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■スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
 深い深い……眠りに落ちていた。
 こんなにグッスリと眠ったのは、いつ以来だろうか。
 もしかしたら、初めてのことかもしれない。
 こんなにも。こんなにも、グッスリと眠れたのは。
 ソファの上、頭をワシワシと掻いて、放心。
 夢を見ていたような。そんな気がした。
 とても大切な。不思議な夢を、見ていた気がした。
 けれど、思い出せない。
 思い出そうとすれば、ピリッと喉に痛みが走る。
 辛うじて、思い出せるのは、一つだけ。
 大きな。そう、とても大きな蜘蛛の上で……眠っていたこと。
 どうして、そんなところで眠っているのか。
 その疑問を投げかけたような気がする。
 自分へ。どうして、そこで眠っているのか。
 そんなことを考えつつボーッとしていると、来客。
 空間にストンと降り立ってきたのは……ヒヨリだった。
 どうしたの。仕事でも入った? そう訊ねようとした矢先。
「……お前」
「ん?」
 珍しく、とても神妙な面持ちを浮かべ、ヒヨリが駆け寄ってきた。
 どうしたの。また、そう訊ねようとした矢先。
「痛っ……!?」
 ヒヨリが、肩をガッと掴んだ。
 その瞬間。全身に、電気が走るような痛み。
 不可解なその痛みに、顔を歪めてヒヨリを見上げる。
 ヒヨリは眉を寄せて、下唇をキュッと噛んでいた。
「ヒヨリ? どうし……」
「来い」
「えっ? ちょ、何……」
「黙れ。いいから、来い」
 有無を言わさぬ、迫力。
 腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
 腕を引き、先を行くヒヨリの背中が、とても大きく、遠く、冷たく見えた。
 どうしたのと訊ねても、返事は返ってこない。ヒヨリは、振り返ることもしない。
 何が起きているのか。どこへ連れていかれるのか。
 理解らずに困惑していた。そんな自分の目に、映りこんだものがあった。
 空間の隅にあった鏡。そこに映る、自分の姿。
 一瞬だったけれど。確かに、見えた。見間違いじゃないはずだ。
 自分の首から鎖骨下あたりまで……蜘蛛のような形の痣が、確かにあった。
 夢に見た。あの大きな蜘蛛。
 自分の首に灯った痣は、それに酷似していた。
 スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -

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 深い深い……眠りに落ちていた。
 こんなにグッスリと眠ったのは、いつ以来だろうか。
 もしかしたら、初めてのことかもしれない。
 こんなにも。こんなにも、グッスリと眠れたのは。
 ソファの上、頭をワシワシと掻いて、放心。
 夢を見ていたような。そんな気がした。
 とても大切な。不思議な夢を、見ていた気がした。
 けれど、思い出せない。
 思い出そうとすれば、ピリッと喉に痛みが走る。
 辛うじて、思い出せるのは、一つだけ。
 大きな。そう、とても大きな蜘蛛の上で……眠っていたこと。
 どうして、そんなところで眠っているのか。
 その疑問を投げかけたような気がする。
 自分へ。どうして、そこで眠っているのか。
 そんなことを考えつつボーッとしていると、来客。
 空間にストンと降り立ってきたのは……ヒヨリだった。
 どうしたの。仕事でも入った? そう訊ねようとした矢先。
「……お前」
「ん?」
 珍しく、とても神妙な面持ちを浮かべ、ヒヨリが駆け寄ってきた。
 どうしたの。また、そう訊ねようとした矢先。
 ヒヨリが、肩をガッと掴んだ。
「っ……」
 その瞬間。全身に、電気が走るような痛み。
 不可解なその痛みに、顔を歪めてヒヨリを見上げる。
 ヒヨリは眉を寄せて、下唇をキュッと噛んでいた。
「ヒヨリ? どうし……」
「来い」
「えっ? ちょ、何……」
「黙れ。いいから、来い」
 有無を言わさぬ、迫力。
 腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
 腕を引き、先を行くヒヨリの背中が、とても大きく、遠く、冷たく見えた。
 どうしたのと訊ねても、返事は返ってこない。ヒヨリは、振り返ることもしない。
 何が起きているのか。どこへ連れていかれるのか。
 理解らずに困惑していた。そんな自分の目に、映りこんだものがあった。
 空間の隅にあった鏡。そこに映る、自分の姿。
 一瞬だったけれど。確かに、見えた。見間違いじゃないはずだ。
 自分の首から鎖骨下あたりまで……蜘蛛のような形の痣が、確かにあった。
 夢に見た。あの大きな蜘蛛。
 自分の首に灯った痣は、それに酷似していた。

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 心臓に突き刺さるかのような、冷たい眼差し、冷たい声。
 いつもの優しいヒヨリではない。まるで、別人かのように、氷のように冷たい。
 林檎を齧りながら、一方的に好き勝手なことを話す。
 うっとおしいなだなんて思ったことはなかった。ただの一度もなかった。
 どんなにくだらない話でも、嬉しかったんだ。自分に話してくれることが。
 いつだって。いつだって、そう。ヒヨリは笑っているんだ。笑って、いたのに。
 何度声を掛けても、ヒヨリは反応してくれなかった。振り返ってもくれない。
 ただひたすらに、早足で歩いて行くだけ。
 腕を掴む手にこもる力が、一歩踏み出すごとに強くなっていく気がした。
 戸惑うばかりのクレタの腕を引き、ヒヨリが赴いた場所。
 クレタが連れてこられた場所は……ジャッジルームだった。
 裁判所のようなそこは、ジャッジ・クロウが駐在している場所。
 時を侮辱した愚か者を裁く、執裁の場。
 ジャッジルームに入ってすぐ、ヒヨリは腕を掴んでいた手を離し、クレタの背中を押した。
 押すというよりは、突き飛ばすように。
 フラリとよろめきつつも、こらえて踏ん張るクレタ。
 ゆっくりと顔を上げると、裁台からジャッジが見下ろしていた。
 ビクリと僅かに肩が揺れたのは、ジャッジの冷たい眼差しによるもの。
 ヒヨリと同じように、ジャッジもまた、冷たい眼差しをクレタに向ける。
 わからない。どうして、そんな冷たい眼差しを向けられるのか。
 どうして、ヒヨリ達が怒っているのか。どうして、ここに連れてこられたのか。
 理解できず、目を泳がせるばかりのクレタ。
 その戸惑いを晴らすかのように、ヒヨリはクレタにツカツカと歩み寄ると、
 ガッとクレタの胸倉を掴んで、そのままグィッと引き下げた。
 垂れ下がったパーカーの襟。露わになる首元。
 クレタの首に灯る蜘蛛の痣をジャッジに見せやりながら、ヒヨリは言った。
「お前がここに連れてこられた理由は、これだ」
 目を泳がせたまま、息を飲む。
 先程、チラリと確認した、蜘蛛のような痣。
 首に灯ったそれを理由だとヒヨリは言ったけれど。どうして、これが理由になるのかわからない。
 そもそも、この痣は何なんだろう。どうして、こんなものが身体についているのだろう。
 未だに理解できず、戸惑っている様子のクレタを見下ろし、ジャッジは目を伏せて言った。
「何よりも先ず。お前さんには、その痣の意味を教えねばならぬな」

 クロノクロイツ―
 いつから存在するのか、なぜ存在するのか、それは誰にも理解らない。
 あらゆる世界・空間と通ずる不思議な世界。時なき世界。
 気が遠くなりそうなほどに重ねた永い時間。この世界にも、歴史は存在する。
 クレタが、時守としてこの世界で生きるようになる100年以上も前の話。
 ヒヨリやナナセ、ジャッジらは、今と変わらぬ姿でここに暮らしていた。
 彼等もまた、理解らない。自分がどうしてここにいるのか。いつから、ここにいるのか。
 自分が存在する意味を、真剣に考えたこともあった。
 けれど、いくら考えようとも答えは見つからない。
 いつしか、彼等は考えることをやめた。
 自分が在る意味なんて、知る必要がない。知ったところで何になる?
 こうして生きている。呼吸をしている。存在している。その事実に意味を求めてどうする。
 そう悟ってからの彼等は、まるで吹っ切れたかのようで。
 自分たちがここに存在するのなら、ここで自分達にしか出来ないことをやろうと決意した。
 その瞬間に生まれたのが、時守という存在だ。
 自らを時守と名乗ることを決めると同時に、彼等は自分達の使命を定めた。
 そこらじゅうにグルグルと渦を巻きながら浮かんでいる妙な物体に『歪み』という名称を与え、
 それらを修繕し、在るべき場所へ還していくこと。それを、彼等は自分達の使命と定めた。
 けれど、始めから全てがうまくいくはずもなく。
 しばらくの間、彼等は模索しながら使命を果たす。
 歪みが暴走し、どうすべきかと慌てた日もあった。
 歪みの発生事態を抑えることは出来ないものかと思案した日もあった。
 そうして経験を重ねていくうちに、彼等は立派な時守へと成長していく。
 成長したことを褒めてくれる第三者はいない。この空間には、自分達しか存在しないのだから。
 彼等は互いに互いを褒め称え、共に成長していくことに悦びを覚えた。
 他に存在する者がいなかったことで、彼等の絆は必然的に強く深くなっていった。
 かけがえのない仲間と使命を果たす日々。そこに不満を抱くことはなかった。
 そんなある日のこと。クロノクロイツに異変が起こる。
 普段は静寂に包まれ静まり返っている空間に、不気味な音が響き渡ったのだ。
 鳴き声のような、うめき声のような、その音が何なのか。どこから聞こえてくるのか。
 彼等はすぐさま調査した。結果、不気味な音が、遥か上空から聞こえてきていることに気付く。
 上から聞こえると、そう口にしたのはナナセだった。
 その言葉に、一行は揃って空を見上げる。
 見渡す限りに広がるのは漆黒の闇。見上げて彼等は耳を澄ませた。
 次第に大きく、近づいてくるかのように響く不気味な音。
 空から何かが降ってくる。
 一行は、揃ってその予感を胸に抱いた。
 予感は的中し、一行の目に、何とも奇怪な、それでいて不気味な光景が映りこむ。
 視界を埋め尽くすほどに大きな……蜘蛛。
 クロノクロイツを、抱き込むようにして空から降ってきた巨大な漆黒の蜘蛛。
 一体、どういうことだ。何が起きているんだ。そう考える暇もなく、事態は更に不気味な展開へ。
 巨大な蜘蛛の腹部にあたる部分から、次々と何かが飛び出てくるではないか。
 目を凝らし、それが何なのかを探る。バラバラと降ってきたのは……様々な動物だった。
 うさぎ、猫、犬、鳥……全てに共通していたのは、それらが影のように真っ黒であったことと、
 それらすべてが、黒い懐中時計を持っている。この二点だった。

「それって……」
 ジャッジが語った歴史に、戸惑いを隠せないクレタ。
 もしかして。クレタが抱いているその予感を、ジャッジは頷いて肯定した。
 要するに、遠い遠い昔に出現した謎の巨大蜘蛛、その腹部から飛び出してきたのは、
 現在、クロノクロイツを駆け回り、あちこちで悪戯を仕掛けている『トリッカー達』だということ。
 トリッカー達が、どのようにして出現したのか。ジャッジが語った歴史は、それを明らかにした。
 同時に、クレタは何となく、自分がここに連れてこられた意味を把握し始める。
 俯くクレタに、ヒヨリは呟くようにして尋ねた。
「最近、何かおかしいなと思うこと、ねぇか?」
 その質問を耳にして、真っ先に頭に浮かぶのは、あの妙な夢。
 大きな蜘蛛の上で、自分がスヤスヤと眠っている。そんな夢。
 実際、ここに連れてこられる少し前にも、自分は、その夢の中にいた。
 どうして、そんなところで眠っているのか。何度も何度も尋ねた。夢の中で。
 けれど答えは返ってこない。蜘蛛の上の自分は、深く深く眠っているようで。
 その妙な夢以外に、おかしいなと思うことといえば……よく、物が壊れることだろうか。
 手にしたグラスが弾けるように粉々に砕けたり、
 身に着けているアクセサリーが、突然バラバラになったり。
 不思議に思っていた。どうしてだろうと。
 けれど、その答えもまた見つからなくて。
 偶然に偶然が重なっているだけなのかもしれないと、そう自分を納得させてきた。
「僕……おかしいのかな……。僕……どうすればいい……?」
 聞き取れないほどに小さな声で呟いたクレタ。
 不安であることを汲み取れるクレタの声。
 だが、ジャッジはそこへ、更なる追い討ちをかけた。
 クレタの首に灯っている蜘蛛の痣。それは、罪人、トリッカーの証。
 気に留めたことはないだろうけれど、トリッカー達の身体にも、それと同じ痣がある。
 要するに、クレタは今、いつ裁かれてもおかしくない罪人として存在している。
 ついさっきまで、眠る前までは、なかったはずなのに。
 どうして突然、この痣が首に浮かび灯ったのだろう。
 何故なのかは理解らないけれど、トリッカーたちと同じ、罪人になってしまった。
 ヒヨリの冷たい視線は、罪人を蔑む眼差しだったんだ。
 わからない。どうして、こんなことになってしまったのか。
 自分が何なのか、自分が何者なのかさえも理解らなくなってくる。
 この痣がある限り、もう時守の皆は、自分を仲間だと言ってくれないのだろうか。
 ずっと、冷たい眼差しを向けられるのだろうか。
 そればかりか、もう、ここに来るなと言われてしまうのではないだろうか。
 拒絶され、追いやられてしまう。その不安にかられたクレタは、見上げて問う。
「どうすれば……消えるの……。これ……どうすれば消える……?」
 捨てられた子犬のような眼差しで見上げるクレタ。
 その眼差しを直視できず、ジャッジは顔を背けた。
 消すことすら叶わないのか。その手段さえもないのか。
 絶望と喪失感に支配されたクレタは、その場に座り込む。
 蹲るようにして座り、膝に顔を埋める、その姿に、ヒヨリは目を伏せて溜息を落とした。
 ヒヨリが落とした溜息は、自分に対する呆れによるもの。
「クレタ」
 名前を呼ばれ、ビクリと肩を揺らす。
 次にヒヨリの口から放たれる言葉が、とても恐ろしいもののような気がして、クレタは咄嗟に耳を塞いだ。
 聞きたくない。何を言うつもりなのか、わからないけれど。聞きたくない。
 耳を塞いで目を閉じるクレタ。ヒヨリは苦笑し、クレタの腕を掴んで立ち上がらせた。
 耳を塞いでいた手が離れたことに、怯えて目が泳ぐ。
 さようなら。それに順ずる言葉が放たれるのだろう。
 そう考える怯えた目を見て、ヒヨリは笑い、クレタの頭を、ぽすっと自身の胸に押しやった。
「……。……? ……ヒヨリ?」
 恐る恐る見上げれば、そこには、いつもの笑顔を浮かべるヒヨリ。
 いつも見ているその表情が、とても懐かしくて。クレタの肩が、小刻みに揺れる。
 頭を撫でながら、ヒヨリは呟くように言った。
「ごめん。つい、イラッとして。ムキになっちゃった」
「……。……え?」
「お前は、罪人なんかじゃないよ。わかってんだ、そんなことは」
「…………」
 沈黙したまま見上げて確認すると、ヒヨリはとても険しい顔をしていた。
 怒っている。けれど、その怒りの矛先は、自分には向いていない。
 一点をジッと見据えるヒヨリの眼差しが、そう思わせた。
 覚える安心感のようなものに、ゆっくりと瞬きするクレタ。
 そんなクレタの頭をくしゃくしゃと撫でて、ヒヨリはニコリと微笑む。
 優しい、温かい笑顔。いつものヒヨリの笑顔。
 その笑顔は、大丈夫だよ、と。そう伝えているかのようだった。
 けれど次の瞬間、再びクレタは僅かにビクッと肩を揺らし、怯えを覚える。
 低い声で、呼びかけたヒヨリの表情が、あまりにも冷たくて。
「ジャッジ」
「……うむ」
「許可をくれ」
「…………」
「あいつをブッ潰す、その権利をくれよ」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ジャッジ・クロウ / ♂ / 63歳 / 時の執裁人

 シナリオ『スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -』への御参加、ありがとうございます。
 ものすごく微妙な終わり方に感じられてしまうかもしれませんが、
 すみません、色々な意味で、ここがジャストです。
 あいつ=時狩(J) / 蜘蛛の痣は、Jによって刻まれたもの。
 ヒヨリの怒りの矛先は、無論Jに向けられています。
 時狩(J)との対立。全面抗争。その幕が今、上がりました。
 さぁ。ここからが本番。気張っていきましょう。どうぞ、お付き合い下さいませ…。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.07 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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