■夢追いアラン■
藤森イズノ |
【7764】【月白・灯】【元暗殺者】 |
各所に生まれ、発生する歪み。
今更だが、その修繕を行うのが、時守の仕事だ。
時の歪みは、どれも、大抵は同じ形をしている。
グルグルと渦を巻いた状態で、フワフワと闇に浮いているのだ。
けれど中には、一風変わった形をした歪みも在り。
それは即ち "厄介なもの" であることを意味する。
一筋縄ではいかない、濃く……ネットリと絡みつくような歪み。
頻繁に出現するわけではないが、だからこそ、時守たちは危惧する。
そんな厄介な歪みが、今宵。産声を上げた。
「…………」
歪みを見つめて、腕を組み、ふぅと息を吐き落としたナナセ。
この歪みを生んだ人物は……男性ね。見たところ、40代後半ってところかしら。
顎に蓄えた髭にしても、きっちりと黒いスーツを着こなしている辺りからしても。
何て言うんだったかしら。こういう男性のこと。
えぇと……。あ、そうそう。ジェントルマン。
でも、こんな紳士な男性が、ここまで濃厚な歪みを生むかしら……。
何か、特別な想いを抱いているみたいね。
探ってみたいけれど……ここからじゃ、ちょっと遠すぎるみたい。
かといって、このまま放置しておくわけにもいかないし……。
仕方ないわね。直接、会って御話してみましょうか。
えぇと……方角は……こっちね、西北西。
地球……ウェールズに御住まいの。アランさん。
アムルック……確か、鉄鉱石を積み出し、栄えている港町ね。
よし。それじゃあ、ジャッジに報告を済ませて……行ってみましょうか。
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夢追いアラン
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各所に生まれ、発生する歪み。
今更だが、その修繕を行うのが、時守の仕事だ。
時の歪みは、どれも、大抵は同じ形をしている。
グルグルと渦を巻いた状態で、フワフワと闇に浮いているのだ。
けれど中には、一風変わった形をした歪みも在り。
それは即ち "厄介なもの" であることを意味する。
一筋縄ではいかない、濃く……ネットリと絡みつくような歪み。
頻繁に出現するわけではないが、だからこそ、時守たちは危惧する。
そんな厄介な歪みが、今宵。産声を上げた。
「…………」
歪みを見つめて、腕を組み、ふぅと息を吐き落としたナナセ。
この歪みを生んだ人物は……男性ね。見たところ、40代後半ってところかしら。
顎に蓄えた髭にしても、きっちりと黒いスーツを着こなしている辺りからしても。
何て言うんだったかしら。こういう男性のこと。
えぇと……。あ、そうそう。ジェントルマン。
でも、こんな紳士な男性が、ここまで濃厚な歪みを生むかしら……。
何か、特別な想いを抱いているみたいね。
探ってみたいけれど……ここからじゃ、ちょっと遠すぎるみたい。
かといって、このまま放置しておくわけにもいかないし……。
仕方ないわね。直接、会って御話してみましょうか。
えぇと……方角は……こっちね、西北西。
地球……ウェールズに御住まいの。アランさん。
よし。それじゃあ、ジャッジに報告を済ませて……行ってみましょうか。
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ウェールズ国。
クロノクロイツから時を回廊を経由し踏み入った世界。
質素でありつつも、どこか柔らかく優しく……温もりに満ちた町並み。
小さなその町は、活気に満ちていた。
擦れ違う人々の表情を見れば、すぐに理解る。ここが、とても素晴らしい町であること。
荒んだ表情を浮かべている者は一人もいない。みんな、生き生きと満ち足りた顔をしている。
そういえば、何となく見覚えがある。この町並み。何度か、雑誌で見かけたことがある。
綺麗な町だなぁと、一度行ってみたいなぁと。そんな想いを抱いた記憶がある。
首都、カーディフの中心を走る大通りを歩く灯の足取りは、とても軽やかだ。
「嬉しそうね。灯ちゃん」
「あ。……うん。……何となく、楽しいの」
「ふふ。お仕事で来たのよ? 忘れてない?」
「……だいじょぶ。忘れてないよ」
ナナセと言葉を交わしながら歩く大通り。
道行く人が積極的に何かを語りかけてくるけれど、言葉が理解らない。
雰囲気からして、食べ物や飲み物を勧めているような感じなのだろうけれど。
ちょっと押され気味な。そんな遣り取りも楽しく思えてくるから不思議。異国効果?
けれど、ちゃんと理解している。ナナセが言ったように、遊びにきたわけじゃない。
ここに来た目的は、とても濃厚な歪みを生んだ人物と接触すること。
ナナセの隣で歪みを見やっていた灯も、さすがに目を丸くした。
あそこまでドロドロと、蛇のようにうねる歪みは見たことがなかった。
気にせず、修繕を施して在るべき場所へ、その歪みを戻すことは容易い。
けれど、ナナセは言った。おそらく、修繕してもまたすぐに発生してしまう、と。
時の歪みは、人の想いで構成されて発生するものだ。
大半を後悔の念が占める。
その悲痛な想いを解きほぐしてあげることが『時の修繕』だ。
けれど中には、後悔の念ではなく、強い『願い』が占めている場合もある。
今まさに、あるいはこれから。叶えんとすべき願いや想い。
その想いが強ければ強いほど、濃厚な歪みを生む。
過去ではなく、未来が対象の歪みの場合、いつもの修繕方法では歪みを還すことはできない。
時守とて、先のことはわからない。何が起こるかなんて、わからない。
ゆえに、未来を想う心から生まれた歪みは、修繕することができないのだ。
だからといって、そのまま放置しておくわけにはいかない。歪みは歪み。時の歪曲。
では、どうするのか。方法は一つだけ。
歪みを生んだ本人と直接接触し、その人物が思い描いている未来を聞かせてもらう。
聞かせてもらった未来・願いが実現可能なものだった場合、それが叶うまで見守る。
逆に実現不可能なものだった場合は、無理であることを悟らせねばならない。
実現、あるいは退き。そのどちらかを満たすと、歪みは消える。
歪みを生んだ人物の思い描く未来によって、拘束時間は大きく変動していく。
例えば、実現可能だけれど、実現させるのに長い年月を費やす必要がある場合、付き合わねばならない。
途中で放棄することは出来ない為、場合によっては、かなり拘束されてしまう。
だが、案ずることはない。
クロノクロイツ、時の回廊を経由して別世界へ赴いた際、
時守たち自身を巡っている時間は、そこでいったん止まる。
要するに、時間が止まっている状態。その為、どれほど長く拘束されようとも、時守が老いることはないのだ。
歪みを生んだ人物が住んでいるらしい家。
立派な屋敷だ。玄関先では、色とりどりの花が咲き誇っている。
扉を何度もノックしたけれど、反応がなくて困り果てるナナセ。
どこかへ出かけてしまったのかしら。それなら、探さなきゃ。えぇと……。
持ってきた資料を見やり、歪みを生んだ人物、アランの行き先を考察する。
得た情報を元に考えて、彼が赴くであろう場所は……。
ナナセが、その答えに辿り着くと同時のことだった。
「ねぇ……ナナセ。あの子、さっきから、こっち見てる……」
「えっ?」
灯に指摘され、パッと顔を上げてみる。
すると、木の陰に隠れるようにして、こちらを見やっている少年の姿が目に飛び込んだ。
資料には掲載されていない人物。ということは、アランと密接な関係にあるわけではない……はず。
けれど、こちらを見やる少年の目は、探るような疑うような。アランを想うがゆえの眼差しだ。
ナナセは資料を鞄にしまい、少年に声を掛ける。
「えぇと。こんにちは。……言葉、通じるかしら」
「こんにちは」
「あっ。良かった。御話できるわね」
「アラン先生に教えてもらった言葉なんだ。ねぇ、おねぇちゃんたち、誰?」
「えっ? えぇと、そうね。何て言えば良いかしら……」
自分が時守であることを明かしてはならないゆえに、何と返すべきか迷うナナセ。
困っているナナセを救うかのように、灯は少年に言った。
「……魔法使いなの。……アランって人を探してるの」
「と、灯ちゃん。それはちょっと……」
逆に怪しまれるだろうと苦笑したナナセ。
だが、相手は純真無垢な子供だ。少年は疑うことなく、寧ろ感心して微笑む。
そうなんだぁと笑う少年を見て、ナナセはまた苦笑した。
そういう感じで良かったのね……。どうしたものかと、真剣に考え込んでしまったわ。
「アラン先生はね、ガースにいるよ」
「ガース? えぇと。それは、どこかしら」
「村の北にある丘さ。案内しようか?」
「そう。ありがとう。でも大丈夫よ」
「案内しなくていいの?」
「えぇ」
「……あのさ。おねぇちゃんたち、アラン先生をいじめにきたんじゃないよね?」
「えっ?」
「あ、ううん。何でもない。気をつけてね。じゃあね」
何か言いたげな表情を浮かべていたものの、少年は想いを心に留めて去っていった……ように見えた。
少年の物憂げな表情に、どこか引っかかりを覚えるものの……アランの居場所は知れた。
「とりあえず、行ってみましょうか」
「……うん」
木が一切生えておらず、一面を緑の絨毯が覆いつくす。
草をはむ羊の姿。のどかな光景。ガースの丘。
その丘に、アランは確かにいた。右手に持っているのは……虫眼鏡だろうか。
這い蹲るようにして、アランは草を掻き分け、ほふく前進している。
はたから見れば、何とも怪しい奇怪な行動だ。何かを探しているのだろうか。
若干、躊躇ってしまうものの、見ているだけではどうにもならないと、ナナセは声をかけた。
「アランさん」
「んっ!? ……おや。これはこれは、可愛らしいお嬢さんがた」
立ち上がり、衣服についた草を払ってペコリとお辞儀したアラン。
アランと会話が成立すること、この言語をアランが理解できることは事前に調査済みだ。
礼を返し、怪しまれぬようにと、アランと他愛もない言葉を交わしていくナナセ。
二人が話している間、灯は、アランが先程まで這い蹲っていた場所に屈んでみた。
特に何もない。背の低い草が隙間なく生えているだけ。虫も……見当たらない。
ナナセと会話するアランを見上げて、灯は尋ねた。
「……おじさん、何を探してるの?」
その質問こそ、核心をつくもの。アランは少し沈黙した後、クスクスと笑って言った。
「万能薬の材料を探しているんだよ」
万能薬。どんな病をも治してしまう奇跡の薬。
アランが思い描いている未来は、万能薬が完成し、歓喜に震える日々と己の姿。
漫画や小説、ゲームで、その名を目耳にしたことはある。万能薬。その名のとおり、万能な薬。
けれど、それが実在するという話は聞いたことがない。
いや、だからこそアランは、存在する未来を思い描いているのか。
実際、確かなことは言えない。そんなものはないと言い切ることは出来ない。
もしかしたら本当に、どんな病も治してしまう薬が存在するかもしれない。
アランは、材料を探していると言った。それは即ち、作ろうとしている、その意思の表れ。
それに対しても断言はできない。そんなもの作れやしないんだと、言い切ることはできない。
もしかしたら本当に、どんな病も治してしまう薬が出来上がるかもしれない。
現実的に考えた上で『無理だ』と、そう発言するのが普通だ。
だが、ナナセは言葉を発することが出来ない。諭すことを躊躇っている。
どうしてか。答えは簡単だ。目の前で思い描く未来を語る男の瞳が、何とも切なく揺れているから。
アランは動植物の研究家であると同時に、医師としての顔も持っている。
先程、アランの家の前で声を掛けてきた少年は、彼が治療した患者の一人だ。
声を失った少年を、少年の枯れた喉を、アランは見事に治療した。
アランの医師としての腕は、常軌を逸している。それゆえに、町人からの信頼も厚い。
だが、誰かに信頼され必要とされれば、どこかで誰かに嫌悪されてしまう。悲しきかな、人の想螺旋。
彼を嫌悪する連中は、決して、アランの医師としての腕を認めていないわけではない。
寧ろ認めているからこそ、彼の言動を、彼が思い描く夢を嘲笑う。
叶わぬ夢に身を投じるよりも、他にやるべきことがあるのではないか? 救うべき人がいるのではないか?
浴びせるものは、罵声でもあり、また期待の表れでもあり。
毎日のように浴びる、それらの言葉を、うっとおしいと思ったことはない。
正しいことを言っていると思う。夢を追い、夢に魅せられている。誰の目にも、自分はそう映るだろう。
そうは思うものの、夢見ることをやめることが出来ない。
いつからだろう。いつから、自分はこんなに夢中になっていたんだろう。
気付いたときには、もう遅かった。夢を夢で終わらせない。その強い思いが芽生えていた。
「もう、引き返せないんだよ」
淡く微笑み、再び材料探しを始めたアラン。
地に這い蹲るその姿は、夢に縋る男の姿そのものだった。
何と声をかけるべきか。適当な言葉が見当たらない。口篭るばかりのナナセ。
そんなナナセに、灯は『資料』を見せてくれと頼む。
綺麗な文字でうまく纏められた資料。それに目を通し、灯は可能性を探る。
男は夢に生きる生き物。……昔、おばあちゃんが言ってた。でも、それだけじゃない気がする……。
医師として、人を救いたい……? ただ単に、ムキになっているだけ……? ……違う。そうじゃない。
彼が万能薬を。どんな病をも治す薬を欲するのには、もっと別の、大きな理由があるはずだ。
資料の片隅に書かれた情報に目を留め、灯は小さく溜息を落とした。
5年前。この男は、最愛の妻を亡くしている。死因は、奇病。
全身に不気味な痣が出現し、その痣を確認した半日後、突然息を引き取る。
何という病なのか、どうすれば治るのか、原因は何なのか、それらは5年たった今も解明されていない。
愛しい人を救えなかった過去。医師でありながらも、救えなかった過去。
アランは、夢を追うことで、過去の自分を掻き消そうとしている。
そして願わくば。未来の自分が、朗らかに笑っているようにと。切実に願う。
地を這い蹲り、必死に作業を続けるアランの背中を見やり、灯は俯いてマフラーに顔を埋めた。
気付いていないはずがない。自分が、夢に縋っている事実を。
万能薬なんてものを求めることが、医師として、あってはならないことだということも。
おじさん……。ごめんね。やっぱり、灯には、わからないんだよ。
万能はね、不可能なことさえも可能にしてしまうものなんだよ。
本当は叶わないことさえも、無理矢理、実現させてしまうものなんだよ。
無理矢理繋がれたものはね……長持ちしないの。
繋ぎたくないのに、手を繋いでいるのと一緒だよ。いつかは、離れてしまう。
でも。おじさんは悪くないと思うんだ……。夢を追うのは、悪いことじゃないから。
悪いのはね、きっと……万能っていう言葉を作った人なんだよ。
どうしてかな。どうしてなんだろうね。理解っているはずなのに。
そんなものは存在しないって、存在してはいけないものだって、理解ってるはずなのに。
それでも、人は縋ってしまうの。どうにもならなくなったとき、人は奇跡に縋ってしまうんだよ。
どうしてかな。どうして。どうしてなんだろうね。どうして人は……こんなに弱いのかな。
「……帰ろ。ナナセ……」
クルリと反転し、小さな声で呟いた灯。
何も解決できていないじゃないかと、ナナセが反論することはなかった。
どうすることもできない。自分達には、彼を止めることも諭すこともできない。
時守は、時の番人。過去をなきものにするチカラなんて持っていないし、未来を定めるチカラも持っていない。
夢を追う。そうすることでしか生きる活路を見出せなくなった人。哀れだと同情しているわけじゃない。
諭してしまったら、彼はどうなる? もしかしたら、命を絶ってしまうかもしれない。
無力な自分が許せなくて、自らの命を絶ってしまうかもしれない。
彼を必要としている人がいるのに。それすらも投げ捨てて、逃げてしまうかもしれない。
「アラン先生〜!」
「うん? おぉ、ジャールか。どうした?」
「お手伝いにきた! 今日も暗くなるまで探すんでしょ?」
「あぁ。でも、ジャール。パパとママが心配して……」
「大丈夫だよ! パパとママも、後から来るって言ってたもん!」
「はは。……そうか。ありがとう」
在るべき空間へと戻る最中。
背中越しに聞いた会話を思い返し、目を伏せた灯。
灯は、キュッとナナセの手を掴み、小さな声で、とても小さな声で呟いた。
「……悔しいね」
時守として失格ではなかろうか。いや、違う。そもそも、自分が無力すぎるのだ。
時を彷徨う男の人を。たった一人の男の人すらも救えない自分が嫌だ。
生まれた歪みは、これからもずっと、あの場所を漂い続けていくのだろう。
彼の命の火が消えてしまっても、ずっと、ずっと、永遠に彷徨い続けるのだろう。
消すことも還すことも出来ない、その歪みを目にする度に、自分の無力さを痛感するのだろう。
時守として生きること幾年月。
この日、灯は学んだ。
救えない『時』が存在することを。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『夢追いアラン』への御参加、ありがとうございます。
作中に出ているカーディフ、ガースの丘は、実際にウェールズ国に実在する場所です。
中でも、実際に語り継がれているガース丘の逸話は、このシナリオのモチーフとなっております。
悔しい思いをして、またひとつ成長を遂げて。悲観なんてしないで。
夢を追わせてあげることが『救い』となっているかもしれないのだから。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.07 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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