■14人目の時守候補■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
真っ暗な空間に、ポツンとある白い椅子。
椅子の前でピタリと立ち止まれば、どこからか声が聞こえた。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
その声に促されるがまま、椅子に座る。
闇の中から聞こえてくる声。その声の主は、幾つか尋ねた。
偽ることなく、その一つ一つに答えを返していく。
無意味だと思った。嘘をついても、すぐにバレてしまうと理解していた。
だから、ありのままを伝える。何ひとつ、偽らず。
鐘を鳴らさねばと思うが故に。
「−……!」
ハッと我に返れば、目の前には銀色の時計台。
夢じゃない。夢を見ていたわけじゃないんだ。
思い返していたんだ。過去を、思い返していた。
けれど、この心に痞える違和感は何だろう。
自分の存在さえも、酷く曖昧に思えてしまう。
けれど、覚える違和感に戸惑う暇なんて、与えられない。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
肩にポンと手を乗せ、微笑んで言った男。
あなたは誰ですか? と、そう疑問に思うことはなかった。
何故って、知っているから。何もかもを。
もちろん、これから何処へ向かうのかも理解している。
鐘を。鐘を鳴らさなくちゃ。
その為に必要な経験は、全て網羅せねば。
そうさ。自分は、14人目の時守(トキモリ)候補。
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14人目の時守候補
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真っ暗な空間に、ポツンとある白い椅子。
椅子の前でピタリと立ち止まれば、どこからか声が聞こえた。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
その声に促されるがまま、椅子に座る。
闇の中から聞こえてくる声。その声の主は、幾つか尋ねた。
偽ることなく、その一つ一つに答えを返していく。
無意味だと思った。嘘をついても、すぐにバレてしまうと理解していた。
だから、ありのままを伝える。何ひとつ、偽らず。
鐘を鳴らさねばと思うが故に。
「−……!」
ハッと我に返れば、目の前には銀色の時計台。
夢じゃない。夢を見ていたわけじゃないんだ。
思い返していたんだ。過去を、思い返していた。
けれど、この心に痞える違和感は何だろう。
自分の存在さえも、酷く曖昧に思えてしまう。
けれど、覚える違和感に戸惑う暇なんて、与えられない。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
肩にポンと手を乗せ、微笑んで言った男。
あなたは誰ですか? と、そう疑問に思うことはなかった。
何故って、知っているから。何もかもを。
もちろん、これから何処へ向かうのかも理解している。
鐘を。鐘を鳴らさなくちゃ。
その為に必要な経験は、全て網羅せねば。
そうさ。自分は、14人目の時守(トキモリ)候補。
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例えば……ここが夢の中だとして……何の、意味があるだろう。
夢は……深層心理。人の心の奥深くを……反映して映し出すもの……。
だとしたら……どう受け止めるべきだろう……。
自分への興味すら……僕にはないけれど。
さすがに……ちょっとだけ、気になる。
僕は、僕を知りたい……そう、思ってる。
自分のことを知りたいと思うなんて……初めてのことだった……。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
「…………」
空から降ってきた声に顔を上げて。僕は……見上げた。
目に映ったのは、闇の中から現れて、こちらへ歩み寄ってくる……男の人。
か細い身体、小さめの黒い帽子、ちょっとだけ長い髪……。
視界に捉えた、その男の人は……とても繊細そうに見えた。けれど。
「どうした? 座って。あ〜。えっと。俺はヒヨリ。よろしくどうぞ」
そう言って、再び座れと促した男の人は……何とも不思議な笑みを浮かべていた。
その表情を見た瞬間……何となく把握したんだ。この人は……変な人だって。
触れれば壊れてしまいそうな、ガラス細工のような人……その印象は、すぐに消え去った……。
ヒヨリさん。そう名乗った、男の人に言われるがまま……僕は腰を下ろす。
それまで、そこにはなかったはずの……白い椅子へ。
「そんじゃあ、まず名前と年齢を教えてくれるかな」
書類のようなものを見やりながら、僕に告げたヒヨリさん……。
質問に答える前に……尋ねたいことがあったから。
僕は、ヒヨリさんの足元を見ながら、小さな声で呟いたんだ……。
「……。あの……」
「うん?」
「ここは……どこ……ですか……?」
僕の質問に、ヒヨリさんは……ただ一言。一言だけ、返した……。
「そのうち理解るよ。はい、お名前は?」
曖昧な返答。適当とも取れる、その返答……。
けれど、深い意味があるような気もする、その返答……。
答えになってないよって……言いたい気持ちはあったけれど。
これ以上訊いても、意味がないって思ったから……。僕は、答えた。
「宵待……クレタ……。歳は、16……」
ちゃんと答えたよ……。僕は、ちゃんと答えた。訊かれたことを……。
けれど、ヒヨリさんは、僕の顎を人差し指でツィッと上げて、言ったんだ……。
「人と話す時は、相手の目を見ような」
「…………」
何度か。言われたことのある言葉だった。数える程度にしか……言われてないけれど。
僕は、言葉を返すことはなく。ただ……コクリと頷いて、それを返答にした。
けど……これは、僕の癖のようなものだから。すぐに、どうにかなるはずもなくて……。
それからもずっと、僕は目を泳がせてた……ヒヨリさんと目が合ったのは、一度だけ。
「じゃあ、最後の質問。クレタ。お前は、時間についてどう思う?」
時間をどう思うか。そう尋ねてきた、その一瞬だけ……僕はヒヨリさんと目が合った。
すぐに目を逸らしてしまったけれど……どうしてかな、どうして、目を見たんだろう。
ヒヨリさんという人物に対して、興味があった……? それも、理由の一つ。きっと。
けれどそれ以上に……僕は、少し戸惑ったんだ。
時間について、どう思うか。その意見を述べろだなんて……初めてのことだった。
いつでも傍にあるものだから……そんなこと訊いてくる人なんていないから。
どうして、呼吸するの? って、そう尋ねられているような……そんな気がしたんだ。
「……時間、ですか……」
「うん。お前の"時間"に対する想いを聞かせて」
「時間……その概念は……人しか持たないものだと……思う」
「へぇ。なるほど。で?」
「そもそも時間は……計れるようなものではない……から」
時間。それは僕らが、移り変わる外の世界と空間を認識して……区切るからこそ生まれるもの。
朝、昼、晩、春、夏、秋、冬。そう、季節の移り変わりも、時間の中にある……。
自然なこと……自然そのもの……。僕らが、僕ら以外の動きを捉える為に必要な概念……。
そうして時間を区切ることによって……僕らは、動きやすくなる。
季節に合わせて、装いを変えたり……食事を取る、目安にしたり……。
逆に……縛られて、動きにくくなる時や場合もあるけれど。
一般的には、便利なもの……。必要不可欠な、もの……。それが、時間というもの……。
「なるほど。なかなか哲学的なことを言うね。じゃあ、クレタ」
「……う、ん?」
「お前は、時間を、どう思ってんだ?」
「……えっ……?」
「辞典から抜粋したような答えは求めてない」
「…………」
「お前にとって時間って何だ? そこを聞きたいんだ。俺は」
「……。僕……僕は……」
時間。それに対する、自分の気持ち。そう尋ねられたのなら……。
興味がない。そう、それしか……返す言葉はない。
未来のことにしても……これから何が起こるか、どうなっていくのか。
僕の周りを巡る、時間の流れ。そこに……僕は無関心だと思う。
例えば……選択を迫られる瞬間があったとして。
どちらかを選んだ場合、どちらかの未来は消えるわけで……。
そういう時、普通なら、一生懸命考えると思うんだ……。
どちらを選ぶべきか。双方を選んだ場合の未来を想定すると思うんだ……。
でも僕は、考えたりしない……。何となく、そう、何となくで……どちらかを選ぶ。
どうしたいのかとか、そういう気持ちや概念が、僕には……ないんだ。
研究施設を出ることを許された、存在。
凶暴性がなく、生活に支障をきたすことのない、一般社会に適応しうる……個体。
僕は、それ以上でも、それ以下でもないから……今までも、きっと、これからも……。
時間なんて、僕には……。
ポン、と肩を叩かれて、ゆっくりと振り返るクレタ。
振り返った先では、ヒヨリがニコリと微笑んでいた。
漆黒の空間の中心部。そこに聳える、銀色の時計台。
もう、何度足を運んだか、わからない。
この日も、クレタは時計台を見上げて思い返していた。
動くことのない、時計台の針を、じっと見つめながら。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
そう言って、ヒヨリはクレタの手を引き歩き出す。
どこに行くの? そう、尋ねることはなかった。
理解っているから。聞かされていたから。
僕は、助けに行くんだ……。彷徨うばかりの、時間を。助けに、行くんだ……。
*
夜が好き……。月の灯りが好き……。
だから、いつも動き回るのは、夜……。
動き回るといっても……飛び跳ねたり、笑ったりすることはなくて。
静かな時を楽しみ、有意義に過ごすだけ……。
ラジオから流れる曲を気に入ってみたり、ネットで何かを追求してみたり……。
そう、散歩を……するんだ。よく。自分の足音が……夜は、鮮明に聞こえるから。
誰かと一緒に? ううん……隣に、誰かがいたことはない。
いたところで、どうするわけでもない……どうしていいか、わからなくなるから。
人と話すこと、関わること、その全てを……心が拒むんだ。
一人で歩く。だから、一人で自由気侭に歩いていくんだ……。
月灯りが、肌を照らす様は……見ていて心地良い。
そう……まるで、身体に吸い込まれていくみたいで。
僕の白い肌は、月灯りが成すもの……そう、思っていたりもする。
何かを思い出す、とか……そういう、過去を思い返すような真似……。
それを嫌う傾向にあるのかな……滅多に、ないけれど。
時々、本当に、時々、ザァッと……頭の中を記憶が駆け巡ることがあるんだ。
叱咤の声、蔑む声、赤く赤く、腫れた頬……。
震える身体……恐怖、葛藤、ごめんなさいを繰り返す……。
ヒトとして扱われることのなかった、過去……。
渦中で唯一、温かく、優しい光と……声。
その温もりは、今、僕の傍に。いつでも……包み込むように。
そうして、僕は我に返って……思い出す。
駆け巡る記憶が、過去であることを、理解する……。
その後の行動は……いつも同じ。
導かれるように、戻る。フラフラと歩いて……戻る。
気付けば、また夜になっていて……。そこでまた、思い出そうとする。
眠りに落ちるまでの記憶、ここに、家に、戻ってくるまでの記憶。
その記憶は、どこに落としてきたんだろうって、考える。
繰り返す、繰り返す、毎日は。僕の毎日は、同じことの……繰り返し。
欠かせないものは、月灯り。それと……夜の、静けさ。
その生活に、不満を抱いたことはない……。
これを人生と、そう呼べるのなら。決して、悪いものじゃない……。
漆黒の闇の中、ぽっかりと開いた穴。時の歪み。
もしも、あのとき。そう考える者がいる限り、何度でも生まれる歪み。
歪みに巡るのは、期待と後悔。淡い期待と、惜しみなき後悔。
どうしてかな……どうして、時間に対して、悔やむことがあるのかな。
どうしようもないこと。戻ることなんて、出来ないんだよ……。
けれど、少し。羨ましくもある……。
そうして、戻りたいと思える時間を所有していることに……。
僕には、ないから。 戻りたい時間なんて……取り戻したい時間なんて、ないから……。
スッと目を閉じ、クレタは指を躍らせた。
まるで、指揮者のように。細く白い指が、闇を舞う。
やがて、クレタの指には白い光がポツポツと灯り。
その光は矢となって、空高く、踊るように舞い上がっていく。
踊る指。その動きがピタリと止まった、次の瞬間。
クレタがフッと目を開くと同時に、空に蓄積された光が動き出す。
降り注ぐは、光の矢。音もなく、ただ静かに、闇を裂く。
光の刺に裂かれて、不恰好な時の歪みは、還っていく。
また音もなく、闇の中へ。二度と、生まれぬように。さようなら。
両手をパーカーのポケットへ埋め、ふぅと息を吐き落としたクレタ。
時の救済。終えた後には、拍手が待っている。
「ごくろうさま。お見事、お見事」
満足そうに笑いながら、クレタへ惜しみなく拍手を送るヒヨリ。
クレタは俯いて、何を言うわけでもなく、ゆっくりと瞬きを繰り返した。
落ちっぱなしの視線、その視界に、ヒヨリの足が映り込む。
それと同時に、クレタの黒い髪が、ふわりと露わになった。
「……あっ……」
「そうしてたら、どんな顔してるのか、わかんねぇだろ」
「……知る、必要なんて……ないと思うんだ……」
「あるよ」
「…………」
「お前が何を考えてるのか。嬉しいのか、悲しいのか。そういうのを知るには、顔を見るのが一番」
僕が、何を思っているか……それを知ったところで、何になるの……。
関係ないじゃないか、他人が、どんなことを考えていようとも。
そう思うが故に、クレタは、その思いを呟くように口にした。
けれど、ヒヨリは。
「お前はそうかもしれないけどね。俺は、そうは思ってない」
そう言って、躊躇うことなく告げた。クレタのことを、知りたいのだと告げた。
どうでもいいこと。他人のことなんて、考える必要はない。
そう思っていた。今までも、これからも、ずっと、そう思っていくのだろうと。
けれど、この男は。自分の意見なんて、お構いなしに踏み込んでくる。
お前のことが知りたいのだと、そう言って。
目を見て話せと言う。目深く被っていたパーカーの帽子を強引に引っぺがして、こっちを見ろと言う。
面倒くさい人。そう思うのに。うっとおしいな。そう思うのに。
心のどこかで、喜んでいる自分がいた。
知りたい。そう思うことを、僕は……知った気がした。
時の番人、時守(トキモリ)
時の歪みを繕う者。それを使命と認め、全うする存在。
我等の目的は、ただ一つ。鐘を鳴らすこと。
高らかに、高らかに、響け、轟け、鐘の音。
その日まで、我等は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
その日まで、僕は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
この身を持って、時への忠誠を。
― 8032.7.7
*
分厚く黒い日記帳。その最初のページ。
確かにそこに刻まれている、記憶と自分の文字。
それらを目で追いながら、クレタは極めて謙虚な呼吸を繰り返す。
数秒間の物思いの後、パーカーのポケットから取り出す、白い懐中時計。
時を刻まぬ、その時計が示す時間。
3時0分28秒。
取り戻さねばならぬ時間。取り戻そうと、思えた時間。
クレタは動かぬ時計の針を見つめ、何度目とも知れぬ宣誓を心の中で呟く。
鐘が鳴るまで。再び、時が動き出す、その日まで。
唱い続けてみせるから……。幾年月、果てようとも。
「クレタ! 起きてるかっ……て、よし。起きてるな」
突然、空間に入ってくるや否や、大きな声で名前を呼んだヒヨリ。
クレタは、懐中時計を再びポケットに収めて、ゆっくりと振り返る。
あの日と変わらぬ、不思議な笑顔。変わらぬ、声。
何ひとつ変わらないヒヨリの姿に、覚えた感覚。
それは、安心。その感覚に、とても良く似ていた。
「仕事だ。仕事。すぐ出るぞ」
「……うん……わかった……」
「あっ。ま〜た、それ被るっ」
「……だって……こうしないと……落ち着かないから……」
「駄目。外しなさい。ほれ、外せっ」
「……あっ……」
「何回言えば、わかるんだ。お前は」
「…………」
「隠してたら、わかんねぇだろって」
「……うん」
「はい、人と話す時は目を見る! こっち見ろ」
「……。うん……」
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『14人目の時守候補』への御参加、ありがとうございます。
イベント期間中での参加ということで、結末が大きく変わっております。
クレタくんは、時守"候補"ではなく、既に正式な時守として生きています。
このシナリオ全体が、クレタくんの一つの記憶であると。そう捉えて下さいませ。
また、その結末に併せまして、正式な時守であることの証、
『アイテム:時守の懐中時計』を物語と一緒に、お届けしています。
該当のアイテムに関しましては、所有アイテム欄を御確認下さいませ。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.10.29 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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