■月の旋律―第一話<招集>―■ |
川岸満里亜 |
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】 |
エルザード王城に最も近い斡旋所。
ここの求人には、身元が確かな者のみ応募が出来きる。
故に、冒険者や、異世界人の姿は少ない。
但し、例外がある。
雇用主側が、人物を指定してきた場合。及び、命の保証のない危険な仕事の場合だ。
集められた者達は、会議室へと通された。
担当の事務員が重々しい口調で説明を始める。
「今回、皆様方にお願いする仕事は、実に危険な仕事です。説明を聞いた後、辞退してくださっても構いません。また、家族や恋人のいる方にはお勧めできない仕事です。……ただし、この仕事を請けた皆様にもしものことがあった場合、ご家族の一生分の生活費は約束させていただきます」
事務員はテーブルに地図を広げた。
「ここ聖都から、馬車でおよそ3日程北西に向った先に、小さな港があります。その港から船に乗り、数十分北に進んだところに、人口2千人ほどの島があります。その島が、アセシナート公国に狙われていると報告が入っています」
アセシナートという国名に、ざわめきが起こる。
「アセシナート公国は、聖都エルザードの隣に位置する国ではありますが、ご存知の通り、我が国に敵意を示しています。しかし、我が国の王、聖獣王は隣国と事を構えることを良しとしません。極力戦争は避けるべきと、王も国民達も考えているはずです」
「その島は、聖都の管理下の島ではないだろ?」
剣士風の男性の言葉に、事務員は頷く。
「そうです。国が正規の騎士団の派遣することはできません。あくまで我々が行なうのは自国や同盟国の防衛のみでなければなりません。ですから、この件に王は関与していません。これはこの斡旋所の依頼です。皆様エルザードに属していない方々、もしくはそれを隠して任務に当ってくださる方々にこの島の防衛をお願いしたくあります。現在、この島の領主が傭兵を募っていますので、異世界、もしくは他国籍の者として応募し、防衛戦に参加をして戴きたいのです」
「その島を防衛する理由は?」
「アセシナートの目的は、この島の地下資源にあると踏んでいるからです。その資源をアセシナートに渡すわけにはいきません。防衛、そして敵騎士団に大きなダメージを与えることが、今回の目的になります」
会議室から唸り声が上がる。
かなり危険な依頼のようだ。
* * * *
数日前、テルス島にアセシナート公国の国旗を掲げた船が入港した。
船からは若い女性が下り立った。冷たい印象を受けるが、絶世の美女である。彼女の右側には、豪壮な鎧を纏った屈強の男性。左側には、聡明そうな男が従っていた。
「我が名は、アセシナート公国貴族にして月の騎士団団長の娘、フリアレス・グラン・リアリクール」
領主の到着を待ち、女性は凛とした声で毅然と言う。
「この島は、これより我等アセシナート公国の占有地となる。ただし、この島に住まう者達には一ヶ月間の猶予を与える。その間に島を去った者には、一切の手出しをしないことを約束しよう。また、貴公等には、我々の支配下に下るという選択もある。だが我々に歯向かう者、1月を越えてこの島に滞在する者は、我等の奴隷、及び実験材料とさせてもらう」
一方的な言い分だった。
無論、領主ドール・ガエオールも黙ってはいなかった。
警備兵は即座にその使者を捕らえようとした。
しかし、武器を構え敵意を見せたその瞬間に、女性の右側に立っていた男が大剣を抜き放ち、薙いだ。
ただそれだけの動作で、発せられた真空の刃により1個分隊が全滅した――。
「既に、わが同胞達が島の住民として生活をしている。1月後、その者達は我等と共に名乗りをあげ、歯向かう者を殲滅するだろう」
フリアレス・グラン・リアリクールは、右側に立つ男の肩に手を置いた。
「この男は、月の騎士団特攻隊隊長グラン・ザデッド。ご覧の通りここの警備兵程度、この男一人で殲滅できる」
そして、左の男の肩にも手を置いた。
「この男は、ここの研究施設の副所長となる男、ビスタ・トヴィンだ。更に、この場にはいないが所長は我が国切っての化学者『ファムル・ディート』という男だ。彼等の名を、覚えておくがいい」
そう言い放つと、フリアレス・グラン・リアリクールは従者と共に、島から離れていった。
同日、頭を抱えるガエオールの元に、一人の女性が現れた。
他国で暮している親戚のタリナ・マイリナという女性だ。
数日前、男性を連れてこの島を訪れていたのだが――。
「実は、お話ししていませんでしたが……私が連れている男性、アセシナートの脱走兵なんです。それも、月の騎士団の」
「何!?」
ガエオールは驚きのあまり立ち上がる。
「叔父様、どうか落ち着いて」
タリナはガエオールの両肩を押して、座らせながらこう説明をする。
「彼はアセシナート……いえ、騎士団を酷く憎んでいます。騎士団を迎え撃つおつもりなら、協力したいと言っていますがいかがいたしましょうか? もちろん、私も叔父様がそのおつもりなら協力いたします」
タリナは強い瞳で微笑んだ。
ガエオールは両手を組んでうな垂れる。
「しばらく考えさせてくれ」
直ぐには答えを出せそうもなかった。
数日後、ガエオールは傭兵を募り、騎士団を迎え撃つことを決意する――。
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『月の旋律―第一話<招集>―』
甲板に、暑い陽射しが降り注いでいた。
島の生活を支える大型船は、いつにもまして賑わっている。
運ばれる物資の量も増え、1日の運航回数も今までの2倍に増えたそうだ。
「よう。何してるんだ? ここは暑いだろ? 肌に悪いぜ」
男性の声に、ルイン・セフニィは顔を上げた。
聖都エルザードで見たことのある男だが、仕事で組んだことはない。
「力を蓄えてるんです」
そう言って、ルインは微笑んだ。
男――ミッドグレイ・ハルベルクは、思わず眼を細める。
太陽の光も眩しいが、彼女の背の羽もキラキラと輝き、美しい輝きを放っている。
とても美しい女性だった。
外見年齢は20歳前後。背中の羽を見るに、人間ではないようなので、正確な年齢は外見では判断できない。
とにかく、これから行く血なまぐさい場所には、似合わない女性だった。
「戦い、長引かないといいですね」
ルインの言葉に、ミッドグレイが頷く。
「邪魔したな。美人さん」
そう言い、ミッドグレイはその場を去った。
ルインはミッドグレイの背を見送りながら、そっと微笑んだ。
時折、こうして声をかけてくる男性がいた。
ルインの容姿に惹かれてだろう。
だけれど、今の男性からは、別の目的を感じられた。
ルインは小さく吐息をついて、作業に戻る。
眩しい光の中、手を開く。
そうして【太陽の結晶】――自分の力の源を作っていくのだった。
ミッドグレイは甲板から船内へと入った。
やはり戦士風の男女が多い。
傭兵として島に向うのだろうか。
この中に、アセシナートの手の者が混じっている可能性もある。
「よう、何食ってんだ? お前んところの名物?」
ミッドグレイは船内を回って、めぼしい人物に声を掛けて回った。
仕草や雰囲気から、戦い慣れしているかどうかは多少分かるものだ。
船の中には一緒に聖都を出た見知った顔の冒険者達の姿もある。
椅子の上で、うつらうつらしているのは、賞金稼ぎのケヴィン・フォレストだ。
穏やかな笑みを湛えながら、船員と会話をしているのは、異界人の山本建一。
真剣な面持ちで窓から外を見ているのはルーンアームナイトのアレスディア・ヴォルフリート。
そして、時折鋭い目を周囲に向けているのは、冒険者のリルド・ラーケンだ。
いずれも、腕の立つ者達であり、ミッドグレイにとって戦力としては信頼のおける人物であった。
船が速度を落とす――どうやら、港が近付いてきたようだ。
入港後、傭兵に志願した者は、即刻領主の館へと集められた。
この島の人口2千人ほど。
住民達は普段どおりの生活を送っているらしい。
警備隊は島の民達で結成された分隊で成り立っていたが、アセシナートの騎士により一撃の下、全滅させられてしまったため、現在自衛力は無きに等しいということだ。
無論、大陸からある程度の人員は派遣されたが、それも数十名ほどの人員に過ぎない。
会議室に集った傭兵志願者はおよそ100人。領主や関係者も含め、会議室には約150人集っていた。
「隣、失礼します」
そう言い、建一はケヴィンの隣の席に腰かけた。
建一を見て、ケヴィンは僅かに眉を顰めたのだが、直ぐにいつもの無表情に戻る。
建一は鎧にマント、兜まで被っている。普段とは違う戦士風の格好だった。どうやら変装をしているようだ。
2人が選んだのは一番後ろの席であった。
他にも後ろを選ぶ者は多く、警戒している者の多さが窺えた。
傭兵志願者と向かい合う形に設けられている席には、およそ10人の男が座っているが……いずれも軽装である。それが平和でのどかな島の普通の格好であり、ここに集った者達の武装の方がこの島には異常だった。
異常なはずだった。
「お集まりいただき、ありがとうございます。私がこの島の領主、ドール・ガエオールです」
中央の男が声をあげた。
貴族風ではない。普通の村民のような男性だった。
「まず、この島の状況について説明しよう」
ガエオール領主が説明を始める。
「この島は、農業と牧畜、漁業が盛んな島です」
本島との取引は毎日行なってはいるが、島民だけを養う食料は、島の産物だけで賄えるだけあるそうだ。
その他、特に特徴もなく、ここを狙う理由も思い当たらないということだ……。
「では、敵に言われた事を全て、その時の状況、それから『この島が狙われたと思われるあなたなりの理由』を教えて頂けませんか?」
手を上げて、そう発言をしたのはルインであった。
領主は頷いて語り始める。
アセシナートの騎士団が現れたのは、今から2週間ほど前のことであった。
突如現れた船から、島に下り立った人物は、僅か3人。
中央に立つ若い女性は『アセシナート公国貴族にして月の騎士団団長の娘、フリアレス・グラン・リアリクール』と名乗ったと言う。
右側に立っていた男は、『月の騎士団特攻隊隊長グラン・ザデッド』。その男は剣を一振りしただけで、警備兵を全滅させた。
左に立っていた男は、ここに建設予定の研究所の副所長となる男『ビスタ・トヴィン』だと、そのフリアレスと名乗った女性が説明をしていた。
また、同行してはいなかったが、所長となる男の名は『ファムル・ディート』というらしい。
それら詳細が領主の口から傭兵志願者達に語られた。
「島が狙われた理由は、正直分からない。研究所を建てるということから、単なる領土拡大の為ではないと考えてはいるが……」
「では続いて、この島の地理、兵力、武装などを教えていただけぬか?」
挙手して、そう発言をしたのはアレスディアである。
領主は頷いてまずは島の説明を始める。
港は、南側に一箇所のみ。
ただし、東側、西側にも海岸があり、船の上陸は可能である。北側はほぼ崖になっている。
島の中は森林も建物も少なく、見通しが良いが、起伏が激しいため長時間の走行は厳しい。
兵力は先に簡単な説明もあったが、傭兵を入れなければ大陸から派遣された警備兵50人ほどのみだ。
相手の戦力については『アセシナートの月の騎士団』については、同じくおよそ50人ほどの騎士団のようだが、一般の警備兵ではまるで歯が立たないだろう。
「それから先の話によると、グランという男、一薙ぎで分隊を蹴散らしたというが。その力に何か検討はつかぬかな?」
「……恐らく空間術だ」
答えたのは領主ではなく、リルドであった。
「ヤツとは何度か交戦した。ヤツは魔術を交えた剣術を使ってくる」
一旦言葉を切り、軽く舌打ちする。
剣を交えたことは確かにあるのだが、その魔術をリルドはあまり見たことがない。
1度目は、意識を失っている状態で受けたらしい。
2度目は、最終的には使わせたとはいえ、ほぼグランが魔法を使えない状態での戦いであった。
「ま、一般兵如きじゃ、何人で取り囲もうがヤツを倒すことはできねぇ。それ以外の騎士団のヤツも、ヤツほどじゃねえにしろ、かなりの力を持ってるようだぜ。けど、向こうの一般兵はこっちの一般兵と大差ないんじゃねえかな」
リルドはほんの数日とはいえ、月の騎士団の見習いとして騎士団の中に入り込んでいたことがある。
内部の情報は殆ど得られていないが、彼等のやり口などは、ここに集った人々よりは解っているつもりであった。
「なるほど、魔法剣士というわけか。特殊な魔法具を使っているわけではないのだな」
自分の目で確かめてみねば分からぬが、剣を交えたといっているリルドが生存していることからも、こちらに勝機がまるでないわけではないだろう。
「あとは……騎士団の脱走兵という者から手口を聞いたのだが、攻めてくる正規団員は特攻隊の5人だけだろうという話だ。他は一般兵や傭兵が作戦に加わるだろうと、その者は言っていたが、この意見は参考程度に留めておくべきだろう」
「その脱走兵という方にはお会い出来ぬか?」
領主にアレスディアはそう訊ねる。
領主が隣に座る女性に目を向けると、女性は軽く頷いて立ち上がった。
「彼女は私のええと……親戚のタリナ・マイリナだ。信頼している人物だ」
そう言った領主の顔はどことなく緩んでいた。
「そして、こちらに座っているのが、私の娘ミニフェ・ガエオール。その隣に座っているのは、夫のギラン・ガエオールだ」
2人が頭を下げる。
2人共、一般人のようだ。
ミニフェの方は多少きつめの顔をしている。しっかり者の印象を受ける。
ギランの方からは寡黙な印象を受けた。
数分後、タリナが一人の男を連れて戻ってきた。
年齢は10代後半。
目つきの悪い男であった。
「てめーか」
リルドが言葉を発する。
後ろの席に座っていたケヴィンと建一もその男に目を向ける。
……ディラ・ビラジスだった。
ケヴィンとは縁のある相手だ。
建一は、カンザエラの研究所から本部へと連れて行かれる際、顔を合わせたことがある。
ケヴィンは体をずらし、前の男の後ろへと隠れる。今、自分の存在を明らかにすることもないと考えた。
「どのような事情で脱走したのかを教えてはいただけぬか?」
アレスディアの問いに、ディラは真直ぐ前を見て答えた。
「目的を達したから、奴等の下で働く意味がなくなった」
「その目的とは?」
「強さだ。俺はもう、十分強いからな。奴等には恨みしか感じていない」
ただそれだけの理由で、この男はアセシナートに与していたというのか?
アレスディアの心の問いに、答えたのはディラではなかった。
「こいつは、貧民区……それも、子供だれけの集落で、アセシナートにスカウトされた男だ。食うものもなく、働き口もなく、聖都にも見放された子供達。力を求めアセシナートに与していたとしても、なんらおかしくはねぇわけだが……」
脱走したという言葉を、素直に信じられはしない。
「では、あなたは今回の一件をどう見る? 騎士団が攻め入る方法は? 人数は? そして、目的は?」
アレスディアの問いに、ディラは軽く頷いた後語り始める。
「方法は分からない。飛翔船を利用する可能性もある。船や潜水艇の可能性もあるだろう。そして、人数はさほど多くはない。この島程度の攻略ならば、騎士団員は5人程度だろう」
「その5人の強さは? グラン・ザデッドに近い能力の持ち主か?」
「……いや、隊長は別格だ。だが、一般兵が束になってかかっても、倒せるレベルの強さじゃないことは確かだ」
アセシナートの騎士は、一人一人が尋常ではない力を有していると聞く。
「その騎士団員に、あなたなら勝てるか?」
アレスディアの問いに、ディラは少し間を置いたあと、こう答えた。
「難しい。悔しいがな」
「そうか。最後に、騎士団の目的は?」
ディアは大きく吐息をついた。
「それは俺にもわからない」
「……それでは、皆にも作戦を提案してもらおうか。それから、自分の所属についての希望もあったら聞かせてくれ」
ガエオールが傭兵達を見回す。
「作戦案ってもなー。どう攻めてくるのかわかんねえとな。既に島に潜入してる可能性は? それと、物資の集積場所、補給線についても聞きたい」
リルドの言葉に、ガエオールは重々しく頷きながら、説明をする。
「島に潜入している可能性は……ある。近年島に移り住んだ住民全てが怪しいともいえるが、私は疑いたくないと思っている。続いて、物資の集積場所だが、ご覧の通りのどかな島だ。戦略を立てながら、場所は決めれば良いかと思う。補給線については、出来れば警備兵の方で担当させていただければと思っている。大陸からの物資運搬は現在推し進めているので、何か必要な物があるようなら、提案いただければ助かる」
「疑わない、か……」
リルドは軽く吐息をついた。人の良い領主のようだ。
「まず、大量の油と藁束が欲しい。俺が言えることは、腕の立つ者を一箇所に纏めない。広い道路等には土塁を築く。落とし穴等の罠の設置。山道は岩や丸太を仕掛けるか、安全に潰し、奴等の進軍ルートを限定させる……って案くらいだ。しかし、ここは街中じゃねーし、あんまし意味ねーかもな」
リルドの言葉に領主は低く唸り声を上げる。
「事前に周囲に罠を張っとくのもいいかもな。少しでも兵士が多いと見せかけるために紐を引っ張るだけで撃てるクロスボウなんかの仕掛けも作っておこうぜ」
ミッドグレイが椅子に深く腰掛け、足を伸ばし、リラックスした姿でそう言った。
「そうですね」
領主はリルド、ミッドグレイの案を記すように娘ミルフェに命じ、ミルフェは紙に2人の案を記していった。
「あとは、伏兵をおいて機を見て襲い掛かり、混乱させるってのはどうだ……というか。あんたら、何も考えてないんだな……」
ミッドグレイはつい大きくため息をついてしまう。
この島は本当にのどかで平和な島であったらしく、兵法など知る者はいないようだ。こんな状態で、アセシナートの騎士団相手に戦えるのだろうか?
島を明け渡した方が、被害は少ない。
多分、そうするだろうと判断し、アセシナート側も期間を設けてきたのだろう。侵略するつもりなら、最初に島に下り立ったあの日に攻め入っていれば、簡単に落とせただろうから。
「本当に戦うつもりあるのか?」
ミッドグレイは領主に確認をする。
「そのつもりではある。しかし、勝利したとしても、彼等の目的によってはまた再び、攻め込んでくるだろう。アセシナート軍が本気になれば、いくら私が傭兵を募ろうとも、この島を守ることは不可能だ。だから同時に目的を知り、アセシナートがこの島を欲する理由をなくさねばと思っている」
前途多難なようだ。
その他、傭兵達からぱらぱらと作戦案が出るが、これといって決め手となる案はなかった。
出た案を元に、一度領主側で作戦案を作成してみるとのことだ。
* * * *
その日の夜、領主の館でささやかな懇親会が行なわれた。
単純に会話や食事を楽しむだけのものではない。
各々の資質を見る会でもあると、皆理解していた。
テーブルの上には、酒類と軽食が並べられている。
立食形式だ。
「あの男は……いないようですね」
建一がケヴィンにそう話しかける。
ディラの姿は会場にはなかった。
「ケヴィンさんはどう見ます? 彼は本当に脱走したのでしょうか?」
建一の言葉に、ケヴィンは少し迷った後、首を横に振った。
分からない。
しかし、脱走し、自分の道を歩み始めたのなら……それが一番だと感じていた。
ただ、過去の過ち。少なくても、ファムル・ディートに関する情報は聞き出さねばならないだろう。
建一は会場内を見回して、そっと吐息をつく。
この中に、敵の手の者は……確実にいるだろう。
それが彼等のやり口だ。
それならば、自分も暗躍班として動き、スパイを探し出す方向で動こうと考えていた。
「船にいた人だね。キミ本当にこの作戦に参加するの? 傭兵って柄じゃないけど」
ミッドグレイは、ルインに話しかけた。
「こう見えても、戦い慣れしてるんです。戦わずに退けられたら、それが一番ですけれど」
「そうだな。聖都から来たんだよな? どんな目的で?」
「……太陽に導かれて、でしょうか」
「ふーん……。ま、お互い頑張ろうや」
そう言って、ミッドグレイはグラスを差し出し、ルインと乾杯をした。
リルドは一人、バルコニーへと出ていた。
特に、誰とも話したいとは思わない。
自分のターゲットはただ一人。
作戦は成功してもらわねば困るが、ヤツが現れたのなら、どんな状況であっても、自分はヤツの元に走るのだろう。
夜風は、思いの外冷たい。
遠くに目を向けながら、腰の短刀に手を伸ばす……。
「戦いには生きる奴と死ぬ奴がいるだけだ。選んで殺すのが上等かどうかは知らねぇ、ただ……やっぱりアンタらのやり方は気に入らねぇな」
月の紋章が刻まれた短刀を握り、リルドは暗い夜の町を見下ろしていた。
「ここにこんなに多くの人々が集ったのは、何年ぶりか……」
領主は複雑な笑みを浮かべていた。
アレスディアは領主と歓談をしながら、決意を固める。
領主がアセシナートの手から、島を守る気でいるのなら、自分も退きはしない。
もう、奴等の手に、土地も人々の命も、渡しはしないと――。
●脱走兵―アレスディア・ヴォルフリート―
懇親会終了間際に、アレスディアはあの脱走兵……ディラ・ビラジスの姿を見つけグラスを持って近付いた。
「浮かぬ顔をしているな。まあ、当然だが。ディラ殿も戦場に出るおつもりか?」
「……迷ってる」
その言葉は呟きのようであり、嘘は感じられなかった。
彼は迷いを持っている。
「勝算はあると思うか?」
アレスディアの言葉に、ディラは少し間を置いた後、こう答えた。
「……お前等次第だ」
ディラは部屋の隅で壁によりかかったまま、顔を上げもしなかった。
付き添いのように彼の側にたタリナは、傭兵志願者に囲まれて談笑している。
ディラは時折、彼女の方に目を向けていた。
この2人は一体、どういう関係だろう。
ふと、そんな疑問がアレスディアの脳裏に浮かんだ。
しかし、そのようなことは、今はどうでもいいことだ。
「ディラ殿は戦場に出る必要はないだろう。領主殿の側で軍師として手助けをしてくれぬか?」
アレスディアがそう言うと、ディラは突如顔を上げた。
「勿論、そのつもりだ」
先ほどの言葉と、相反する言葉であった。思わずアレスディアは軽く眉を寄せた。
今度の言葉は、はっきりと当たり前のように発せられた。
演技か虚勢か――そんな響きを感じ取ってしまう。
「頼む」
そう言い、アレスディアはディラの側から離れた。
彼には何か秘密がある。
何か抱え込んでいるようにも思える。
あの国――アセシナート公国の軍を脱けてきたのだから、無理もない。
突きつけられた条件の傍若無人さ。
今も過去も、あの国は変わらない。
自分の故郷を滅ぼしたのも、あの国であった。
自分一人が、加勢しようとも戦況は変わらないかもしれない。
しかし、戦力としてだけではない。
人が一人加わるということは、意味のあることにできる。
脱走兵という彼が加わったということも、意味――理由があることであり。
こちらにとって、意味のあることにしなければならない。
負けはしない。
滅ぼさせはしない。
強く決意し、会場の仲間達に目を向けた――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3681 / ミッドグレイ・ハルベルク / 男性 / 25歳 / 異界職】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
【NPC】
ディラ・ビラジス
ドール・ガエオール
ミニフェ・ガエオール
ギラン・ガエオール
タリナ・マイリナ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第一話<招集>―』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回は、物語の最後に個別ノベルがついておりますので、よろしければ全員分ご確認ください。
次回は作戦を煮詰め、来襲に備えることになります。
引き続きご参加いただければ幸いです。
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