し、怪異を否定する会社。
 八千代は視線を剥がし、歩き出した。



 二日後、八千代の住む家の郵便受けに一通の手紙が届いた。
 白い封筒の表は間違いなく八千代の名前で、裏面には妖撃社の住所印が押してある。どうやら面接の合否通知のようだ。
 部屋に戻って封を切り、中から手紙を取り出す。
 文面はあっさりしており、採用するという内容が書いてあった。
「採用か」
 後日、仕事内容を説明し、バイトとして登録するので再び来て欲しいということも記されてある。
 八千代は手紙を封筒に戻し、カレンダーへと目を走らせた。さて、あそこへ足を運ぶのはいつにしよう……?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7704/前田・八千代(まえだ・やちよ)/男/21/軍人】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、前田様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 バイトには採用されたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。