■月の旋律―第二話<始動>―■
川岸満里亜
【3601】【クロック・ランベリー】【異界職】
 1週間後、再びエルザード城の会議室に一同が集う。
 各々、準備や決意を固めた様子であった。
「では、皆の意見を聞かせてもらえるか? 方針と作戦を決議しよう」
 着席して、聖獣王が皆の顔を確認する。
 ボードには、先日挙がった案や意見が記されている。

【交渉】
※ザリス・ディルダと交渉を行なう。
交渉カードとなり得るもの
・滅びた村の賢者の作品の情報。
・レザル・ガレアラの情報。
・ジェネト・ディアの情報。
 ただし、いずれも情報だけでは本人を誘き寄せるには弱い。

【偽情報による撹乱】
偽情報案
・レザル・ガレアラの情報。

【肉体交換による潜入】
・ルニナの能力により、本人もしくは1人可能。
・混乱に乗じて単身潜入。
・混乱に乗じて数名で潜入。
 下の案ほどリスクが高い。短期間の潜入で重要施設や軍事施設に入り込むのはほぼ不可能と思われる。
 敵側にどの程度の混乱が起こるかにもよるが、おそらくテルス島の攻略程度では、手薄にはなるが本部は混乱しないもよう。
 また目的の人物の居場所が不明なため、現時点では危険度が高く、成功の可能性は極めて低いと思われる。

「この資料を元に、各々どう動くのか決めて欲しい。人的援助はできんが、金銭的援助は可能な限りさせてもらう」
「皆が援護してくれるのなら、私はアセシナートの兵士と入れ替わって単身潜入をしたい。してくれないのなら、最初の案どおりに動きたい」
 ルニナは強い瞳でそう言った。
「私は姉のサポートをします。極力姉の側で。必要なら姉に体を使ってもらいたいと思っています」
 対して妹のリミナは不安気であった。
「あたしは捕まってでも、まずファムルの安全を確かめたいんだ。それからのことはそれから考えてもいいかなって……。でも、皆の意見を聞いてから決める。皆の協力がないと、ダメだと思ったし……」
 キャトルはそう言って、目を伏せた。
 この会議で方針を決定し、各々動かねばならない。
 テルス島にアセシナートの月の騎士団が現れる日は迫っている。
 その日に合わせて、実行に移さねばならないのだから。
『月の旋律―第ニ話<始動>―』

●会議再び
「ダメ……っ」
 真っ先に口を開いたのは、千獣であった。
「……ルニナ、潜入、しても、成功、難しい……と思う。治療方法、とか、ファムル、のこと、わかってる、人じゃないと、ダメ、だと思う……」
「だって、私は……」
 千獣の言葉に、ルニナは拳を握り締め、眉を寄せた。
 ルニナはファムル・ディートの救出を考えていない。
 皆の協力を得て潜入を果たした後は、ザリス・ディルダに接触して、彼女を拉致することだけを考えている。
 それは、皆の意に反すること。
 本当の解決、本当に村の人々を救うことには、やはり繋がらないだろうと千獣は感じていた。
「でも、ルニナの協力は必要だよ」
 ウィノナ・ライプニッツも、真剣な瞳で自分の案を語り始める。
「ボクは、やっぱり潜入するつもりだ。島の戦いに乗じて、予め用意しておいた一般兵の服を来て、相手の兵士に紛れ込んで相手の陣に入ろうと思う」
「アセシナートの一般兵の服か……用意できないことはないが」
 聖獣王の言葉に頷いて、ウィノナは言葉を続ける。
「合言葉とか、兵士として覚えておくべき知識は、先に一般兵と入れ替わってもらたルニナに記憶を読んでもらい、それを覚えておこうと思う。潜入後では、一般兵の雑務をこなしながらファムルの居所を聞き出して、ファムル宛ての書類などにまぎれるように手紙を出し、ボクが一般兵士の所に潜入している事を知らせて、内部が混乱したときにファムルがこちらに向かってくるうに仕向けられたらと思ってる」
 皆険しい顔でウィノナの言葉を聞いていた。
「万が一正体がバレた場合は、近付くことが出来なかったフェニックスの力がどうしてもほしいから裏切ってきたと話して誤魔化すつもり」
「君の勇気は賞賛に値するが、その案には君を護るべき立場の者として、すまないが賛成はできないな……」
 聖獣王の答えも、ウィノナは変わらぬ真直ぐな瞳で聞く。
「まず、君の容姿はアセシナートの一般兵として不自然すぎる。君と同じような外見の少女でも隊に属しているものもいるかもしれないが、ごく少数だろう。そして、これは軍事行動だけではないが、団体行動は基本的に少人数の班というものが存在する。万が一陣内に入り込むことが成功したとしても、その後の軍事行動、整列にすら加わることはできない。隊長は一般兵全てを把握していないかもしれんが、小隊長が隊員を把握していないはずがないからな。それから裏切ってきたと君が言ったとしても、君を生かしておく理由が余には思いつかない。裏切ったということを、そう信用させる? 人質や捕虜として利用するにしても、君は島の民でも兵でもない。生かしておくということは、君に食料などの物資を与えるということ。戦争の最中で、敵地において、そのような待遇をするような価値が君にあるだろうか。捕まる覚悟でいくのなら、価値が知られているキャトルの方が、生き残る可能性は高いと思われる」
 一般兵士でも隊に属している。
 それは解っていたことだけれど、混乱に乗じてどうにかならないだろうかと、ウィノナは思っていた。
 しかし、聖獣王としては、エルザードの民であり、まだ少女であるウィノナがそのような場所に飛び込むということを、認めることはできないようだ。
「生き残る可能性だけでいえば、キャトルが一番かもしれませんが、操られた際には作戦が全て漏れる可能性があります。ですから、キャトルにはエルザードに残り、交渉の準備を進めていただきたいと思います」
 フィリオ・ラフスハウシェは聖獣王にそう話した。 
「あたしは、操られたりしないよ。眠ってたって、そんな魔法効かないし」
「でも、受け入れれば効くのでしょう? あの時のように……。ファムルさんを前にして、受け入れないと言えますか?」
 フィリオの言葉に、キャトルは押し黙る。
 フィリオは集ったメンバー達に目を向ける。
「しかし、私ならば彼等は操る必要性を感じはしないでしょう。そして、一般兵との入れ替わりの潜入は、いざという時の対処能力さえあれば、記憶を読めるルニナさん本人が入れ替わるのが最適でしょう」
 フィリオの言葉に、千獣がピクリと反応を示す。
「内部での手助けや、必要時に撹乱するために、ルニナさんの入れ替わった一般兵に私が捕まった事にして、捕虜として一緒に入り込んではどうかと考えています」
「なるほど、島の兵……もしくは、島の民として捕まったことにすれば、すぐには殺されんかもしれんな。しかし、君自身が逃げ出す手段は?」
「ファムルさんの居場所と奪還手段が固まった時に、ルニナさんに出してもらい、私も奪還に動きます」
 その言葉には、聖獣王は軽く唸り声を上げた。
「しかし、君が捕まっている場所に、彼女が近づける可能性がな……」
「それなりの立場の敵を捕まえればいいと思う。出来れば騎士とかね。私、この案良案だと思う。これでいきたい」
 ルニナは目を煌かせてそう言った。
「……ルニナ……っ!」
 千獣は焦りの表情を浮かべて、ルニナを見る。
「千獣。千獣が考えてくれた案が上手くいった場合は、すぐにでも帰ってくるから。リミナも来てくれるっていうし、大丈夫だよ」
「はい。入れ替わった人物に触れている状態で、ルニナを目視できれば、私は多分、強制的にルニナの精神を引き戻すことができます。凄く心配だけれど……姉がやるというのなら、私も覚悟を決めます」
 ルニナの言葉に、リミナが言葉を続ける。
 覚悟を決めると言ってはいるが、リミナは落ち着きのない表情であった。
「ううむ……。そうだな。注意すべき点としては、アセシナート領内に連れて行かれることがないように、ということか。あくまで侵攻軍の陣地内に止めるべきだ」
「わかりました」
「はい」
 フィリオとリミナが返事をし、ルニナはただ頷いてみせた。
「……意識、入れ替える、のなら、取引を、持ちかけて、来た人と、入れ替え、したら、どう……? 攻めて、くる人が、ザリス、と、関わり、ある人、かどうか、わからない、し……でも、来るのが、本人、じゃなくても、交渉、に出て、来る、人は、ザリス、と関わり、ある人……」
「あ、なるほど!」
 千獣の提案に、ルニナは興奮気味な声を上げた。
「言われてみれば、その通りね! 本人が来なくても、派遣されてきた人物はザリスと必ず接触する人物だもの。……ま、ザリスは私の力も知ってるから、そういう可能性も考えるかもしれないけれど……上手くやれば、確実に近づける」
「では、君の案も聞かせてくれるかね?」
 聖獣王が千獣に目を向ける。
 千獣はこくりと頷いて、交渉案についてゆっくりと語り出す。
「……やっぱり、作品案、で、いこうと、思う、だけど、賢者の、ジェネト、にも、協力、を、頼んで、みようと、思ってる……。ジェネトの、言葉、なら、ザリス、も、信じる、かも、しれない、から……」
「現物が必要ならば、ラスガエリなどの魔力を消す鉱石を集めて加工し、それらをジェネト・ディアの隠された遺産だと称して使ってみてはどうでしょう?」
 千獣の言葉に、フィリオが続けた。
 聖獣王は2人の言葉に頷いた。
「そうだな。では、そのジェネトという人物の協力が得られるようなら、作品案、もしくは一見作品と見えるようなものを、早急に用意し交渉を行うということで……」
「私はその交渉を担当しよう」
 声を上げたのは、クロック・ランベリーだ。
「交渉材料としてもう一つ、レザル・ガレアラの情報……偽りの情報だが、こちらを提案させてもらう。またジェネトに関しての偽の情報も流してみてはどうかと考える。具体的な案は、千獣の成果待ちだがな」
 クロックに千獣は頷いてみせる。
「潜入も考えたのだが……」
 言ってクロックは、ウィノナやフィリオ、ルニナの潜入を希望している面々に目を向けた。
「忍び込んで確実に仕留められるかわからん。ファムル・ディートの救助も考えてはいるが、我々がすべき最優先事項はザリス・ディルダを仕留めることだ。潜入するための材料は必要ではあるし、俺も期を見て実行に移せそうなら潜入を検討するつもりだ」
 国の為になさねばならないこと。
 それはザリス・ディルダを仕留めることだ。
 ここに集った者達には、それぞれ助けたい人物や求める未来がある。
 そのビジョンは、少しずつ違う。
 それぞれが求める未来の為に、手を組んではいる。
 だが、何かが崩れたのなら。
 作戦通りに事が進まなければ、それぞれは自分の求める未来の為に、単独で動くのかもしれない。
「ルニナ、リミナ……」
 千獣は不安気な顔をルニナとリミナに向けていた。
 ルニナは笑顔を見せながら、千獣にこう言うのだった。
「千獣の案、成功することを願ってるし、私も交渉の場に向かいたいと思ってる。でも、その前に、奴等の陣にちょっと潜入してこようかと思う」
 そして、ルニナはフィリオを見た。
 フィリオは感謝の意を表して頷いてみせる。
「約束するからさ、深入りはしない。情報を探るだけで私は帰ってくるよ」
 千獣はルニナのその言葉に頷くことはできなかった。
 離れてしまったら、二度と会えなくなるかもしれない……そんな恐怖が心に渦巻いていく。
「キャトルは、残ってくれますね?」
 フィリオの言葉に、キャトルはしぶしぶといったように頷いた。
「では、千獣、キャトルは交渉側として、ジェネト・ディアの元に交渉に向かい、フィリオ、ルニナ、リミナ、それからウィノナは潜入作戦の準備に、島へと向かう。俺は交渉側としてここに残る」
 クロックの言葉に、皆が頷く。
 不安げな表情を湛えていた者もいたが……。

●策略
 その後もエルザード城では、聖獣王とクロックが相談を進めていた。
「偽情報としては、そうですね。レザル・ガレアラは死亡後、異世界に追放されたということ。ジェネト・ディアが生存しており、我々の手中にあるということ。また、宝玉の杖は既に詳細を調べ、研究員が構造を熟知しコピーを作り出した。ファムル・ディートが記憶を失う前に残した研究資料がこちらにはある。……など、複数カードを提示してはどうかと思います」
 聖獣王は顎鬚を撫でながら頷き、吐息をついた。
「ジェネト・ディアほどの人物の協力が得られれば、ヒデル・ガゼットの記憶を探ることも出来るかもしれんな」
「ですが、ジェネトという人物、あの場所を動けないようですから、どの程度協力を得られるか……」
「うむ。協力を得られぬ場合も想定しておかねばな。場所や日時などの希望はあるか? 尤も余に出来ることは、必要な物資を手配することくらいだが」
 クロックはしばらく考えた後、こう提案をした。
「場所は聖都、及び島から離れた場所で。日時は島で交戦が始まった頃、でしょうか。騎士団への連絡方法は危険ですが島に使者を派遣して島に向かった者達に騎士団と接触してもらい、ザリス・ディルダ宛の手紙を渡してはどうかと考えていますが、他に良い手段があるのでしたら、ご教示いただければと思います」
「カンザエラへ使者を送るという手もあるな。その2つのどちらかの手段を取ることになるだろう」
 吐息をついて、同時に窓を見た。
 とりあえず、ジェネト・ディアの元に向かった2人の少女の帰還を待ちだ。

 千獣は最後まで反対したが、ルニナとリミナの意思は固く、2人は島に向けて旅立っていった。
 共に行きたい気持ちを必死に抑えて、千獣はキャトルと共に、ジェネト・ディアがいると思われる、滅びた村近くの館へと向かった。
「千獣、大丈夫?」
 会話が弾まないこともあり、キャトルは時折心配そうに千獣に話しかけてきた。
 彼女も友人達との別れ、そして自分が騎士団の元に向かえない、戦力外と思われていることを、とても苦しく感じているはずであった。
 しかし、千獣としては、彼女だけでも聖都に留められたことは、よかったことであった。
「……大丈夫……」
 千獣はキャトルに笑みを見せた。
 キャトルの歩行速度に合わせて歩きながら、夕方、2人は館に到着をする。
 館の鍵は借りてある。
 キャトルが鍵を開けて、千獣が先に中へと入る。
「……ジェネト・ディア……」
 千獣は名を呼んだ。
 彼にはそれだけで、自分達の考えが伝わるような気がしていた。
 あんな壮大な空間を作り上げてしまう存在。
 千獣には理解の出来ない大きな力を持っている人。
「千獣、こっち。力感じる……」
 キャトルが千獣の前に出て、廊下を歩き出す。千獣はその後に従った。
 1つのドアの前で立ち止まって、キャトルはドアを開く。
 ――その先に、ジェネト・ディアの姿があった。
「久しぶり」
 微笑むジェネトの前に、2人の少女が立った。
「……あの、ね……」
 千獣はこれまでのことを、一生懸命ジェネトに話すのだった。
 ジェネト達の村を滅ぼした人物の娘が、自分達の大切な人を苦しめていること。
 だから、力を貸してほしいと……。
「昔、あなたは、戦った……。でも、その戦いは、まだ、終わって、いない。……今、なお、犠牲を、出し、続けて、いる。今度こそ、戦いを、終えるため、にも、これ以上、犠牲を、出さない、ためにも、協力、して……」
 一呼吸置いて、千獣はこう続けた。
「必要なら、この、体、使って、いいから……」
 ジェネトは何も言わず、千獣を見つめていた。
 そして、千獣の言葉を聞き終えると、僅かな笑みを顔に浮かべた。
「ん、この間君達がここに来た時から、いつかは自分も駆り出されるだろうと思っていたよ」
 くすりとジェネトは笑って、すっと足を動かさずに2人に近付いた。
 千獣とキャトルに不思議な感覚が押し寄せる。
「君達は2人とも強大な力を秘めているね。全く違う力だが両方、私には制御できない力だ……しかし」
 ジェネトは千獣に目を向ける。
「君の中に入って、一緒に行ってもいいかい?」
 千獣は即座に強く頷いた。
 これほど心強い協力者はいない……。
 そして、キャトルと顔をあわせて、僅かな安堵の笑みを浮かべたのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

【NPC】
キャトル
ルニナ
リミナ
聖獣王
ジェネト・ディア

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第ニ話<始動>―』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回は後半部分が2つに分かれています。両方ともご確認いただければと思います。
聖都に残った方々は、次回は交渉準備に動きます。
交渉は恐らく第4回で行なうことになります。
よろしければ<猜疑>の方もご覧くださいませ。
それでは、引き続きご参加いただければ幸いです。

窓を閉じる