■追想と理解■
藤森イズノ |
【7707】【宵待・クレタ】【無職】 |
ふっと目を開けて、闇を見上げ、溜息を落とす。
またか。いつの間に眠ってしまったんだろう。
どのくらい眠っていたんだろう。
近頃、知らぬ間に眠りへ落ちることが多くなった。
疲れているわけでもないのに、やたらと身体が重くてダルい。
自覚していないだけで、実は体調不良なのかもしれない。
寝すぎだとか、もはや、そんなレベルじゃない気がする。
何となく気が引けるけれど……相談してみたほうが良いかもしれない。
相談するなら、やはりヒヨリだろうか。
ソファから起き上がり、俯いて額を押さえながら、そんなことを考えていると。
(……?)
妙な音が聞こえた。風の音のような音。
クロノクロイツは静寂の空間。物音が響くなんてこと、滅多にない。
どこから聞こえてくるのか。辺りを見回してみる。
やがて、その音が上空から聞こえてきていることに気付く。
(……? ……!)
見上げて、思わず硬直してしまった。
どうしてだ。どうして、こんなところに?
蛇のように蠢く渦。時の歪み。
闇の中、自分の頭上に浮かぶ歪み。
その歪みの中、映る場景が、余計に自分を戸惑わせた。
唐突すぎる、追想と理解。
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追想と理解
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ふっと目を開けて、闇を見上げ、溜息を落とす。
またか。いつの間に眠ってしまったんだろう。
どのくらい眠っていたんだろう。
近頃、知らぬ間に眠りへ落ちることが多くなった。
疲れているわけでもないのに、やたらと身体が重くてダルい。
自覚していないだけで、実は体調不良なのかもしれない。
寝すぎだとか、もはや、そんなレベルじゃない気がする。
何となく気が引けるけれど……相談してみたほうが良いかもしれない。
相談するなら、やはりヒヨリだろうか。
ソファから起き上がり、俯いて額を押さえながら、そんなことを考えていると。
(……?)
妙な音が聞こえた。風の音のような音。
クロノクロイツは静寂の空間。物音が響くなんてこと、滅多にない。
どこから聞こえてくるのか。辺りを見回してみる。
やがて、その音が上空から聞こえてきていることに気付く。
(……? ……!)
見上げて、思わず硬直してしまった。
どうしてだ。どうして、こんなところに?
蛇のように蠢く渦。時の歪み。
闇の中、自分の頭上に浮かぶ歪み。
その歪みの中、映る場景が、余計に自分を戸惑わせた。
唐突すぎる、追想と理解。
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「おはよう、クレタ。気分は、どうだい?」
「おはよう……ございます。特に……不調は、ない……です」
ゆっくりと身体を起こし、目を見ながら挨拶と体調を伝える。
目を見て話すのは、交わされた約束の一つ。
多くを求めはしなかった。いつだって、僕のことを一番に考えてくれて。
嫌なこと、やりたくないことは、無理にする必要はないからと、そう言って、僕の気持ちを尊重してくれた。
白い白衣を纏った、一人の研究員。深い森の中、研究施設。
僕の、かつての家。帰る場所。帰らねばならなかった場所。
ただいまを言ったことはなかった。外に出たことがなかったから。
交わす挨拶は、おはようございますと、おやすみなさい、宜しく御願いします。それだけ。
自分の気持ちを露わにすることは許されなかった。
こうしたい、ああしたい、あれは嫌だ、これは嫌だ。そういう感情を露わにすることが出来なかった。
不思議なもので、駄目だと教え込まれると、それが正しいことだと思ってしまう。
感情を失くすことは、正しいことなのだと僕は思った。
感情を抱くことは、あってはならないことなのだと僕は悟った。
それなのに、その研究員は、僕を説いた。
気持ちを外に出すことは、間違いじゃない、正しいことだと説いた。
他の研究員は、決してそんなことを口にしない。
影で彼等が、僕のことを『道具』だと言っていることも知っていた。
だから、僕は忘れたんだ。感情そのものを忘れた。自分の意思で。
ここにいる限り、ここで暮らす限り、ここに生まれた限り、僕は道具。
それ以上にも、それ以下にも成り得ない存在なんだから。
そう思っていたのに。その研究員は、僕を惑わせたんだ。
「これは……。花、かい?」
部屋の片隅で絵を描いていた僕に歩み寄り、研究員は言った。
研究員が手に持っている紙に描かれているのは、そう、花だった。
けれど、見たことがない。僕は、花なんてものを見たことがない。
ただ漠然と、綺麗なものとして、頭の中に記憶されていた。
あの日、僕が描いた花は、まるで太陽のように丸く紅く、大きかった。
見たことがないものをイメージだけで描いたのに、それを花だと認識してくれる。
それが、とても嬉しくて。僕は無言のまま、スケッチブックを差し出した。
暇さえあれば描いていた、絵。描いている間、僕は時間を忘れた。
夢中で描いた絵。僕のすべて。大切なもの。そのどれもが、不可解なものに見えたはずだ。
何を描いたのか、まるで検討もつかない。僕の絵は、そういうものばかりだった。
他の研究員に、見られたこともあった。自分から見せたわけじゃない。
彼等は言った。これも優秀な証か、と。悔しくなった。
自分の宝物を勝手に見られて、それを『証』と呼ばれたことが。
もう二度と見られないように。僕は、それ以降、隠れて絵を描くようになった。
ソファの裏に隠れて、こっそりと幸せを感じる。
スケッチブックは、枕の下に隠していた。誰にも見られぬように。嫌な思いをしないように。
けれど、その研究員は、僕が描いた絵を褒めたんだ。
ひとつひとつ、じっくりと眺めながら。
しかも、描かれているものが何なのか、僕が何を描いたのかさえも言い当てた。
嬉しかったんだ。わかってくれたことが。僕が描いた絵を『証』と呼ばないことが。
いつしか、その研究員は、いつも僕の傍にいるようになった。
それまで僕の傍にいた、僕の担当だった研究員は他所のフロアへ行った。
それも嬉しかったことの一つ。前の研究員の目が、僕は嫌いだった。
冷たい、氷のような目。その目に見下ろされる度、全身が凍りつくようだった。
彼とは違った。その研究員の目は優しくて。その眼差しは柔らかくて。
自分のことを理解ってくれる人が、いつも傍にいる。
僕は、安心を覚えて。同時に、笑ったり怒ったり、感情を少しずつ外に出すようになった。
前の研究員は、許してくれなかったことだ。
笑えば叩かれたし、不満を露わにすれば罵倒された。
けれど、その研究員は、一緒に笑ってくれたんだ。一緒に悩んでくれたんだ。
そんな彼に対して、信頼の感情を覚えるななんて無理な話で。
僕は、彼にすべてを話した。隠し事なんて、ひとつもしなかった。
思ったことを口にすれば、それに、真剣に耳を傾けてくれた。
何ひとつ、ないがしろにせず。正面から向き合ってくれたんだ。
幸せだなんて、そんなことさえ思うようになった、そんな、ある日。
僕は、小さな声で呟いた。
「僕は……。あなたと、ずっと一緒に、いられるかな……」
何を言ってるんだろうって、すぐ我に返って慌てた。自然と漏れた言葉だったんだ。
いつの間にか、声にして外に放っていた想いだったんだ。
その瞬間は、さすがに焦ったし、驚いた。自分の言ったことに自分で驚いたんだ。
「な、何でもない……。変なこと言って、ごめんなさい……」
僕は、すぐさま謝った。出来うることなら、聞かなかったことにしてくれと言いたかったけれど。
口にした想いは、偽りのない、本心だったんだ。
だから僕は、おそるおそる、彼の目を見た。
どんな顔をしているだろう。もしも、迷惑そうな顔をしていたら、どうすればいいだろう。
不安に思いながらも見やったのは、少しばかりの期待があったから。
彼なら、嫌な顔なんてしないんじゃないか。笑ってくれるんじゃないか。そう思ったんだ。
見上げた先、交わる視線。彼は、微笑んでいた。優しく柔らかく、笑んでいた。
その笑顔を確認した瞬間、僕はホッとして。嬉しくて。もう一度、尋ねようとした。
あなたと、ずっと一緒にいられるだろうか、と。
けれど。
「……!! いっ……」
左腕から全身へ、激しい痛みが体中を巡った。
何事かと見やれば、その研究員が、僕の腕を掴んでいたんだ。
千切れそうなくらい、強い力で、細い僕の腕を掴んでいたんだ。
「痛い……。痛い、よ……。ねぇ……」
痛みに顔を歪めながら、僕は彼を見上げて眼差しに疑問を込めた。
どうしたの。どうして、こんなことするの。痛い、痛いから、離してよ。
もしも、僕がさっき言ったことを不愉快に思っているのなら、謝るから。
どうして痛い思いをしているのかを理解できなかったんだ。だから僕は、目で訴え続けた。
訴え続ける最中、僕の目に映ったもの。
緑色の液体が込められた注射器を、彼は手にしていた。
どうしてかは理解らないけれど、怖かったんだ。
それが、どういうものなのか、あの日の僕は知らなかったけれど。
とても怖いもの。恐ろしいもの。僕の目に、その針は、恐怖を刻んだんだ。
「何するの……。やめて、やめてよ……」
怯える僕は、ジタバタと暴れて逃げようとした。
けれど彼は、僕を押さえつけて、その針を僕の身体に差し込んだ。
耳の下へ差し込まれる針。激しい痛みが、頭をグラグラと揺らした。
「いっ……。痛い……! 痛い! 痛いよ……! 痛い! やめて! やめてよ!」
波打つように襲い来る痛みに、のた打ち回る僕を、彼は全力で押さえつけた。
暴れる僕の頬を、彼は何度も叩いた。痛みが、麻痺するくらい。
もがく僕を押さえ、叩きながら、彼は言ったんだ。
「うるせぇ! おとなしくしろ! やっと……やっと完成したんだ! 全ては……全ては、この日の為! はははっ!」
忘れない。あの日の彼が発した言葉。狂気に狩られた、あの顔。
痛いと訴え続ける僕を見て、何とも嬉しそうにゲラゲラ笑っていた、あの顔。
あぁ、そうか。あなたも、僕を愛してはくれなかったんだ。
あなたが愛していたのも、僕じゃなくて、僕の身体だったんだ。
どうしてかな。理解りきっていたことなのに。どうして、信じてしまったのかな。
どうして、あなたに、僕は心を許してしまったりしたんだろう。
虚ろになっていく意識の中、僕は悔いた。
暗くなっていく世界、鈍くなっていく痛み。
僕に馬乗りになって、ゲラゲラと笑う研究員。
部屋の入り口にもう一人……誰かがいて、こちらを見ていた……ような、気が……した……。
打ち込まれた薬は、特殊能力を宿させるものだった。
副作用で潰れる喉。そうだ、僕の喉は、まだ……潰れたまま。
あんなに大声で叫んだのは、あの日だけ。もう、僕は叫ぶことが出来ない。
欺瞞に満ちた彼の笑みと引換えに、僕は手に入れた。光の雨。光を操る、そのチカラを。
「……っぐ。げぇっ」
自身の頭上に、突如発生した歪み、その中に映し出された過去、場景。
トラウマ以外の何物でもないその光景を、第三者の立場で見てしまう。見せられてしまう。
苦しみにもがく過去の自分を目の当たりにして、鮮烈に甦る、痛みと記憶。
脳みそを直接掴まれて、前後左右に揺らされているかのような感覚に、クレタは嘔吐を繰り返した。
とめどなく襲い来る痛み、不快感、頭痛。その波が一旦引いた瞬間、クレタは息を切らしながら口元を拭った。
治まったわけじゃない。またすぐに、痛みは襲い掛かってくることだろう。
どうすればいい。どうすれば。口を押さえて固く目を閉じるクレタ。
そこへ、聞き慣れた声が振ってくる。
「クレタくん、いる? 仕事なんだけど……出れる?」
オネだ。オネの声だ。クレタは慌てて手元にあった黒いクッションで、吐き散らしたものを隠す。
涙でグチャグチャになった顔。吐き散らしたもの、吐き散らした原因。
そのどれもが、見られたくないものだった。仲間には、絶対に見られたくないもの。
見せてはいけないもの。心配をかけるわけにはいかないから。隠し通さねばならない。
クレタは掠れた声で、自室空間の上にいるであろうオネへ声を飛ばした。
「少し……部屋の整理をしてから行くよ。すぐ、行くから……。先に行ってて……」
クレタの発した言葉に、オネは「わかった」と言って、先に現場へと向かっていく。
自分の問題なんだ。僕の過去。僕にしか理解らない痛み。
その痛みを、誰かにぶつけたところで何になる? 困らせてしまうだけ。
可哀相だなんて、そんなこと思われたくないんだ。皆と同じ、皆と同じ速度で歩いて行きたい。
そう思うのなら、自分だけで解決しなくちゃ。誰にも頼れない。
皆とは、笑って過ごしたいから。いつだって、笑って楽しく過ごしたいから。
*
「クレタくん……そろそろ、限界かもしれないよ」
ポツリと呟いたオネ。ソファに凭れて上を向き目を伏せていたヒヨリは、少しだけ目を開けて呟いた。
「あいつの執着心は、どうにもなんねぇな……」
「彼が直接クレタくんに接触してしまったら、もう偽ることは出来ないわ」
読んでいた本をパタリと閉じて言ったナナセ。
静寂の中、懐から銀色の懐中時計を取り出し、それを見つめながらオネは更に呟いた。
「記憶が鮮明に残っている分、僕よりずっと苦しいだろうね……」
寂しそうに呟いたオネの頭をワシワシと撫で、ヒヨリは溜息を落とす。
クレタも、全てを知ってしまうのか。
その日が、もうすぐそこまで来ているのか。
知らぬままにしておくことは出来ないのか。させてくれないのか。
俺達に出来ることは、待つこと。ただ、見守ることしか出来ないのか。
あぁ、俺達は……何て無力なんだろう。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『追想と理解』への御参加、ありがとうございます。
歪み・追想はJが仕掛けたもののようです。
オネの発言・オネに対するヒヨリの態度が少し妙です。
もしかすると、オネも……。伏せます(笑)
もう少しで全てが明らかになりますが。
些か、引っ張りすぎかもですね…うぅ、ごめんなさい。orz
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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2008.11.15 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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