■玄冬流転・参 〜大雪〜■
遊月 |
【2703】【八重咲・悠】【魔術師】 |
不安定だ。
封印解除は順調なのに――それとも『だから』なのか――いつになく存在が安定しない。
時折ぶれる自らの輪郭に、為す術はないと知っていても溜息がこぼれる。
どちらの自分も、自分には違いない。
けれどこうして不安定なときは、存在すら曖昧に思えてくる。
(『玄冬』だから仕方ない、けど…)
それでも安定しない自分に、苛立つときはある。『器』としては申し分ないとしても。
二重写しのように見えてはぶれる己の手を見つめながら、もう一度溜息をついた。
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◆玄冬流転・参 〜大雪〜◆
「こんにちは、クロさん」
至極近くで結界の気配を感じ、それを辿って行った先に目的の人物を見つけた八重咲悠は、そう慇懃に礼をした。
そうして、常になく――というよりも知り合って初めて苛立った空気を纏っているクロに内心で僅かに驚く。
「どうかなさったのですか?」
尋ねれば、クロはどこか戸惑うように悠を仰ぎ見た。
「八重咲、さん…ごめん、なさい……今、は――」
悠に向かって何かを言いかけた彼女はしかし、不自然に言葉を切って身体を折る。
「クロさん?」
些か予想外の展開に眉根を寄せ名を呼べば、その姿が『ぶれた』。
目の錯覚か――考えかけて、否と即座に否定する。魔術ではない。そして恐らく――彼女の意思で為されている訳でもない。
「……っ…」
苦しげな声なき声がクロの唇から僅かに漏れ――そしてその姿が一瞬で変わった。
髪や目の色、中性的な顔のの造作などはそれほど変わっていないが、体つきが明らかに変化している。丸みを帯びていた身体のラインは直線的になり、全体的に硬質な印象を抱かせる――…『青年』に、なっていた。年の頃は二十を少し超えた位だろうか。つい先程まで十代半ばの少女であったとは、変化を自身の目で見ていなければ信じられないだろう。
緩慢な動作で身体を起こし、悠と相対する様に立った『クロ』は、乱れた息を落ち着けてから口を開いた。
「驚、かせた……?」
「そうですね、少々驚きました。――既に玄冬へと変わってしまったのかと」
「それは、ない……『玄冬』になるのは、『降ろし』が終わったとき、だし…まだ、足りて、ないから……」
そう言って目を伏せる。
「お名前は、どちらも『クロ』さんで構わないのですか?」
「うん、……どっちも、俺には、違いない…から……」
名も意識も変わりはないようだが一人称は変わるらしいと確認する。
「最近……安定、しなくて…。もともと、不安定…だったけど……全然、制御でき、ない…」
変化する前とは全く違う、筋張った『男』の手に向けられた目が僅かに細まる。そこに不安と苛立ちを見て、悠は静かに微笑した。
「……安心しました」
悠の言葉に、クロは不思議そうに目線を向けてきた。言葉にされない疑問を汲み取って、悠は答える。
「貴方に、自らへの関心が無い訳ではないのだと、分かりましたから」
虚をつかれたようにクロは目を丸くする。
「そう、だね……そういう…ことになるの、かな……」
自分に確認するように呟いて、それから――どこか哀しげに、微笑した。
今まで見た中で最も『人間らしい』――と評しても構わないだろう表情に、悠は内心僅かに驚いたものの、それを表に出すことはなく新たな問いを言の葉に乗せる。
「思うようにならない身体はお嫌いですか?」
クロは驚いたように目を瞬かせた。それから、小さく首を傾げる。
「きらい……なの、かな…。『そういうもの』だ、って思ってた、けど……」
宙を見つめ、訥々と語る。
「この、身体、は……『玄冬』の『器』としては、申し分…ない、から……俺は、本当は、喜ぶべき…なんだ……多分」
「『器』というのは先日仰っていた?」
「うん。……『玄冬』はどちらでもあって、どちらでもない……そういう、存在だった、から……『玄冬』に属する人は…程度に差はあるけど、みんな、こう……。でも、俺はその中、でも……制御できてない、方……『器』の…資質としては、恵まれてる、んだけど……」
クロはそこで一度口を閉じ、それから目線を地面へと落とした。
「制御、できないとき……『俺』が本当に、『居る』のか、わからなく、なる…。ぜんぶ、薄れて、とけて、消えそうな……そういう感じが、する、から……。『封印解除』の、せいで……そういうの、多くなってる……」
「『封印解除』のせいなのですか?」
「……前、言った…引き寄せる力、の、副作用……みたいな、もの…。俺の、上限を超えてる、から……色々、おかしく…なってる……多分」
「副作用、ですか」
クロの言を聞き、少し考え込む素振りを見せる悠。クロはそんな悠を感情の見えない瞳で見つめる。
「――『相性が良い』者は、『封印解除』に関わることは出来るのですか? その、――『不安定な状態』を、軽減するようなことは可能ですか?」
「……え、」
「もし出来るのでしたら、手伝わせていただけないでしょうか」
クロとクロの一族、そして『封印解除』――それらの真実を識ろうとすることは悠の飽くなき知識欲によるものだ。けれど、今悠がクロに対して告げた言葉は、真実を識るよりも知人の身を案じる意味合いが大きい。
「なん、……」
恐らく理由を尋ねようとしたのだろうクロはしかし、途中で口をつぐんだ。迷うかのように少しの間をおいて、再び口を開く。
「今までの、記録に…『相性が良い』…人、と、一緒に居た、『封破士』の…記録は、ない……から…分からない、けど……、多分……関わることは、出来る……。初めて、会ったとき……『封印解除』…途中だった、けど…ちゃんと、出来たし……。不安定なのの、軽減、は……分からない、から……当主に聞いて、みる……」
そう言って、クロは何かを思い出したように姿勢を正して、それから悠に向かって頭を下げた。
「ごめん、なさい……この間……当主に、聞いてくるって…言ったの……まだ、聞けてない……会えなくて……だから、その……」
「それでしたら、これを」
どこか焦ったような素振りのクロに、悠は笑みを浮かべて一枚の紙片を差し出す。
「私の携帯のアドレスです。よろしければこちらにでもご連絡ください。……携帯は持っていらっしゃいますか?」
「持って、る……。えと、その、――……ありが、とう……」
至極小さな声で紡がれた感謝の言葉は、それでも確実に悠の耳に届いた。悠は笑みを深めるとクロの手の中に紙片を落とす。
「あ、の…………」
視線を彷徨わせ、言葉を口に出すことに躊躇している風なクロ。悠はただ、言葉が紡がれるのを待った。
「…………また、会える?」
予想し得なかった言葉に、僅かに目を見開き――それからゆるりと笑んだ。
「――ええ。貴方が会いたいと思ってくださるのなら」
どちらかに会う意思がないのならば難しいだろうが、双方にその気持ちがあるのならばそれは至極容易いことだ。
識る事は悠にとって存在意義や役目ではなく、ただ自身が為したい事を為すだけ。一族や封印解除よりも今はクロが歩む行く末を識りたいと思う。故に、悠がクロとの再びの邂逅を願うのは当然と言える。
「……そろそろ南天が赤く色付く時期ですね」
ふと呟く。その音から『難を転じる』――縁起の良いものとして知られる樹木。
クロ自らが何かを願うようになれば、あるいは別の結末を迎えられるのではないか……そう、遠く思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
「玄冬流転・参 〜大雪〜」へのご参加有難うございます。
クロとの3度目の接触、如何だったでしょうか。
色々不安定なのも相俟って、クロが大分人間らしい感じになってます。
八重咲さまにはかなり気を許し始めていますが、相変わらず説明下手というか言葉足らずですね…。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。
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