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■赤い歪み■

藤森イズノ
【7707】【宵待・クレタ】【無職】
 あてもなく闇の中を歩く。迷子になったりはしない。
 ここまでのルートは記憶しているし、例え迷っても、ちゃんと戻れる。
 毎日毎日歩き続ける内に、自然と身体は闇を覚えた。
 迷わなくなったことで、好奇心が芽生えて。
 いつしか、こうして散歩を楽しむようになった。
 近頃は何かと物騒だから、一人で出歩くなとは言われているけど。
 そんなに遠出しているわけでもないし、遠出するつもりもない。
 あまり遅くなると、後から面倒なことになる(怒られる)から、そろそろ戻ろうか……。
 クルリと反転し、来た道を引き返していく。
 それにしても、本当、不思議な空間だな。今更だけど。
 どこまで行っても闇が広がるばかりで、他には何もない。
 加えて、異常なまでの静寂。普通なら、頭がオカしくなってしまうだろう。
 不安になったり、焦ったりしないのも、身体が安心を、心が自信を覚えたから。
 何だかんだで、成長しているのかな。成長できているのかな。そう捉えて良いのかな。
 歩きながら、そんなことを考えていると。
(……。ん?)
 突然、目の前が明るくなった。
 何事かと顔を上げてみれば、そこには真っ赤な……炎のように蠢く歪みが在った。
 こんな色の歪み、見たことがない。歪みは本来、黒い渦のようなものだ。
 どういうことだろう。普通の歪みじゃないことは確かだと思うけど……。
 ヒヨリたちに報告したほうが良いかな。このまま、自分が還して良いのかな。
 っていうか、これ、還せるのかな……?
 紅い歪み

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 あてもなく闇の中を歩く。迷子になったりはしない。
 ここまでのルートは記憶しているし、例え迷っても、ちゃんと戻れる。
 毎日毎日歩き続ける内に、自然と身体は闇を覚えた。
 迷わなくなったことで、好奇心が芽生えて。
 いつしか、こうして散歩を楽しむようになった。
 近頃は何かと物騒だから、一人で出歩くなとは言われているけど。
 そんなに遠出しているわけでもないし、遠出するつもりもない。
 あまり遅くなると、後から面倒なことになる(怒られる)から、そろそろ戻ろうか……。
 クルリと反転し、来た道を引き返していく。
 それにしても、本当、不思議な空間だな。今更だけど。
 どこまで行っても闇が広がるばかりで、他には何もない。
 加えて、異常なまでの静寂。普通なら、頭がオカしくなってしまうだろう。
 不安になったり、焦ったりしないのも、身体が安心を、心が自信を覚えたから。
 何だかんだで、成長しているのかな。成長できているのかな。そう捉えて良いのかな。
 歩きながら、そんなことを考えていると。
(……。ん?)
 突然、目の前が明るくなった。
 何事かと顔を上げてみれば、そこには真っ赤な……炎のように蠢く歪みが在った。
 こんな色の歪み、見たことがない。歪みは本来、黒い渦のようなものだ。
 どういうことだろう。普通の歪みじゃないことは確かだと思うけど……。
 ヒヨリたちに報告したほうが良いかな。このまま、自分が還して良いのかな。
 っていうか、これ、還せるのかな……? 

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 明らかにおかしいよね……。こんな色の歪み……見たことがないもの。
 大きさは、いつもの歪みと同じだけど……。
 一人で判断して行動して、取り返しのつかないことになったら大変だよね……。
 やっぱり、ヒヨリに報告しなくちゃ。怒られてしまうかもしれないけど……。
 恐る恐る引き返し、更に恐る恐るヒヨリの自室空間へ足を運ぶ。
 空間の上で、どうしようかなとモジモジしているクレタを見つけたヒヨリは、
 笑いながら見上げて、クレタの足元へ声を飛ばした。
「何やってんだー? そんなとこで。降りて来いよ」
「……うん」
 戸惑いながら落下。ストンと着地した後、クレタは、またモジモジ。
 何だ。そわそわしてるな、珍しい。悪戯でもやらかしたか?
 もしもそうなら、ものすごい成長っぷりだよな。手放しで褒めてやるぞ。
 紅茶を飲みながらクスクス笑っているヒヨリ。クレタは意を決し、報告した。
「あの……あのね、ヒヨリ。南西に……変な色の歪みがあるんだ」
「変な色?」
「うん。紅いやつ……」
「あぁ、ルージュか。……って、ちょっと待て。どこにあるって?」
「……南西」
 クレタの言葉に、ヒヨリはニッコリと微笑み、カップをソーサーに置いた。
 何とも柔らかく優しく温かい笑顔……なはずもなく。
 ヒヨリはツカツカと歩み寄り、クレタの頬に触れて言った。
「くすぐりの刑。5分コースと10分コース、どっちがいい?」
 微笑みながら言ったヒヨリから目を逸らし、クレタは小さな声で言った。
「5分……」

 ルージュ。紅い歪みは、こう呼ばれてる。
 滅多に出てこないもんなんだけど、出たら最優先で還さないとマズイ。
 どうしてかというとだな、ルージュってのは、死者が生んだ歪みなんだ。
 それも、悪意に満ちた歪み。要するに、ロクでもねぇ後悔の塊っつーことだ。
 例えば……そうだな。一番わかりやすいのは、怨みだな。
 誰かを怨んだまま死ぬと、その怨みが歪みとして残る。
 発生させた奴が存在しないっつーことは、直接とっちめることが出来ないってことだ。
 人の想いってのは厄介なもんで、死してなお残る。しかも、より大きくなって。
 だから、そのまま放っておくと……もう理解るよな? とんでもねぇことになると、そういうことだ。
「わかったか?」
 頭にお気に入りの帽子を乗せながら言ったヒヨリ。
 ソファでグッタリしているクレタは、掠れ声で何度も「うん」を繰り返した。
 約束していたのだ。時狩と接触した日から、あまり遠くに行くなと。
 それに加えて、一人で出歩くなとも言われていた。
 ルージュが発生するのは、時守の居住空間から遠く離れた場所だ。
 何故なのかはわかっていないが、近辺には絶対に発生しない。
 紅い歪みがあると聞いて、ヒヨリは全てを把握した。
 言いつけを守らずに、一人で遠くまで散歩に行っていた事実を。
 その結果、クレタに御仕置きとして『くすぐりの刑:5分コース』が施行された。
 その御仕置きは、言葉以上にキツいものだ。頬と腹を持続的な痛みが襲う。
「さ。行くぞ。ほれ、いつまで寝てんだ」
「うん……」
 ようやく呼吸が整い始めたばかりなのに……。
 クレタは、のそのそと起き上がってヒヨリの後を追った。

 *

 愛してるって言ったじゃない。
 もう、私しか愛せないって言ったじゃない。
 ずっと、ずっと愛してくれるって言ったじゃない。
 それなのに、どうして? どうして心変わりなんてするのよ。
 何が、ごめんよ。どうしろっていうのよ。
 ううん、気にしないで。とでも言って欲しかったの?
 言えるわけないじゃない。そんなこと、言えるわけないじゃない。
 大切にしてあげてね、愛してあげてねなんて。そんなこと、いえるわけないじゃない。
 許せるわけないじゃない。他の女との幸せを、願えるわけないじゃない。
 私、ずっと許さないから。あなたのこと、ずっと許さないから。
 怨み続けるわ。ずっとずっと、怨み続けるから。
 死ぬことなんて怖くないのよ。あなたが隣にいない世界で生きるほうが、ずっと恐ろしいわ。
 愛した男を、愛している男を、この手で殺めてしまうかもしれないんだもの。
 だから、私は死を選ぶ。あなたを殺めてしまうくらいなら、死を選ぶ。
 そうすることで、あなたは後悔するはずよ。私を失って、後悔するはずよ。
 悔やむがいいわ。ずっとずっと、私に縛られてしまえばいい。
 苦しみもがいている姿を、私はずっと傍で見ていてあげる。
 笑ってあげるわ。怨み続けながら、永遠に。

「女の怨みは怖いなぁ」
 苦笑しながら黒い大鎌を出現させたヒヨリ。
 歪みの中で再生された場景に、クレタは沈黙を続けた。
 どうしてなんだろう。どうして、怨むんだろう。
 好きなのに、どうして怨めるんだろう。わからないや……。
 理解できない状態であるクレタを、歪みから離すヒヨリ。
 わからないからこそ、近づくべきじゃない。
 この手の怨みは、何もわからない純朴な奴の心を好む。
 知らないからこそ、染めやすいと思うんだろうな。
 俺に報告しに来たのは正解だ。一人で処理してたら……厄介なことになってただろうからな。
 さて……。クレタに向かっていかないように引き付けながら何とかしなきゃなんねぇのか。
 ほんと、手間ばっかかけさせるよな、ルージュってのは毎度毎度……。
 クルリと大鎌を回し、構えたヒヨリ。
 それまでの表情から一変。冷たい眼差しで、紅い歪みを見据える。
 少しずつ処理していくのが一番確実なんだけど、面倒なんだよな。
 出来れば一発で、サクッと終わらせたい。
 でもなぁ……この怨み、相当強いよな。そう簡単には……。
 構えつつ、そんなことを考えていたときだった。
 突如、辺りを眩い光が包み込む。
 ふと顔を上げれば、上空には無数の光の矢が浮かんでいた。
 チラリと後方を見やれば、平然とした面持ちでクレタが闇に指を踊らせている。
 危ねぇから離れてろっつったのに。いや、離れてはいるけどさ。
 自分が前線に出られないのなら、後方で出来る限りのことをしたい。
 歪みの第一発見者だからという責任感も少なからずあるけれど、
 その責任感を前面に押し出すことはしない。するべきではないことだと理解しているから。
 でも、ただ黙って見ているだけなんて嫌なんだ。僕も……何かしたい。
 僕も、時守なんだから。
 己の成長を確かに感じることが出来ても、過信と油断は禁物。
 実際、約束を破って遠出したことも省みるべき点の一つ。
 何があっても、皆が傍にいるから大丈夫だなんて……それじゃあ駄目なんだ。
 僕は、時守なんだ。皆に守られるだけの存在のままで良いはずがない。
 自分ひとりで何でも出来るようになれだなんてヒヨリたちは言わないけれど。
 僕が、僕自身が、そう思うんだ。皆のことを守れるくらい……強くならなくちゃ。
 クレタが落とす光の矢は、赤い歪みを取り囲むようにして闇に刺さる。
 教えてないのに。この紅い歪みは、他の歪みと違って動き回ること。
 暴走する、その事実を教えていないのに……的確な処理をした。
 クレタの動きが、今までと違う。それは明らかだった。
 かつてのクレタは、自分勝手というわけでもなかったけれど、連携を苦手としていた。
 だから、いつもクレタは一人で歪みを還してきた。
 その様を、ヒヨリやナナセ、他の時守が見守る形で。
 なるほど……。変わったな、クレタ。大きくなった。安定してる。
 これなら、もう、俺たちが傍にいなくても一人で何とか出来るかもしれないな。
 まぁ、臨機応変に。歪みの種類だとか難易度によっては、一人だとまだキツいものもあるだろうけれど。
 クレタが放ち落とした光の矢に囲われ、身動きの取れなくなった歪みは、
 唯一開けている、上へ逃げようと試みる。自然なことだ。
 だが、それを黙って見ているはずもない。
 ヒヨリは大鎌をブンッと投げやり、上へと逃げる途中の歪みを真っ二つに裂いた。
 サァッと砂のような音を立てて、闇へと消えていく歪み。
 いつもと違う還し方に、クレタは光の矢を消しながら少しばかりの戸惑いを覚えた。
 いつもは、包み込むように。優しさで包み込むようにして、在るべき場所へ還すのに。
 今の還し方は……何だかとても、乱暴なものに見えた。残酷なようにも思えた。
 戸惑いを隠せない様子のクレタに歩み寄り、頭をポンポンと撫でてヒヨリは言う。
「アレに遠慮は禁物。優しく還しちゃ駄目な歪みもあるってことだ」
 いつものように優しく還すことも可能なのだが、そうして還してしまうと、
 ルージュはすぐまた発生してしまう。優しさに甘えて、つけ上がるのだという。
 消えてしまえだとか、そんな悲しいことを思いながら還しているわけじゃない。
 いつだってヒヨリは、時守は、優しさを胸に歪みを還す。
 例え冷たく残酷なものに見えようとも、その裏には計り知れない優しさがある。
 そうやって優しさを隠して還さなきゃならない歪みもあるんだ……。
 まだまだ……僕は、経験不足だな……。頑張らなくちゃ。もっともっと、頑張らなくちゃ……。
 決意新たに一人頷いたクレタ。そんなクレタの肩にポンと手を乗せ、ヒヨリは告げる。
「あんま、気負うなよ」
 責任感を持って、意思強く行動するのは良いことだ。成長にも繋がるし。
 でも、頑張りすぎる必要はないんだ。ゆっくりで良い。マイペースで。
 いや寧ろ、あんまり立派になってくれるな。とか思ってるな、俺。
 何考えてんだか。子供を溺愛する父親じゃあるまいし。
「ヒヨリ……? 何で笑ってるの……?」
「ん。何でもない。さ、帰るぞ」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『紅い歪み』への御参加、ありがとうございます。
 くすぐりの刑は…クレタくん、性格上、大笑いできないでしょうから余計にキツかったと思います(笑)
 クレタくんの成長を喜んでいる反面、あまり立派にならないで欲しいと思うのは、
 親心のような部分も勿論あるかと思いますが、時狩との接触が、
 少なからず成長に影響しているであろう事に苛立ちを覚えてる、という部分もあるのです。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.18 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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