■輪廻夜桜■
藤森イズノ |
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】 |
何度、扉をノックしても返答がない。
怒られるかもしれないけれど、それを承知で部屋へと入る。
だって、そりゃあ、心配にもなるだろう。
もう夕方なんだから。
朝食は勿論、昼食も食べていない状態だ。
このまま放っておけば、夕食も食べないだろう。
いつまで寝てるんだろう……そう、心配になったから。
(……爆睡?)
部屋の中、ベッドで猫のように丸くなって眠っている……。
歩み寄り、顔を覗き込んで、思わずプッと吹き出してしまった。
ここまで寝るなんて、珍しいような。
よっぽど、疲れていたのかな。
何だかんだで事件やら何やらで忙しないもんね……。
ベッド横の椅子へと座り、暫し眺める寝顔。
あどけない、その寝顔に思わず、また笑みが。
それにしても、起きないな。
誰かが勝手に部屋に入ってきたら、普通、目を覚ますはずだけど。
よっぽど深く眠っているのか……。
身を乗り出し、様子を窺う。
暫しの沈黙。
五秒後、それまでの、のどかな雰囲気から一変。
「ちょ、えっ!? あれっ!?」
ピクリとも動いていない。胸が浮き沈みすることもない。
口元に耳を寄せても、何の反応もない。
無呼吸。その状態にあるのではないか。
た、大変だ。ど、どうすれば……。
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輪廻夜桜
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何度、扉をノックしても返答がない。
怒られるかもしれないけれど、それを承知で部屋へと入る。
だって、そりゃあ、心配にもなるだろう。
もう夕方なんだから。
朝食は勿論、昼食も食べていない状態だ。
このまま放っておけば、夕食も食べないだろう。
いつまで寝てるんだろう……そう、心配になったから。
(……爆睡?)
部屋の中、ベッドで猫のように丸くなって眠っている……。
歩み寄り、顔を覗き込んで、思わずプッと吹き出してしまった。
ここまで寝るなんて、珍しいような。
よっぽど、疲れていたのかな。
何だかんだ、事件やら何やらで忙しないもんなー……。
ベッド横の椅子へと座り、暫し眺める寝顔。
あどけない、その寝顔に思わず、また笑みが。
それにしても、起きないな。
誰かが勝手に部屋に入ってきたら、普通、目を覚ますはずだけど。
よっぽど深く眠っているのか……。
身を乗り出し、様子を窺う。
暫しの沈黙。
五秒後、それまでの、のどかな雰囲気から一変。
「……ちょ、えっ!? あれっ!?」
ピクリとも動いていない。胸が浮き沈みすることもない。
口元に耳を寄せても、何の反応もない。
無呼吸。その状態にあるのではないか。
た、大変だ。ど、どうすれば……。
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夏穂の様子を見に来て、五分後。
異常事態に気付いてからの海斗は、我を忘れていた。
「おい、夏穂! 夏穂!」
何度も何度も叩く頬。
遠慮しながら、手加減しながら叩くことなんて出来ない。
数え切れないほどに叩かれた夏穂の頬は、うっすらと赤くなっている。
声を掛けても、名前を呼んでも、どんなに叫んでも。
一向に目を覚まさず、呼吸を再開することもない夏穂。
マスターや藤二、仲間達に報告するなり何なりするべきだろう。
自分一人のチカラでは、どうにもならないのだから。
けれど、海斗は我失状態だ。パニック状態とも言える。
ただ必死に、何度も何度も名前を呼ぶ。
どうしてかな。こうして、名前を呼び続けないといけない。
そんな気がしたんだ。
淡い、淡い世界。
何もかもが曖昧で、柔らかな世界。
何もない。周りには、何一つ。まっさらな世界。
ここ、どこ……?
その世界の中心で、蒼馬を抱きながら首を傾げて立ち尽くす。
問いかけられた蒼馬も理解らないようで、首を傾げ返した。
まっさらな、不思議な空間。
やたらと体中に響いているのは……自分の呼吸か。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
その一連の動作。耳鳴りを覚えるほどに鮮明な呼吸。
不快ではないけれど、鮮明すぎるそれに、顔をしかめる。
蒼馬を抱いたまま、一歩踏み出してはみたけれど。
どこへ向かおうとしているのか。
それは、自分でも理解らない。
けれど、足が……勝手に動くの。
呼ばれているような、そんな感覚で。
まっさらな世界を、どのくらい歩いただろう。
フラフラと、右往左往を繰り返しながら、進んでいく、道なき世界。
探るように、確かめるように、ゆっくりと。
そうして歩んでいくうち、不思議な場所へと辿り着く。
いや、違う。辿り着いたんじゃなくて……導かれて、来た?
その不思議な場所は、まっさらな空間の中に、ポツンと在った。
大きな、桜の木。
木の周りだけ、真っ暗な空間になっている。
一歩、その闇へ踏み入ってしまえば、戻れなくなるんじゃないか。
落とし穴のように、蟻地獄のように、落ちて埋もれてしまうんじゃないか。
その不安は、確かにあった。恐怖にも似た感覚だった。
けれど、引き返してはいけない。そんな声が……聞こえたの。
蒼馬と頷き合い、闇の中へ踏み入る夏穂。
踏み入った瞬間、景色が一変。
辺りを包み込む、漆黒の闇。
突如暗闇へと放り込まれたことで、目が迷う。
けれど、行き場を失うことはなかった。立ち止まることもなかった。
闇の中、ぼんやりと。桜の木が光っていたから。
桜の木の下。そこでようやく立ち止まり、見上げる。
淡く桃色に輝く、何とも美しい桜。
闇から自分を護る、例えるならば、そう、傘のような……桜の花。
綺麗だなって見惚れていたのは一瞬だけ。
すぐに、複雑な気持ちになったの。
胸が締め付けられるような、この感覚は何かしら。
どうしてかしら。どうして、こんなに切ないの。
襲い来る虚無感。
不安からか、恐怖からか。
夏穂の頬を、涙が伝った。
その涙が闇に落ちると同時に、ヒラリと一枚。
桜の花びらが、彼女の足元に落ちる。
溢れる涙はそのままに、身を屈めて花びらを摘む。
摘んですぐに、消えてしまう花びら。
指先に灯る、優しい温もり。
伏せ目がちに、その指先へ口付ければ。
人の気配。
ハッと我に返り顔を上げる夏穂。
桜の木の陰から、微笑みながら姿を現した人へ。
どうして……ここにいるの……?
「夏穂!!」
頬に走る痛み、耳に届く、海斗の声。
呼んでいる。
私を呼んでいる。
返事をしなくちゃ。
虚ろな意識の中、そう思った。
フッと目を開く、と同時に、大きく息を吸い込んで。
数回瞬きをして、夢から醒める。
白い天井、白い壁、鼻をくすぐるバニラの香り。
あぁ、そうね。ここは、私の部屋。私の部屋だわ。
少し首を傾ければ、覗き込んでいる海斗の姿。
「どう……したの。そんなに大きな声で……」
ニコリと、いつものように微笑んで言った夏穂。
その言葉を、声を、微笑みを確認して、海斗は一瞬の呆然の後、夏穂を強く抱きしめる。
「おかえり、夏穂」
良かった、とか。心配したんだ、とか。
そんな言葉じゃない気がしたんだ。
吐くべき言葉は、これしかないと思ったんだ。
どこへ行ってたのって、尋ねることはしないよ。
訊かれたって、わかんないだろ?
自分が、今まで、どこにいたのかなんて。
ギュッと抱きしめながら、一人、納得するようにウンウンと頷く海斗。
未だに虚ろな意識。その中で夏穂は笑い、海斗の背中へ腕を回す。
「ただいま……」
*
そう。確か、あの日、蒼馬も一緒に行ったのよね。
一人で大丈夫だよって言ったのに、勝手について来ちゃって。
でも、すぐに、来てくれて良かった、来てくれて有難うって思ったの。
だって、切なくて。一人じゃ、耐えられなかったから。
ただいまを告げた翌日、夏穂は訪れた。
丘の上、思い出を埋めた、桜の木を。
夢の中、桜の花びらが落ちた場所。
その場所を、一寸の狂いもなく、掘り当てる。
埋めたのは、思い出。忘れてはいけない思い出。
土の中から取り出す、蝶の刺繍が施されたスカーフ。
元は純白だったそれも、今や黒ずんで……。
ゆっくりとスカーフを解き、中から取り出す思い出。
夏穂が桜の木の下へ埋めたもの、刻んだ思い出。
それは、真っ二つに折れた白矢。
矢に触れれば、すぐに思い出す。
それこそ、呼吸よりも鮮明に。
ママから貰った、大切なもの。
あなたを護り続けますように。
そう言って、ママは、この矢に口付けをして。
優しく微笑んで、私にプレゼントしてくれた。
大切にしていたの。いつも、肌身離さず持っていたの。
私が、この矢を大切にしていたことは、誰もが知っていた。
だからこそ、なのかな。よく、悪戯されたっけ。
どこかへ隠されたり、落書きされたり。
その度に、私は泣きながら怒ったね。
どうして、こんなことするのって。
ちょっとした悪戯。その程度なら、怒りはしなかった。
嫌な気持ちにはなったけれど、まだ、抑えることができた。
でも。
折られてしまっては、冷静でいられなかったんだよ。
パキン、と折れた、折られた、あの音。
あの瞬間の、熱が引いていくような感覚。今でも覚えてる。
もちろん、全身全霊のチカラを込めた、渾身のキックをお見舞いしたことも。
折れた白矢を手に、思い出を辿ってクスクスと笑う夏穂。
微笑みながら、彼女は気付く。
あぁ、そうか。もう、笑えるんだね。
絶望の象徴でしかなかったのに。
だから、ここに、こうして埋めて隠したのに。
もう、笑えるんだ。そんなこともあったねって、笑えるようになったんだね。
白夜を鞄にしまう夏穂を、じっと見つめる蒼馬。
夏穂はニコリと微笑んで、蒼馬を抱き上げると、呟くように言った。
「そうだね。会いに行こうか。もう、怒ってないよって……伝えに行こうか」
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー
クロノラビッツ:追憶シナリオへの参加ありがとうございます。
ちょっと理解りにくい仕上がりになってしまいましたが、
笑って思い返せるようになった、という辺りをポイントに。
この後、白矢を折った犯人である『少年』に会いに行くのではないでしょうか。
その辺り(過去)に関しましては、私も興味津々です。
シチュノベ等で、この後の御話を紡げたらな…なんて思っていたりします(笑)
とても興味をそそる、素敵なプレイングでした。ごちそうさまです。
また、是非とも御話を紡がせて下さいませ。宜しくお願い致します^^
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2008.09.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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