■眠れぬ夜に■
藤森イズノ |
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】 |
寝返り、もう何度目だろう。
時刻を確認すれば……もう深夜一時。
眠れない……眠る、その努力は惜しみなく。
けれど、どうしても眠れない。
いつもは、あっという間に過ぎていくのに。
何て永い、永い夜。
静かな夜の音は、不安にさせる。
まるで、この世に一人ぼっちにされたかのように。
ベッドの中、そんなことを考えながらキュッと目を閉じた。
その時だった。
コツコツと、扉を叩く音。
こんな夜中に、どちら様?
そう思うと同時に、安心感で胸が満ちた。
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眠れぬ夜に
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寝返り、もう何度目だろう。
時刻を確認すれば……もう深夜一時。
眠れない……眠る、その努力は惜しみなく。
けれど、どうしても眠れない。
いつもは、あっという間に過ぎていくのに。
何て永い、永い夜。
静かな夜の音は、不安にさせる。
まるで、この世に一人ぼっちにされたかのように。
ベッドの中、そんなことを考えながらキュッと目を閉じた。
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(……駄目ね)
ふぅ、と息を吐き、体を起こしてベッドから抜け出す。
眠れぬ夜を過ごしている夏穂。
彼女を眠らせてくれないもの、眠れぬ理由。
それは、とても些細なこと。
いつからだろう。一ヶ月ほど前からだろうか。
読み始めた、一冊の本。
動物達が主役の、童話のような小説。
つい先ほど、彼女は物語を読み終えた。
達成感や満足感で満ち足りて、興奮して眠れない……ということではなくて。
その逆。いたたまれないような、切ない気持ちで眠れない。
物語が、まさか、あんな展開で終わってしまうなんて。
その意外なラストに魅了されたところもあるけれど。
困ったな……明日は、早起きしなくちゃいけないのに。
チラリと見やる、三匹のお友達。
彼女を護る護獣、蒼馬・空馬・水馬の三匹。
三匹はベッドの隅で、寄り添うようにして眠っている。
とても心地よさそうな寝息を立てて。
「ふぅ……」
また一つ息を吐き、ボーッと眺める、夜空に浮かぶ銀の月。
最近……急に寒くなったわよね、そういえば。
ちょっと油断したら、すぐ風邪を引いてしまいそう。
……ん。気のせいかな。気のせいかもしれないけれど。
何だか、喉が痛いような気がするわ……。
お薬、飲んでおいたほうが良いかもしれないわね。
ここで大丈夫、って油断してると、後から大変なことになるかもしれないし。
立ち上がり、薬箱のある棚へと歩み寄った、その時だった。
コツコツと、扉を叩く音。
こんな夜中に、どちら様……?
首を傾げつつ、扉へ向かう。
鍵を開けて、ゆっくりと扉を開けば。
そこには、はにかんだ笑顔を浮かべる海斗。
「どうしたの?」
夏穂が首を傾げて尋ねると、海斗はニコリと笑って。
入っても良い? と目で合図を飛ばした。
どうぞ、と促せば、躊躇うことなく。海斗は夏穂の部屋の中へ。
ラビッツギルド本部内にある、夏穂の部屋。
与えられて間もないこともあってか、部屋はとてもシンプルだ。
白いテーブルと椅子。その他には、小さな棚と、姿見、ベッド。
部屋の隅には、動物のぬいぐるみが二、三体。
「何つーか、相変わらずキレーにしてんなー」
常に様々なものが散乱している自室と比べて、
夏穂の部屋の整理整頓っぷりというか、綺麗さに苦笑する海斗。
どうして彼が、こんな真夜中に尋ねてきたのか。
気にはなるけれど。再度尋ねようとはしなかった。
聞いたところで、どうなるわけでもないだろうし。
それに何より、ホッとしている自分がいるから。
棚からカップを取り出し、美味しい紅茶を振舞う夏穂。
この紅茶、スクロノワールっていうの。
昨日、お仕事の帰りに寄った小さな街の雑貨屋で見つけたのよ。
この小瓶とか、とっても可愛いでしょう?
目を伏せ淡く微笑みながら言う夏穂。
海斗はテーブルに頬杖をつき、
うんうんと頷きながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
お気に入りの紅茶の味は、いかがなものか。
二人は、揃ってカップに口をつけた。
「あっ」
「うん?」
海斗の声に首を傾げる。
鼻をくすぐる、甘いバニラの香りと優しい湯気。
海斗はゴソゴソとパーカーのポケットを漁り、何かを取り出す。
「はい、これ」
「なぁに、これ?」
「ノイシュハニー。入れて飲んで」
「あ、ありがとう……」
どもってしまった。それも仕方のないこと。
あまり聞きなれないものだが、ノイシュハニーというのは薬草の一種。
特に喉の痛みを癒す効能があり、その効果は古くから知られている。
海斗が差し出したのはスティックシュガーのような形状のもの。
粉末状になっており、大抵、ノイシュハニーは、この形で売りに出されている。
が、そう容易く入手できるものではない。安価でもない。
その辺りも驚くところだが、それよりも、だ。
喉を痛めていることに、この人は、気付いていたんだ。
私、本人よりも先に。
サラサラと、紅茶の中へ頂戴したノイシュハニーを落として、コクリと一口。
喉を潤す、甘い甘い蜂蜜。
ポカポカと、体が温まっていく感覚。
紅茶が温かいから……それだけじゃ、ないよね。うん。
「夏穂ってさ」
「うん?」
「誕生日、いつ?」
「あれっ……話したこと、なかったかしら」
「うん。ないよー」
「そっか。……いつだと思う?」
「うぉい。それ、ちょームズイって。血液型とかじゃねーんだから」
「ふふ。六月よ。六月十日」
「あー。っぽいなー。わかる気がする」
「そう? 海斗は……五月よね」
「お。よく覚えてんなー」
「そりゃあね、あれだけプレゼントの催促されれば……」
「来年も期待してまっす!」
「もぅ……」
紅茶を飲みながら、他愛な御話。
別にそんなこと、今話す必要なんてないじゃないか。
そう思う話題も、いくつかあった。
けれど、楽しい。こうして御話しているだけで、何ていうのかな。
さっきまでの、不安で怖いような……あの気持ちは、どこへやら。
こう考えてみることにしたの。
あの物語の結末、とても切ない終わり方だったけれど。
動物達にとって、あの結末が、一番良かったんじゃないかな。
だって、そうでしょう?
あのまま、森の中でずっと暮らすよりも、ずっと良いんじゃないかな。
私、感情移入っていうか、入り込みすぎちゃうところがあるのよね。
ただの物語、作り話だって、思えないの。
だって、誰かが紡いだ御話なんだもの。
紡いだ人だって、作り話のつもりで紡いでなんかいないはずだもの。
何て言えば良いのか、それは理解らないけれど。
物語にっていうよりは、あの本を、物語を紡いだ人に対する切なさなのよね。
紡いだ人とは赤の他人で、何の関係も面識もないけれど。
こうして、あなたの紡いだ御話を読んで。
こうして、感化されて、切なくなったりしてる。
救ってあげなくちゃいけないような気がしたの。
病んでいる、著者を、見知らぬ、その人を。
そんなこと、出来っこないのよね。そうよ、頭では理解っていたの。
でも、叶わないって理解できるからこそ、切なくなった。
でもね、何も出来ないってわけじゃないのよね。
あの物語を、忘れずに心の片隅に置いておくこと。
あの悲しい結末を、忘れずに心の片隅に置いておくこと。
その上で、こうして、楽しく毎日を生きていくこと。
泣かせようだとか、同情させようだとか。
そんなつもりで、紡いだんじゃないはずだから。
笑って、笑って、笑って?
きっと、あの結末には、そんなメッセージが込められているのよね。
こんな風に思えたのは、ううん、気付けたのは。
あなたのお陰よ、海斗。
ありがとうって伝えても、何が? って返されるだろうから言わないでおくね。
その代わり、心の中で。何度も何度も繰り返すわ。
ありがとう。手を差し伸べてくれて、ありがとう。
「夏穂」
「あっ、うん? 何?」
「紅茶のおかわり下さい」
「ふふ。気に入った?」
「うん。ちょーうめぇ」
「良かった。あ、カップ……貸してくれる?」
「ほいほい」
眠れぬ夜に、差し伸べられた手。
他愛ない御話と、笑い声。
真夜中、二人だけの秘密の時間。
空が白んでくるまで、夢中になって話す。
いつしか眠くなって、二人は夢の中へ。
ソファに並んで座り、互いに凭れるように。
手を繋いで眠る二人は、同じ夢の中。
たくさんの動物に囲まれて、幸せそうに笑って。
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7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー
クロノラビッツ:番外シナリオへの参加ありがとうございます。
夏穂さんが読んでいた本・物語。一体、どんな御話だったのか。
色々と想像して頂けますよう、敢えて本の内容は濁してあります。
ほのぼのと、まったりと、幸せな時間へ。おやすみなさい、良い夢を。
少し短いですが、これ以上ダラダラと続けても無意味な気がしましたので、
少々強引ではありますが、仲良く眠るあたりで締めさせて頂きました。
参加、ありがとうございました。また、是非。宜しく御願い致します^^
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2008.09.26 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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