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■最初で最後のワガママ■

藤森イズノ
【7764】【月白・灯】【元暗殺者】
 驚いて目を丸くするかな? それとも、笑うかな?
 間違いなく 「珍しいね」 とは言われるだろうなぁ……。
 共に笑い、共に悩み、時を共有することに覚えた喜び。
 この空間に踏み入って、時守として生きるようになって。
 どれほどの時間が経過したのか。それを確かめる術はないけれど。
 共に過ごした時の中、一度たりとて口にしてこなかった想い。
 言えなかったんじゃなくて、言わなかったんだ。
 迷惑をかけてしまうんじゃないかって。そう思ったから、言わずにいた。
 ポロリと漏れそうになったら慌てて胸に閉じ込めて。吐き出さなかった想い。
 くだらないことかもしれない。大笑いされるかもしれない。
 でも、もう閉じ込めておくのは嫌だよ。
 仲間だと、かけがえのない仲間だと、そう思うからこそ。
 聞いて欲しいんだ。叶えてくれだなんて、そんなこと言わないから。
 ただ、聞いてくれるだけでいいんだ。
 最初で最後のワガママを。 
 最初で最後のワガママ

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 驚いて目を丸くするかな? それとも、笑うかな?
 間違いなく 「珍しいね」 とは言われるだろうね……。
 共に笑い、共に悩み、時を共有することに覚えた喜び。
 この空間に踏み入って、時守として生きるようになって。
 どれほどの時間が経過したのか。それを確かめる術はないけれど。
 共に過ごした時の中、一度たりとて口にしてこなかった想い。
 言えなかったんじゃなくて、言わなかったんだ。
 迷惑をかけてしまうんじゃないかって。そう思ったから、言わずにいた。
 ポロリと漏れそうになったら慌てて胸に閉じ込めて。吐き出さなかった想い。
 くだらないことかもしれない。大笑いされるかもしれない。
 でも、もう閉じ込めておくのは嫌だよ。
 仲間だと、かけがえのない仲間だと、そう思うからこそ。
 聞いて欲しいんだ。叶えてくれだなんて、そんなこと言わないから。
 ただ、聞いてくれるだけでいいんだ。

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 灯の中に住む二人。三月と青月。
 彼女らが外に出るには、本体である灯の 『意思』 が必要になる。
 灯が自らの意思で解放しなければ、彼女らが実体化して外に出ることはない。
 灯からは、そう聞いていた。よく理解らなかったけれど、勝手には出てこれないものなのだと把握した。
 けれど、どういうことか。目の前に、二人がいる、この状況は……どういうことか。
 オネ・ヒヨリ・ナナセの三人は、揃って首を傾げた。
 三月と青月は、クスクスと笑いながら詳細を説明する。
 灯の身体を借りている以上、あの子の負担にはなりたくない。
 あの子は、私たちを 『もう一人の自分』 だなんて思っていなくて、
 私たちを、同じ家に住んでいる家族のように思ってくれている。
 それほどまでに思われているからこそ、負担にはなりたくない。
 その結果、彼女らは独立し、灯に頼ることなく生きる術を見出した。
 そう、あの子は、いつだって私たちを大切に思ってくれている。
 普通なら、嫌な気持ちなるはずなの。自分の中に別の存在が宿っているんだもの。
 けれど、あの子は、いつだって受け入れてくれて。私たちを尊重してくれて。
 いつしか、私たちは欲張りになってしまったわ。
 そうして、一人の人間として扱われることで、自我が芽生えてしまって。
 そんな私たちから、あなた達へ……お願いがあるの。
 あの子の笑顔が見たい。無邪気に笑う、その顔を見たいの。
 だって、勿体無いじゃない? あんなに可愛いのに……笑顔を知らないだなんて。
 あの子もね、かつては笑ったり怒ったり、ありのまま、感情を表に出していたのよ。
 私たちが、あの子の中に住むようになったのは、あの子が感情を失くしてしまってからだけど、
 心の奥底にある記憶は、どんなに時間が経過しても色褪せることなく、そこにあるの。
 中にいる分、私たちは、その記憶に触れることが多いのよ。
 とても可愛い、無邪気な笑顔。誰もを幸せにするような。
 それこそ、天使のような笑顔なの。
 以前のように、表情豊かにしろとは言わないわ。
 ただ、笑顔だけでも。せめて、笑顔だけでも思い出させてあげて欲しいの。
 独立したとはいえ、私たちは、あの子の一部よ。私たちも、灯なの。
 だから、あの子が自分で忘れた感情を思い出そうとしない限り、私たちが何を言っても無駄。
 あの子は、あなた達に心を開いているわ。全てを委ねるまでは、まだいかないようだけれど。
 あなた達は、あの子にとって今、欠くことの出来ない大切な存在なの。
 きっと、あなた達なら、あの子の笑顔を取り戻せると思うから。

 自室空間の隅っこで、飼っている蛇たちと戯れながらボーッとしている灯。
 いつも自分の中にいる二人が身体を離れていることで、ちょっとした喪失感があるのだろう。
 コイントスをして一人で遊んでいる灯は、とても退屈そうだ。
 どこ行っちゃったのかな……。二人とも……。
 灯に負担をかけたくないから、ドクリツしたんだって言ってたけれど……。
 ちょっと寂しいね。いつも傍にいるのに……いなくなっちゃうんだもん。
 もしかして、これからずっと、こんな感じになっちゃうのかな。
 寂しいだなんて思っちゃいけないのかもしれないけれど……それでも、やっぱり悲しい。
 心細くなっちゃうよ。……灯って、弱虫さんなのかな。
 そんなことを考えながら、コイントスを続ける灯。
 空間の上から、その様子を伺っていたオネ・ヒヨリ・ナナセの三人は、神妙な面持ちだ。
 引き受けたものの、どうしたもんかな。
 笑わせるっていうか、笑えるようにするってことだろ?
 何とかなるだろうと思ってたけど、これ、相当キツいんじゃねぇか。
 灯のポーカーフェイスっぷりは、凄まじいもんがあるからな……。
 灯に信頼されているんだからと言われて嬉しくなり、そのノリで引き受けてしまったことを悔いるヒヨリ。
 今更、やっぱり止めるだなんて言えるはずもない。
 どうしたものかと悩んでいる様子のヒヨリの腕を掴み、ナナセとオネは、闇を軽く二度蹴った。
 落下し、ストンと着地する三人。
 突然の来客にも、灯は無表情だ。
 コイントスを続けながら、呟くように言う。
「どしたの……? お仕事……?」
 いつもどおりのポーカーフェイスっぷりに苦笑しながら、ヒヨリは言った。
「いや。今日は、お前を笑わせに来てみた」
「……。……ふぅん。どうして?」
「どうして……。どうしてだろうな。何となく。何となくだ」
「……。……ふぅん」
 いつもどおりの灯に若干押されつつも、踏ん張るヒヨリたち。
 ヒヨリはナナセの背中をポンと押した。一歩前へ出るナナセ。
 トップバッターは、ナナセだ。
 どうして私からなのよ……。まったくもう……。
 呆れながら、スタスタと灯へと歩み寄っていくナナセ。
 実は、彼女は密かに自信を抱いていた。同じ女の子同士ということもあり、
 加えて、歳も近いということで、灯が好みそうな事柄を熟知しているつもりだったのだ。
 灯の前にしゃがみ、ナナセは懐から、とあるものを取り出した。
 取り出したのは……あみぐるみだ。どうやら、ナナセの手作りらしい。
 灯は、ぬいぐるみや人形が好きだ。彼女が、それらを集めていることも知っている。
 少々強引で、反則かもしれないけれど……笑顔にさせるには、喜ばせるのが一番だ。
 ナナセは、取り出した あみぐるみを、灯に差し出した。
「……なぁに?」
「プレゼント。私が作ったの。あんまり、上手じゃないけど……」
「…………」
 あみぐるみを受け取り、ジッと見つめる灯。
 ウサギだ。確かに、上手とはいえないかもしれないけれど、とても可愛い。
 灯を見つめながら、そわそわと落ち着かない様子のナナセ。
 やがて、灯は顔を上げて……。
「ありがと……」
 そう、お礼を述べた。
 残念ながら、表情は変わらず無表情なままだ。
 嬉しいとは思っているのだろうが、それが表情に出ることはない。
 そもそも、感情を外に出す、その術を喪失してしまっているのだから無理なのだ。
 微笑みつつもガックリと肩を落とし、ヒヨリたちのところへ戻っていくナナセ。
 お疲れさん、と言わんばかりにナナセの肩を叩き、ヒヨリはチラッとオネを見た。
 そのヒヨリの眼差しから全てを悟ったオネは、溜息混じりに歩き出す。
 ヒヨリってズルいよね……。こういうときばっか、後ろに引っ込むんだもん……。
 灯の前にしゃがんだものの、オネはジッと動かず。
「……なぁに?」
 キョトンとしている灯に、オネは一言。
「ごめんね」
 そう言って、少々手荒な手段をとった。
 笑う、笑わせる、その代名詞である……くすぐりを決行したのだ。
 いつもヒヨリに、くすぐられて酷い目に遭わされているだけに、ポイントは熟知している。
 どこを、どんな風にくすぐられたら我慢できなくなって笑い出してしまうか知っている。
 だが……。どんなにくすぐっても、灯は無反応だ。
 ゆっくりと瞬きしながら「何してるの……?」とまで言い放った。
 笑い方を忘れてしまったのなら、無理にでも思い出させてみればいい。
 そう思ったから決行したのだが……残念。まるで効果がなかった。
 トボトボと戻ってきたオネの頭を撫でて労うナナセ。
 今、はっきりと再認した。難しい。灯を笑わせるのは、難しすぎる。
 そもそも、笑いたいと思っていないんだから、無理だろう。
 笑う必要がないと思っている以上、何をしても無駄なのではなかろうか。
 オネとナナセは、考え込んでいる様子のヒヨリの背中をグイグイと押した。
「ちょ、待て。無理だって。もうちょい考えさせろって」
「何言ってるのよ。あなたが引き受けたんでしょ」
「そうだよ。ズルいよ、ヒヨリ。僕達にばっかり押し付けて」
「だから。ちょっと待てって。今、考え揉めている様子の三人を見つつ、灯は首を傾げた。
 何してるんだろう……。さっきから……。三人とも、変だよ。
 何だかぎこちなかったし、戻っていくときはションボリしていたし。
 笑わせに来たって言ってたけれど……どうしてかな。何の為に笑わせるのかな。
 灯、笑いたくなんてないんだよ。笑うのは、楽しいって証。幸せの証。
 でも、幸せなんて、いつも急に消えてしまうの。
 楽しいと思えた気持ちも、笑顔も、全部なくなってしまうの。
 だからね、灯は笑わなくなった。笑ったら、幸せがなくなったとき、すごく悲しいから。
 俯き、膝を抱え込んだ灯。ギャーギャーと騒がしい声を聞きながら、灯は目を閉じた。
 そう。悲しいから。もう、あんな悲しい想いをするのは嫌だったから。
 それならいっそ、全部忘れてしまえばいいんだって、灯は、そう思ったの。
 わかってるんだよ。完全に忘れることなんて出来ないんだよね。
 楽しいなって思って、幸せだなって思って、心から笑ったその過去は、確かに存在するものだから。
 俯いたまま想いに耽る灯。その時、ふっと身体が軽くなるような感覚。
 その感覚は、三月と青月が、自分の中に戻ってきたときに覚えるもの。
 笑いたくないだなんて。そんなこと、思っていないでしょう?
 何でも話せる仲間が出来た。彼等と一緒に笑いたいって思ってるでしょう?
 自分だけ無表情のまま。みんなが楽しそうに笑っているのに、自分は無表情のまま。
 その状態を、嫌だなって。あなたは、心のどこかで思っているはずよ。
 大丈夫。もう怖がる必要なんてないの。大丈夫。彼等は、消えたりしないわ。
 置いていかれるかもしれないだなんて、そんなこと考えないで。
 あなたのことを心から思ってくれてる彼等を、信じてあげて。
 笑って、灯。見せてよ、可愛い笑顔。
 大丈夫。あなたの笑顔は、とっても可愛い。
 私たちは、いつも見ているんだから。見てきたんだから。
 でもね、昔の笑顔じゃなくて、今の笑顔を見たいの。
 笑って、灯。見せてよ、可愛い笑顔。
 大丈夫。あなたは一人じゃない。私たちも、彼等も、ずっとずっと傍にいるわ。
 ふと顔を上げれば、まだギャーギャーと騒がしいヒヨリたちの姿。
 三人の会話に、そこでようやく耳を傾けることが出来た。
 笑わせに来たんじゃなくて。笑顔を教えに来てくれたんだ。
 三月や青月と同じ。ヒヨリたちも……笑ってって、そう思ってくれているの?
 込み上げてくる想いに、ポロポロと涙が頬を伝った。
 灯が泣き出したことで、ヒヨリたちは更に騒がしくなる。
「ほらぁ。ヒヨリの所為だよ」
「ちょ、何で俺?」
「あなたがグズグズしてるからよ」
「いやいやいやいや」
 灯は顔を上げ、揉め続けている三人の遣り取りを見やった。
 涙を零しながら見つめる灯の目に、三人は、うっ……とたじろぐ。
 どうすればいいのか理解らないが故に、また揉めて。
 互いに責任を押し付けあう三人。その必死な姿を見ているうちに、灯は……。
 クスクスと笑った。
 お前が悪いだとか、ズルいだとか……まるで、子供の喧嘩のような遣り取りが可笑しくて。
 この子は、とても臆病になっていたの。あなたたちを大切に思えば思うほど臆病になって。
 大切だと思うからこそ、この子は余計なことを考えるようになってしまったのね。
 いつまで、こうして一緒にいられるだろうって。そんなことを考えるようになってしまった。
 大切な人が出来る度、その人が突然いなくなってしまう過去を重ねてきたから……。
 あなた達とも、ずっと一緒にいられるわけじゃないって、そう決めかかってしまっていたの。
 そんなことないんだって、大丈夫なんだって、伝えてあげて。これからもずっと。
 笑ってあげて。微笑みかけてあげて。
 これからはきっと、この子も微笑み返すから。

 ワガママを聞いてくれて、ありがとう。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『最初で最後のワガママ』への御参加、ありがとうございます。
 こうして一つずつ、殻を割っていけたなら。
 いつか、本当の灯ちゃんを目にすることが出来たなら。
 ヒヨリたちと同じく、私も、そう思っています。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.17 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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