■ビオナの花弁■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
「馬鹿でも……風邪ってひくのね」
「……うるへー」
ヒヨリの自室空間にて。
真っ黒なソファに身を埋め、グッタリとしているヒヨリ。
その隣で肩を竦めているナナセの手には、不思議な形の体温計。
どうやら、ヒヨリが風邪をひいてしまったようだ。
馬鹿だからというわけでもなく、珍しい状況だ。
そもそも時守は、体調不良に陥ることがない体質なのだから。
けれどそれは、ここ、クロノクロイツに居る間のみに言えること。
この空間から出なければ、体調を崩すことはない。
要するに。
東京やら何やら、あちこちに遊びに行っているが故に。
ヒヨリは、外で何らかの病原菌を体内に宿してきてしまったということ。
このような状況に陥るからこそ、ナナセはヒヨリを叱ってきた。
フラフラと他所の世界へ遊びに行くなと、叱ってきた。
はぁ、と大きな溜息を落として、体温計をテーブルの上に置いたナナセ。
だから言ったのに。いつも言ってるのに。
まったくもう。看病するこっちの身にもなって欲しいわ。
面倒なのよ。外で貰ってきた病原菌を消すのは……。
自然治癒することはないから、調合するしかないのよ。薬を。
その薬の調合に必要な材料……ビオナの花弁。
あれを入手するのが、面倒なのよ。
わかってるの? まったくもう……。
パコッ―
「痛っ……。おま、病人に何つーことすんだ……アホぅ」
「大迷惑なのよ。本当、馬鹿なんだから」
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ビオナの花弁
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「馬鹿でも……風邪ってひくのね」
「……うるへー」
ヒヨリの自室空間にて。
真っ黒なソファに身を埋め、グッタリとしているヒヨリ。
その隣で肩を竦めているナナセの手には、不思議な形の体温計。
どうやら、ヒヨリが風邪をひいてしまったようだ。
馬鹿だからというわけでもなく、珍しい状況だ。
そもそも時守は、体調不良に陥ることがない体質なのだから。
けれどそれは、ここ、クロノクロイツに居る間のみに言えること。
この空間から出なければ、体調を崩すことはない。
要するに。
東京やら何やら、あちこちに遊びに行っているが故に。
ヒヨリは、外で何らかの病原菌を体内に宿してきてしまったということ。
このような状況に陥るからこそ、ナナセはヒヨリを叱ってきた。
フラフラと他所の世界へ遊びに行くなと、叱ってきた。
はぁ、と大きな溜息を落として、体温計をテーブルの上に置いたナナセ。
だから言ったのに。いつも言ってるのに。
まったくもう。看病するこっちの身にもなって欲しいわ。
面倒なのよ。外で貰ってきた病原菌を消すのは……。
自然治癒することはないから、調合するしかないのよ。薬を。
その薬の調合に必要な材料……ビオナの花弁。
あれを入手するのが、面倒なのよ。
わかってるの? まったくもう……。
パコッ―
「痛っ……。おま、病人に何つーことすんだ……アホぅ」
「大迷惑なのよ。本当、馬鹿なんだから」
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ゲホンゴホンと苦しそうに咳き込む姿。
その姿をジッと見つめて、クレタは物思う。
ヒヨリが……風邪を引いてる……。
とっても苦しそう……こんな顔、初めて見たよ……。
ヒヨリ……。ヒヨリは……変な人……。
知りたがりの、変な人……。
何でもかんでも知りたがるんだ……どんなに、些細なこと……でも……。
いつも言うね……知りたいんだって……知る権利が、俺にはあるんだって……。
どうしてかな……どうして、そんなに知りたがるのかな……。
人の心を覗き込むことは……そこに手を差し込むことは……楽しいことばかりじゃ……ないのに……。
汚いもの……不愉快なこと……嫌な気持ち……拒絶……。
そんなものを見ることだって……あるのにね……。
実際……いくつか、見てきたんじゃ……ないかな……。
僕の中にある……そういう部分……。
見てきたはずなのに……それでもまだ、知りたがるんだ……。
変な人……。不思議な人……。ヒヨリは……変な人だよ……。
クルリと反転し、ヒヨリの空間を後にしようとするクレタ。
突然、思い立ったように動き出したクレタへ、ナナセは声を掛けた。
「クレタくん? どうしたの?」
「……風邪を治す、お花。探してくる……」
「えっ。ちょ、待って、クレタくん。私も一緒に……」
「ナナセは……ヒヨリの看病してて……僕、一人で……行ってくる……」
「あ。ちょっ、クレタく……」
一緒に行くからという言葉に聞く耳持たずで。クレタは空間の外へ。
今まで、こんなことがあっただろうか。
自分の意思を、はっきりと述べることが、あっただろうか。
一人で行きたい。その気持ちを、ちゃんとクレタは口にした。
少しずつ、彼の中で何かが変わり、或いは芽生え、或いは元に戻りつつあるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、クレタが消えた後も、ボーッとしていたナナセ。
ヒヨリは苦しそうに咳き込みながらも、クスクスと嬉しそうに笑う。
「どうだ。参ったか。げほげほっ……俺、クレタに好かれてんだぞ。お前なんか、目じゃねぇぜ」
「…………」
ボスッ―
「ごほっ! おま……みぞおち……げふっ、ごふっ……」
確か。ナナセは言っていた。何の前触れもなく、突然ポッと咲く。
ビオナの花は、気まぐれな闇の花だって。
どこにあるのかわからないということは、どのくらい時間が掛かるのか見当がつかないということ。
どこまでも、どこまでも続く闇の世界を、延々と歩くことになるかもしれない。
ダラダラしている暇はない。なるべく急がねばならない。一刻も早く、助けてあげなくちゃ。
小さな声で何かを呟きながら、自室空間で準備していたクレタ。
長丁場になっても対応できるように。
ちょっとダレて、所々が解れているけれど、
そんなところもお気に入りな、黒い鞄に。食事と飲み物を、詰め込んだ。
布製のその鞄を肩へ、斜めに提げて。出発。ビオナの花弁を求めて。
真っ黒な花。闇と同化する、漆黒の花。それがビオナ。
この空間、クロノクロイツにしか咲くことのない、不思議な花だ。
気まぐれに咲くが故に、探し出すのは容易ではない。
逆に、何も考えずに歩いていると何度も見かけたりする。そんなもんだ。
いざ、欲して探すとなると見つからないのもまた、不思議なことに自然の成り行き。
自分が今、どこを歩いているのかさえ、もう理解らない。
どっちから来たのか、どこへ向かっていたのかも、もう理解らない。
ほんの少し、居住空間から離れただけで、ここまで迷うことが出来る。
果てなく続く闇。けれど、それに不安や恐怖を覚えることはない。
もう慣れた。この闇の空間に、慣れてしまった。
何も恐れることはない。この闇もまた、流れる時の一部。
そこらを歩いている動物と一緒。
こちらが気にせぬ限り、向こうも気に留めない。
心が強く在れば、闇の中に、道を見出すことだって可能だ。
けれど、あてもなく歩き続けることに覚える疲労感は凄まじい。
どんなに心が強くても、身体的に覚える疲労は、どうすることもできない。
フゥと一つ息を落とし、その場に座り込むクレタ。ちょっと休憩。
鞄から珈琲牛乳と、サンドイッチを取り出して口に放る。
指についたマヨネーズをペロリと舐めて、クレタは辺りを見回した。
どうしよう……かな……。とりあえず探しにきたけれど……。
こうして探しだすと……本当に、みつからないものなんだね……。
前に一度だけ……キジルとヨハネと散歩していた時に……見たんだけどな……。
どこに咲いていたかな……もう、覚えていないや……。
珈琲牛乳を飲み干し、パックを、ぺしょっと潰してゴミ袋の中へ。
まるで見当がつかない。その状況は相変わらずだけれど。
諦めて引き返すつもりなんて、更々ない。
さぁ、行こう。ビオナ探しを、再開しよう。
うん、と頷いて、ゆっくりと立ち上がったクレタ。
その時だった。
突然、目の前にフワリと……美しき漆黒の花が咲いたではないか。
想いに応じるかのように、目の前に咲いてくれたビオナの花。
良かった。これを持ち帰れば、ヒヨリは元気になる。
ホッとした表情(のように見える)を浮かべ、しゃがんで花を採取しようと手を伸ばす。
すると。
ヒュンッ―
(……ん。…………)
頬を、風のようなものが掠めた。
伸ばした手を一旦引っ込めて、顔を上げる。
すると目の前に、猿がいた。
どこぞの動物園から逃げてきただとか、そういうことではない。
猿の首には、黒い時計がブラ下がっている。要するに……悪戯猿だ。
ビオナの花は、悪戯者にとって、かけがえのない材料。
彼等が悪戯の際に必ず所有している、黒い時計を構成する物質のひとつである。
悪戯をした結果、時計を壊されてしまうのは、もはやどうしようもない結末だ。
悔しがっている暇はない。すぐさま、新しい時計を作らねば。悪戯が出来ないのだから。
悪戯時計を構成する物質は、数多く存在するが、中でも一番入手困難なのが、この花、ビオナだ。
例によって、どこに咲くかわからないがゆえに、採取は困難を極める。
必要としているもの。それが重なり、被ってしまった場合。どういうことになるかというと。
「おい、小僧! その花、ワシが頂くぞ!」
「…………」
このように、敵対し、取り合う展開になってしまう。
必要としているのは理解る。けれど、それは、こちらとて同じこと。
どうぞ、と差し出すことなんて出来るはずもない。
ふぅ……と息を吐き、クレタは懐から銀の懐中時計を取り出して、悪戯猿に見せた。
悪戯猿は、その意外な事実にクリンと目を丸くする。
「んなっ。何じゃい。小僧……時守だったんかい」
「……うん」
「おっかしいな。お前さんみたいな奴、時守にいたっけかな〜」
「割と……新人さんかも……しれないね……」
「へっ。そうかいそうかい。まぁ、どうでもいいこった。頂くぜ、その花っ」
ビオナの花めがけて、ピョーンと飛び跳ねた悪戯猿。
「運が……悪いよね……」
クレタは、そうポツリと呟き、両指を躍らせ、闇の宙へ二つの十字を刻んだ。
シンクロモーション、ダブルクロス。
左右対称に、美しく揺れる二つの十字は、空へ高く舞い上がり、一つに重なる。
眩い光が辺りを照らし、その眩しさに目が眩んだ、その一瞬に。
十字は空で無数に分かれ、光の雨となって闇に降り注ぐ。
「うおおおおおおおおおぅっ!?」
見るからに低俗な……雑魚を甚振る趣味はない。
クレタが放った光の十字は、悪戯猿の周りに、隙間なく刺さっただけ。
何となく、昆虫標本を思わせる光景だ。……相手は猿だけど。
「何じゃい! こんなもん、引っこ抜いてしまえばっ……」
突き刺さった光の矢を引き抜こうと、ガシッと掴んだ悪戯猿。
「……あ」
「!! へぶぁっ!? がばばばばばっ!?」
掴んだ瞬間、光の矢は激しく閃光し、電気にも似たそれを放つ。
その結果、真っ黒に焦げてしまった悪戯猿は、パタリとその場に倒れこんだ。
触ったら……痛いよって……言っておけば良かったかな……。
殺しちゃうつもりはなくて……ただ、少し黙っていて……欲しかっただけなんだけど……。
あ……。大丈夫だね……ピクピクっと僅かにだけど……動いてる……。
悪戯猿が死んではいないことを確認したクレタは、
何事もなかったかのように再び屈み、ビオナの花へ手を伸ばした。
採取。良かった。ちゃんと、採取することが出来た。
ホッと安心した後、クレタはビオナの花弁を一枚だけプツンと取り、
残りを、ピクピクしている悪戯猿の上に、そっと乗せた。
弔いの花のように。
数分後、意識を取り戻した悪戯猿が、
情けをかけられた! とキィキィ悔しそうに鳴いていたのだが。
クレタが、その声を耳にすることはなかった。
すぐさま、ヒヨリの元へと戻っていたが故に。
*
花弁を細かく刻み、それを摺り潰して、聖なる水に溶かす。
うっすらと、闇色に染まる聖水。その染色は、特効薬の完成を意味する。
漂う香りは……何とも微妙な。消毒液のような香りだ。鼻にツンとくる。
飲みなさい、とナナセに差し出されたカップ。
並々と注がれ、揺れているビオナの特効薬。
一度だけ。前に一度だけ、これを口にしたことがある。
あの鮮烈な舌触りと喉越しは、忘れようにも忘れられない。
何も、こんなに並々と注ぐこともないだろうに。
カップで揺れる特効薬を見つめながら、ヒヨリはゴクリと唾を飲んだ。
覚悟を決めたかのように思えたが……カップの位置はそのまま。依然、手の中。
飲もうとしないヒヨリに腹を立てたナナセが、チョップをお見舞いした。
「いい加減にしなさいよ、あんた。クレタくんが折角取ってきてくれたのにっ」
「わ……わかってるよ。わかってるって。けどな、これ不味いんだって……アホみたいに不味いんだって……」
ガックリと肩を落として言ったヒヨリ。
どうやら、ビオナの特効薬は、香りだけでも、それなりに効果があるようだ。
その証拠に、先ほどまでの咳き込みが消えている。
けれど、額に浮かんでいる汗は……発熱が続いていることを意味するだろう。
もしかしたら、冷や汗かもしれないけれど。
躊躇い続け、なかなか口にしようとしないヒヨリを見かね、クレタは手荒な行動に出た。
ガシッとカップを掴むヒヨリの手を持ち、そのまま上へ。
カップを半ば強引に口元へ運び、仕上げに額を小突いて上を向かせる。
僅かに開いた口へ……ダブダブと注ぐ特効薬。
「……がぶば……ばばば」
「ちゃんと……飲まないと、元気にならない……よ」
あまりの不味さに白目を剥いているヒヨリ。
かなりキツそうだが……額に浮かんでいた汗は、スッと引いた。
即効性なのか……凄いなぁ、などと感心しているクレタ。
いつもと変わらぬクレタの表情に、傍で見ていたナナセは苦笑した。
パタリと倒れこむヒヨリ。
ノックアウト……じゃなくて、完治。おめでとう。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『ビオナの花弁』への御参加、ありがとうございます。
プレイングの出だしが、可愛すぎて…参りました。
ポーッとしつつも健気な。そんな一面を描けていれば、と思います^^
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.03 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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