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■塗り絵 -coloring book-■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
「うわぁ……。これは酷いな」
 目の前に広がる奇怪な光景に、呆れ笑うしかないキジル。
 クロノクロイツの全域、あちこちにバラ撒かれているカラフルなペンキ。
 奇抜なビビットカラーの嵐に、眩暈すら覚える。
 漆黒の空間を色鮮やかに染める、何て斬新なリフォーム……なわけがない。
 これもまた、時に悪戯を仕掛ける無粋者の仕業。
 おそらく、犯人は 『ペインタート』 だろう。
 色を操る、厄介で少し小生意気な奴だ。
 レインボーカラーのレインコートを羽織っていて、
 そのコートの内ポケットには、ズラリと筆やペンが並ぶ。
 近頃、大作に着手したという噂を耳にはしていたが……。
 まさか、この空間をキャンバスとして使うとは。予想外だった。
 いや、でも。あいつなら、やりかねないか。
 完全に、油断していた。俺達に非があるよね。
 腕を組み、苦笑しているキジルへ、ヒヨリは訊ねた。
「どう思いますか、画家として」
「いやいや、俺は画家じゃないからね……」
「あらあら。ご謙遜ですか」
「ふざけてる場合じゃないでしょ。何とかしなきゃ」
「そだね」
 塗り絵 -coloring book-

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「うわぁ……。これは酷いな」
 目の前に広がる奇怪な光景に、呆れ笑うしかないキジル。
 クロノクロイツの全域、あちこちにバラ撒かれているカラフルなペンキ。
 奇抜なビビットカラーの嵐に、眩暈すら覚える。
 漆黒の空間を色鮮やかに染める、何て斬新なリフォーム……なわけがない。
 これもまた、時に悪戯を仕掛ける無粋者の仕業。
 おそらく、犯人は 『ペインタート』 だろう。
 色を操る、厄介で少し小生意気な奴だ。
 レインボーカラーのレインコートを羽織っていて、
 そのコートの内ポケットには、ズラリと筆やペンが並ぶ。
 近頃、大作に着手したという噂を耳にはしていたが……。
 まさか、この空間をキャンバスとして使うとは。予想外だった。
 いや、でも。あいつなら、やりかねないか。
 完全に、油断していた。俺達に非があるよね。
 腕を組み、苦笑しているキジルへ、ヒヨリは訊ねた。
「どう思いますか、画家として」
「いやいや、俺は画家じゃないからね……」
「あらあら。ご謙遜ですか」
「ふざけてる場合じゃないでしょ。何とかしなきゃ」
「そだね」

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(…………)
 クラリと。覚えた眩暈。フラリと。よろめく足。
 目の前に広がる、何とも色鮮やかな……極彩色の奇抜なアート。
 自室空間で昼寝(昼夜すら、この空間では定かではないけれど)していたクレタ。
 小腹が空いたので、何か食べ物を探しに行こうとした矢先にこれだ。
 寝起きの目と脳に、この彩色はキツすぎる。
 中でも一番目に痛いのは、ショッキングピンクだ。
 暗闇の空間だけに、その明るさは凄まじい。
 ふらつきながらも、クレタは鮮やかに彩られたクロノクロイツを行く。
 この色……この配色……。これは……キジルじゃない……。
 キジルが好きな色は、僕に……似ているから……。
 そもそも……キジルは、こんなこと……しないよね……。
 あれこれ考えながら歩き、辿り着く可能性は、一つ。
 悪戯者の仕業。
 というより、それ以外にないだろう。
 歩きながら、クレタは同じような光景をいくつも何度も目にした。
 オネやナナセ、時守が、こぞって塗られたペンキを消しているのだ。
 文句を言いながら、ゴシゴシゴシゴシと。
 その中で二人だけ。姿の見えない奴がいた。
 ヒヨリとキジルだ。
 ヒヨリは、もしかしたら、またどこかへ遊びに出かけているのかもしれない。
 けれどキジルは、滅多にこの空間から出ないが故に、この惨状を知らぬはずもない。
 もしかすると、犯人を捜しているのかもしれない。
 そう思ったクレタは、空間の果てへと向かい、歩いて行く。
 あてがあるわけではない。ただ、何となく。
 次に彩る場所があるとしたら、こっちのような。そんな気がしただけ。
「てめー! いい加減にしやがれ、このっ!」
「ヒヨリっ! ちょっと落ち着きなってば!」
「うるせー! お前も手伝えやぁ!」
 直感。それは見事に的中していて。
 クレタが向かった先、クロノクロイツの果て。
 そこで、壮絶な鬼ごっこが展開されていた。
 鬼は、もちろん悪戯者、犯人。
 追いかけているのは、キジルとヒヨリだ。
 ヒヨリも一緒に犯人を追いかけていたのは少し意外だったけれど。
 まぁ、彼は一応、時守の代表であって。
 この惨状を、どうにかせねばと一番に動かねばならない存在であって。
 ……彼が、誰よりも早く動いたとは、到底思えないけれど。
「…………」
 飛んだり跳ねたり。壮絶な鬼ごっこを繰り広げる三人。
 クレタは、じっとその場を動かずに、追われている犯人を見つめた。
 虹色のレインコート。まるで、どこぞの有名画家が描いた人物が、
 そのまま具現化したような……トリッキーな姿。
 果たして、あれは顔なのか。飾りなのか。表情はあるのか?
 見た感じでは、性別を判別できない。まぁ、そこを明白にする必要はなさそうだけれど。
 以前、キジルに聞いたことがある。
 色を操る、自称アーティストの厄介者がいるんだ、と。
 自分自身を画家だと、そんなことは言えないけれど、
 同じく絵を描く立場からして、その厄介者の行為は見るに耐えないものなのだ、と。
 確か……その厄介者の名前は。そうだ。ペインタート。
 けれど、キジルは、こうも言っていた。
 確かに厄介な奴で、迷惑な奴だけれど。
 ペインタートの作り出す作品は、どれも斬新で完成度が高い、と。
 あながち、自称アーティストという……そのあたりは馬鹿にできないかもしれない、と。
 追われながらも、ペインタートは、描画を続けている。
 右手にはバケツ。その中にペンキが入っているようで、
 そこへ大きな筆やハケを差し込んで染めては、それでクロノクロイツを彩る。
 チラリと見えたレインコートの内側には、びっしりと筆やペンが並んでいた。
 それらを巧みに使い分け、カラフルなペンキで彩っていく。
「だー! 待て、このやろ!」
 ヒヨリが、グンと腕を伸ばして捕まえようとしたときだ。
 ペインタートはニヤッと笑い、バケツを……ガバッと引っくり返す。
 ベシャッと、ペンキを浴びてしまったヒヨリ。ピンク色に染まった……ヒヨリ。
 その鮮やかさに、キジルはブハッと吹き出してしまう。
 それにつられるように、クレタも少しだけ肩を竦めた。
「ほっほっほっ! ちょっとは色男になったんじゃないかね? 感謝せぇよ!」
 ピョンピョン飛び跳ねながら、どこからかまた新しいバケツを取り出して言ったペインタート。
 普通に喋ったことに驚いたのは、何となく喋らないんじゃないかと思っていた先入観から。
 喋るんだ……。少し感心しながらも、依然動かないクレタ。
 ピンクなヒヨリは、頭に血が上っている御様子だ。
「てめ、許さないからな。もう謝っても許さないからな! 待て、ゴルァ!!」
「謝る必要なんて、私にはありゃせんじゃろ」
「はぁ!? いいから、お前、ちょ、動くなや!」
「アーティストとしての追求。それを阻む権利なんぞ、誰にもないのだよ」
「何、偉そうなこと言ってんだ。迷惑行為だっつーの!」
 ギャーギャーと言い合いながら、鬼ごっこを続けるヒヨリとペインタート。
 キジルはイチ抜け。捕まえるのは一筋縄でいかないと判断したのだろう。
 立ち止まり、ふぅと息を吐いて。そこで、クレタが現場にいることに気付く。
「あれ。クレタくん。いつから、そこに?」
「……うん。……五分くらい、前……から……」
「そっか。大丈夫? 寝起きでこれはキツかったでしょ」
 辺りを染めているペンキを指で示しながら笑うキジル。
 クレタは、言葉を返すことなく、一度だけコクリと頷いた。
 人工的で、派手な色は苦手だ。目に優しい色じゃないと落ち着かない。
 時間と同じように、色もまた、自然とそこにあるもの。
 いつでも傍にあるものだからこそ、安らげる色を求める。
 人によって、その色は様々だ。
 これらのような、奇抜な色を好き好む者もいるだろう。
 けれど、クレタにとっては、目に痛くて優しくない。そんな色だ。
 もう随分と追い掛け回しているけれど、一向に捕まえられる気配がない。
 ヒヨリは、決して鈍足ではない。寧ろ、俊足なほうだと思う。
 まぁ、ペインタートがそれを上回る俊敏さを持ち合わせている、と、それだけのことなのだけれど。
 追われ追いかけ、それを繰り返す二人を見ながら、クレタは、ふと、あることに気が付く。
 逃げているペインタートの動き、その道筋……それが、とても規則的な気がする。
 同じところを、しばらくグルグルと回っていたかと思えば、
 少しだけ場所をズラして、またグルグルと。円を描くような動き。
 ペンキをバラ撒きながら、そうして逃げるペインタートに、クレタは、ウンと頷いた。
「ん? どうしたの、クレタくん」
「キジル……。あのね……」
「うん?」
「あそこに……僕を、乗せて……」
 言いながらクレタが示したのは、歪曲の起伏。
 クロノクロイツの各所にあるそれは、大小様々な、突起物だ。
 闇が形となったもの故に、触れることも、そこに座ることもできる。
 無論、よじのぼることも可能だ。
「よいしょっ、と。 これで良いのかい?」
「うん……。ありがとう……」
 キジルに肩車され、とある起伏の上に乗ったクレタ。
 登って、それからどうするの? キジルの問い掛けに、クレタはグルリと辺りを見回した。
 少しだけ高い位置から見やれば、それはハッキリと。
 ペインタートが落としているペンキ、その彩りは、適当にバラ撒かれたものではない。
 上から見やったそれは、一つの絵を描いていた。
 オネやナナセが消してしまった箇所も、在るものとして捉えると。
 描かれているそれは……時計のように見える。
 グルリと大きく描いた円はベゼル(=円縁)
 意味不明な模様に見えるものは、こうして見ると、れっきとした数字。
 長く伸びた直線、その直線の半分程の長さの直線。二つの直線は……時針と分針。
 そして今、ヒヨリに追いかけられながらも、真っ直ぐに伸ばし描いている細い線は……おそらく秒針。
 間違いない。ペインタートは、ただ闇雲にペンキをバラ撒いているわけではなくて。
 時計を描いているのだ。

 その事実に気付いたクレタは、ストンと起伏から飛び降り、どこかへと走って行った。
 どこへ行くのか、どこへ行ったのか。首を傾げるキジル。
 間もなくして、クレタはすぐに戻ってきた。
 手に、スケッチブックとクレヨンを持って。
「クレタくん? それ……何に使うの?」
「……真似事だけど……。もしかしたら、出来るかもしれないから……」
 そう言いながら、クレタはテクテクとペインタートの元へ向かっていった。
 歩きながら、スケッチブックにガリガリと何かを描いている。
 そのクレタの姿を見て、何となく把握したキジルは、大声でヒヨリを呼びつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。何だよ。どした」
 ゼェハァと息を切らしながら戻ってきたヒヨリに、キジルは言う。
「捕まえるのは無理だよ。諦めよう」
「んなこといったって、お前……」
「クレタくんがね。何か、やってくれるみたいだから。ほら」
「は? クレタ? って、あれっ! あいつ、いつからいたの」
「だいぶ前から。鬼ごっこを見物してたよ」
「あ、そうなの。 ……あいつ、何持ってんだ、あれ」
「スケッチブック」
「スケッチブックぅ? 何だよ。絵でコミュニケーションでも取るってか?」
「筆談ならぬ、絵談だね」
「そんなら、クレタじゃなくて、お前がやってきたほうがいいんじゃね?」
「いや。変に、絵について詳しい人じゃ駄目だと思うよ。相手が相手だからね」
 テクテクと歩きながら、クレヨンで一枚の絵を描いたクレタ。
 追いかけてくる奴がいなくなったことで、ペインタートは伸び伸びと描画していた。
 そんなペインタートの前に立ちはだかり、描いた絵をパッと見せたクレタ。
 クレタが描いたのは、真っ黒な闇の中、ポツンとある銀色の時計の絵。
 決して上手いとはいえないけれど、込められている想いは大きく、計り知れない。
 静けさ、静寂。その中で巡る時間。それを好むことを伝える絵。
 拙くも、その想いがしっかりと描かれた絵に、ペインタートは動きを止めた。
「ほぅ。おぬし、なかなかセンスあるのぅ」
「……どうも。……ねぇ、ひとつ、聞いても……いい……?」
「うむ? 何かね」
「この色……何で、秒針だけ……この色なの……?」
 クレタが指差した色。それは、とても綺麗な青色。
 他の色と比べて、その色だけは、妙に落ち着いているような気がした。
「ほほぅ。これが秒針だとわかるのかね、おぬしは」
「うん……。上から、見たから……」
「ほっほっほっ。そうかね、そうかね。なあに、簡単なことだよ。労いさ」
「労い……」
「そうとも。秒針は、休みなく動くものだからな」
「……時針も分針も、動いてるよ……。ゆっくりだけど……」
「そうだな。けれど、秒針が動かねば、それらも動くまいて」
「……あ、そうか……。うん……そうかも……」
「だからな。この針だけ、青くしとるのだ」
「何で青なの……?」
「そこはエゴだ。私の一番好きな色が青だから。それだけさ」
「……ふぅん。……そうなんだ」
「おぬしは、この絵の主役が何か。わかるかね?」
「うん……。この……秒針、でしょ……?」
「そうさ。そうとも。これはな、時の真意に迫った大作なのだよ」
「真意……」
「そう。時の刻みにおいて、不可欠なものを伝えるためのな」
 向かい合い、至近距離で言葉を交わすクレタとペインタート。
 言葉だけで説明できないところは、絵で代用。
 クレタが持ってきたスケッチブックに、ペインタートは自身の想いを描いていった。
 仲良く並んで絵をかく子供のような二人の姿。
 それに笑いながら、ヒヨリはペインタートに背後から忍び寄り、
 ペインタートが頭に乗せていた黒い時計をパッと奪うと、それを踏み潰して壊した。
 時への悪戯。それを仕掛ける際に必要な黒時計。
 それが壊れたことにより、ペインタートが描いた絵、
 ブチまけたペンキは、パッと消えてしまう。
「ちっ。芸術のわからん奴らめ!」
 悔しそうに舌打ちをして、飛び跳ねるようにして逃げ去っていったペインタート。
 壊れた黒時計を修繕しに、どこかへと帰っていったのだろう。
「なーにが時の真理だ。時守に対しての挑戦状のつもりかって。な」
 バラバラになった黒時計の前でしゃがみ、ケラケラと笑うヒヨリ。
 クレタが気を引き付けてくれていたが故に、黒時計を壊すことが出来た。
 けれど、ヒヨリの感謝の言葉に、クレタは何だか浮かない顔をしている。
「ん? どした。クレタ?」
「クレタくん? どうしたの?」
「あ……ううん……。別に……何でも……」
 迷惑行為なことには違いない。奇抜な色に、眩暈を覚えたのも事実。
 けれど。ペインタートの行為を、駄目だと言い切ることは出来ないような気がした。
 時の……真理……。それは、僕も……気になるところ……。
 きっと……誰もが気にしているところ……時守なら……尚更……。
 答えを見つけることは……出来ないのかもしれないけれど……。
 彼もまた……失われた時を追っているのかも……しれない……。
 僕らと……同じように……。
 厄介者だと、悪戯な奴だと。
 もしも、そうして決めかかることなく。
 話が出来る間柄だったなら。そんな関係になれたのなら。
 ペインタートという存在が、重要なヒントになっていったかもしれない。
 そう出来ないのは、その関係・間柄になれないのは。
 それもまた、時の悪戯なのかもしれない。
 容易に、容易く答えを見出すことが出来ぬように。
 時が仕掛けた、悪戯な関係なのかもしれない。
「クレター! 何やってんだ。帰るぞー」
「……あ。……うん」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / キジル / ♂ / 24歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『塗り絵 -coloring book-』への御参加、ありがとうございます。
 とても素敵な、お見事なプレイングでした。見破られた感さえも…(笑)
 時に悪戯を仕掛ける存在。その存在もまた、物語の核の一部分。
 そこに気付くことが出来たなら、鐘の音が響く日も、そう遠くはないはず。
 けれど、気まぐれ。 時は、気まぐれ。
 本当に、その日が近づいたのか。それを確かめる術は、ないでしょう。
 ヒントがあるとすれば。このお話、シナリオのタイトルに…?
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.03 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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